challenge
3.唇から伝染する
2025/11/17 17:05【お題】バルト×マルー
それに気づいたのは、なにも劇的な瞬間ではない。
幼い頃からずっと、芽のようなものはあった。こころに根付いて枯れない、どうしたって無視できないモノ。
あって当然なほど馴染んだ感情は、親愛、家族愛、幼い独占欲。そういうきれいな名前がついていたはずだった。
けれどいつの間にかそこに、濁った色が混ざって。じわじわと、根腐れするように慎重に、表面上はなにも変わらないふうでいて、ある日突然芽吹いて花開いていたモノ。
マルーの細い首筋から、目が離せなかったのはいつだろう。
赤く色づくちいさなくちびるの味が、気になりだしたのはいつからか。
いつだって傍らにいた、貧弱でやわらかなぬくもりを、護りたいと思うだけでなく、奪いたいと願うようになったのは。
いつの間にか、だ。だからこそ、気づいた時にはもう、とっくに手遅れだった。
幼い頃に起居していた戦艦に、再びマルーが暮らすようになると、状況はそれまでになく切迫した。新たな仲間が増えたと同時に、戦いも過酷さを増した。常に命の危険を伴う日常が、もう猶予はないのだと本能に訴えかける。
明日死ぬかもしれないなら。
マルーになにも言わず、なにも伝えずにいる方がいい。
そんな理性とは裏腹に、夜ごと苛む欲は強烈で。
明日死ぬかもしれないからこそ。
マルーを、惚れた女をすべて暴きたいと。
救いがたいほど生々しく、本能が叫んでいた。
いったいこの感情は、恋なのか、愛なのか。そんな美しいおためごかしを飾る余裕もなく、バルトは想いを募らせる。
女なら誰でもいいと……なにも幼い頃から傍にいた、かけがえのない家族を傷つけることはないだろうと、食指を外に向けたこともあった。雑駁な海賊稼業で知り得た裏事情、男の欲を発散する術は知っている。それは決して後ろめたいものではない。
だが。
商売女の世慣れた手管にすら、瞼に焼き付いた比類なき碧玉を思い出した時、バルトは吐き気と共に降参した。なんと情けない、これがファティマの末葉だとは。子孫を残すことこそが使命といっていい、王侯貴族としてはとんだ欠陥品だ。
けれど、彼の本能は、まっすぐに己の望みを定めていた。
明日死ぬかもしれないのならば。
惚れた女にこそ、触れて死ぬべきだと。
二転三転した青年の懊悩は、つまるところそんなふうに落ち着いた。愛だの恋だの名前を付ける前に、いつの間にか呪いのように覚悟の決まった己の本心に、ああ、とため息が出る。
けれど、そんな自分の欲に、マルーを巻き込むのはやはりためらわれた。
年齢よりも幼いマルー。その幼さこそが彼女の傷であり矜持だと、知り尽くしている。決して自分の女性性を認めようとはせず、男勝りな口調で虚勢を張る彼女を、『女』として見ていることにすら罪悪感を覚えた。
幼い、無垢な少女。
いつまでも、そうであってほしいと願う、二律背反に胸を焦がしていたある夜、転機は訪れた。
それはあまりにもあっけなく、あまりにも情緒のない決壊。マルーの無防備さなど当たり前にわきまえていたのに、咄嗟に手が出て、止まらなかった。
子供のままごとのようなくちづけに、幼さの勝っていたマルーの表情が、薔薇のように鮮やかに上気した。それを目にした瞬間、完全にバルトの本能が目覚め、その場で本懐を遂げなかったのは奇跡だった。
ありったけの理性を総動員して一時撤退をし、いま手に入れた情報を精査する。
マルーの、あんな顔を見たのは初めてだ。彼女は自覚しているのか? あんなふうに蕩けた顔で、男を見るということが、どんな意味を持つのかを。
おそらく、無意識だ。どれほど自分を戒めようと、女性性を封じようと、時期が来れば花開く、その本能が開花した。
誰あろう、バルトの手によって。
そのことに、バルトは言葉にならないほど高揚した。幼く無垢な従妹が、自分にぴったり寄り添う女なのだと、改めて思い知る。彼女の自覚や精神の成熟など待ってはいられない。ほんのわずかな兆しだろうと、手に入れて決して離しはしない。
そう思い決め、けれど次の手をどうするか、考えると眠れなくなった。
いずれ手に入れる、その結果は変わらないとはいえ、あまりにも性急に事を進めたら、マルーに無用な恐怖や嫌悪感を植え付けてしまう。まだ、自覚が薄いのだ。バルトを見つめる瞳の中に、隠しようもない恋情が芽生えたと知ったばかり。機が熟すまで、まだかかる。
その時間を、どうにか短縮せしめんと、ありとあらゆる作戦を練って睡眠時間を削っていた矢先。
獲物は、あっさりと近づいてきた。
バルトの欲に気づいているのか、気づいてすら自覚がないのか、可哀そうなほど無防備に、呆れるほど無遠慮に、再びバルトの手の届く範囲にやってきた。
再三再四のバルトの忠告にも気づかずに。
無自覚のまま、その欲だけを煽りに煽って。
だから、バルトはもう、遠慮も手管も放棄した。
子供じゃない、とうそぶくそのくちびるを、今度こそしっかりと奪う。奥底まで暴きたい欲は、ここがブリッジで、すぐ傍に何人ものクルーがいることが強烈な抑止となっておさまった。
やりたいことをやり、言いたいことだけを言ってのけたバルトは、潤うマルーのくちびるに満足した。
おそらく、くちびるを通じて、この毒は彼女の全身を苛むだろう。
自覚を促し、成熟を追い立て、逃げ場すらない結論へと導く。
これが恋とか愛とか、そんなやさしいものだったらよかったのにな。
そんなことをうそぶきながらも、海賊の頭領は狙った獲物は逃さない。
