challenge
#77.掴む【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】
2026/10/13 16:57【お題】ダンデ×ソニア
#45.振られるの続き
古今東西、胃袋を掴むという行為は恋愛の常套手段とされている。
「というわけで、よろしくお願いしまぁす!」
きっかり直角に腰を曲げて頭を下げるユウリに、ホップの母はやわらかくほほ笑んだ。
「はいはい、こちらこそよろしくね、ユウリさん。ホップのために頑張ってくれるなんて、あの子の母親としてもありがたいわ」
「いえその、がんばりますぅ……けど、わたし実は、あんまりお料理したことなくて……」
おずおずと白状するユウリに、母は悪戯っぽく笑う。
「それも聞いてます。だいじょうぶよ、今日作るのはコテージパイっていって、すっごく簡単だから。キャンプでカレーを作れるなら問題ないわよ」
「ほんとですか? よかったぁ……」
「それにこれ、ソニアちゃんは十歳の時にはもう習得していたお料理だから、わからなくなったらアドバイスもらえるわよ」
そう言ってウインクを投げてくるホップの母に、ソニアは苦笑して肩をすくめた。
「習得してた、なんて大袈裟。正確には『見よう見真似で作ってた』だからね。ちなみに、初めから一人でちゃんと作れたとは言ってません。おばさま、ハードル上げないで」
「あら、ちょっと意地悪な姑ムーブ出ちゃった?」
「まぁた、なんのドラマの影響?」
「え~だって、息子がふたりいるんだもん、ひとりくらいは意地悪な姑ごっこさせてくれてもいいじゃな~い」
「しゅ、姑……」
傍らでユウリが真っ赤になっている。お付き合いもまだなのに、この嫁姑ジョークは思春期には刺激が強い。真っ赤なチェリンボのようになったユウリを見やって、ソニアとホップの母はにやにやとヒトの悪い笑みを浮かべた。
「あらま。おばさま、あんまり先走ると可愛いお嫁さん候補を一人逃がしちゃうかもよ?」
「え~、やだ~。ごめんねユウリさん、お詫びにホップの好物たくさん伝授させてね。今日は簡単なやつだけど、レパートリーは多い方がいいでしょ?」
「えっ、いいんですかっ?」
「もちろん! ダンデもホップも、胃袋さえ掴んじゃえばもうこっちのものよ、ねえソニアちゃん?」
「黙秘権を行使しま~す」
さらっと笑ってソニアは手持ちのエプロンを身に着け始める。ユウリもそれに倣って、気合を入れるように拳を握った。
「まずは、今日のお料理をしっかりマスターします! よろしくお願いします、おふたりとも~っ」
「は~い」
「任せて」
頼もしいふたりの女性に挟まれて、ユウリはキラキラと瞳を輝かせる。
来るホップの誕生日に、彼の好きな料理を振舞いたいと考えたユウリがまず頼ったのは、彼の姉貴分として長い付き合いのあるソニアだった。ソニアは二つ返事で協力を申し出てくれて、サクサクとホップの母に連絡をし、母の味の伝授の段取りをつけてくれた。
ホップの友人として何度も顔を合わせているとはいえ、母親に改めて料理を教えてもらうのは緊張してしまう、と思っていたユウリにとって、ソニアの存在は大変ありがたい。その上、ホップの家で心置きなく料理を習えるように、当日のホップの動きもきちんと管理してくれて、ダンデまで巻き込んでのアリバイ工作も完璧だ。
本当に、優しいし気配り上手だしそつがないし、こんなに完璧なお嫁さんが来てくれるなんて、ホップのお母さんも嬉しいだろうなあ……なんて思いながら、ユウリはソニアとホップの母の仲が良いやり取りを眺めていた。
「あ、おばさまアレ買った?」
「買った買った。いつも忘れがちだけど、これがないとなんか味が締まらないものね」
「この隠し味が、ホップの好みでしょ。ユウリ、これはチェックだよ」
「ふぇっ」
突然声をかけられて、ユウリは慌てて集中する。ホップの家の広いキッチンにある、おおきな作業テーブルの上に並べられていた材料の中で、お馴染みのきのみがころころと転がっていた。
「モモンのみ?」
「そう。これを入れることで、トマトの酸味をまろやかにするの。ホップは結構、この味が好きで、他の料理にもよく使うわよね、おばさま?」
「そうそう。本当はお肉と相性がいいオボンのみを使うのが一般的なんだけど、ホップはちいさいころは酸っぱいものが苦手だったから、うちではもっぱらモモンのみ。もうなんでも食べられるようになってからも、お馴染みの味といえばこっちねえ」
ホップの母はそう言って、うすもものやわらかい果実を手に取る。ユウリはそういえば、と目を輝かせた。
「前に、モモンのみのババロアを作った時も喜んでくれました!」
「あ、そうそう、あれ美味しかった~! ダンデくんもめっちゃ食べたよね」
「ダンデはねえ、ホップに比べれば好き嫌いはない方だけど、それでも苦手な味があってね……」
ホップの母の言葉に、ソニアがえっと声を上げる。
「ダンデくん、嫌いな食べ物あるの!?」
「あら、ソニアちゃん知らない? え~、珍しいわね、あなたが知らないなんて」
本気で驚いたように目を丸くするホップの母に、ソニアも目を丸くしている。
「え、ほんとに? わたし、一回も聞いたことないけど……」
「あら。じゃあ、ソニアちゃんには内緒にしてたのかな? 男の子の見栄かもねえ」
「え、おばさま、ダンデくんの苦手な味ってなに? 教えて!」
思いがけない話に、ソニアが思わず勢い込む。十七年以上の付き合いで、特にダンデの食の好みなんか知り尽くしていると思っていた手前、衝撃の事実に何故かうろたえてしまう。
そんなソニアを見やって、母は兄弟そっくりの、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「さあ、なんだったかしらね?」
「おばさまぁ!」
「ふふふ、ごめんねソニアちゃん。母親として、息子を売るような真似はできないわぁ……だって、あの子が必死でソニアちゃんに嫌われまいと頑張ってたかと思うと、健気じゃないの」
「嫌わないよお、苦手な食べ物があるくらいで!」
慌ててソニアが言うと、ホップの母はコロコロと笑う。
「あらあ、覚えてないの? ソニアちゃんちいさいころ、うちでご飯を食べる時よく言ってたのよ。『好き嫌いがあると、おおきくなれないよ』って。あの頃のダンデは、あなたよりも背がちいさかったのが相当のコンプレックスだったから、これ以上失点を重ねるような告白は出来なかったのね」
「えぇ~……」
ソニアは苦々しくぼやきながら、赤く染まったほほを隠すように手を添える。そんな彼女を楽しげに見つめていたユウリに気づいて、慌てて年上の威厳を思い出した。
「そっ、それよりも! ユウリ、さっそく始めるよ。まずは、ジャガイモの皮をむいて……」
「はぁい」
必要以上にテキパキと指示を出すソニアに、ユウリは逆らわずに返事をする。ごろりとおおきなジャガイモを手に取って、ピーラーでするすると皮をむき始めた。
「ユウリはピーラー派なんだね。わたしといっしょだ」
「おばさまは包丁ですか? すごい!」
「すごくないない、見てこの皮の厚さ。でもなんか、ピーラーと相性が悪くて、そっちの方が指を切っちゃいがちなのよ」
「出た、おばさまの謎の不器用トーク。不思議なのよ、ユウリ。おばさまって、なんでも器用にこなしちゃうのに、変なところで道具と相性が悪いの。たとえば、電動ミキサーが怖くて使えないとか、ラップが上手に切れないとか」
すらすらと暴露するソニアを、ホップの母は苦々しげに睨んだ。
「ソニアちゃん、さっきの仕返し? ユウリさんにとって、私の印象が不器用ママになったら困るじゃないの」
「だいじょうぶだいじょうぶ、ユウリも結構似てるから。ねえユウリ、あんたも確か、ミキサー怖いんだよね?」
「はい、怖いです~。あの、底にぶつかっちゃってごごごごって揺れるのが苦手で……」
ユウリの言葉に、ホップの母が嬉しそうに顔を輝かせた。
「ああ、わかるわ! 便利なのは確かなんだけど、加減がわからないっていうか、怖いわよねえ」
「そうなんです!」
途端に意気投合するユウリと母を見やって、ソニアが楽しげに笑った。
「ほーらね! 絶対ここは気が合うって思ってたんだ。ホップって意外と、マザコンなのかな?」
「え?」
きょとんと目を丸くするユウリと母に、ソニアは悪戯っぽく片目をつぶる。
「ユウリとおばさまって、どこか似てるのよ。しっかりしてそうで、ちょっと抜けてるところとか、天然そうで芯が強いところとか。ホップの女の子の好みがおばさま由来だとしたら、ユウリに惹かれるのは推して知るべしね」
「え~!」
ユウリがおおきく目を見開く。それから心底嬉しそうにホップの母を振り返った。
「そうなんですか!? うわぁ、すごく嬉しい……だってホップ、おばさまのこと、大好きなんだなあってわかるもん!」
「え、そうなの?」
「はい! 照れ隠しにいろいろ言うけど、おばさまのことすごく尊敬してるんですよぉ。それに、ダンデさんのことも。ホップにとって、家族がとっても大事なんだって知ってるから、似てるって言われると嬉しいなぁ」
にこにこと無邪気にはしゃぐユウリを見つめて、ホップの母は照れ臭そうに破顔した。
「えぇ……こちらこそ、嬉しいわあ。やだもうソニアちゃん、ユウリさんてホントに可愛いわね! 意地悪な姑ごっこ、出来そうもなくて残念……」
「はいはい、たまにならわたしが付き合ってあげますわよ、おかーさま」
嬉しそうに言って、ソニアが玉ねぎのみじん切りを手早く用意する。その危なげない手つきに、ホップの母は感心して言った。
「まあソニアちゃん、包丁さばきが上手になったわねえ」
「へへへ。何回も指を切っていたころとは違うでしょ?」
「ホントホント。あの頃は、泣きながらお料理頑張ってたわよねえ……ダンデのために」
「はいダウト~。ダンデくんのためにじゃないです。ジムチャレのキャンプで、カレーも作れないとまずいって思って特訓してたの!」
「えぇ~、ちょっとくらいはダンデのためだったでしょ? だって、いまのユウリさんみたいに、こっそりダンデの好物の作り方も聞いてくれたじゃない……」
「もーおばさま! 手元が狂うから、これ以上茶々入れないで」
真っ赤になったソニアが叫ぶ。そんなふうに楽しげな料理は順調に進み、小一時間ほどでコテージパイの具材が完成した。予熱をしておいたオーブンにそれを入れ、焼き上がりの時間を調整すると、片付けがてらお茶の支度を始める。
おおきな作業テーブルに腰を下ろし、お茶請けのショートブレッドを缶から取り出したホップの母が皿に並べると、ソニアは慣れた手際で紅茶を入れる。息の合ったその動作に、ユウリは改めて感心したように言った。
「それにしても……おふたりとも、本当に仲良しさんですねぇ。息ぴったり」
その言葉に、ソニアは照れ臭そうにほほ笑む。
「まあね。ほんのちいさなころからお世話になってるもの。うちは両親がいなかったから、おばあさまたちが仕事で忙しい時なんか、月の半分くらいはこのお家で暮らしてた時もあるのよ」
あの頃はわからなかったけれど、幼くして両親と死別したソニアのことを、ダンデの家族は本当に優しく受け入れてくれた。まだ存命だったダンデの父も、祖父母も、もちろん母も、ちいさなソニアに寄り添って、さりげなく様々なことを教えてくれた。マグノリア夫妻の献身的な愛情と、ダンデ家族のおおらかな思いやりに支えられて、ソニアは幸せな少女時代を過ごすことができた。
「わたしにとっては、本当のお母さまみたいなひと。感謝してもしきれない」
「ソニアちゃん……」
真摯なソニアの言葉を、ホップの母はわずかに潤んだ瞳で受け止める。それからすぐに、茶目っ気たっぷりに笑った。
「それを言うなら、ソニアちゃんは私にとって、本当に天使のような存在だったのよ」
「え? 天使?」
「そうよぉ。ちょっと目を離したらどこぞに飛んで行って、いつまでも見つからないような危なっかしい息子を、きちんとこの家に連れて帰ってくれる、最高の守護天使。本当に、あの時代のダンデにとって、ソニアちゃんはまごうことなき命の恩人なんだから。我が家にとったって、ソニアちゃんは足を向けて寝られないほどの大恩人よ」
しみじみと言うホップの母に、ソニアはなんとも言い難い表情になり、ユウリは堪えきれないようにくすくすと肩を揺らして笑った。
「あはは、じゃあ、いまもソニアさんはおばさまにとっての天使ですねぇ」
「え?」
「だって、ソニアさんがいれば、ダンデさんはこの先も絶対に迷いませんもの。道にも、人生にも」
茶目っ気たっぷりに言うユウリに、ホップの母は心底嬉しそうに破顔した。
「ええ、本当にそう! 今度からソニアちゃんのこと、エンジェルちゃんって呼ぼうかしら」
「おばさま! もう、ユウリも乗せないでよ~」
真っ赤になって呻くソニアに、朗らかな笑い声が響く。オーブンから漂う香ばしいパイの香りと、暖かな紅茶の湯気に包まれた、それは最高に幸せな午後のひと時だった。