challenge

#81.振り回す【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】

2026/10/21 16:54
【お題】ダンデ×ソニア



「ぬぬぬ……」
 バトルタワーの巨大な正面玄関の前で、ソニアは唸っていた。
 本日は、開業したてのバトルタワーにおけるガラル粒子調査業務でここに来ている。前日はシュートスタジアムの方で別件の打ち合わせがあったので、ブラッシータウンには帰らずにシュートシティに宿泊していた。そのため、いつもの開始時間よりも一時間ほど早く打ち合わせ会議を予定していたのだが、現在時間はそれよりもまだずいぶん早い。
 落ち着かなくて、散歩でもしようかとマンションを出てきたのに、結局まっすぐたどり着いてしまったためだ。
「イヌヌワ?」
 足元で、歩き足りなさそうなこいぬポケモンが見上げてくる。今朝はみんなと一緒にトレーニングに参加していたためか、いつもよりだいぶ活動的だ。この健康的な生活を続ければ、最近気になる体重の増加も改善できるかな……などと、相棒のふくふくとしたまるい体形を見つめて現実逃避に走る。
 その時、背後から快活な声をかけられて、思わずドキリと肩を揺らした。
「あれ? ソニア博士!」
「っ! あ、お、おはようございま~す」
 振り返れば、両手に有名チェーン店のコーヒーをたくさん持った顔見知りのスタッフだった。使い走りをしてきたのか、結構な人数分のカップが刺さった簡易トレイを器用に掲げながら近づいてくる。
「早いですね! 昨夜は、シュートシティにお泊りでしたか?」
「えっ!? あ、はい、昨日スタジアムの方で打ち合わせがあったので……」
「ああ、なるほど。あ、そうだ、おひとついかがです? ブラックでよろしければ」
「え、いいんですか?」
「どうぞどうぞ」
 気さくな彼女が勧めてくれるまま、ソニアはありがたくカップを受け取った。ほのかな温かみを伝えるそれは、コーヒーの香ばしい香りを漂わせている。丁寧に礼を言って、ソニアは命綱にすがるようにその温かさを両手で包んだ。
「今日は、ガラル粒子の測定作業ですよね。おひとりですか?」
 流れで同じ方向に歩きながら、スタッフが尋ねてくる。ソニアはワンパチを入れたボールをバッグの中にしまって、ええ、と頷いた。
「都合がつかなくて、助手はお休みです」
「あら残念……あ、すみません。うちのスタッフの間で、ホップくん人気あるんですよね~。かわいいし素直だし、癒されるっていうか」
「あは、わかる」
 思わず笑ってソニアが言うと、スタッフはにこにこと無邪気に言った。
「それに、ホップくんが来るとオーナーが嬉しそうだから、スタッフ一同ほっこりするんですよ」
「あ~なるほど」
「あ、もちろんソニア博士がいらっしゃっても、オーナーは喜びますけど」
「え!?」
 ぎょっとして肩を揺らすソニアの、少々大げさな様子にスタッフは小首を傾げた。
「?」
「えっあ~、いや、仕事中はきちんと公私の区別をつけてるつもりなんだけどなぁ」
「あ、それはもちろん! でも、ソニア博士やホップくんが来るときは、オーナーのやる気も上がって業務も捗るから助かってるんですよ。って、オリーヴさんのアシスタントが言ってました」
「あはは、そっちならいいです。お役に立ててるのなら」
「もちろんですよ~」
 軽やかに笑いながら、二人は正面ゲートをくぐった。インフォメーションブースに控えていたスタッフがこちらに気づき、立ち上がって礼をする。
「ソニア博士、おはようございます」
「おはようございます。すみません、ちょっと早めに着いてしまいました」
「全然かまいませんよ。ただ、スタッフの準備がまだ整わないので、申し訳ございませんが、会議室でお待ちいただけますか?」
「もちろんです」
「では、ご案内します」
 案内のスタッフがブースを出てくると、コーヒーを運んでいた彼女が気さくに挨拶をしてエレベーターへと向かった。ソニアはそれに笑顔で応え、案内スタッフとともに別のエレベーターへと乗り込む。
「昨夜はシュートにお泊りだったんですか?」
「はい、スタジアムの方の仕事があったので」
「連日お疲れさまです。シュート料理で英気を養っていただけてたらいいんですが」
「あ、もちろん。シュートの最近評判のレストランに行ったんですよ。すごく美味しかった」
「それはよかったです。今度、わたしのおすすめのパブもご紹介させてくださいね」
「うわ嬉しい、ぜひ!」
 リーグスタッフは、基本的にソニアに好意的だ。彼女の気さくな人となりがそうさせている部分も大きいが、先ほどのスタッフの言うとおり、彼女の存在がオーナーの機嫌の向きを限りなく上昇させてくれる。日頃から働きやすい職場ではあるが、トップの調子がいいことは全方向に良い効果をもたらすものだ。
 そんな風に話しながらエレベーターはぐんぐん昇り、やがてお馴染みの階に到着した。ソニアがタワーで作業する際に利用する休憩室があるフロアで、同じ並びに打ち合わせ用の小会議室がある。二人がそちらに足を向けると、中には数人の気配があった。
「失礼いたします、ソニア博士がお越しになりました」
 スタッフが声をかけると、中には二人の職員と談笑していたダンデがいた。ソニアは思わず目を瞠り、早鐘のように鳴り始めた心臓を強く意識する。
 彼女の視線の先で、いつもの乗馬服風オーナースーツを着こなしたダンデが、そつのない風に声を上げた。
「おはようございます、ソニア博士」
「おはようございます、オーナーダンデ」
 この場にいるスタッフは、もちろん二人が幼馴染であることをわきまえている。けれど、あくまでも公的な立場で顔を合わせる時は、それなりの距離感で猫を被るのが暗黙の了解だ。
 いつもならば仕事の前の雑談の時などは、そこまで厳密に線を引かない。主にダンデの方が気やすくソニアに話しかけ、ソニアもそれにつられるように素の顔になる。
 けれど、今日は。
「オーナー、あと二十分ほどでスタッフがそろいます。こちらで博士とお待ちください」
「ああ、わかったぜ」
 案内係のスタッフが言うと、ダンデは鷹揚に頷いた。彼と話をしていた二人のガラル粒子担当スタッフが、口々に挨拶をしながらソニアに話しかけてくる。打ち合わせの前の軽い確認をしていると、また一人スタッフが現れた。
 会話に集中しながら、ソニアは傍らから伝わるダンデの存在をひしひしと感じて、沸き上がりそうになるパニックに堪える。
 ここに来るまで、何度も何度も、何度も覚悟してきた。こころの準備も万全だし、そもそもこの場面を迎えることは、昨夜の時点でわかっていたことだ。
 それでも、やはり、どうしても落ち着かない。覚悟していた以上に、覚悟が足りない。気を抜けばすぐに捕らわれてしまう。
 いま、何食わぬ顔で傍らに立つ男と、昨夜はずっと一緒だった。
 その熱が――まだ引かない。
「……」
 会話がひと段落して、ソニアがふっと息をつく。スタッフたちは彼女に確認したことを踏まえて、さらに話し始めていた。
 その輪から少し離れ、手の中でぬくもりを保っているコーヒーを握りしめる。カフェインは、神経を高ぶらせるだろうか、落ち着かせるだろうか?
「ソニア博士」
「っ」
 ふと、当たり前の声音で呼ばれた。それなのに、ソニアはまるで怯えた猫のように肩を震わせる。己の過剰な反応に内心舌打ちをしながら振り返ると、ダンデは自分の隣の椅子を引いて、にっこりとほほ笑んでいた。まるでいつも通りの様子に、ソニアの喉がぐっと鳴る。
 彼女は心持ち肩を怒らせて、その椅子に腰を下ろした。
「コーヒーですか? 珍しいですね」
 よそ行きの口調でダンデが言う。傍らのスタッフたちは少し離れた場所で話しているため、こちらの会話は聞こえないだろうが、徹底した『猫かぶり』の様子に、ソニアも合わせてつんと澄ました。
「先程、スタッフの方にいただいたんです」
「なるほど。あなたの好みとは違うから、つい気になりまして」
 そう言って瞳を細める。他人行儀な口調の中に、にじむような親しさを感じた瞬間、ソニアはちいさく震えた。
 だめ。仕事中。
 彼女は必死に切り替えようと、荷物を探る。用意した資料やモバイルを机に並べながら、だから嫌だったんだよ……とこころで呻いた。
 すぐ隣に座る男は、ソニアが陥っているような居心地の悪さをちっとも感じていないらしい。それが憎たらしくて、ソニアは意地になったように澄まし顔を続ける。こちらの内心なんて、絶対に悟らせない。気づけばきっと、彼はますます調子に乗る。
 ――仕事中も思い出すから、ダメなのか?
「……」
 昨夜の声が、耳の奥でどろりと思い出された。
 シュートスタジアムでの仕事の後、ソニアは宿泊予約をしていたホテルへ向かうはずだった。けれど当然のように彼女をさらったダンデは、言葉巧みに洒落たレストランへとエスコートし、美味しい料理と口当たりのいいワインで彼女のこころを和ませて、あっという間に自分の巣へと獲物を引き込んだ。
 ダンデのペントハウスに泊まるのは、なにも初めてではない。恋人と名乗り合うようになってしばらく経つし、一緒のベッドで眠るのも一度や二度ではなかった。
 だけど、次の日に仕事がある状況で宿泊するのは初めてだ。
 ただ泊まるだけなら問題ない。けれど、ソニアと夜を過ごすようになったダンデの攻勢は、彼女の予想の斜め上どころか、軽く成層圏まで突破する勢いだった。
 順序良く気持ちを通い合わせた瞬間から、ダンデはトップギアに入れた。仲の良い幼馴染時代を経て、晴れて恋人同士になってからも距離が近かったが、さらに親密な関係になったら、もはや『距離』などない。
 性の匂いなんて一切感じさせない、天然バトル馬鹿だと思われていた頃からは想像もつかないほど、彼の情熱は凄まじかった。
 あくまでもソニアの気持ちやタイミングを重視する姿勢は崩さず、けれど誘惑の手は緩めない。少しでも隙があれば、熱を帯びた瞳でソニアをからめとり、はちみつよりも蕩ける甘い言葉を浴びせる。彼女の気持ちが傾いた瞬間を逃すことなく、速やかに望みを遂げるその手腕は、彼の華やかな女性遍歴を邪推させるほど鮮やかだ。
 あまりにも急激な変化に戸惑い、逃げ腰になるソニアだったが、それすら見越しているようなダンデは周到だった。
 一つ一つ丁寧に言葉で示し、ソニアの拒絶を『恥じらい』と『準備不足』にきちんと仕訳けてスマートに対応する。触れる時はあくまで優しく、決して無理に線を越えようとはしない。ガラル紳士の面目躍如たるその振る舞いに、ソニアの方は完全に周回遅れだ。
 情けないことに、現状のソニアはほとんどダンデの勢いに吞まれている。彼女が立て直す前に、一気に形勢を決めてしまおうとしているダンデの作戦に気づいていても、どうしようもない。
 恋する乙女であるソニアは、あまりにも無力だった。
 けれど、『ポケモン博士』のソニアは、そう言ってはいられない。
 ソニアの人生において、博士と成ったことは、自分の力で切り開き、自分の力で成し遂げた、何にも勝る最高の誉れだ。それは誰にも、ダンデにさえ侵せない彼女の核心で、だからこそ一歩も引けない。
 公的な立場のソニアとダンデは、様々な場面で利益相反が起きやすい。もしくは、公私混同でお互いに利用し合える立場にある。
 だからこそ、慎重のうえにも慎重を期して、ダンデと接さなくてはならない。
 そのため、ソニアは頑なに『週末の逢瀬』を望んだ。ブラッシータウンとシュートシティという、物理的な距離もあったが、なによりもソニアのこころの平穏のために、ダンデと触れ合うのは仕事に関わらない時間に限っていたかった。
 そんなソニアのギリギリのバランスを知っているくせに、ダンデは決して手を緩めない。
 その傲慢なほどの熱に翻弄されながら、ソニアは悲しいくらい幸せだった。幸せ過ぎて、拒めない。そんな悪循環が、さらに加速度的な幸福をもたらす。
 悪魔か、この男。
 思わず心で呪詛を吐き、ソニアは横目でダンデを睨む。この上、あからさまなちょっかいでもかけてきたら手ひどい肘鉄のひとつでもお見舞いしようと意気込んだ。
 けれどダンデは、あくまでも爽やかな『オーナー』の顔で言う。まるで室内のスタッフに聞かせるような、明朗で快活な声だった。
「事前に依頼してますが、ダイマックス・キョダイマックスにおけるガラル粒子の変動調査を、来月少し大規模で予定しています。今日は、その事前調査ということで、機材設備の点検も兼ねて、専門の設備スタッフが同席しますので、いつもと少し勝手が違います」
「あ、はい。伺っています」
 とたんに、ソニアもピリッと態度を変えた。ダンデの雰囲気はいつもと同じだが、彼特有の人を引き付けるカリスマのようなものを感じて、彼女の気持ちも引き締まる。
「マックスバトルに対応する改修後の大掛かりな調査は初めてなので、不測の事態も起こると思いますが、対応の方よろしくお願いします」
「お任せください。調査スケジュールはすでに提出の通りで、今回の大規模調査において、まず重視している点は……」
 いつの間にか完全に『博士モード』になったソニアは、己の領分で話を進めるうちに、ざわざわとしていた『乙女のソニア』がずいぶん落ち着いたことに気づいた。
 話しながらちらりとダンデを見やると、彼はどこまでもフラットな表情で対峙しつつ、ものの見事に公的な顔を作り、プライベートなど一切匂わせずにいた。それでいて、『リーグ委員長』と『ポケモン博士』の良好な関係が窺えるような匙加減も秀逸で、マグノリアの後継として駆け出した新米博士であるソニアの立場も立ててくれている。
 あまりにも鮮やか。ソニアは、昨夜からずっと振り回され続けたこころで潔く敗北を認めた。
 ソニアの理知的なエメラルドが語る言葉に、ダンデが至極真面目に頷く。彼はすっと瞳を細めて、ちいさく囁いた。
「すべてお任せします。有意義な調査になりそうだ」
「そうですね。今後のバトルタワーの指針においても有益なものになると思います」
「来月も、二日間の予定ですね?」
「はい」
「……じゃあ、今度はホテルの予約はなしだ」
 ニッと笑うダンデの低い囁きに、ソニアはパッと瞳をきらめかせる。猫のように吊り上がったそれが、素早く周囲を見渡すと、いつの間にか会議室の中に他のスタッフの姿はなかった。
 暫時二人きりの時間が訪れた瞬間、ダンデは過たず隙を突く。その緩急に、また振り回されそうになりながらも、ソニアは必死に笑顔を作った。
「あら。じゃあ、どこに泊まろうかしら?」
「……まるで選択肢があるような言い方だな?」
「決定権はわたしにあります」
「ああ、きみの意志で来てくれ、オレの家に」
「どうしようかしら」
 ツンと顎をそらせて、あくまでも澄まして言う。『博士』の顔を崩さない彼女に、ダンデは面白がるような、焦れたような、夢中になった瞳を向けた。
「怒ってるのか? 昨夜、強引過ぎた?」
「怒ってません。強引過ぎたとは思うけど、決定権はわたしにあります」
「だよな。きみも望んでくれた」
「でも、毎度思い通りになると思わないでよね」
「そんな風に思ったことないぜ」
「よく言う」
「本当だ。毎度、必死に願って縋ってるのはオレの方だぜ」
 調子のいいことを言う。ソニアが呆れて目を眇めると、ダンデは思いのほか真面目な顔で苦笑した。
「ずっと望んでいたものに、ようやく手が届いたんだ。チャンスがあればすかさず掴むのが、トレーナーのサガだろ?」
「……ヒトをポケモン扱いとか」
「オレだけの、な」
「あのねえ……っ」
 甘ったるい戯言に我慢ができず、ソニアは白い顔を真っ赤にして声を荒げた。彼女の肌は、感情を隠すのにとことん不向きだ。怒っているように見せかけた恥じらいが、そのまま伝わってしまう。
 ソニアの艶めいた表情を前に、ダンデも余裕ぶってはいられなくなった。素早く柱時計を確認し、ざわめき始めた会議室の外に目をやって、ギラギラとした視線を向ける。
「頼む、これ以上煽らないでくれ。きみの前で『オーナー』の顔を取り繕うのも気合がいるんだ」
 とことん「お前が言うな」である。ソニアは憮然と反論しようとしてから、ダンデの眼差しが相当切羽詰まっていることに気づいた。
 ……なぁんだ。ダンデくんだって、おんなじじゃん。
 昨夜の余韻に振り回されていたのは、どうやらお互い様のようだと知って、ソニアは胸がすく思いだった。その安心感が彼女を奮い立たせ、いつものようにダンデとまっすぐに対峙する。
 同じ目線、同じ条件。どこまでも対等でありたいライバル心が、些かの躊躇もなく電光石火の早業を見せた。
「っ……」
 ほとんど啄むようにキスをして、ソニアはぱっと正面を向く。呆気にとられたダンデが動く前に、会議室の扉が開かれ、スタッフたちが現れた。
 ソニアはみじんも動揺を見せず、てきぱきと手元の資料を揃えている。なめらかなほほは輝くように血色がよく、彼女の姿を見たスタッフの何人かは、今日も博士は綺麗だなあ……と見惚れてしまった。
 そんな彼女の傍らで、オーナーダンデは鬼気迫る顔色だった。憮然とくちびるを引き結び、眉をしかめて瞳を閉じている。なにか難しい案件でも持ち上がったのかもしれない、とスタッフが考えた時、最後に入ってきたガラル粒子調査チームのリーダーが、せかせかと会議の開始を告げた。
 会議中、ダンデのしかめっ面が戻ることはなく、ソニアのつやつやした顔色もまた、変化することはなかった。






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