challenge
#84.輝く【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】
2026/10/27 21:27【お題】ダンデ×ソニア
#77.掴むの続き
完成したコテージパイをつつきながら、まったりとお茶を飲んでいた時。
「あの、ソニアさん。ちょっと、聞いてもいいですか?」
珍しく神妙な様子でユウリが囁いてきた。ソニアは長い睫毛をぱちりと瞬かせて、それからこくんとパイを飲み込む。
つい先ほど、この家の主婦は隣家の奥さんに(つまりユウリの母親だ)おすそ分けをしてくると言って離席したばかりだ。おすそ分けなら、ユウリが持って帰ればいいと思うのだが、その他にもなにやら用事があるらしい。井戸端会議に花を咲かせて、しばらくは戻ってこないかもしれないな、と思っていたところへの、ユウリの問いかけ。
ソニアはピンと来たように短い眉を上げた。
「なぁに、ホップのこと?」
わずかなからかいを口調に乗せて問えば、ユウリはぽっと白いほほを赤く染めた。その可愛らしい反応に、ソニアはますます楽しくなる。
古今東西、女子はコイバナが好きだ。もちろん、ソニアだってその例に漏れない。けれど、彼女は自分のコイバナを誰かに話す機会のあまりないティーン時代を過ごしていた。心の友と書いてルリナと呼ぶ存在にさえ、堂々と自分の恋の悩みを打ち明けたことはない。
むしろ、ダンデと恋人になった後の方が、なんやかやとルリナには世話になっている。怒涛のようなコイバナ(彼女曰く、ノロケ)を、心友は海のように広いこころで受け入れてくれていて、本当に頭が上がらない。
そんなふうだから、まさにソニアの失われたティーン時代を体現し、青春真っ盛りのコイバナを提供してくれるユウリのことを、ソニアは妹分としても、ティーン時代に戻ったような気にさせてくれる相手としても、とても大切に思っていた。
「告白の相談?」
ソニアが水を向けると、ユウリはさらに真っ赤になった。そうして、いまさらのようにきょろきょろとあたりを見回す。告白する相手のお家でする話題じゃないかも、と尻込みした様子の彼女に、ソニアはあっけらかんと笑った。
「だいじょぶだいじょぶ。おばさま、まだ戻ってこないって。ていうか、戻ってきたとしてもきっと、一緒になって相談に乗ってくれるよ?」
「い、いや、さすがに本人のお母さまに告白の相談をするっていうのは……」
「まずいかな?」
「気マズいです」
真剣な表情で唸るユウリに、ソニアは軽く笑った。
それから、ほの暖かな紅茶のカップを持ち上げて、ふうっと息をつく。
「それで? なにかわたしにできることある?」
告白のお膳立てとか、シチュエーションの提供とか?
軽い調子で聞いてくるソニアに、ユウリは真剣な表情で問いかけた。
「ソニアさんって、ダンデさんに告白したんですか? それとも、された方?」
「えっ!?」
ド直球の問いに、ソニアは思わず大きな声を上げてしまった。紅茶のカップが激しく揺れて、ソーサーの中にわずかにこぼれてしまう。
慌てたソニアが紙ナフキンに手を伸ばして拭いていると、ユウリは神妙な面持ちで続けた。
「不躾なこと聞いちゃってすみません……でも、わたしにとって、死活問題で……」
「う、うん。まずはその、死活問題とやらを、教えて」
自分の話にお鉢が回るのはその後だ、と、ソニアはとりあえずユウリの問題を聞く態勢を整えた。
ユウリはさらに真剣な表情で話し始める。
「その……ホップって、カッコいいじゃないですか」
「え、うん?」
「自分の夢に真っ直ぐに努力する姿とか、周りをあったかくしてくれる優しさとか、さりげない励ましとか、いつも同じ目線でいてくれるところとか……すごくキラキラしてるし……眩しくて、見てられない時もあるんです。こんなに輝いてる男の子のこと、誰だって好きになっちゃう、わたしの他にも、きっといっぱいライバルいるんだって思うと、焦っちゃうけど、でも、自分から一歩踏み出す勇気も持てないっていうか……」
「お、おう」
マシンガンのようにとめどないユウリの話を聞きながら、ソニアはさすがに気恥ずかしくなった。幼い頃から知っている弟分に、こんなに真っ直ぐ恋慕を向ける少女の存在が眩しい。そうか、あの子もこんなふうに、女の子に好かれる年齢になったんだなあ……などと、脳内の保護者ソニアが感慨深く頷いている。
そんなソニアに、ユウリはぐっと身体を近づけた。
「で、ソニアさんはどうだったのかな、って思って」
「ん?」
「ダンデさんも、めちゃくちゃ輝いてる人じゃないですか」
「あー」
そこに繋がるのか。遅ればせながら思い至ったソニアは、再び自分にお鉢が回ってきた『コイバナ』に、若干尻込みした様子で答えた。
「いやまあ……確かに、無駄にキラキラしてたよね……」
「ホップのお兄さんってことを差し引いても、めちゃめちゃ輝いてますよね」
「ははは……いや、うん。でも、わたしの場合は、慣れたっていうかさ。幼馴染だから、付き合いも長いし、さすがに耐性がつくっていうか……」
しどろもどろになったソニアに、ユウリはわずかに身を引いて、そっかぁ、と頷いた。
「そうですよね……どれだけ眩しい存在でも、ずっと一緒にいたら、多少は慣れるかぁ……」
「うん、そうそう。だからユウリも、そのうち慣れるって」
少々いい加減なことを言いながら、ソニアは苦笑する。コイバナは好きだけれど、自分とダンデのことを話題にするのは未だに慣れない。意識しすぎなのよ、と、ルリナあたりに呆れられそうだが、こちとら正真正銘のコイバナ初心者で、ティーンの頃に受けるべき甘酸っぱい洗礼をまったく浴びずにいきなり恋を成就させたのだ。既に婚約している身ではあるが、気分は初恋を実らせたばかりの初々しい少女である。
そんな情けない自認を明かすことはできないので、ソニアは精一杯の年上風を吹かせてほほ笑んだ。
「焦んなくていいと思うよ。相手がキラキラ輝いて見える時代なんて貴重じゃん、楽しんだ方がいいって」
そんなソニアのアドバイスに、ユウリはきらりと琥珀の瞳を輝かせた。
「ソニアさんは、いまもダンデさんが輝いて見えますか? それとも、もうそんな感じじゃない?」
「え!?」
鋭い問いに、ソニアは思わずおおきな声を上げてしまった。そのあからさまな反応に、恥ずかしそうに眉を上げる。
「いや、えぇと……輝いて……う~ん、さすがにもう……いや、たまには……ていうか、時と場合による!」
あまりの照れくささに語気を強めるソニアに、ユウリはまるい瞳をキラキラと瞠った。
「そうなんですね~。でも、だいぶ落ち着いたんだ。どのくらいの時間がかかりました?」
「えっ?」
「だから、いつからダンデさんのこと、眩しく見えてたのかなって。さっき、時間をかければ慣れるって言ってたじゃないですかぁ」
「うっ」
グイグイ来る。すっかりユウリの独壇場になってしまった『コイバナ』は、何故かソニアの話にすり替わっていた。
けれど、それを指摘する前に、ユウリが素早く問いを重ねてくる。
「ダンデさんが輝いて見えたきっかけ……例えば、チャンピオンを降りて、バトルタワーとか、スタートーナメントとか、社会的にものすごくおおきな成功を収めた時とか?」
「え……いや、別にそれは、そんなに変わらないっていうか」
「じゃあ、チャンピオンとして怒涛の連覇を果たしていた時代ですか?」
「う~ん……まあ……でも、ダンデくんは昔から強かったし」
「じゃあ、チャンピオンになったとき?」
「あ~……まあでも、それはおおきな変化だったけど、だからいきなり輝いたかっていわれると……」
「じゃあ、もっと前なんだ。一緒にジムチャレしてた時ですか?」
「いや、その時は別に、特筆した変化はなくて」
「え、じゃあ、もっと前?」
「う~ん、まあ、そういわれると……」
いつからダンデが輝いて見えていたのか? 突き詰めて考え始めると、どんどん記憶が遡っていく。
ソニアがぼんやりと答えていた先を素早く摘み取って、ユウリが最大限にキラキラした眼差しを向けてきた。
「それって、それって、出会った頃からってことですか!?」
「え?」
出会った頃から?
ユウリがあまりにも興奮したように問うてきたので、ソニアは軽く引いてしまった。遡った記憶の小箱を再び開き、ダンデとの初めての出会いを思い出す。
両親を亡くし、祖父母のもとに引き取られた五歳のソニアは、まるで音のないモノクロの世界で生きているようだった。
優しさと思いやりで抱きしめてくれる祖父母のやわらかい手を覚えている。夜が怖くて、まるでどこかへ攫われてしまうような恐怖を感じながらも、そもそもここが、ソニアがいるべき場所かどうかもわからずにいた。
父も母もいない、灰色の世界。唯一の光は、祖母の研究室にある、ポケモンの図鑑たち。なににも興味を示せなくなりそうなモノクロの恐怖の中、ポケモンの未知だけが、ソニアの興味を引き付け続けた。
人はみな、お母さまやお父さまのように、いなくなってしまう。おばあさまも、おじいさまも、いつかはソニアの傍からいなくなる。
でも、ポケモンは違う。どれだけ学んでも、どれだけ調べても、ポケモンの不思議はなくならない。一生をかけて、ソニアが追い続けても、ずっとそこにいてくれる。
ちいさなソニアの命綱。そしてそこに現れた、同じくらいポケモンのことが好きな、不思議な少年。
ソニアがポケモンに抱く『謎』を、一緒に追いかけてくれる。それなのに、彼はソニアと同じものを見ているわけではない。彼は、ポケモンの不思議を解明すると同時に、かれらの可能性を最大限に計算して、未知を未知のままさらに輝かせる才能を持っていた。
ダンデと知り合ってから、ソニアの世界は徐々に色を取り戻していった。鮮やかな色彩の中で、ダンデの輝きは一層眩しくソニアを照らす。まるでポケモンのように、その強烈な光はソニアを引き付けた。
たとえダンデがいなくなったとしても、彼の輝きはなくならない。ポケモンという未知を通じて、ずっと傍に彼を感じられる。
幼いソニアは、自覚もないままダンデという輝きに呑み込まれてしまった。
「……」
それを、いま。
思いがけず自覚して、ソニアは茫然とする。
「ソニアさん?」
ハッと我に返ると、すぐ傍でユウリはぱたぱたとちいさな手を振っていた。目の前を踊るその指に、ソニアは慌てて声を上げる。
「あ、いや、なんでもない!」
彼女の様子に、ユウリはちょこんと小首をかしげ、それからしみじみと呟いた。
「ソニアさんとダンデさんの歴史は、十七年……そんなに経っても、まだ輝きを失わないのかぁ……。わたしも長期戦になるのかなあ」
その言葉に、ソニアは赤くなったまま返答に詰まった。それから、少しだけ照れくさそうにほほ笑む。
「そうだね……ごめん、さっきの言葉は撤回。耐性がつくとか、慣れるとかって話じゃなかったわ」
「え?」
ユウリがきょとんと問い返すと、ソニアは心底幸せそうな笑みを浮かべてこう言った。
「開き直るっきゃない。一生、あの輝きの隣にいたければね」
「……至言だぁ!」
楽しそうに笑いながら、ユウリは諦めたように両手を上げた。