challenge
#80.悟る【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】
2026/10/19 17:18【お題】ダンデ×ソニア
#74.飽きるの続き、夜パート(の導入部分)です
しっとりとした湯上りの肌に、ダンデの好きな香りを纏う。丁寧にケアをした肌も髪もうっとりとすべすべで、さぞかし触り心地がいいだろう。
そんなことを考えて、ソニアは一人、鏡の前でほほを染めた。いまさら照れる間柄ではないし、それなりに慣れた行為を前にして、こんなにも胸を高鳴らせるのは久々だ。
ダンデの思いやりというか、危機管理の末に、一か月近くご無沙汰だった。そのブランクを思えば、多少緊張してしまうのは仕方がないだろう。
けれど、緊張するよりも強く、ソニアは嬉しくて仕方がなかった。
ダンデと抱き合うことは、そもそも好きだ。行為の激しさや快感以前に、なんの建前もなく彼と触れ合って、こころの内をさらけ出す特別感が、ソニアの心身をこれ以上なく満たしてくれる。
他の誰にも満たせない、ダンデにしか埋められないソニアの一部。きっと、ダンデの中にも同じように、ソニアにしか埋められないものがある。
それを一生求めあうように生きていきたい。
「……」
二人の寝室につながっているバスルームの扉を開くと、そこには薄い闇が広がっていた。天蓋付きの巨大なベッドの中だけがぼんやりと明るく、おおきな人影が揺らめている。
ムードたっぷりの演出に、ソニアはくすぐったく笑った。
白い素足にふわふわのルームシューズを履いた彼女は、足音もなくそちらへ向かう。光に透ける天蓋をまくると、ベッドの左側に積まれたたくさんの枕に背を預けて寝そべるダンデがいた。
「おまたせ」
「うん」
彼は手慰みに雑誌を読んでいた。ソニアの入浴は長いし、付き合いたてのようにそわそわと待たれるのも照れ臭いが、案外余裕のありそうな様子にちょっとだけがっかりする。
もう限界だ、きみを抱いていいか? ……なんて、切羽詰まった声音で問うてきたくせに、間に夕食やら入浴やらを挟んだら、ぐっとテンションが下がったのだろうか。ソニアは、自分だけが気合を入れてしまったようで、なんとなく情けなくなった。
「なに読んでんの?」
それでも、そんな気持ちを見透かされるのも恥ずかしい。ふわふわのバスローブを着たまま、彼女は定位置である右側のスペースによじ登った。ダンデの身体のサイズに合わせているのか、この豪華なベッドは少々高い位置にある。脚を上げて登るとき、ちらりと白い肌が見え隠れして、ソニアは素知らぬ顔でダンデを窺った。
彼は書面から目を外さず、低い声で答えた。
「ソニア博士の寄稿文」
「え。あ、それかあ」
よくよく手元を見れば、つい最近発売された『The Galar Pokémon Review(通称レビュー)』だ。今月のテーマは『ガラル粒子とその変遷』で、ソニアは専門的な意見を請われて、万民向けに嚙み砕いた論文を寄稿した。
ダンデの手の中にあるそれを覗き込むように、ソニアは彼の腕に寄り掛かった。
「わかりにくいとこあった?」
「いや、すごくわかりやすい。若年層を意識して書いたのか?」
「うん、レビューは結構、ジムチャレ前の駆け出しトレーナーも読むからね。他のことならいざ知らず、ガラル粒子に関してはここで初めて理論を知るって読者層もいるし、とにかく専門的な文言は極力減らして、理解の裾野を広げるイメージで書いたんだけど」
「ああ、大成功だ。この方向で、リーグ主体のポケモン教室で講習をお願いしたい」
「え、ポケモン教室って、プライマリースクール向けのアレ?」
「そう。ジムチャレンジ中の事故を防ぐために、リーグ主体でポケモンに関する知識の徹底を図る試みのひとつなんだ。去年のチャレンジャーに、巣穴での事故が多かったのは聞いてるだろ?」
「うん。確かに、ここ最近の巣穴の活発化の情報がうまく伝達されてない印象がある。ムゲンダイナの復活や、ザシアン、ザマゼンタの存在に、ガラルの大地が呼応してるような流動的な変化がみられるから、いままで通りの教育じゃまずいとは思ってたんだよね」
ソニアが難しい顔をする。ガラル地方のポケモン博士として、この土地のポケモンの行動や生態を正しく調査し、その情報を発信することは、ポケモンと人間とをつなぐ架け橋である重要な任務だ。ひとつでも多くの事故を防ぐために、万全を期さなければならない。
悩ましげな彼女を見つめて、ダンデがほほ笑んだ。
「ガラル粒子の謎は多い。ある程度出たとこ勝負になるのは仕方がないさ。だが、それを踏まえた準備や覚悟が必要なことを、周知しないとな」
「うん。じゃあ、さっそく週明けに研究所でマニュアルを作って、リーグに提出して……」
博士モードで段取りを始めたソニアの細いあごに、ダンデの指先が触れた。はっとした彼女が顔を上げると、近づいてきた金の瞳がゆっくりと、けれど確実にそのくちびるを奪う。
唐突に変わった空気の余韻に、ソニアはちいさく震えた。
「……え、いつ始まったの?」
間の抜けた問いかけに、ダンデはくすくすと笑った。
「最初から」
「うそだあ。ダンデくん、お仕事モードだったじゃん」
「並行して、ムードを出してたつもりだぜ」
「どこがだよお。自分だけ余裕ぶってレビューなんか見ちゃってさ……」
むくれてくちびるを尖らせるソニアに、ダンデはついばむようにそれを合わせる。子供のようなバードキスを繰り返すうちに、ソニアのくちびるがほほ笑みの形に変わった。
「余裕ぶってないさ、もう限界だって言っただろ」
「言行不一致なんだよなあ」
「じゃあ、有無をも言わさずこうした方がよかったか?」
言うが早いか、ダンデは素早く身体を反転させて、ソニアをベッドに縫い留めた。ぎしりと揺れたマットレスの反発で、ソニアの黄昏色の髪がふわりと蝶のように舞う。
「きゃっ、もう、いきなりびっくりするじゃん!」
「どっちだよ」
クックと喉で笑いながら、ダンデがソニアの首筋にくちびるを這わせる。ピリリと走った電気のような刺激に、彼女は甘い声を上げた。
「あっ……んと、ちょっと待って……」
「ん?」
かすれたような声音に、ダンデがゆっくりと顔を上げる。彼の黄金の瞳がはちみつのように滴る先で、ソニアが赤く染まったほほで問うた。
「えと……だいじょうぶ、だよね?」
少しだけ不安そうな彼女に、ダンデはちいさく笑う。
「ああ、だいじょうぶ。少なくとも、いまこの部屋にも、影の中にも、ポケモンはいない」
「どうやったの?」
「ん?」
「どうやって、そういう風にしたの?」
好奇心にきらめくエメラルド。この顔は納得するまで終わらないな、と悟ったダンデは、仕方なく身を起こした。
ソニアの傍らにごろりと仰向けになったダンデは、寄り添ってきた彼女を腕に抱きこんで、天蓋の天井に広がるベルベットの星空を見つめる。
「もともと、陰に潜ませていたのはゲンガーで、かれはオレの指示を聞いてくれるから、すぐに外したんだ」
「ああ、ゲンガーか」
そう聞いて、ソニアは少しホッとする。気心の知れた彼ならば、プライバシーの概念もきちんと理解しているし、そもそも緊急性のある状況以外で、任務中にかれが外界にコンタクトをとることもない。
ソニアの柔らかな髪にほほを寄せ、そのかぐわしい香りにうっとりと瞳を細めたダンデが続ける。
「リーグ派遣の屋敷ポケモンの場合、指示系統があるから、夜間の寝室警備は必要ない旨を言い聞かせるのは簡単だった。問題は、野良ポケモンだな」
いわゆる、ダンデがこの屋敷を購入する以前から屋敷に出入りしているトレーナー不在のポケモン。普通ならば、人間の住まう住居に侵入する野生のポケモンはほとんどいないはずなのだが、何故かこの屋敷には常識を覆す現象が散見される。
「さすがに寝室に入ってうろつくやつはいなかったけど、統率されていない以上その可能性は否定できない。……真っ最中に鉢合わせたら、ソニアはトラウマになるだろ?」
「なりますね。もう絶対に、ここでは嫌ですね」
「……そうなったら、最悪引っ越さなきゃいけなくなる」
「え、そこまでする?」
「するだろ」
二人のプライベート空間で、安心していちゃつけないのは死活問題だ。そうなれば、たとえ巨額を投じた不動産だとて一切の妥協なく引っ越すことになる。
ダンデの断固とした様子に、ソニアは乾いた笑いを浮かべた。
「う~ん……そこはもうちょっと悩もうよ……」
「だから、そうならないようにオレは策を講じたんだ。この一か月かけてな」
重々しいダンデの言葉に、ソニアは再びよみがえった好奇心に瞳を輝かせる。
「うん、どうやったの?」
「まずは、ドラパルトに相談した。夜間に徘徊するポケモンは、ゴーストタイプが多いからな。そちらからの説明と説得が多少は功を奏した。だが、完璧じゃない」
「ゴーストポケモンにも色々いるしねえ……それに、ドラパルトってあんまり説得とか向いてなさそう」
いつも掴みどころがなくふよふよ浮いているステルスポケモンは、戦闘となれば頼りになるが、普段の素行はどちらかといえばのんき者だ。
そんなソニアの言葉に、ダンデはくつくつと喉を鳴らした。
「そうでもないぜ、あれでリーダーシップはある。ただ、ゴーストタイプじゃないものや、そもそも縄張り意識が高くて説得に応じないようなポケモンもいたんだ」
「う~ん、聞けば聞くほど調査したい」
「ああ、そのうちにな。で、仕方がないから最終兵器を繰り出した」
「最終兵器?」
ダンデの最終兵器といえば……
「リザードン?」
「当たり」
ニッと笑う。ダンデの尖ったほほの線を見上げて、ソニアはぱちくりと目を丸くした。
「まさか、リザードンにバトルさせたの?」
その問いに、ダンデはぷはっと噴き出した。
「いや、そこまでは必要なかった。ただ、ここは誰の縄張りで、誰が一番強いのか。それを絶対的に知らしめたんだ」
ダンデの最強の火竜は、トレーナーの指示に従ってポテンシャルをマックスまで引き出される手持ちポケモン相手でも、ほとんど負けない。いわんや、本能で戦う野生のポケモン相手ならば、その力の差は歴然と言える。
リザードンは、バトルをするまでもなくその実力の差を誇示して、すべての野良ポケモンを従えてみせた。縄張りを荒らす侵略者としてではなく、新たな統率を示す群れのボスとして、この屋敷のルールを叩き込む。
それは速やかに屋敷に集うポケモンに共有されて、ある程度の指示系統が確立したというわけである。
「もちろん、手持ちになったわけじゃないから細かな指示には従わない。だが、最低限のルールや縄張りの徹底はできたと思う」
「うわぁ……さっすがリザードン!」
きらきらとエメラルドの瞳をきらめかせたソニアが、うっとりと呟く。ダンデはそれを横目で見やって、わずかに面白くなさそうにくちびるを尖らせた。
「……そのリザードンに指示を出したのは、オレだぜ」
「あ、うんうん。そうだねダンデくん、すごいすごい」
おざなりに言いながら、ソニアはふくふくと笑う。彼女が笑うたびに、黄昏の髪がダンデの肩口を滑り、そこから立ち上る香りに頭がくらくらした。
ダンデはゆっくりと体勢を変えて、再びソニアに覆い被さる。彼の下で黄金の瞳を見上げる彼女は、今度こそうっとりとダンデに手を伸ばした。
「もう、不安はないな?」
ダンデに問われ、ソニアは彼の首筋に回した腕に力を込めた。
「うん。だいじょうぶ……」
ゆっくりと降りてきた暖かなくちびる。それが、熱を帯びた夜の動きに変わる。
ソニアは久しぶりに味わうそのぬくもりを堪能するように、ダンデを求める素直なこころを解放した。