challenge
#83.茶化す【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】
2026/10/25 21:22【お題】ダンデ×ソニア
本日のシュートシティは、とある催しのために街全体が華やかに浮き立つようだった。
ガラルの国民を十年もの間熱狂させていた無敵のダンデが、生涯のパートナーを得たことを国民に伝え、リーグを上げてそれを祝う婚約式がロンド・ロゼの迎賓会場で行われている。国賓クラスのゲストを迎える規模の会場には、ガラルのポケモンバトルリーグに属するメジャークラス、マイナークラスのジムリーダーたちが招待され、さらにスポンサー企業、政府関係者やポケモン研究に携わる著名人を含む文化人などが祝いに駆けつけている。
その華々しい宴の最前列では、あらゆる媒体のメディアスタッフが、国民人気の高いトップランカーや、芸能人たちを取材していた。祝いの席の彼らは、普段とは違う装いや一面を見せ、今宵の主役であるダンデとソニアへの寿ぎを惜しまない。
これは、個人の婚約発表の場を借りたリーグの宣伝パーティーでもある。最大限に『ダンデ』のネームバリューを利用し、大々的にガラルポケモンバトルを盛り立てるその隙のない手腕の裏には、もちろんリーグの辣腕首脳陣が関わっていた。
特別番組として進行する豪華な会場内では、本日の主役であるダンデとソニアがにこやかに寄り添っている。
金色の刺繍が施された漆黒のテーラードジャケットに、深い紫のベストとタイを合わせたダンデは、一分の隙も無い男ぶりでいつも以上に堂々と脚光を浴びていた。胸元のウェルトポケットから覗くチーフの色は鮮やかなオレンジ色で、エンブレムやタイピンなどに差し込まれたアクセサリーの色も同じだった。
そんな彼の傍らに立つソニアは、アシンメトリーデザインの深いフォレストグリーンのロングドレスを着こなし、薄明の色を繊細に表したシルクのショールを身にまとわせている。白い肌を飾るアクセサリーの色も、宵闇を閉じ込めたような鮮やかな紫。お互いの色をさりげなく身に着けた姿は、上品でいて優美だった。
彼らは幸せそうにインタビューに答え、友人たちから飛んでくる砕けた質問などに朗らかに対応した。ほとんどは予定調和の台本だったが、その幸福に満ちた光景は、テレビ中継やネット配信を通じて、多くのガラル国民に伝わり、国を挙げての祝賀ムードが高まる。
招待客が食事やドリンクを楽しみながら交流をし始めると、その様子をカメラが追った。バトルの時とは全く違う顔を見せる著名人たちのやり取りやコメントに場が湧き、彼らの手持ちの面々の素の様子が聴衆を喜ばせた。
そんな、華やかで圧倒されるようなエネルギーの祝宴が、ようやく落ち着いたころ。
メディアが退出したあとの、プライベートな交流が始まった大ホールを抜け出して、ホップは一息つくようにテラスへと向かった。
今日の彼は、主役の身内ということで少し目立たない席にいた。家族が嬉しげにダンデとソニアを見守っている中で、ホップも何度か感極まりそうになって、そのたびにはしゃいだように笑っていた。
子供のころから憧れていた大好きな兄が、子供のころから面倒を見てくれた、大切な姉代わりと幸せそうに笑っている。その光景があまりにも眩しくて、そしてちょっぴり寂しくて、けれど間違いなく嬉しくて、誇らしい。感情がぐちゃぐちゃになる前に、ホップは夕闇の広がる屋外のテラス席にたどり着いて、大きく息をついた。
広い会場には多くの人がいるけれど、テラス席には誰もいない。ちょうど夕日が落ちる頃合いで、空には兄の色とソニアの色が広がっている。
再びぐっときて、ホップが眼差しを上げた。闇雲に感動している自分が我ながらおかしくて、照れくさい。
もう少し、気持ちを落ち着けてから会場に戻ろう――そう思った時、トントン、と背中を叩かれた。
「わ、ユウリ?」
「へへへ。ホップ、お隣いいかな?」
悪戯っぽく笑ったユウリは、今日の日に合わせて最高におめかしをした装いで可愛らしく立っていた。
白を基調にしたドレスは、膝より少し上くらいの長さのドレープデザインで、背後はシフォンのレイヤードがまるで魚の尾鰭のようにゆらゆらと足首まで揺れている。深いボルドーのリボンやストールが可愛らしさを演出しながら、全体的に大人っぽい雰囲気だ。
いつもとは違ったユウリの華やかさに、ホップは気圧されたように瞬きをした。
「ホップ、今日すごくかっこいいね」
ユウリは全く屈託を見せずにそう言うと、このところ大分背丈の伸びてきたライバルを改めてまじまじ見つめる。
ダンデの衣装とデザインが似ているテーラードジャケットを着こなし、ブルーのベストと白いシャツに、ゴールドを織り込んだネイビーのネクタイをつけ、漆黒のスラックスを合わせている。少年らしい細身の体型にとてもよく似合っていた。
ホップはユウリの称賛に、ハッと我に返ったように慌てた。
「いや、ユウリこそ! すっごく似合ってる、すっごく綺麗だぞ!」
「えへへ、ありがとう~」
照れくさそうに笑うユウリは、花のように可愛らしい。ホップは思わずぽっと見惚れてしまい、彼女の不思議な琥珀の瞳から目が離せなくなった。
ユウリは楽しそうに視線を空に向け、吹き込んできた秋の風に少しだけ肩をすくめる。
「陽が落ちると、ちょっと寒いねぇ」
「あ、ユウリこれ着て!」
再びハッとして、ホップが着ていたジャケットを脱ぐ。華やかなそれを渡されたユウリは、嬉しそうに破顔した。
「ありがと、ホップ。でも、ホップが風邪ひいちゃうよ」
「オレはだいじょうぶだぞ! ユウリはホラ、肩とか出てるし……」
華奢な白い肌から目をそらしながら、ホップがもごもごと言う。普段通りに喋りたいのに、どうしてか変に意識してしまって、彼は情けなさに臍を噛んだ。
そんなホップに改めて礼を言って、ユウリはジャケットを肩から羽織る。彼の温もりが移っているそれは、天国のように暖かかった。
「あったか~い……あと、すごくいい匂いがする」
スンスン、と鼻を鳴らすユウリに、ホップはわああ、と声を上げる。
「や、やめてくれユウリ! たぶんそれ、ソニアがふざけてかけた香水!」
「あ、やっぱり! ソニアさんぽい香りだと思った~。控室に遊びに行ったとき?」
「う、うん。なんかもう、ソニアテンションおかしくて……」
「あは、わたしが行った時もそんな感じだった~。あんなにテンパってたのに、本番はバシッとカッコよくてめっちゃ綺麗で、さっすがソニアさんだよねぇ」
うっとりとした顔で言うユウリが、テラスの低い手すりに体重をかけて寄りかかる。ホップはその隣に寄って、同じく手すりに手をかけた。
「うん。アニキはいつも通りだったけど、考えてみればこういう場面は慣れっこだもんな」
「そうだよねえ。チャンピオンシップのマイクパフォーマンスとか、これよりもっと大勢の人の前で堂々としてさ……はぁ~、わたし、あれすっごく苦手……」
やわらかいほほをこてんと手の甲につけて、ユウリがホップの方を見上げる。夕景に染まる彼女の姿に、ホップは眩しげに瞳を細めた。
「そんなことないぞ、ユウリのパフォーマンス、オレは好きだぞ!」
「うう、ホップはいつも褒めてくれるぅ……けど、いっぱい噛んじゃって、その切り抜き動画まで出てるんだよね……」
「あ、見た。しょうがないぞ、あれは……いや、がんばりましゅはかなり面白かったけど……」
「もぉ~!」
茶化すホップに腹を立て、ユウリがぽこんと彼の肩を拳でぶつ。ホップはくすぐったげに肩をすくめた。
「いいじゃないか、最初からうまくいくわけないんだぞ。それに、噛むといえばさっきソニアだって嚙んだじゃないか」
その言葉に、ユウリは悪いと思いながらも楽しそうに笑った。
「そうそう! でもさ、全然慌てないで堂々と流してたよね。そうか、ああいうふうに知らんぷりすればいいんだ、って、勉強になったよぉ」
「ソニアはわりと、開き直るタイプなんだよな。失敗を最小限にするパフォーマンス? とかいって、マズい時こそ胸を張れって言ってる」
「あっはっは、ソニアさんらしい~」
ふくふく笑うユウリの髪が、さらさらと揺れる。ホップはライバルの笑顔を見つめて、少しずつ自分の気持ちが落ち着いていくのを感じていた。
そんなホップの表情に、ユウリはじっと瞳を向ける。見つめられて、ホップは違う意味で落ち着かなくなった。
「な、なんだ?」
「んーん。ホップがいつもの顔になったなって思って」
「え?」
「ホップ、さっきちょっと泣きそうだったでしょ?」
ユウリの言葉に、ホップはパッと目を見開いた。褐色の肌が赤く染まり、慌てたように声を上げる。
「い、いや、そんなことないんだぞっ」
「うそぉ~。ごまかさないでいいよ、ホップ。わたしだって泣きそうになっちゃったもん」
「だ、だからオレは」
「人間って、嬉しすぎても泣けるんだよねぇ」
のほほんとしたユウリの言葉に、ホップは困ったように眉を寄せた。のんびりとしているようで案外鋭いライバルは、にこにこと笑いながらホップを見上げている。
その笑顔に、ホップは諦めたようにため息をついた。
「……アニキとソニアには、内緒にしてくれよな」
「わかってるよぉ。ホップが嬉し泣きをしてたなんて知ったら、ダンデさんも泣いちゃいそうだしねぇ」
「あのなぁ……」
先ほどの逆襲のように茶化されて、ホップが苦々しげに呟くと、ユウリは存外真面目な顔で続けた。
「ホップはずっと、ずーっとダンデさんのことを応援して、追いかけて、憧れて、幸せを願ってたんだもん。離れていても、すっごく強い気持ちで繋がってた。そんな相手が、世界一幸せになった姿を見たんだよ? そんなの、泣くしかない」
「……!」
はっと目を瞠ったホップの黄金の瞳が、一瞬で潤んだ。パッと顔を背けた彼が、恥ずかしそうに俯く。
ユウリはホップの尖った肩をそっと撫でて、やわらかく囁いた。
「よかったね……ホップ」
「……」
その思いやりのこもった言葉に、ホップはわずかに震えながら頷いた。
ユウリはホップの肩をポンポン、と叩いて、そのまま離れる。肩にかけていたジャケットを脱いで、彼の方へ差し出した。
「ホップ。わたし、先に会場に戻るから、ここで少しゆっくりしていってね」
「……待ってくれ」
低く囁いたホップが、赤い目を向ける。潤んだ黄金の瞳に縫い留められて、ユウリの鼓動がぴょこんと跳ねた。
ホップは恥ずかしそうに顔をしかめながら、差し出されていたジャケットをもう一度ユウリに着せかけた。それから、彼女の手を取って、そっと握りしめる。
向かい合った彼らは、夕日にも負けないほど赤くなって対峙した。
「もう少し、一緒にいてほしいんだ……ダメかな?」
「え……い、いいよ。ていうか、一緒にいて、いいの……?」
「いてほしい。ユウリにいてほしいんだぞ」
はっきりと言って、ホップがユウリの琥珀色の瞳を覗き込む。彼女の不思議な瞳は、感情を映してわずかに色を変えた。夕焼けを映すそこに光る、喜びのオレンジを見つけて、ホップが嬉しげにほほ笑む。
ユウリもほほを染めて笑い、繋いでいた手に力を込めた。
「ダンデさんもそうだけど、ソニアさんもすごく幸せそうだよね。ホップの喜びも二倍だぁ」
「まあな。なんだかんだ言って、ソニアのことも見守ってたしなあ」
肩を寄せて手すりに向かい、手を繋ぎながら星空を見やる。薄明の色は濃くなり、ダンデからホップの色へと変わっていた。
ユウリはそれを見つめながら、思わずのように呟く。
「いいな、ソニアさん……」
「え?」
「ダンデさんの隣で、すごくすごく綺麗だった。好きな人の隣で、あんなに幸せに笑えるの……うらやましいな」
少女の憧れを詰めたようなソニアの姿を思い浮かべながら、ユウリが瞳を細める。いままで見た誰よりも、今日のソニアは美しかった。それが、素直に羨ましい。
いつかわたしも……と、ぼんやりとした憧れが無意識に視線を動かした。傍らの少年を見上げると、彼は真剣な瞳でユウリを見つめていた。夜空と同化した薄明の髪が風に揺られて、秀でた額が露わになっている。凛々しい眉が、なにかを決意したように寄せられていた。
「ホップ?」
「……ユウリ、オレ……」
熱を帯びたようなホップの言葉が、赤く染まったユウリの耳朶に届くか届かないかの瞬間。
「あー、もう、こんなとこにいたぁ!」
「っ!?」
テラス席の向こうから、ソニアの高い声が上がった。ホップとユウリは同時に肩を跳ねさせて、バッと振り返る。そこには、本日の主役である二人が並んでこちらに歩いて来る姿があった。
「あ、アニキ、ソニア」
「もぉ~、探したじゃん! この後ジムリのみんなで写真撮るから、あんたたちも入……って……」
そこまで言ってから、ソニアはぴたりと歩を止めた。彼女の背後からやってきたダンデが、おや、という顔をする。
ソニアは顔を赤くしているホップとユウリを見やって、美しく化粧の施された顔をひきつらせた。
「……えっ、とぉ……もしかして、わたし、やっちゃった?」
「な、なにがだ?」
ホップがとぼけるように言う。けれどソニアは、あぁ~と声を上げて額を抑えた。
「うわぁ~、ごめん! お邪魔しました!」
「いや、なにも邪魔してないぞ!?」
「そ、そうですよぉソニアさん!」
恥ずかしそうに笑うユウリも否定するが、ソニアは華奢な首を振りながらため息をつく。
「はぁ~、ソニアさんともあろう者が……会場の雰囲気に呑まれて、テンションがおかしかったから、うっかりしてたわぁ……うんうん、そうだよね、舞台効果はばっちり、装いも完璧、ムード満点! ……ごめんねぇ、ほんとごめん、こっちは気にしないで、ゆっくり続きしていいからね!」
自己申告通り、ソニアのテンションがおかしいのを差し引いても、返答に困る気遣いだ。ホップとユウリは真っ赤になってうろたえてしまい、場の空気が手の施しようなないほど固まった瞬間、ソニアの腰にそっと長い腕が添えられた。
「ソニア、落ち着けよ。きみ、ちょっと深呼吸した方がいいぜ」
「はぁ? 別にわたしはだいじょうぶだよ、ちょっとパニクってるだけ!」
「ああ、よく頑張ったな。もう気を抜いてもいいぜ」
「……いいの?」
「うん。ホップとユウリくんの顔見て、緊張が解けたからますますテンパったんだよな。ふたりともわかってくれるさ。まずは落ち着いて……ワンパチの種族値でも数えるか?」
「うぅ……59、45、50……」
ソニアがダンデにもたれかかりながらぶつぶつと何事かを呟き始めた。呆気にとられたホップとユウリが見守っていると、ダンデはやわらかく苦笑して弟たちを見やる。
「すまなかったな、ふたりとも。ソニアが限界を超えちまったんだ。ちょっと休ませてやってくれ」
「だ、だいじょうぶか、ソニア?」
「ソニアさん、お水持ってきます?」
心配そうに寄ってきたホップとユウリに、ソニアは情けなさそうに眉を下げて、泣き笑いを見せる。
「だ、だいじょぶぅ~……いや、どうなんだこれ……人生初すぎてもう、わけわかんない……」
「さすがに二時間ぶっ続けでスポットライト浴びるのはきつかったな。がんばったぞ、ソニア!」
「うぅ、ホップ……アンタは天使か……」
「ソニアさん、終わったら甘いものいっぱい食べましょうねっ! 今日までがまんしてたんだから、今夜くらいはチートデーですよ!」
「ユウリぃ~……もう、大好きぃ、こっちきてぇ」
「わ、はい」
ソニアの細い腕が、思い切りユウリを抱き込む。そうやって落ち着きを取り戻そうとしているソニアを、ダンデは穏やかに見守っていた。
「アニキはだいじょうぶか?」
ダンデの傍らにやってきたホップが問うと、ダンデはニカッといつもの笑顔を浮かべる。
「オレはなにもしてないしな。インタビューの台本はあったし、ひな壇で置物みたいにしてればいいだけだ。オレよりも、ソニアの方が注目されてたし、大変だっただろう」
「そっか……でも、みんな祝ってくれたし、大変だったろうけど、ソニアにとってもよかったよな」
「ああ」
だいぶ目線の高さが近づいた弟を見やって、ダンデは嬉しげにほほ笑んだ。
「ようやく一区切りだ。あとは結婚式だけ」
「結婚式は、もっと静かにやるんだろ?」
「ああ。そっちはマスコミ無し、関係者だけのこぢんまりしたやつだぜ」
婚約式の規模は、ダンデの立場上のものだ。それに付き合ってくれたソニアには、結婚式こそゆっくりと、落ち着いた雰囲気で味わってほしい。
ホップはダンデを見上げて、ニカッと屈託なく笑った。
「そん時こそ、アニキは泣くんじゃないか?」
「ああ、かもな。一緒に泣いてくれるか、ホップ?」
茶化すような、けれど存外真剣なダンデの問いかけに、ホップは心底嬉しげに破顔した。
「任せてくれ!」
その力強い返答に、ダンデも笑う。兄弟は拳を合わせ、溢れる幸せを分かち合った。