challenge
#79.秘める【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】
2026/10/17 18:34【お題】ダンデ×ソニア
「どぉしよぉ、そにあさ~んっ!」
とある日の午後、ブラッシーポケモン研究所の正面玄関がけたたましく開かれた。
折よく休憩を取ろうとキッチンに立っていたソニアが、驚いて振り返る。足元でまるくなっていたワンパチが、飛び起きた拍子にパチパチと静電気を弾けさせた。
「ユ、ユウリ? どうしたの?」
突然の訪問はよくあることのチャンピオンだったが、ここまで無遠慮な登場は珍しい。顔を真っ赤にしながらこちらにやってきたユウリを見やって、ソニアは心配そうに眉を寄せた。
「うぅ、ソニアさん、助けてぇ……」
弱々しく泣きついてくる妹分の様子に、ソニアは慌てて腕を広げた。そのまま彼女のやわらかな胸に飛び込んだユウリが、くすんくすんと鼻を鳴らしている。
「どうしたってのよ……もう、ほら泣かないで、落ち着いて。ココアあるよ?」
「ううう……飲むぅ」
完全に甘ったれた様子で答えるユウリに、ソニアは呆れて眉を上げた。パフォーマンスは派手だが、それほど緊急性は高くないなと判断した彼女は、椅子を引いてユウリを座らせる。そのまま戸棚からユウリ用のカップを取り出すと、丁寧にミルクから練ったココアを注いだ。
自分の分と一緒にテーブルに置くと、ユウリの傍らに腰を下ろす。しゅんとした風情で俯いている彼女の手元に、そっとカップを押しやった。
「さ、ほら。ココア飲んで、少し落ち着きなさい」
「……ハイ」
今更ながら、自分の醜態に思い至ったらしいユウリが恥ずかしそうに頷く。ソニアはそれを見やりながらやれやれと笑った。
「まったく……いつ来てくれてもいいけどさ、一応ここ、公的機関なんだよ。いまはちょうど勤務員は誰もいなかったけど、突然あんな風に現れたら、みんなびっくりするからね」
「うぅ……ごめんなさい……」
反省しているようにちいさくなったユウリに、ソニアはパッと明るく言った。
「それで? なにがあったの、ユウリ?」
なんだかんだ言っていつでも相談に乗ってくれる気さくな姉貴分は、切り替えたように親密に問う。ユウリはココアのカップを傾けて、甘く暖かなそれをひとくちこくんと飲み込んでから、非常に重々しく口を開いた。
「……ソニアさん、どうやったら『好き』って気持ち、隠せますか……!?」
「――はい?」
思いがけない問いかけに、ソニアはマメパトのように目を丸くした。呆気に取られているような彼女を見つめて、ユウリは潤んで揺れる不思議な琥珀色の瞳を見開く。
「わたし、ソニアさんとダンデさんがお付き合いするまで、ソニアさんの気持ち全然気づかなかったんです! あ、もちろん仲良しな幼馴染だなぁって思ってたし、お似合いだなあって感じてたけど、あんなにあっという間にくっついて、光の速さで婚約するなんて思ってもみなくて! きっとずっと好き合ってたんですよね? でもでも、ホントに全然わからなくてっ」
「お、おぉ……ユウリ、ちょっと待って、ストップ」
勢い込んでこちらに向かってくるユウリをいなしながら、ソニアは改めて研究所内を見回した。昼寝を続行しているワンパチ以外、他に観衆がいなくて本当によかった。気恥ずかしい感情をごまかすように、ソニアはコホン、と空咳をした。
「えー、要点をまとめると、ユウリは自分の恋心を隠したいってことね? それで、わたしにそのやり方を聞きに来た?」
「はい!」
「……マジかぁ」
言葉にすると、なかなかに間が抜けている。それでも、自分の理解力の高さに満足しながら、改めてユウリに向き合った。
「まず聞くけどさ、なんで恋心を隠したいの?」
「あ、そうですよね、そこから説明しなきゃ……」
段取りよく問われて、ユウリはようやく落ち着いたようだった。勢いを収めた彼女は、とつとつと語り始める。
今度開催されるスタートーナメントのパートナーに、ホップを指名するつもりだった。チャンピオンの相方ということで、それはポケモンリーグの方にも打診し、承諾を得る必要がある。ホップの功績や人となりならば、なんの問題もなく許可されると思っていたのだが……
「わたしがホップを好きすぎるから、ダメだってぇ……」
「はァん?」
ワンパチ型マグカップをくちびるにつけながら、ソニアがガラの悪い声を上げる。首を傾げる彼女に、ユウリはぺしょりと眉を下げた。
「つまり……未成年チャンピオンが、ひとりの異性に肩入れしているような場面を衆目に晒すのは、リーグの規定上よろしくないって……」
「なぁーにそれ。リーグってそんなカタブツな感じなの?」
年若いランカーの微笑ましい程度の異性関係にまで目を光らせるなんて、アイドルかなにかと勘違いしているんじゃないか? そう思ったソニアの呆れに、ユウリはさらに眉を下げた。
「……最近わたし、あんまり成績良くなくって……」
「ん?」
「公式試合は落としてないんだけど、エキシビジョンとかで結構負けがちなんです……」
「え、でもエキシってそんなもんじゃないの?」
たとえポケモンリーグのチャンピオンといえど、すべての試合に勝ち続けるというのは難しい。どんな地方のチャンピオンだって、普通は調整や相性の問題などで、非公式試合の勝敗は揺れ動くものだ。
逆に言えば、エキシビジョンマッチの敗北できっちりと修正し、公式試合では確実に勝利を掴んでいるのだから、ユウリは十分優秀なチャンピオンである。
けれど、そんな本質的なことを言っても、恐らく『ガラル』では通じない。
「……ダンデくんがなぁ……」
十年玉座に座っていた前チャンピオンは、恐ろしいことにその間ずっと負けなしだった。危うく六体目の手持ちを引きずり出されることはあっても、きっちりと勝ち切る。それは公式非公式を問わない伝説で、前人未到の連続勝利記録は正式記録として受理されている。
そんな彼に、チャンピオンシップで初めて土をつけたのが目の前に座る小柄な少女で、それこそが彼女の特異性を際立たせる偉業だというのに、観衆は一度味わった高揚感をなかなか忘れない。
ダンデのあとに玉座に座る、その重み、苦しみはユウリにしかわからない。想像を絶するほどのプレッシャーを、このちいさく華奢な双肩は担っているのだ。ソニアは痛ましいような、誇らしいような、複雑な心境で妹分の頭を撫でた。
「……成績に絡めて言われちゃうと、自信無くすよねぇ……」
「はいぃ……」
うぐ、と涙を呑んで、ユウリが頷く。それから案外気の強そうな眼差しを上げて、眉をしかめた。
「わ、わたしが負けるのはわたしが弱いからで、準備不足や努力不足や、っていうか時の運とか相手の調子とかっ、ポケモンのコンディションとかフィールドの状況とかっ! いろんな原因があって、そういうものなのにっ、なのに全部、ホップのせいになるとか、絶対に嫌です!」
「うんうん」
「わたしの負けはわたしだけの責任! なのに、負けるとそれが通らない……っだからわたし、勝ち続けなきゃいけないんです! ホップのこと、堂々と好きでいたいからっ」
ユウリの不思議な色の瞳が、きらきらと揺れる。感情が高ぶったせいで赤いマグマのような色を乗せるそれを見つめて、ソニアはほほ笑んだ。
「えらい。すっごくがんばってるね、ユウリ」
そう言って優しくユウリの頭を撫でる。慈しむような手のひらの暖かさに、ユウリはうぐっと声を上げ、再び涙を浮かべた。
「う、うぇ~んソニアさぁん!」
「あー、はいはい。泣かないでいいよ、ユウリがホップへの恋心を隠したいってのはわかった。そのやり方……やり方ねえ……」
ふむ、と唸って、ソニアが腕を組む。頼みの綱の様子に、ユウリは潤んだ視線を向けた。
「う~ん……」
「……む、難しいですか?」
「いや、っていうか、わたしそもそも、ダンデくんへの気持ちを隠してたことないっていうか……」
「え!?」
驚いて声を上げたユウリは、涙が引っ込んだまんまるの瞳を見開く。それから勢い込んで反論した。
「い、いやいや、全然見えませんでしたよ! 少なくとも、恋する女の子って感じじゃなかった!」
「いや~、恋する女の子ってどんな感じよ……」
「えったとえば、会えたら嬉しくて笑顔になるとか、話してると止まらなくなるとか、全然関係ないときに不意に話題に出しちゃうとか……」
「あ~、そういうのはなかったなあ」
あっけらかんと言うソニアに、ユウリはおずおずと問いかけた。
「あ、あの……ソニアさん、えっと、不躾なこと聞きますけども、ダンデさんのこと、ずっと好きだったんですよね……?」
不安そうな妹分の様子に、ソニアはなんとなく面白くなって噴き出す。
「あはっ! そこ、疑うのかよぉ」
「え、だって」
「うん、まあ、好きだったね。いつからっていわれると曖昧だし、でもまあ、両思いだってわかった瞬間、婚約まで突っ走られても全然抵抗ないくらいには、好きだったよね」
照れ屋なソニアにしては、だいぶ素直に話してくれている。ユウリはそのことに感動しながらも、不思議そうに小首を傾げた。
「じゃあ、どうして恋する女の子っぽい感じにならなかったんでしょうか?」
「いやいや、ユウリ。そもそも『恋する女の子』が、みんな同じ反応を示すとは限らないでしょうが」
くつくつと笑って、ソニアは理知的な眼差しを向ける。それからお馴染みの研究者モードで続けた。
「さっきユウリが言った、『会えたら嬉しくて笑顔になる』『話してると止まらなくなる』『全然関係ないときに不意に話題に出しちゃう』は、まあもちろん代表的な症例だろうけども、みんながみんなそうなるわけじゃない。恋をしてるからってあからさまに態度に出すかどうかは、個人差がおおきいよ」
「ふぇ……じゃあ、ソニアさんは、態度に出ないタイプ?」
「いやぁ、わたしの場合は、別の症状が出るタイプというか……」
口を滑らせたソニアに、ユウリは素早く食いついた。
「えっ、なになに? どういう症状っ?」
「えぇ~、なんか、恥ずかしいんですけど……」
「お願いソニアさんっ、いまはとにかく、どんな些細なことでも参考にしたいのぉっ」
「はあ……」
鬼気迫るユウリの迫力に呑まれて、ソニアは照れ隠しのようにワンパチマグで口元を隠した。
「ん~……わたしの場合は、そもそも幼馴染時代があったからさ。『好き』っていうのはわりとベースというか、当たり前の感情なのね。そこに、異性としての特別な『好き』が混じったからって、突然なにかがガラッと変わったりはしなかったの」
「へえ……そういうものなんだ?」
「うん。だから、会えたら嬉しいとか話してると止まらないとか……まあ、なくはなかったけど、そんなあからさまにはならない。ちなみにさ、ユウリの目には、わたしとダンデくんってどんなふうに映ってた?」
問われて、ユウリは出会ったばかりの頃のソニアとダンデの様子を思い浮かべる。
一番最初に二人一緒にいるところを見たのは、ダンデにソニアを紹介された時。ずいぶん面白い紹介の仕方だなあとは思ったけれど、型通りの台詞じゃなかった分、仲がいいのかな? と感じた記憶がある。
その後も、ホップを心配するソニアの台詞の中に、ちょくちょくダンデの名前が出てきたし、ナックルシティでのトラブルに際しては、ほとんどなんの打ち合わせもないのに息ぴったりに走り出して、その関係性の深さはものすごく伝わってきた。
でも、だからといってふたりが恋愛関係にあるとは思えなかったし、ソニアの態度もすごくフラットだった。
だから、ユウリはずっと、ソニアとダンデの関係を、こう受け止めていた。
「ソニアさんとダンデさんは……すごくお互いを分かり合っている、ライバル……みたいな関係かなって」
その言葉に、ソニアは美しいエメラルドの瞳をきららかに光らせて、大輪の花のようにほほ笑んだ。
「そう! つまり、そういうことなんだ」
「え?」
「わたしって、ダンデくんを好きになればなるほど、彼と対等でいたいって思うタイプだった。必死になって勉強したり、自分の夢を掴むために努力する、その原動力が、ダンデくんへの気持ち。すっごく重たくておっきな想いが、ずっとわたしの中にあって、いまのわたしを作り上げたみたいな感じなの」
「……」
「もちろん、全部彼に由来してるわけじゃない。でもね、彼が幼馴染としてわたしの傍にいて、ガラルの王様になって、自分の夢に突っ走っていたことが、わたしの動力源で、秘めたる恋の原動力。つまり、わたしが博士になったこと自体が、最大の愛情表現、なわけ」
ピンと胸を張って言い切るソニアの美しさに、ユウリはしばし見惚れてしまった。彼女をここまで輝かせてしまう『恋の原動力』の正体を知って、いままで見えてきたものがガラリと印象を変える。
わかりやすい恋心も、あからさまな態度や仕草がなくっても、ソニアはずっと、ダンデだけを見つめてきた。その想いの結晶が、彼女を高みに押し上げたのだ。
あまりにも美しい恋の結実に、ユウリは完全に陶酔したようにうっとりとほほを染めた。
「すてき……ソニアさん、すっっっごく素敵です……!」
「え? そう? にゃはは、ありがとねっ」
素直なユウリの賛辞に、ソニアは照れ臭さをごまかすように軽く笑った。それから、やにわに厳しい顔になる。
「だからさ、ユウリ。あんたにできる『対策』は、ひとつなわけ」
「え?」
「これから先、死に物狂いでバトルに勝つ! これっきゃない!」
「え……えぇ~っ??」
論理の飛躍に目を点にしたユウリに、ソニアは完全に研究者モードになって言った。
「つまり、ホップに会えて嬉しい、話せて楽しい、つい話題に出しちゃうくらい、いつもホップのことを想う……その気持ちを原動力にして、バトルに臨むのよ。その想いが強ければ強いほど、バトルも強くなっていくわけ」
「え、えぇ……そんなの、むりぃ……」
「無理じゃない! そうやって気持ちのベクトルを変えれば、おのずと結果にもつながるし、あんたとホップの関係は、誰にも文句のつけられないものになる。どんだけあんたがホップのことを好きだとしても、隠す必要なんかなくなるってわけよ!」
「!」
ソニアの論理展開に、ユウリはハッとしたように目を見開いた。そうか、そうやって自分の気持ちの行き場を変えれば、堂々とホップをパートナーに指名できるし、どれだけ彼を想っても、バトルの成績に文句を言われることもない!
パッと眼差しを向け、キラキラした瞳でソニアを見つめるユウリは、完全に洗脳された脳筋状態で拳を握った。
「はい、ソニアさん! わたし、やります! ホップへの恋心を原動力に、絶対王者になってみせますっ」
「よーし、よく言った! ユウリならやれるよ、応援してるからね!」
「はいっ」
がしっと両手を合わせて気合を入れるふたりに、水を差せる人間はこの場にはいない。
あとからこの話を聞いたルリナが、呆れたように『根本的に、恋愛偏差値が低いのよね……ふたりとも』と嘆くのもまた、別の話だった。