challenge
#72.失う【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】
2026/10/03 16:09【お題】ダンデ×ソニア
毎週金曜、二十一時からの大衆向け情報番組は、その週に流れていたニュースのまとめや、注目度の高い事件のブラッシュアップ検証などをメインに作られている。老若男女にわかりやすく的確な、けれどウィットに富んだ毒気も残る良質な番組で、週末のルーティンとして視聴している層が厚い。
ご多分に漏れず、ソニアも欠かさずチャンネルを合わせている。それほど身を入れない『ながら聞き』でも、ガラルのニュースやトレンドを最低限押さえられる、お気に入りコンテンツだ。
その日は、放送時間を大幅に使っての特集コーナーが作られていた。
五十代の男性メインキャスターと、アシスタント的立ち位置の妙齢の女性キャスター。そこに、ガラルポケモンリーグのご意見番ともいわれる著名な解説者が加わったメンバーで、巨大なスクリーンに映し出された現役時代のチャンピオンダンデを背景に、大々的なテーマが映し出された。
《ガラルに激震が走る ダンデ氏の婚約により、ファンが〈失った〉ものとは?》
「……おう」
夕飯のあと、甘いものが食べたいな、と摘まんでいたカジッチュチョコをくちびるに当てながら、ソニアが呟く。甘いリンゴのコンポートをちょっぴりのブランデーで香りづけをして、滑らかなチョコレートでコーティングしたそれは、彼女の最近のお気に入りだ。
傍らでワンパチを膝に乗せ、寛いだ様子で専門教養誌『The Galar Pokémon Review(通称レビュー)』を読んでいたダンデが、その声に気づいてつと顔を上げた。正面の巨大なテレビに映し出される自分の姿に軽く眉を上げ、そのまま雑誌に目を戻す。
隣のソニアが、チョコを摘まんだままじろりと視線を向けた。
「……この放送のこと、知ってた?」
「ん? ……聞いたような気がしないでもないぜ」
「忘れてたでしょ!」
別に今更ダンデの出演番組をすべて網羅するつもりなどないが(そもそも膨大すぎて無理な話だ)さすがにソニアも好きな番組で特集を組むなら言って欲しかった。しかも、内容がなかなか興味深い。ソニアに無関係どころか、ばっちり関わりまくっている。
ソニアのむくれた声色に、ダンデは再び視線を上げた。それから少し困ったように眉を寄せる。
「いや、忘れてたというか、番組からのオファーがあり、承諾した、までは聞いてる。内容や構成については広報室で掌握してるし、特別オレのところまで上申はなかったから、こんなにちゃんと特集を組んでるとは知らなかったぜ」
「え……それ、だいじょうぶなの?」
今度は別の意味でソニアの眉が寄る。以前から、メディアに対するダンデの丸投げ体質は問題視していたが、きちんとチェックせずになんでもOKを出していたら、いまに取り返しのつかないことになるのではないか。
ソニアの懸念に、ダンデはニカッと屈託なく笑った。
「だいじょうぶだ。いまの広報室は、オレの立ち位置や望みを100%理解している。彼らに一任しても、なんの懸念もないぜ」
「ホントかよぉ……」
疑わしそうにじろりと見やってから、ソニアは指についたカジッチュチョコをぺろりと舐めた。物欲しそうにこちらを見つめるダンデに気づき、やれやれとひとつ摘まんで、ポイと彼の口の中へ。
そうこうしているうちに、穏やかな男性キャスターの進行が始まった。
『先日行われた、バトルタワーオーナーとポケモンリーグ委員長を兼任するダンデ氏と、ガラルポケモン博士であるソニア女史との婚約式を受け、ガラル国民に走った激震を紐解いていこうと思います。
国民的人気を誇るダンデ氏の人生の転機によって、ファンはなにを感じているのか。祝福の声が広がる一方、ファンからはこんな声も聞かれました』
ダンデのチャンピオン時代の映像や、現在のバトルタワーでの一幕、リーグ委員長としての仕事風景などを映しながら、街頭インタビュー映像へと切り替わる。
『もちろん、おめでとうって思います。でも……ちょっと寂しい。別に、ガチ恋ってわけじゃないですけど、ずっと追いかけていたアイドルみたいな感じだったんで、単純に「あー、もう人のものなんだぁ」って……(笑い)』
若い女性ファンの苦笑じみた本音に、重なるように異口同音の映像が流れる。
それを見やって、ソニアは深く頷いた。
「わかる……別に自分が恋人になれるって思ってたわけじゃなくても、いざ誰かのものになると、喪失感ってあるよね……」
「誰かのものって……ソニアのものだろ?」
「そゆこと言ってんじゃないの」
横から入ったダンデの茶々に、ソニアは照れ臭そうにほほを染めた。不思議そうなダンデの口に、カジッチュチョコを突っ込む。
『いや、俺は恋愛対象として見てたわけじゃないですよ、もちろん(笑い)。ただ、ずっと《みんなのダンデ》だったわけで、それがこれからは《ソニア博士のダンデ》なんだなって思うと……まあ、やっぱり寂しいな。なんでしょうね、この感覚(笑い)』
中年の男性ファンが、恥ずかしさに笑いながら言うのに、ダンデはしみじみと呟いた。
「いまもって、《みんなのダンデ》でもあるんだがなあ」
「相変わらず公共物だもんね、きみは」
「公共物の顔と、私人の顔は、昔からあったはずなんだが。いまさら気づいたのか、みんな?」
「昔のダンデくんは、プライベート全っ然見せなかったじゃん。だから、いきなり婚約とかされたら、そりゃ寂しいでしょ」
カフェインレスの紅茶をすするソニアが言う。ダンデは膝の上のワンパチを撫でながら、ううん、と唸った。
「《みんなのダンデ》だと思われていた時代から、ちゃんと《ソニアのダンデ》だったと言えば、納得するかな?」
「やめて大炎上しちゃう」
心底嫌そうに呟いて、ソニアがため息をついた。
『本当にちいさい頃から試合を見てきましたからねえ。なんだか、息子が結婚するような気分ですよ。寂しさもありますけど、やっぱり幸せになって、っていう気持ちの方が大きいかしらね』
年配の女性が、物柔らかにほほ笑みながら言う。その手には、現役時代のチャンピオンダンデを応援するためのグッズが多数握られており、その歴の長さが窺えた。
老若男女、似たようなコメントが続く。息子のような、兄のような、弟のような、様々な時代のチャンピオンダンデを応援し、見守ってきたガラル中のファンたちの声を改めて聞いたダンデが、いつの間にか真っ直ぐにテレビに向き直っていた。
その隣で、ソニアも嬉しそうにほほ笑む。
「ホントに、色んな人に支えられてきたよね、ダンデくん」
「ああ」
深く頷いて、ダンデはソニアに手を伸ばす。彼女の肩を引き寄せると、素直に寄りかかる暖かな体温に、こころからの充足感が沸き上がった。膝の上のワンパチがわずかに身じろぎし、近付いたあるじの膝に舌先を押し付けて、ぴすぴすと鼻を鳴らした。
『オレはバトルが好きだから、最強のダンデを応援してたんで、恋愛とかは別に、好きにすればって感じ。……でも、婚約してから、なんか雰囲気変わった気はしますね』
若い男性ファンのコメントを最後に、スタジオへと画面が切り替わった。次の話題への転換と同時に、おおきなモニターへ円グラフの調査結果が示される。
『これは、ダンデ氏の婚約によりファンが〈失った〉と感じたもののリストです。多様なコメントが寄せられていますが、大きく分類すると、このような結果になりますね』
女性キャスターが示す項目には、『みんなのダンデという感覚』『自由なダンデを見る楽しみ』『親しみやすい独身スター』などの文言の最後に、『バトルへの情熱』というものがあった。
ソニアがおおきく眉を寄せたと同時に、ガラルポケモンバトルを専門に解説・評論をしているコメンテーターの男が、紹介文とともに映し出される。
『現役チャンピオン時代のダンデ氏は、勝利への飽くなき欲求そのものが魅力でした。しかし現在は、チャンピオンを退き、リーグ委員長、バトルタワーのオーナーとして運営側に立っている。同時に婚約も発表され、人生が安定したことで、以前のような『勝ちたい』という渇望は薄れたのではないか――そう見るファンもいるようですね』
評論家のコメントに、メインキャスターが問いを投げる。
『街頭インタビューでも、昔はもっとギラギラしていた気がする、とか、いまは自分が勝つというよりも、若いトレーナーの育成を目的にしているのではないか? という意見がありましたね』
『ええ。もちろん、バトルタワーにおいてのチャレンジャーの選定や、スタートーナメントの立役者としての活躍もあり、完全にバトルを退いたわけではありません。ですが、やはり婚約を節目に全人生をバトルに注いでいたような、かつての情熱が薄らいだのでは? という見方もできますね』
「……は?」
地の底から滲み出るような低い声。ワンパチがビクンと震えながら起き上がり、不安そうにあるじを見上げると、ソニアは完全に据わった瞳でテレビ画面を睨んでいた。
抱き寄せていた肩から、憤怒の炎が立ち昇ってくるような迫力を感じ、ダンデが宥めるようにポンポン、とそれを叩く。ソニアは鬼のような形相のままダンデを見やった。
「……ちょっとダンデくん。この番組のどこが『オレの立ち位置や望みを100%理解している。彼らに一任しても、なんの懸念もないぜ』なわけ? こんな的外れで侮辱的なコメントを紹介するなんて、リーグ広報室は節穴揃いなの!?」
「落ち着けよ、ソニア」
ソニアの怒りとは対照的にダンデはどこまでも穏やかだ。まるでコメント通り『情熱が薄らいだ』ような彼の挙動に、ソニアはますますかぁっと頭に血が上る。
「落ち着いてられないよ! ダンデくんがバトルをしてた理由が、ただ『勝ちたい』からだけ、みたいな言い方されてさぁ!」
「まあ、勝ちたい欲もあったがな」
「それだけで、十年もチャンピオン続けられるわけないじゃん! それに、バトルトレーナーなら勝ちたいのはみんな一緒だよ、チャンピオンであってもなくても、その気持ちがなくなるわけない!」
「そうだな」
穏やかに頷くダンデを、ソニアは至近距離で睨む。ギラギラと、炎を吹くように輝く彼女のエメラルドを見つめて、ダンデはうっとりと瞳を細めた。
「きみは! ガラル中のみんながポケモンバトルで強くなることを願って、そのために自分の全てを捧げつくしたんでしょう! 誰よりも強く、誰よりもポケモンバトルを愛して、ポケモンの可能性を信じて、なにもかもを懸けて勝ち進んだ! その結果がいまでしょ!?」
どこまでも賢く、深淵を覗くソニアの瞳。その瞳が、ただひとり、ダンデの底の底まで覗き込んでいる。
彼女の口から語られる己の人生に、ダンデは恐ろしいほど純粋な喜びを感じてゾクゾクと震えた。
「そんな男が、婚約したくらいで変わるわけない! ダンデくんは、一生ずっと、バトルに恋してるんだから……っ」
興奮したソニアの演説は、けれど不意に途切れた。唐突に塞がれたくちびるが呼吸を止め、ソニアの目が驚きに見開かれる。
ダンデは素早くキスを終えると、至近距離でぽかんとしているソニアに向かってニヤリと笑った。
「そこは慎重にな、ソニア。聞き捨てならないぜ」
「……っ、いや、別にダンデくんが婚約を軽く見てるとかそういうつもりじゃなくてさ、わたしとのことで、バトルへの情熱がなくなったとか言われるのは違うでしょ」
「ああ、それは明確に違うな。だが、婚約したくらいで変わるわけない、ってのも、まったく見当違いだぜ」
「え?」
真っ赤に熟れたような顔色のソニアが、きょとんと目を丸くしている。そんな彼女に、ダンデは蕩けるほど甘く囁いた。
「ソニアと結婚することで、オレはますます完璧な人生に近づけるんだ。ガラルのポケモンバトルを盛り上げる夢も、これまで以上に実現できる。そういう意味では、オレの人生はきっとガラッと変わるぜ」
「……」
その言葉に、ソニアはなにも言えず瞬きをする。彼らの正面で、メインキャスターは深く穏やかな声色で続けた。
『一方で、街ではこんな声も多く聞かれました』
『とにかく、幸せになってほしいですよ』
『寂しいけど、おめでたいことだから』
『ソニア博士なら、納得かな、って』
『これからも、ダンデのファンを続けます。だって、ずっとバトルはしてくれるだろうから』
『バトルのない人生なんて、ダンデじゃないでしょ』
様々なコメントが、総じて祝福ムードで繰り返される。その映像を受けて、評論家の男性が答えた。
『現役時代のダンデ氏は、とにかく勝利への執念が感じられました。それは、まさにガラルのポケモンバトルを牽引するチャンピオンとしての風格で、彼の姿を見た我々の中でも、バトルに対する意識が変わり、ポケモンバトルがガラルの国益を担うまで発展したのは間違いありません。
ただ、現在のダンデ氏の活動を見ていると、わたしは『情熱を失った』のではなく、情熱の向ける先が変わったと思えます。彼は今もバトルに邁進し、後進を育て、土壌を整えている。見ている世界や立場は違えど、我々を熱狂させた『無敵のダンデ』は、いまも変わらず存在しています』
その意見に深く頷いたメインキャスターが、穏やかにほほ笑みながら総括した。
『世論を見ても、寂しいとは言いながら、最終的には祝福している方が多いようです。長くガラルのトップを走ってきた方ですから、今後はご自身の人生も大切にして欲しい……そして、これからもずっと、比類なきトップトレーナーとしての活躍を期待している。
ガラルの国民にとって、ダンデという存在は、今後ますます目を離せないものになりそうです』
いつもの音楽が流れ、CMに切り替わる。それと同時に、ダンデがリモコンを操作して、電源が切られた。
静寂が訪れたリビングで、ソニアが赤い顔をして俯いている。なんだか変な空気になったな……と戸惑っている彼女の黄昏のつむじに、ダンデはそっと囁いた。
「問題ない番組だったろ、ソニア?」
「……うん」
「オレとしては、もう少しソニアの方にもスポットを当ててほしかったけどな」
「遠慮します……」
「オレを語る上で、ソニアに触れないのは片手落ちだぜ」
「……もぉ、いいから……」
恥ずかしそうにほほ笑んで、ソニアはダンデの鍛えられた二の腕をぽこんと拳で叩く。ダンデはそれをやわらかく握りこんで、とろりと甘く囁いた。
「……もう、寝る?」
「……寝る」
素直に頷いたソニアに、ダンデは嬉しそうに笑う。彼の膝の上でまるくなっていたワンパチは、賢そうな眼差しであるじたちを見上げると、我から進んでボールの中へ戻るべく尻尾を振って立ち上がった。