challenge

4.息も止まるくらいに

2025/11/18 15:44
【お題】バルト×マルー




 容赦しない、と宣言したバルトは、その言葉通り怒涛のような攻勢に出た。
 忙しい日常の間隙を縫って、マルーの前に現れては、手妻のように手際よく、彼女をひと気のないところへ連れ込む。
 慌てふためくマルーに構わず、おおきな身体で覆いかぶさるように抱きすくめると、そのぬくもりにマルーが力を抜いた瞬間を過たず、そっと仰向かせてくちづけた。
 ふんわりとした可愛らしいキスを重ね、じわじわと粘膜を合わせる。その間、マルーを抱いた手指はゆっくりと彼女の身体を撫ぜ、滑り、宝探しのように繊細な箇所を暴いていった。
 くちびるを合わせながら、耳の裏を撫でられると、マルーが甘く鳴く。
 舌先をからめて水音を立てると、そのうなじにさあっと鳥肌が立って、宥めるように腰を抱き寄せればちいさな胸が早鐘のように震えた。
 ひとつ、ひとつ、丁寧に。
 バルトはマルーを学んでいく。
「ん……」
 その日もまた、バルトはマルーをリネン倉庫の隅に連れ込んで、彼女のくちびるを思うがままに貪っていた。息継ぎのタイミングをわざとずらして、苦し気にわななく細い身体をかき抱き、自分の背にすがりつく指に満足の笑みを浮かべる。ちいさな後頭部をおおきな手のひらで捉えて、その丸みにうっとりとした。
「んぅっ……ぷぁっ」
 バルトがくちびるを離すと同時に、マルーがあえぐように息を継ぐ。生理的な涙が浮かんだ碧玉の瞳が、咎めるようにバルトを睨み上げ、その輝きに彼の鼓動は忙しなく跳ねた。
「もう……っ若のバカ!」
「悪い悪い」
 ちっとも悪びれず言うバルトに、マルーは眦を上げる。顔を赤くして怒るマルーは、しかし無体を働かれているというのに、少しも嫌悪や恐怖を表したことはない。
 薄暗い倉庫の隅で、自分よりもおおきな身体に身動きも取れぬほど抱きすくめられても、警戒心を見せることはない。性急さに慌てたり、身の置き所のない気まずさに身じろぎはしても、根本的にバルトから逃げようとも避けようともしないあたり、彼女の本心など容易に透けて見える。
 それでも、自覚があるのかないのか、バルトとのこの甘ったるいやり取りを、どうとらえているのか、いまいちよくわからない。
 わからないのは、きちんとした意思表示も、愛の告白のひとつもせずに、ただ欲を押し付けるような行動にばかり出ている自分にも非があるな、と、バルトは理解している。
 けれども、幼馴染同士の気安さは、悪い意味で言葉の必要性を曖昧にしていた。
「もう……若のバカ……」
 同じことを繰り返して、ふとマルーが俯く。バルトの腕の中で、可愛らしいつむじを見せる彼女に、バルトはわずかに眉を寄せた。
「マルー?」
「……若は、さ。ボクが子供じゃなくなったから、こーゆーこと、するの?」
「は?」
 くぐもった低い声音に、バルトが目をまるくする。マルーは、そっと彼の胸に手をついて、押しやるように力をこめた。
「ボクみたいなのでも、一応、オンナだもんね。身近で、手近に、そーゆーのがいるから、こうするの?」
「なっ……馬鹿野郎、そんなわけっ」
 反射的に怒鳴ろうとして、けれどバルトは自分の曖昧さに思いきり頭を殴られた。
 そりゃあ、ある日突然幼馴染だった親分にこんなふうに迫られたら、そんな誤解もするだろう。ろくに口説きもせず、そのくせ我が物顔で好き勝手にする男の誠実さなど、そもそも存在すら認めてもらえない。
 逃げ道を塞ぐことばかりに腐心して、自分たちの感情に付いた名を確かめ合うことをおろそかにしたツケが、容赦なくバルトをリング際に追い立てていた。
「ボク……それでもいい、って思ってた」
 ぽつり、とマルーが呟く。バルトの胸を押しやる指が、かすかな震えを伝えていた。
「ボクが若にしてあげられることなんて、ちっぽけなことしかないから……アヴェのみんなや、ニサンのシスターたちが言うように、いずれ若のお嫁さんになって、若の子供を産んで……おばあちゃんたちみたいに、若がアヴェの王様になった時、ニサンの大教母として助けられたら、一番いいのかなって思ってた」
「……マルー」
 きゅっと指を曲げて、マルーが拳を握る。それから、さっと顔を上げてバルトを見つめた。バルトを毎夜苛んだ、夢に出るほど美しい碧玉の瞳が、かすかにうるんで揺れている。けれど、恐ろしいほど強い光をたたえていた。
「でも、やっぱり、嫌だ」
「!」
 はっきりとした拒絶に、バルトは一瞬死を経験した。
 鼓動を止めた心臓が、鉛のように胸に重い。物理的な血を流している気がするほどに、頭ががんがんと痛んだ。全身の血が足元に降りて、多分いま、自分は褐色の肌ですらごまかせないほど真っ青になっているだろう。
 そんなバルトを潔く睨んで、マルーが決然と続ける。
「こんなふうに、誰でもいいみたいに扱わないで。ボクが好きだから、ボクしかいらないから、キスしてるんだって言って。オンナノコなら誰でもいいなんて、そんなふうに思うんだったら、いますぐ改めて。この先一生、ボク以外にキスしたら絶対に許さない!」
「……は……」
 ざっくりと切り込まれた心臓に、違う意味で衝撃が走った。バルトの全身に、新鮮な血液が勢いよくめぐり、彼の鼓動が危険なほど高鳴る。
 呆然としているようなバルトを見上げて、マルーは悔しそうに顔をゆがめた。
「ぼっ、ボクだってこのくらい言うんだよ! 子分だから、従妹だから、なんでも言うこと聞くと思った? 残念でした、若、いっちばん面倒くさい子に手を出してるっていますぐ自覚して!」
「……」
「後悔したってもう遅いよ、ボクは絶対に若を逃がしてあげないんだから。若が嫌だっていったって……もう、ボクしかダメなんだよ……っ」
 言いながら、マルーがバルトの胸に飛び込む。おそらく全力の力でもって、彼の身体をぎゅうぎゅうに締め上げた。そのか弱い執着に、バルトの目の前がちかちかと輝く。
「若、うんって言って。ボクだけだって言って。遊びとか、興味本位とか、ふざけただけだなんて言ったら、ボク、怒るんだからねっ……せ、責任取って、ボクをお嫁さんにしないと、シグも、爺も、アグネスも、みんな若のこととっちめるんだからねっ」
 わっとせき込むように言って、マルーがバルトにすがりつく。それから急に、肩の力を抜いて、滲むような声音で呟いた。
「……でももし、どうしてもヤだったら……許したげる。従妹のまま、幼馴染のまま、子分のままでいたげる。若のワカゲノイタリ、なかったことにして、あげるよ……」
 そう言って、マルーが再び顔を上げる。泣いているかと思った声色は、しかし涙の一滴もなく、ただ純然とした慈愛の色を、聖職者の瞳に乗せてほほ笑んだ。
「ボクは、若が一番大事だから。若がいいように、して……」
 まるで自分には価値がないような。
 バルトの望みを叶えることが、自分の唯一の意義のような。
 そんな、見慣れた瞳を覗いたバルトは、乱高下する感情に翻弄されるまま、ひたすらにマルーを貪った。
 嬉しいことと、憎らしいことを同時に紡いだその口を、まるで罰するように責め苛む。愛おしさだけを届けたいのに、感情が渦となってマルーもろともバルトをも翻弄していた。
 愛情の口づけではない、ただひたすらに追い立てるようなそれに、か弱いマルーはなすすべもない。息も止まるほどの激しい愛撫は、優しさのひとかけらもない。
 怒りとも見まごう激しさに、マルーは木の葉のように揺れていた



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