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#82.撫でる【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】

2026/10/23 21:19
【お題】ダンデ×ソニア



 ポカポカ陽気の昼下がり、ダンデは跳ねるような足取りで家路についていた。
 今日はお昼すぎからソニアが遊びに来てくれる。午前中は、父親の手伝いでウールー小屋の寝藁の世話をして、約束通りお小遣いをもらっていた。お昼ご飯を食べたら、きのみ屋さんに行って好きな味のきのみアイスをソニアと一緒に食べるつもりだ。
 意気揚々とやってきた家の玄関で、鉢合わせた母親が明るい声をかけてきた。
「お疲れさま、ダンデ。ソニアちゃんもう来てるよ」
「えっ、ホント?」
「マグノリア博士がサンドウィッチを持たせてくれたんだって。ダンデの分のお昼と一緒に、裏の丘でピクニックでもしたら?」
「やったぜ!」
 飛び上がって喜ぶ長男に、母親は朗らかに笑った。
「ホップと一緒にリビングで待っててくれてるよ」
「はあい!」
 入れ違いに家の中へ駆け入って、ダンデは一番初めにリビングへと向かった。燦々とした日差しの溢れるそこには、おおきなラグの敷かれた積み木のコーナーがある。反発の少ない不思議な感触のクッションが並んでいて、そこに沈むようにソニアとホップが眠っていた。
 まだよちよち歩きのホップは、寝ている時間が多い。赤ちゃん特有のミルクの匂いと、湯たんぽのようにしっとりと暖かな身体を抱きしめていると、ダンデだってあっという間に眠ってしまう。
 だから、遊びに来たはずのソニアがくうくうと寝息を立てているのを見て、ダンデはがっかり半分、嬉しさ半分に笑った。
「ソニア」
 眠っているのを起こすのは可哀想かと思ったが、せっかく遊びに来てくれたのだ、少しでも多く彼女と過ごしたい。純粋な欲のままに歩き寄ったダンデは、膝をついて幼馴染の寝顔を覗き込んだ。
 ホップを小脇に抱えた彼女は、やわらかな陽光に半分照らされていた。黄昏色の髪の毛が、燃えるように輝いている。ヒトカゲと同じ、でももっと美しくきらめくその色に、ダンデはうっとりと見惚れた。
 ソニアの長い髪は、ふわふわとしている。ダンデの髪とも、ホップの髪とも違うその手触りは、ウールーの毛に少し似ている。
 きらきらと輝くそれに、幼いダンデは素直に手を伸ばした。
 自分の褐色の手のひらの下で、優しい感触が広がる。お日様の光を吸ったソニアの髪は、信じられないほど暖かくてやわらかだ。
 すごくすごく、気持ちいい。ずっと撫でていたい。
 無心に手指を動かしていると、その感触に気づいたらしいソニアがぽかりと瞼を開けた。ぽやんと蕩けるエメラルドの瞳が、ダンデを見上げる。ダンデは残念に思いながら、ソニアの髪から手を離した。
「おはよ、ソニア!」
「おはよぉ……?」
 まだ寝ぼけているらしいソニアが、くしゅんと眉をしかめる。それから再び瞬きをして、ダンデの顔をもう一度見やった。
「……あ。わたし、寝ちゃったんだあ。ごめんね、ダンデくん」
「ううん。だいじょうぶだぜ」
「ホップが寝ちゃって、つられちゃったんだよねえ。あ、そうだ、今日ね、おばあさまがサンドウィッチ作ってくださったんだ。一緒に食べよ……」
 そう言いながら、ホップの傍らに身を起こしたソニアが、不意に言葉を切る。不思議そうな顔で、自分の髪の毛に手をやった。
「……なんか、ざらざらしてる……」
「え? ――あっ!」
 その時になって、ダンデは陽の光の下で輝くソニアの黄昏の髪に、ぺったりと茶色い土がついてしまっていることに気づき、慌てて自分の手を確かめた。ウールー小屋で作業をしていたそこには、乾ききっていない泥がこびりついている。
 ダンデがさぁっと青くなっていると、リビングの入り口に母親が現れた。
「あら、ふたりともまだいたの? ダンデ、お昼のバスケットはキッチンにある――やだ、ソニアちゃんその髪どうしたの!?」
「え?」
 きょとんとしたソニアが振り返る。ダンデの母は眉をしかめながら急いで少女のもとへ近づいてきた。
「なにこれ、泥……ダンデ?」
「ごっ、ごめんなさい!!」
 じろりと睨まれて、ダンデは真っ直ぐに背筋を伸ばした。叫ぶように謝った彼に、ソニアは目をぱちくりとさせている。状況が飲み込めないような彼女に向かって、ダンデの母は申し訳なさそうに言った。
「ごめんなさいね、ソニアちゃん。ダンデが、あなたの髪に泥をつけちゃったみたい。これ、ちゃんと洗わないとダメだわ」
「え、泥? ……あー、ダンデくん、ウールー小屋から帰ってきて、手を洗わなかったんだ!」
「うっ、ご、ごめんソニア!」
「もー!」
 ぷんぷんとほほを膨らませながら、ソニアはこびりついた泥の感触に眉をしかめる。ダンデの母は彼女を立たせ、バスルームへと連れて行った。
 ダンデはすっかりしょげ返って、家の外へと向かう。バスルームにはソニアがいるので、玄関の脇にある外用の手洗い場に行って念入りに手を洗った。赤くなるまで擦った手指を拭きながら屋内に戻ると、半分濡れた髪の毛を乾かしてもらっているソニアがいた。
「ソニア……ごめんな」
 しゅんと殊勝に謝るダンデを見やって、ソニアは存外あっけらかんと答えた。
「もーいいよ。わざとじゃないんだし……でも、わたしだからよかったけど、汚い手でホップを触っちゃだめだからね」
「う、うん」
 ドライヤーの音に負けないようにおおきな声で答えたダンデに、ソニアはにっこりと笑った。
 ダンデの母は、お詫びだと言ってソニアの髪の毛を複雑な形に編み込んでくれた。ソニアはすっかり機嫌を直して、嬉しそうにはしゃいでいる。そのころにホップが目を覚まし、おおきな金色の瞳をぱちくりとさせて、くるくると回るソニアをキャッキャと見やった。
「ダンデ」
 静かな母の声。ダンデが振り返ると、母はちょっと怖い顔をしていた。
「いい機会だから、ちゃんと言っておきます。これから先、眠っているソニアちゃんを……ううん、起きてる時でも、ソニアちゃんがいいよ、って言わないのに、勝手に触ったりしたらダメよ」
「はい……」
 その声色に、どこかいつもと違う響きを見つけて、ダンデが神妙に頷く。ダンデの母は、少し考えるようにして付け加えた。
「もちろん、ソニアちゃん以外のお友だちもダメ。他人に触る時は、必ず許可が必要なのよ……ダンデがもう少し大人になったら、その理由もちゃんと教えるけど、いまはとにかく、そういうマナーがあるということを覚えておきなさい」
「はい」
「よろしい。じゃあ、もうおしまい。ほらほら、ピクニックするんでしょう? バスケット用意してあるから、行ってらっしゃいな」
 明るい声色になって、ダンデの母が優しく笑う。その声に、ソニアがパッと振り返った。
「行こう、ダンデくん!」
「うん」
 ようやくほっとしたように、ダンデが表情を緩めた。差し出されるソニアの手に、そっとそれを重ねる。
 当たり前のように傍にあるぬくもりが、本当は特別な、いつかは手放さなければいけないものなのだと、その時強く感じた。



「――撫でないの?」
「!」
 無意識に止まっていた指が、ソニアの囁きにピクリと震える。眠っていたはずの彼女は、ダンデの肩にもたれかかりながら上目遣いにこちらを見上げていた。
「起きたのか?」
「起きてたの」
 悪戯っぽく笑って、ソニアが答える。ふたり並んでソファに座り、巨大な壁かけモニタに映る映画を見ていた途中、すうすうと寝入っていたかのように見えた彼女の自己申告に、ダンデはちいさく眉を上げた。
「寝てたぞ?」
「意識は起きてたの」
 難しいことを言いながら、ソニアは自分の肩を抱いていたダンデの手が、そのまま頭を撫でる位置で止まっているのを指さした。
「……で、コレ。機能停止してるけど、どうかしたの?」
「……ああ、ちょっと昔のことを思い出して……」
「昔のこと?」
 不思議そうに繰り返すソニアに、ダンデは苦笑した。エンドロールが始まった画面からは、しっとりとしたクラシックが流れてくる。
 その音を聞きながら、ダンデは今更のように呟いた。
「……昔、母さんに釘を刺されたことがあったんだ。眠ってるソニアに、勝手に触ったらダメだって」
「えぇ? そんなことわざわざ?」
「……母さんなりに、牽制したんだろ。確かにオレは、ソニアに触ることに躊躇しない子供だったもんな」
「いやあ、わりとお互いさまじゃない、それ?」
 照れくさげに苦笑して、ソニアが言う。非常に親密な幼馴染時代を思い出していた彼女は、そういえば、と呟いた。
「ある時から、妙にダンデくんが許可取ってくるなあとは感じたかも。髪とか腕とか触る時」
「ソニアは結構無許可で触ってきたけど」
「それは、迷子になりそうな誰かさんを軌道修正するための必要措置でしょ」
「そうだな」
 くすくす笑うダンデに、ソニアは少し意地悪げに瞳を細めた。
「それで? 急にそれを思い出して、触るのを遠慮してた?」
「……いや」
 ソニアの頭の横でとどまっていたおおきな手のひらが、ゆっくりと彼女の髪に触れる。そのかたちを愛でるように、優しく上下するその動きに、ソニアは満足そうにほほ笑んだ。
「いまはもう、許可を取らなくても堂々と触れるなあ、と、感動していた」
「あら。一応、許可は欲しいかもよ?」
「いちいち? 触れていいか、聞かれたいのか?」
「あ~……時と場合と……ムードに、よる、かも?」
 歯切れの悪いソニアの言葉に、ダンデはさらに突っ込んだ。
「それはどんなムードだ? 例えば、ベッドの中では?」
「……いじわるっ」
 すっかり赤くなったソニアが、ぐりぐりと側頭部をダンデの鎖骨に押し付けてくる。むくれてしまった彼女を、ダンデは慈しむように撫で続けた。
 いつの間にか終了した映画は、最初の画面に戻っている。少しの間無言でそれを見つめていたソニアが、ぽつりとちいさく囁いた。
「……おばさまには悪いけども、わたしは、ダンデくんが髪を撫でるの好きだったんだよね」
「え?」
 意外な言葉に、ダンデが動きを止める。ソニアは彼女に触れていない方のダンデの手をそっと探って、その長い指に自分のそれを絡めた。
「ダンデくんってさ、わたしの髪の毛を触る時、いつもすごく嬉しそうな顔するんだもん。色も好きだよね?」
「……うん」
「わたしは、自分のこのやわらかい猫っ毛、扱いにくくてあんまり好きじゃなかったんだ。でも、ダンデくんが好きなんだから……って、触り心地がいいようにキープしたくて、ケアの仕方とかシャンプーの種類とか研究したり、色々と詳しくなっちゃったんだよね」
「オレのため?」
 ぐっときて問えば、ソニアは照れ臭そうに頷く。
「そうだね。子供の頃ははっきり意識してなくて、いつの間にか習慣になってたけど……ダンデくんと恋人になって、また触ってもらえるようになった時、ああ、この手のためにがんばってきたのかな、って、思った……」
 そこまで言って恥ずかしくなったのか、ソニアはダンデの手のひらをぎゅっと力いっぱい握りこんだ。痛くもかゆくもないその全力に、ダンデは蕩けるように笑み崩れる。
「すごい殺し文句だぜ……」
「い、いや、そうはいっても結局、わたし自身がそういうの好きだったってこともあるよ? ルリナと一緒になって、ティーンの頃は美容オタクみたいになってたし」
「うん、ソニアはいつも綺麗だもんな」
「ひゃ」
 彼女の頭を撫でていた手のひらを、耳の裏に滑らせる。くすぐったそうに震えたその肩を抱き込むように、丁寧に触れていく。
「本当に……きみは、ちいさいころからすごく綺麗だ」
「だ、ダンデくん?」
「あの頃は、ただ漠然ときみに触れていたいと思っていたけど、その理由はわからなかったんだよな」
「ん、あ、ちょっと?」
「思い返せばずっと、オレの望みは一貫していたのかもな……」
「ダンデくっ……」
「――母さんが、釘を刺すはずだ」
 くすくすと笑うダンデの吐息が、ソニアの敏感な肌を滑る。
 ひとつひとつ、丁寧に。炙るように肌を撫でるダンデの熱に、ソニアは宙に浮くような心地で瞳を閉じた。



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