challenge

#73.狙う【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】

2026/10/05 18:36
【お題】ダンデ×ソニア



 普段、まったくそういった話をしない相手から突然降られるコイバナほど、厄介なものはない。
「ソニアは、どうだったんだ?」
 真剣な眼差しで問うてくる弟子……助手……未来の義弟……考えてみるととんでもなく親密すぎる関係性の少年は、休憩用のテーブル越しに真っ直ぐこちらを見つめている。
 それと同じく、傍らからはエイダ、ホップの隣からはミア、さらにちょっと離れたカウンターのスツールに腰かけていたカラムの視線もすべて集まっている。こちらに興味がなさそうなのは、日向で寝こけているワンパチと、それに寄り添っているキテルグマ、温室の方で爽やかに光合成をしているエイダの相棒のアマージョだけだ。
「……どう、て」
 苦し紛れに呟けば、ホップは邪気のない瞳で同じ質問を繰り返す。
「初恋は実らないもの、ことに研究者の初恋は、早熟で周りの情緒を周回遅れにして壊れるか、逆に究極の晩生で、周りに乗り遅れてからやっと落ちた初恋に手痛いしっぺ返しを食らう、っていうのがうちの研究室の女子たちの総意なんだけど」
 ハキハキとした無邪気な様子に騙されそうになるが、これで案外策士な弟分は、明らかになにかを狙っている。慣れないコイバナをするする仕向けるその話術に、ソニアが警戒している傍らで、のんきな声が上がった。
「や~、なんていうか、時代が変わってもリケジョの切れ味は変わんないっすね~」
 面白そうに笑うカラムをじろりと睨んで、ソニアは難しい顔をした。
「そんなん、個人差があるでしょ」
「だから、ソニアの個人的な意見を聞かせてほしいんだけど」
「黙秘権を行使します」
「え~」
 不満そうに口を尖らせるホップの傍らで、ミアもがっかりした顔をしている。エイダは澄ました様子で紅茶を傾け、カラムも苦笑していた。
「まいったなぁ……週明け、結果を聞かせろって迫られてるんだよな」
「はぁ? 誰に?」
「研究室の女子」
 どこか気まずそうに暴露するホップに、ソニアは怪訝に眉を寄せた。
「なんでわたしの個人的な意見を、あんたの研究室の女子が聞きたがるのよ?」
 ソニアの問いに、ホップは仕方ないだろ、とため息をつく。
「オレのアニキがダンデだって、知らないやつはいないんだから。そんで、アニキとソニアがこないだ婚約式をした。オレはソニアの助手をしている。あわよくば、オレを通してアニキたちの話が聞けないかって、いつも虎視眈々と狙われてるんだぞ」
 その言葉に、ソニアは思わず眉を上げる。
 大々的に婚約式を挙げたダンデとソニアは、その関係を全ガラルに高らかに宣言したようなものだが、ダンデはともかく、ソニアは学術畑における知名度はあるとはいえ、基本的には一般人と同じ扱いなので、その情報はきちんと統制、管理されている。
 それでも、人々の好奇心は抑えられず、ポケモンリーグを通じてダンデが自分たちの馴れ初めなどを語るネット番組を配信したが、そのあまりの反響に味をしめたリーグ広報部が、二匹目のドジョウを狙っているのも頭が痛い話だ。
 そんなふうに、ガラルの一等星の婚約、結婚はいつになっても人々の関心を引く。その影響が、自分たちに近しい人間にも及ぶことを、ソニアもダンデも密かに危惧していた。
 ホップの置かれた環境は、まさにその渦中といっていい。
「う、それは……まあ、苦労をかけてるとは思うけど……でも、そんなのビシッと断りなさいよ」
 ソニアの言葉に、ホップはどこか居心地が悪そうに視線をさまよわせる。
「いや……アニキとソニアの話を拒否すると、違う方にツッコミが来るから……」
「違う方?」
 きょとんとするソニアは、すぐにハッと思い至った。
「あんた、自分とユウリのことを突っ込まれるのが嫌だから、わたしたちの情報で適当にごまかしてるんだ!」
 その言葉に、ホップがばつが悪そうに頭をかく。すると、その場の聴衆がどっと笑い声をあげた。
「あぁ、そりゃあ賢い手っすねえ、ホップくん!」
「現役チャンピオンとのスクープを狙われるよりは、既に婚約を発表している身内の他愛無い話をリークする方が安全ですからね」
「賢明です、ホップくん」
 カラム、エイダ、ミアの朗らかな賞賛に、ホップは照れ臭そうに笑う。ソニアはますます面白くなさそうにふくれっ面を見せた。
「なぁによそれ! 結局わたしたちの情報を売ってるってことじゃん、裏切り者!」
「売ってるって、そんなつもりないぞ! それに、こうしてちゃんと聞いてるじゃないか。ソニアたちが話してほしくないことは、オレだってきちんとわきまえてるぞ」
 心外そうに抗弁するホップに、ソニアはまだぶつぶつと文句を言いながらも、仕方なくため息をつく。
「んっとにもう……その言葉、信じるからね?」
「任せてくれ。アニキやソニアの迷惑になることはしないぞ」
「はぁ~」
 ため息をつきながらも、けれど迷惑をかけているのはこちら側だ。ホップの立場を考えれば、少しくらい譲歩して、彼の円滑な人間関係に協力するのは当然の贖罪だろう。
「わかった。とりあえず、ホップの顔を立てましょう」
「やった! サンキュー、ソニア!」
 ニカッと太陽のような笑顔を浮かべるホップ。周囲のギャラリーも、微笑ましそうににこにことしている。ソニアは一応、彼らの上司としての顔できちんと釘を刺した。
「言うまでもないことだけど、ここで見聞きしていることは、絶対他言無用だからね、みんな」
「承知しております。こちらに雇われた際、厳密な守秘義務の契約書にサインをしておりますから、ご心配には及びません」
 代表してエイダが言うと、カラムとミアもこっくりと頷く。表情は皆真剣だが、堪えきれない好奇心とワクワクがその目に現れていて、ソニアははぁ~、と再びため息をついた。
「……ンで? なんだっけ、初恋?」
 水を向けると、ホップは頬張っていたクッキーを慌てて呑み込む。
「最近、女子の中で派手な失恋をした子がいてさ、そこから『研究と恋は両立するのか』的な議論になったんだ。で、そもそも初恋は実らない、っていう定説はあるけど、研究者はそれが限りなく100%だろう、って意見が出て。その反証でソニアの名前が挙がった」
「なんでわたし」
「アニキがネット番組で、ソニアが初恋だったって暴露したからだろ」
 ホップの言葉に、ぶはぁっとカラムが笑った。ソニアがじろりと睨むと、大柄な男は申し訳なさそうに腹を押さえて震えている。
「すっ、すんませ……。オレ、ちょうどそのころワイルドエリアに籠ってたんで、情報に乗り遅れたんすよね。アーカイブも消えてるし、噂では聞いてたけど、ダンデ委員長、そこまで暴露したんだ……」
「あら、わたし、アーカイブ持っていますよ。期間限定でDL販売されたんです」
「え、まじすか? あとで見せてもらえます?」
「いいですよ」
「ちょっとミアさ~ん、その話はあとにしてもらえる~?」
 にっこりと張り付いた笑顔を見せるソニアの低い声音に、ミアはぴぃっと肩を震わせた。短い眉根を思い切り寄せながら、ソニアは頭痛を堪えるようにこめかみを押さえる。
「あのねえ……アレは、世間的にわかりやすいだろうと思って脚色されたの。だいぶ盛ってるの。ほぼほぼ、オリーヴさんの創作なの!」
「え、でも実際、アニキの初恋はソニアだろ?」
 あっけらかんとホップが言う。アニキの一番のファンだから、なんでも知ってるぞ! と言わんばかりの絶対の自信に、ソニアはほほを染めながらもぐりぐりとこめかみを揉む。
「……ねぇホップ。あのダンデくんが、五歳かそこらで初恋を自覚してると思う? ヒトよりポケモンの方が好きだと豪語するような男だよ?」
「いや、ヒトよりポケモンの方が好きだとはさすがに言ってないぞ。それは、現役チャンピオンだった時代、なんとかゴシップをひねり出したい悪質なインタビュアーの、好みのタイプは? っていう質問に、女性じゃなくてポケモンの種族や特性を素で答えたことで生まれた、ネットミームだ」
 すらすらと答えるホップは、さすがにダンデの一番のファンだと豪語する情報量である。ソニアは言葉もなく項垂れ、エイダが感心したように瞳を細めた。
「では、ダンデ委員長の『人間の』初恋はソニア博士でも、『ポケモンの』初恋は別にいるかもしれないですね」
「エイダさん……混ぜっ返さないで、全然笑えない……」
「失礼いたしました」
 すました顔で呟くエイダに、笑い上戸のカラムが必死に声を殺して悶えている。ホップは改めてソニアに問いかけた。
「アニキの初恋がソニアなら、ソニアも当然そうじゃないのか?」
 その真っ直ぐな言葉と視線に、ソニアはぐう、と唸る。それから、赤い顔をそむけて頬杖をついた。
「さあ……そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
「あいまいな感じだな」
「そりゃそうでしょ。五歳の頃に知り合って、仲良くやってきた幼馴染の男の子を、何歳の頃から『恋』として意識してたか、なんて、ハキハキ答えられる? 人間の感情って、そんなにわかりやすく分類できないもんでしょ?」
「さすがリケジョ~……」
 ぽつんと呟いたミアは、ハッと慌てて口を押さえる。ソニアは照れ隠しも疲れたのか、素直に紅茶を飲んで続けた。
「ダンデくんも一緒だよ。世間的には、五歳の頃から知り合いの幼馴染が婚約しました~って言ったら、あら初恋だったのね? って考える。その方が理に適ってるからね。でも、本人たちにとったら、一体どこから初恋だったの? って感じよ」
「え、じゃあもしかして、まだ初恋じゃなかったり?」
 カラムの素っ頓狂な言葉に、その場の視線が集まる。カラムは長い足を持て余すようにスツールに腰を掛け、大振りなジェスチャーで言った。
「だって、その理屈なら、幼馴染のまんま婚約しました、って可能性もあるんじゃないすか?」
「え?」
「お互いが唯一無二なのは間違いないけど、意外とどっちも『初恋』はまだだったりして……」
 その言葉に、ソニアが難しげに眉を寄せる。研究者らしいスイッチが入った彼女は、ぶつぶつと持論を展開し始めた。
「興味深い……その可能性は、考えなかったな……。確かに、わたしたちの関係は、五歳の頃から始まって、劇的な変化はなく、気が付けば婚約していた……いや待って、そんなことある?」
 思わず自分に突っ込んだソニアに、エイダが穏やかな声をかける。
「ソニア博士、あまり難しく考えない方がいいのではないでしょうか? そもそもにおいて、恋の定義などあってないようなものですし、初恋の自覚がないまま恋を成就させた、稀有な症例という可能性もあります」
「いや~だから、初恋の自覚がないなら、まだ恋をしてないって可能性もあるっすよねえ?」
 議論好きは研究者のサガで、カラムが別角度の仮説を立てる。その雰囲気につられるように、ミアが興味深そうに小首をかしげた。
「恋をしないで婚約ってあり得ますか? 結婚を視野に入れる男女において、恋愛感情の有無はかなり普遍的と思えますが」
「でも、必須というわけではないですよ。互いに必要条件を満たした関係での婚姻は、むしろ一般的だった時代もありますし」
「今回のソニア博士とオーナーダンデのケースには、その例は当てはまらないと思うんですが」
「それは同感です。でも、だからといって必ずしも恋愛感情や初恋実感があるべきかといわれると、その限りでもないですよね」
「確かに……むしろ、五歳の頃からの幼馴染という、濃密で特別な関係値を鑑みれば、恋愛感情というあいまいで恣意的なものよりも優先される感情があったと仮定することもできます」
「その辺を人間感情のメカニズムとして研究するってのも面白いかも」
「心理学や社会学的にも注目できそうですね……」
 カラムとミアが盛り上がっている傍らで、ホップが不思議そうな顔で首をかしげた。
「いつから恋だったかわからないなら、最初から恋だったってことじゃないのか?」
 一周回って素直な至言に、カラムとミアは顔を見合わせた。あらゆる可能性を捏ね繰り回す研究者の悪癖に気づき、互いに照れ臭そうに笑い合う。
「……まあ、それが妥当っすね」
「あまりにも当たり前すぎて、気づかなかった初恋、ですね」
 ミアがどことなくうっとりと呟いた。彼らの暴走をあえて放置していたソニアは、その結論に無表情で紅茶をすすっている。真っ赤に熟れた顔色だけが、彼女の内心を赤裸々に表していた。
「そうすると、研究室の女子たちの『研究者の初恋は100%成就しない』って説は、立証ならずっすね」
「はい。少なくとも、ソニア博士に関しては、初恋の成就が確認できます。これって、リケジョのみんなにとっても、ものすごく夢のあるお話ですよね!」
 カラムとミアの結論に、エイダが穏やかにほほ笑んでいる。ソニアは机に額を押し付けて力なく呻き、そんな彼女のつむじを眺めながらホップが言った。
「そういう感じで、研究室の女子たちに答えといていいか?」
「……好きにせい」
 明らかに投げやりに、ソニアがぱたぱたと手を振る。照れ屋な未来の義姉に向けて、ホップは嬉しそうに破顔した。


コメント

[ ログインして送信 ]

名前
コメント内容
削除用パスワード ※空欄可