challenge
#86.受け入れる【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】
2026/10/31 17:12【お題】ダンデ×ソニア
ワンパチの朝は早い。
こいぬポケモンの名の通り、かれはいくつになっても若々しい精神とたくましい活力を持っている。好奇心が旺盛で、探し物や道案内に長け、ポケジョブなどでは幼い子供やお年寄りに寄り添うセラピーポケモンとしての人気も高い。
ソニアの相棒であるかれは、ちょっぴりのんきで食いしん坊な、愛すべき性格をしていた。外敵に対する警戒心よりも、人懐っこさが勝ってしまうのは玉に瑕だが、いざという時はかなり高い戦闘力で主を護る。ソニアが手塩にかけて磨き上げた技や身体能力は、有事の際には心強いが、普段のかれからは想像もつかない。なので、相当親しい人間以外は、ソニアのワンパチはほとんど愛玩動物のようなものだと認識されている。
そんなワンパチの朝のルーティンは、誰ひとり起きださない広大な屋敷の点検から始まる。
現在ワンパチが住み暮らすこの屋敷は、とにかくだだっ広い。そこら中にポケモンの匂いや気配があふれ、本来ならばきちんと縄張りがあるはずの生態系が、混迷を極めている。
神経の細い手持ちだったら、それだけで大分ストレスだ。もちろんソニアのワンパチは、そんな細かなことにいちいち目くじらを立てない。毎日入れ代わり立ち代わり訪れるポケモンたちに、陽気に挨拶をして、ちょっと縄張りを主張したりする。いまのところ、生意気な態度の来訪者はいない。ワンパチものんきでいられるというものだ。
ブラッシーにあるソニアの実家で暮らしていた頃は、主の生活習慣に合わせて、ワンパチもそれほど早起きではなかったが、ここに来てからはとにかく日の出とともに起きている。夜間の警備ポケモンの申し送りを聞き、早朝に訪れる野良ポケモンたちに異常がないかをチェックしなければならない。
というと、まるで勤勉な警備ポケモンのようだが、ワンパチの場合はただただ広大な敷地に興奮が止まらず、好奇心の赴くままいちいちの確認をしなければ気が済まないだけだ。
幸いに、現在ワンパチが寝起きしているのはソニアのベッドサイドではなく、馴染みの友達がわんさか眠る屋敷地下のレストレーション・ベイだ。そこに収められたボールの中は快適で、さらに友達との交流も自由に許されている。
たまにはソニアと一緒に眠りたいが、まあ、いまのところこの暮らしに不満はない。
なので、ソニアの眠りを妨げることなく、ワンパチは夜明けの光がにじみ始める屋敷の中を、地階から一階、二階、三階まで順繰りに駆け抜ける。短い脚を懸命に動かして進むと、そこら中から顔を見せる夜行性のポケモンが親し気に挨拶をしてきた。ちょっとした顔役である。
三階にある研究室まで見回ると、いったん休憩を挟む。一階の朝食室に向かえば、ワンパチの次に勤勉な者たちが動き出す時間だった。
「イヌヌヌワン!」
元気よく挨拶をすると、分厚いカーテンを開いて朝の光を取り入れていた執事が振り返る。あまり景気の良くない表情は、彼のデフォルトだ。
「おはようございます、ワンパチ」
「きゅああ」
「いえっさ」
彼に従っていた二体のイエッサンが、人懐っこくワンパチに寄ってくる。日頃なにかと関わりが深いかれらは、ワンパチをすっかりお兄さん格だとわきまえて懐いてくれていた。ワンパチは朗らかに挨拶をすると、執事が用意してくれたおいしいみずの入った皿に顔を突っ込む。
忙しなく水を飲んでいるワンパチに、執事はまるで人間にするように申し送りのメモを読み上げた。
「昨夜の屋敷内には異常はありません。一昨日より飛来しているペリッパーは、屋敷付きアーマーガアの認知のもとで南翼の屋根に落ち着いています。ソニア博士には報告済です。庭のポケモンについては、午前中の報告を待ち、異常があればオーナーダンデへ申し伝えます」
「ぬわあ」
当然、ワンパチはその内容の細かな部分など理解しようもない。けれど、執事の声色や匂いから、現状屋敷に脅威はないことを理解して、かれは幸せそうに尾を振って応えた。
執事は真面目な面持ちで頷き、そっと片膝を地につける。白い手袋をした手で柔らかくワンパチの頭を撫でると、わずかに走った静電気に口元を緩めた。
「お勤めご苦労様です、ワンパチ。本日も、よろしくお願いいたします」
「いぬぬわ!」
多分褒められたな、と嬉しく理解して、ワンパチはにこにこと笑った。
さて、そうこうしているうちに朝はだいぶ過ぎていく。ワンパチが庭に出るころになると、地階からにぎやかな気配が伝わってきた。
「イヌヌワン!」
「パギャウ!」
翼を広げたリザードンを先頭に、ダンデの手持ちたちがやってくる。その中心にいた男が、ワンパチに気づいて破顔した。
「よう、ワンパチ! 今日も早いな。屋敷に異常はないか?」
「ヌワン!」
「そうか、ありがとう。きみも一緒にトレーニングするか?」
「ぬっ」
ダンデが投げかける毎度の誘いに、ワンパチはプイと顔を背けて一目散に駆け出していく。ダンデの手持ちと一緒にトレーニングすると、ワクワクとしたバトルへの高揚が生まれてしまって、自分を抑えるのに苦労するので、普段は滅多にしない。
だから、まあ、たまになら付き合ってもいい。思い切りトレーニングをすると、大層お腹がすいて、そのあとのご飯が一層美味しく感じられるから。
でもとりあえず、今日はだめだ。今日は、ワンパチの本分であるソニアの生活を護ること、そのためのルーティンを行わなければ。
ダンデたちが広大なトレーニング場へ向かうのとは逆に、ワンパチは屋敷の奥にある温室の方へ向かった。そこには、ソニアが祖父から譲り受けた貴重な植物や、ガラルのくさポケモンの生態を調べるための細かな植生がある。それから、個別のビニールハウスには、様々な効能のミントも栽培されていた。
ワンパチが近づくと、みずみずしい木々の梢がさわりと揺れた。そこからほとんど重力を感じさせずに降りてきたのは、この辺を自分の縄張りだと自認するブーケポケモン。
ロズレイドの気位の高そうな顔が、人懐こいワンパチを見下ろす。ふん、と生意気に顔を背けながらも、縄張りの中に異常がないことを示すように両手を振り上げた。
「ぬふっ」
にっこりと笑って、ワンパチが鼻を鳴らす。ロズレイドはわずかに胸を張り、仰々しいポーズで礼をした。
そこへ、のんびりとやって来たのはモグリューとワタシラガ。気性の穏やかなかれらは、ワンパチとロズレイドを見つけて親し気に声を上げた。
ひとしきり挨拶をして、ワンパチは庭の様子も確認できた。それから正門の方へ向かうと、常駐のウインディと、かれを慕って集まってきたガーディたちが楽し気にワンパチを出迎える。わふわふといぬポケモン同士の交流をしていると、ウインディの小屋に備え付けられている時計が七回音を鳴らした。
「ヌワフッ」
そろそろ時間だ。ワンパチはウインディたちに別れを告げ、忙しなく足を動かしながら、朝の業務が始まっている屋敷の中へと戻った。
一階の奥にあるキッチンの方から、ものすごくいい匂いが漂ってくる。ワンパチはこころ惹かれながらも気丈に階段を駆け上がり、二階の主寝室へと向かった。
ソニアの眠る部屋の扉の前で、ワンパチは器用に伸びあがった。短い前足の先がドアノブに触れると、自重を利用してそれをひっかける。かちゃりと扉が開けば、ワンパチは嬉し気に隙間に入っていった。
静謐な夜の空気が漂うそこは、分厚い遮光カーテンに守られていて日が差さない。ワンパチは毎朝と同じ足取りで家具などをよけながら、すたすたと目的の場所へ向かった。
垂れ下がるベールのようなものをかき分けて、ベッドのそばにやってくると、そこには安心するソニアの匂い、それからダンデの匂いが充満していた。ワンパチはふんふんと鼻を動かしながらシーツをかき分け、ソニアの腕を見つける。
「いぬぬわっ」
「……んぅ……」
寝起きのあまりよろしくない主は、ブラッシーの実家にいた頃もよくこうしてワンパチに起こされていた。留学先でも、ワイルドエリアのテントの中でも、ソニアを起こすのはワンパチの役割だ。
けれど、その不文律は、最近高確率で崩れてきている。
「ソニア、そろそろ時間だぜ」
そう言いながら寝室にやって来たのは、手持ちと一緒にひと汗をかいてきたダンデだ。ワンパチが振り返ると、薄闇の中現れた彼は、迷いなくずんずんと窓辺に近づき、一切のためらいなく分厚いカーテンを押し開く。
そこから弾けた朝の光、そして窓を開けた先から流れる爽やかな早朝の空気が、薄いベール越しにソニアの顔に降り注いだ。
「うぅ……」
ワンパチの鼻先に垂れ下がっていた白い手が、もぞもぞと動いた。くしゃくしゃのオレンジ色の髪が白いシーツにむずがるように擦り付けられて、機嫌の悪い唸り声が聞こえる。
ああ、今日はすっごくぐずりたい気分なんだ。
ソニアの様子に、ワンパチは心得たように尻尾を振った。研究で徹夜が続いた時や、睡眠時間が少ない朝に、ソニアは寝ぐずりを起こす。そんな時は、ワンパチはソニアのロトムを呼び起こして、大音量のアラームを鳴らしてやるのがお約束だ。
そう思ったワンパチが、ロトムの方へと向かおうとした時、長い髪を結いあげたダンデが、うっすら汗の滲む顔に微笑みを浮かべてやってきた。
「ソニア、起きろ」
「ンうう……」
「今日は、ナックルで講習会なんだろ? 準備があるから早起きするって言ってたじゃないか」
「ぐゥ……」
ベッドの中のこんもりとした山に向かって、ダンデが声をかける。そんな優しいやり方じゃ、ソニアは起きないよ~と、ワンパチはふすう、と鼻息をついた。
ワンパチが見ていると、ダンデはソニアの山の傍らに座って、彼女を囲うように両側に手を突く。ぎしりと音を立てたスプリングが揺れて、ダンデの長い髪が彼の肩をするりと滑った。
「ソ~ニア」
「ン……も、ちょい……」
「デッドラインまで寝るか? でも、超特急の準備は嫌いって言ってたろ?」
「……ねむ……」
「ああ……眠いよな」
くすり、とダンデがほほ笑むと、ソニアはもぞもぞとシーツの山の中から顔を出した。眩しそうに瞳を細め、自分を見下ろす男をじろりと睨む。
「誰のせいだよぉ……」
「オレのせいか?」
「すっとぼけるな……」
「だが、ソニアだって続けたいって……」
「あーーーもうっ!」
じたばたとシーツの中でソニアが暴れると、ダンデは軽く笑い声を立ててそのまま彼女を抱き込んだ。ひゃあ! と高い声が上がり、絡まったシーツの中からソニアが驚きの顔を出す。
「なっ、なにダンデくん!」
「このままシャワー行くぜ」
「えっヤダ降ろして歩ける!」
「どうかな、あやしいぜ。ふらつくと危ないし、なにより――着る服がない」
「は、はぁ!? なんで、昨日着てたやつは……」
「さっき洗濯に出した」
しれっとしたダンデの返答に、ソニアがみるみる真っ赤になった。その隙に、ダンデは横抱きにしたソニアの身体を軽々持ち上げてベッドを降りる。
足元で見上げてくるワンパチに気づいて、彼は爽やかにウインクを飛ばした。
「ワンパチ、すぐにソニアと追いかけるから、先に朝食室へ行ってくれ。リザードンたちもいるからな」
「ヌワン……」
ちょっぴり不服そうに唸るワンパチに、ダンデは柔らかく苦笑する。
「そう拗ねるなよ。今日の講習会には、きみもお供するんだろ?」
「ぬわふっ」
「じゃあ、たっぷりソニアを独り占めできるぜ。だから、いまはオレに譲ってくれ」
「ぬぅ……」
じっとダンデと見つめ合ったワンパチは、やがてふすう~と長い長い溜息をつき、やれやれというように尾を振った。ダンデの腕の中でそれを見下ろしていたソニアが、堪えきれず噴き出す。
「め、めっちゃ不本意そう~っ」
「この家で暮らすようになってから、すっかりソニアを取り上げちまってるからな。寂しい思いをさせてるぜ」
「あは……だいじょぶでしょ。夜以外はそんなに環境変わってないよ」
「夜が一番大事なんじゃないか?」
ダンデの言葉に、ソニアはきょとんと目を丸くした。
「そう? なんで?」
「ずっとソニアと一緒に寝てたんだから、急に離れて眠るのは、ワンパチにもストレスだろ」
「あ~、なるほどね。う~んどうかな……ワンパチ、寂しい?」
ソニアが問いかけると、ワンパチはわかっているのかいないのか、いまいち伝わらない笑顔でわふうっと吠えた。それからにこにこと笑って舌を出し、くるくると回る。
ご機嫌そうな様子に、ソニアはにやにやと笑った。
「ね? うちのこは、そんなに繊細じゃないんだよ」
「そうか……オレが気を回し過ぎたか」
「それに、リザードンやほかのみんなと一緒に眠れるのは昔を思い出して嬉しいだろうし。まあ、ダンデくんが気になるなら、たまには一緒に寝るようにすればいいじゃん」
「……それは困る」
「ん?」
「そこは譲れないぜ」
憮然と言って、ダンデがソニアの額にくちびるを寄せる。ソニアは再び真っ赤になって、身もだえるように暴れた。
「もーっ! だったら言うなよぉ!」
「一応の気遣いだ。どうしてもというなら、他の打開策を考えようかと」
「あーはいはい。ほらもう、早くシャワー連れてって! 時間なくなっちゃう」
「おっと」
急かされて、ダンデはそのままくるりと振り返った。寝室についているバスルームへ向かう主たちを見送って、ワンパチは平和な顔でふすんと息をつく。
子供のころから知っているダンデの匂いは、最近少し変わってきている。縄張りを主張する群れのボスによく似た、独占欲の色が濃い。ツガイを得たオスが、せっせと巣作りをしてメスを喜ばせるあれだ。
その濃厚さに、少し辟易することもあるけれど……なによりもソニアが一番のワンパチは、ダンデの隣で幸せそうに笑う彼女を見ているだけで、なんでもよくなる。
遠くから聞こえるシャワーの音と、仲睦まじいやり取りを耳にして、ワンパチは上機嫌に歩き出した。朝食室にいるリザードンたちに、今朝の屋敷の探索結果と、ソニアとダンデのやり取りを教えてやりたい。
みんな結局、自分の主たちが幸せそうに一日を迎えることが、なにより嬉しいことだから。