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#70.甘える【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】

2026/09/29 18:31
【お題】ダンデ×ソニア


#67.縋る(すがる)の続き



「お帰りなさいませ、オーナーダンデ」
 自宅の庭にあるアーマーガア・タクシーの発着所に降り立ったダンデへ、恭しい声がかけられた。
「ああ、いま帰ったぜ」
 執事に向かって朗らかに答えたダンデは、彼と専従契約を結んでいるアーマーガアへと向かい、労いの挨拶をかわす。
「今日もありがとうな」
「ガァア」
「きみもご苦労様。また来週頼むぜ」
「はい。それでは、失礼いたします」
 通勤用に契約しているアーマーガア・タクシーの運転手は、ポケモンリーグに所属している社員でもある。若い彼はダンデに丁寧に挨拶し、アーマーガアに乗って宵闇の空に羽ばたいていった。
 ダンデは改めて執事を振り返り、佇む彼に小首をかしげる。
「留守中なにかあったのか?」
「はい……」
 常とは違う様子を見せる執事に、ダンデが問いかけるとあっさり頷いた。ダンデはわずかに眉を寄せ、それから鋭く問い重ねる。
「ソニアになにか?」
「博士は無事です。ですが、侵入者がありました」
「……それで?」
 さらに声音が低くなる。獰猛さを増したダンデの冷たい視線に呼応するように、彼の腰に提げられたボールホルダーが明らかに騒めいた。主の命令を待たずに、いまにも飛び出してきそうな手持ちの気配は、執事の傍らにいたオスのイエッサンの落ち着きを無くさせる。
「……」
 執事の影に寄り、本能的な警戒を見せるイエッサンに気づいて、ダンデはふっと肩の力を抜いた。
「リザードン、みんなも落ち着け。報告を聞くんだ」
 ダンデの穏やかな声音に、ボールの振動は収まった。執事は静かに頭を垂れ、低く答える。
「先ほど、温室の方でひとりのパパラッチを捕獲しました。対応はロズレイドが。現在は、ねむりごなで昏倒中です」
「被害は?」
「侵入直後の捕獲でしたので、数枚の写真だけです」
「どんな写真だ?」
「……」
 わずかに執事が沈黙した。珍しく答えを迷うような彼の様子に、ダンデは金の瞳をすっと細める。
「……見せてくれ」
「お言葉ですが、これをご覧になっても、パパラッチに私的な制裁を加えないと、お約束いただけますか?」
 分を超えた執事の言葉に、ダンデは素直に目を丸くした。それからなぜか、嬉しげに破顔する。
「きみの口からそんな言葉を聞けるとは! どうやら、少しはオレにこころを開いてくれたらしいな?」
「……出過ぎた真似をいたしました。謝罪いたします」
「おっと、引っ込めないでくれよ。きみとは長い付き合いだが、個人的な話をしたことはあまりないだろ? 縁あって、こうしてオレ付きのバトラーになってくれたんだ。これからは、もう少し親密に関係を築けたら嬉しいぜ」
「……」
 ダンデの言葉に、執事は静かに俯く。表情はあまり変わらないが、傍らにいるイエッサンが、彼の代わりに嬉しそうにくるくると回っていた。
 ダンデはその様子にほほ笑んで、それから深い声色で言う。
「きみの心配はありがたい。オレが激怒するような写真なんだな?」
「僭越ですが、そう見受けました」
「ソニアの写真か」
「はい」
「……う~ん……」
 難しく腕を組み、ダンデが唸る。執事が見守っている先で、彼は困ったように眉を寄せた。
「きみがそこまで懸念するほどだ。オレがまかり間違ってそのパパラッチを攻撃しないように、手持ちをしまっておいた方がいいだろうか?」
 その言葉に、再びボールホルダーが騒めいた。今度はダンデの指示を待たず、ぱしゅりぱしゅりと勝手に出てきてしまう。リザードン、オノノクス、ギルガルド、ドラパルトの四体が、威嚇するようにダンデを取り囲んだ。
「おいおい、落ち着け。冗談だ、オレがおまえたちにそんな真似をさせるわけがないだろう?」
「ぎゃあう」
「ぐああ」
「しゅううう」
「……」
 四体の様子に、ダンデは呆れたように眉を上げる。
「……むしろ、パパラッチに制裁を加えたいのか?」
「バギュア!」
 総意を示すように、一声吠えるリザードン。かれらにとっても大切な、ソニアのためとあればやぶさかではない。そんなやる気に満ちたポケモンたちを宥めるように、ダンデは苦笑した。
「気持ちは嬉しいぜ。だが、そんなことをしたらソニアがめちゃくちゃ怒るぞ?」
「ぎゅ……」
「グォ……」
 ダンデの言葉に、手持ちたちは一気に大人しくなった。素直な彼らの挙動に、ダンデは優しげに笑う。
「さあ、この件はオレに任せて。オノノクス、ギルガルド、ドラパルトは先にソニアに帰宅の挨拶に行ってくれ。オレとリザードンも、すぐに向かうから」
「ぎゅうう」
 ダンデの指示に従って、三体はのしのしと邸宅へ向かう。ダンデは残ったリザードンの顎に手を伸ばして撫でながら、執事の方へと振り返った。
「というわけで、オレも滅多なことはしない。安心して、写真を見せてくれ」
「……こちらです」
 執事が差し出したカメラを手にし、ダンデがそれを操作する。そこに写された婚約者は、まったくカメラに気が付いていないように、無防備な雰囲気だった。
 彼女は自分の家の中で、こころから安心している。白い肌を無邪気に晒し、うっすらとほほ笑んでいる様子は、本来ダンデにしか許されない彼女のリラックスした表情だ。
 そんな親密な瞬間だというのに、撮影者は容赦なく彼女の秘密を暴こうとしている。滑らかな肌のライン、際どい隙間、情欲を掻き立てるようなあからさまな構図。
 男が女をどういう意図で眺めるか、その下心が露骨に垣間見える数枚に、ダンデの全身から鋭い殺気が生じた。傍らのリザードンが、呼応するようにぶわりと尾の炎を燃え上がらせる。
 宝物が、汚された。
 本能的な怒りに、ダンデは五秒ほど沈黙する。そして、自分をコントロールするような、長いため息をついた。
「……事前に警告してくれて助かったぜ。なんの気構えもなくこれを見た後では、手持ちを抑えきれたか自信がない」
 軽口めいて言いながらも、ダンデは強張った表情で執事を見やった。
「パパラッチは捕縛しているんだよな?」
「はい。巡査への連絡はまだです。先にオーナーのご意向を伺おうと思いました」
「……ワイルドエリアに連れていって、始末する余地を残した、ってわけか」
 ダンデの不穏な呟きに、執事は黙っている。それに、ダンデは思わず噴き出した。
「冗談だぞ?」
「承知しております」
「……冗談じゃないと言ったら?」
「それも、承知いたします」
「きみ、案外過激なんだな」
「恐れ入ります」
 楽しげなダンデに、表情を変えない執事。ダンデはちいさく息をつき、それから手元のカメラを操作した。ソニアの白い肌、滑らかな手足の眩しい写真が削除される。
 金の瞳を細めて、ダンデが呟いた。
「警戒網を厚くする必要があるか」
「対処については、現状でも過剰なほどです。ですが、侵入・盗撮をそもそも防ぐのならば、わかりやすいトレーナーや警備ポケモンを、見える範囲に配置することが有効かと」
「だが、そうするとかなり物々しい雰囲気になるな?」
「仰る通りです」
「それは、望ましくないな……」
 ダンデは、ソニアに籠の鳥になってほしいわけではない。警備を厚くし、隔絶した屋敷の中で誰の目にも触れさせずに囲っておくことは、彼女が彼女らしく生きることの妨げになる。
 自分と一緒に生きるということに、これ以上枷を感じてほしくない。
 ダンデはしばらく考えるように瞳を閉じ、それから真っ直ぐに執事を見据えた。
「警備体制はこのままでいい。だが、今回の侵入経路や方法を踏まえた対策を考える必要はある」
「かしこまりました」
「パパラッチは、巡査に引き渡してくれ。処遇や手続きについては、リーグの方で対応する」
「承知いたしました」
「よろしく頼むぜ」
 そう言って、ダンデはカメラを執事に返す。リザードンを従えて屋敷へ向かう前、思い出したように振り返った。
「そうだ。今回のきみたちの対応に感謝するぜ。あとでロズレイドにも礼を言うが、きみのイエッサンたちにもたっぷりご褒美を弾むからな、楽しみにしてくれ」
「お心遣い、感謝いたします」
 執事が深々と頭を下げると、傍らのイエッサンが嬉しそうにくるりと回った。
 ダンデはニッと笑って、そのまま屋敷へと向かう。正面玄関に入り、広々としたホールに足を踏み入れると、手持ちに囲まれているソニアがいた。
「――あ、お帰りダンデくん! ねえみんなどうしたの? なんかくっついて離れないんだけど……」
 言葉通り、オノノクスとギルガルドに両脇を固められ、背後にはドラパルトとドラメシヤたちが絡みついているソニアの様子に、ダンデはぶはっと噴き出した。
「ただいま、ソニア。ずいぶんモテモテだな?」
「いや、なんとかしてよぉ! あっリザードンおかえ……って、なんできみまで!?」
 真正面から抱き着いてきた火竜に、ソニアは上ずった声を上げる。ダンデは、まるで対抗するように自分の足元でぬわぬわ吠えるワンパチを抱き上げて、思う存分嘗め回されながら笑った。
「みんな、きみに甘えたい気分なんだろ。付き合ってやってくれ」
「いや、甘えるって……ああもう、わかったわかった。はいはいありがとね、みんな大好きよ!」
 自棄になったように叫んで、ソニアは両隣のオノノクスとギルガルドに器用にキスをする。背後から覗き込むようにするドラパルトにもチュッと軽くくちづけて、まとわりつくドラメシヤにも同じようにあしらうと、正面から抱き着くリザードンをぎゅっと抱き返した。
「もう、可愛いやつらめ……」
「ぱぎゃあう」
「はいはい、お待たせリザードン」
 完全に甘えた声音のリザードンの顎をくすぐり、ソニアは蕩けるほど優しくそのくちびるで火竜のほほを愛撫した。
 手持ちたちは大変満足して、ソニアの包囲を解く。やれやれと笑ったソニアが、改めて正面を見やると、ワンパチを抱きしめているダンデがにこにこと立っている。その顔に、ソニアは呆れたように眉を上げた。
「なあにダンデくん?」
「オレの番だな?」
「いや、順番とかないから。ダンデくんは、ワンパチが思う存分歓迎したげたじゃん」
「ワンパチはワンパチ、ソニアはソニア」
「なにその標語」
 ぷはっと笑いながら、けれどソニアは柔らかな表情でダンデへ近づく。ダンデはワンパチを下ろして、その手を婚約者へと迷いなく伸ばした。
「可愛いダンデくんめ」
「そうだろう?」
 降りてきたくちびるにこころを込めてキスをして、ソニアが嬉しげに笑う。ダンデは彼女の肩を抱き、直接触れる肌の感触にそっと眉を上げた。
「……少し薄着すぎるんじゃないか?」
「ん? ああ、さっきまで蒸し暑かったからさ~。陽が落ちると急に肌寒くなるね」
 悪びれずに答えるソニアは、暖かく肩を包むダンデの手のひらの熱にうっとりとほほ笑んだ。
「ダンデくんがいてくれたら、寒くないよ?」
「……オレがいないときは、もう少し厚着するといいんじゃないか?」
「えぇ、う~ん……」
 難しく唸って、ソニアが眉を寄せる。そもそも彼女は、肌の露出を好む傾向がある。だってその方が可愛いじゃん! と言われればぐうの音も出ないし、ふたりきりの時ならば、その意見には全面的に賛同できる。
 けれど、今後のためにも少しは自衛をしてもらいたい……だが、ソニアの自由意思を妨げたいわけではない……男としての複雑な葛藤を抱えるダンデに、ソニアはひとしきり唸ってからからりと笑った。
「ま、寒くなったらね!」
「……そうか」
 寒くなったらなったで、暖かな部屋の中で薄着で過ごす未来が見える。そうして、暇さえあればダンデの筋肉に擦り寄って暖を取るのだ。
 そんな幸せな未来の前では、ダンデはこれ以上ソニアに自衛を求めることはできなかった。そもそも、人の屋敷を勝手にのぞき込む無頼のために、ソニアが生活を変える必要などない。彼女のことは、これからもダンデが護ればいいだけの話だ。そのための協力者は、屋敷の中外にごまんといる。
 問題なし。
 ダンデと手持ちたちは、大切な宝物を取り囲むようにして回廊を進んだ。屋敷の中に常駐する様々なポケモンたちがそれと気づいて、慕わしげに寄ってくる。
 ポケモン屋敷の当たり前の夜が始まった。


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