challenge
#69.攫う(さらう)【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】
2026/09/27 16:15【お題】ダンデ×ソニア
シュートシティの高級ホテルロンド・ロゼには、大規模な催しや国賓クラスのゲストを迎えることもできる迎賓会場があった。
最大収容人数が五百名を下らないその広間を囲み、特別室であるスイートルーム、バルコニー・テラス席を擁する屋外ラウンジ、エレベーターホールを挟んで軽食やドリンクを楽しめるバーラウンジ、さらにシュートシティの夜景を一望できるシティービューラウンジがあり、いずれも高級感と居心地の良さを計算されつくしたラグジュアリーな空間が広がっている。
回遊動線であるそこでは、ガラルに名だたるポケモンバトル関係者たちが顔を合わせ、今年も始まるジムチャレンジのための綿密な交流を行っていた。
ジムリーダーをはじめとする各ジム関係者はもちろん、スポンサー企業、リーグ関係者、メディア関係者、政府および自治体関係者、さらにはスタジアムの設備関係者、ポケモン研究に携わる著名人、数え上げればきりがない人数が、国を挙げての一大事業に取り組んでいた。
『ジムチャレンジ』という、国民にとってはひたすら楽しい風物詩の裏で、これほどの規模のヒトやカネが動いていることを改めて認識し、ホップはごくりとちいさく喉を鳴らす。
二年前、彼はチャレンジャーとしてこの祭りに参加し、その中心に近いところまで上り詰めた。そんな彼でも、裏方として力を尽くしていた人間の数まで把握していなかった。
いま、彼は改めて『ガラルの屋台骨』としての立場でここにいる。チャレンジをする者ではなく、それを支え、恙なく国を動かすもの。
そういった人々を束ねるのが、彼の兄だ。
何百人もの前で、兄は堂々と主催者挨拶を行った。そつのない物腰、押し出しの良い風貌。チャンピオンを退いたとはいえ、兄の存在感はまごうことなき一等星で、どれほどのスポットライトを浴びていてもその光に負けない輝きを放っている。
挨拶の後は、用意された食事を囲みながらの歓談。その後、新シーズンにおける変更点の説明や、新たな取り組みの発表。各担当者たちのプレゼンを踏まえて、再びの歓談。
ここで、それぞれの立場の大人たちが、如才なく社交を始める。スポンサー企業とのやり取り、リーグ関係者との確認、メディアとの打ち合わせ、政府関係者との折衝。ここに至るまでに整えられていたものを、改めて確認し、相互認識を深める。
ホップはこの場では、生まれたてのウールーのように頼りない存在だった。
未成年であり、まだ何者でもない存在の彼に、声をかけていくものはそう多くない。それでも、馴染みのジムリーダーやリーグ関係者などが親しげに話しかけてくれて、彼はその空気の中徐々に落ち着きを取り戻していった。
そうして改めて見やれば、自分の他にも必死に状況に食らいつこうとしている同期の顔が見える。
マリィは、彼女らしいパンクな雰囲気の残る、けれど垢ぬけたデザインのワンピースに身を包み、メディア関連の対応をしていた。彼女の数メートル先では、そつなく振舞いながらもしっかりと見守っているネズがいる。いざとなれば口を出すだろうが、妹のやりようを信じている様子だった。
その奥には、にこやかな雰囲気で振舞っているビートがいる。外面のいい彼はこういった場面では案外優秀だが、きっといま、何十枚にも被った猫が少しずつ疲弊して、剝がれていっているのだろう。会が終わるころ、きっと疲労でボロボロになりながらも、ツンと強がっている姿が予想できる。
負けていられないな、と奮起して、ホップはさらに視線を流した。
会場の中央に、ひときわおおきな人だかりがあった。背の高いダンデの薄明の頭頂部が見え、その傍らに寄り添うようにあるのは、薄紅色のドレスの色。
人ごみに埋もれるように小柄な彼女は、ガラル中が沸き上がる一大興行の中心に君臨する女王だ。先代チャンピオンにエスコートされ、慣れないながらも凛然と立ち、大人たちに対峙している。
彼女のちいさな肩、その薄い背中に負わされたもののおおきさ、重さを思えば、ホップは何度だって自分を鼓舞できる。
気合を入れるようにほほを叩いていると、そっと近づいてきたフォレストグリーンのドレスの女性が、ふわりとかぐわしい香りを乗せてこっそりと囁いた。
「ちょっとホップ。だいじょうぶ?」
「平気だぞ」
慌てて答える。自分を同伴者として連れてきた師匠は、少しだけ吊り上がった猫のように輝くエメラルドグリーンの瞳を向け、確かめるようにそれを細めた。
「そう? あんた最初から飛ばしすぎだよ。もっとリラックスしな」
「う……オレ、なんかやらかしたか?」
「逆よ、卒がなさすぎ。まだ会は続くんだから、そんなに緊張しっぱなしじゃ、終わるまで持たないよ。少し力抜きなさい」
ソニアは言って、細いグラスを差し出した。いつの間にか彼女が手に入れたシャンパンゴールドのそれは、もちろんアルコールは入っていない。ホップはありがたく受け取って、気づかないうちに干上がりかけていた喉に流し込んだ。
それを確かめたソニアも、ふう、と細く息をつく。ホップを気遣う彼女もまた、ポケモン博士として堂々と振舞いながら、多くの人々と接していた。
ポケモンバトルが国を挙げての一大興業となっているガラルにおいて、ポケモン博士の担う責任や期待はおおきい。マグノリアが博士だった時代、彼女の助手として、いまのホップと同じように随行経験のあるソニアだったが、そのころに感じていたプレッシャーとは比べ物にならないほどの重圧に、ひそかに音を上げかけている。
そんな内情などおくびにも見せず、ソニアは束の間の小休止、とばかりにテーブルの軽食を見繕った。
「ソニア博士。ガラル粒子の放出条件について、確認したい件があるのですが、よろしいでしょうか」
彼女がなにも口にしないうちに、自治体関係者の腕章をつけた男性が声をかける。ソニアは優雅に振り返り、落ち着いた挙措でほほ笑んだ。
「もちろんです。お話をお伺いします」
「ありがとうございます。ターフ鉱層旧跡関連なのですが……」
テーブルから離れていくソニアについていこうとしたホップは、彼女が後ろ手でテーブルを指さし、彼を追い払うように手のひらを動かすのに気付いて、わずかに苦笑した。師匠の気遣いをありがたく受け取って、小腹を満たすべくビュッフェへ向かう。
「よう、ホップ」
「うぐ」
花の形にあしらわれたローストビーフを頬張っていると、グイっと肩を抱かれた。おもわず喉を鳴らせば、全身そつのない伊達男っぷりのキバナが、屈託なく笑っている。
「き、キバナさん。こんばんは」
「おう。えらいなーおまえ、ソニアちゃんのお供か?」
「そうだぞ」
「こういう会は初めてだろ。どうだ、ひとが多いから疲れたか?」
「うん……」
思わず素直に頷いて、ホップはハッと慌てる。キバナの人の良い様子に毒気を抜かれて、あんまりあっさり弱音を吐いてしまった自分が恥ずかしい。
そんなホップを見透かすように、キバナは犬歯を見せて笑った。
「はっはっは。最初は誰だってそんなもんだぜ。オレさまだって、初めてこの会に出た時は壁際で硬直してるだけだった」
「キバナさんが?」
「いやまあ、それはちょっと盛ったな。でも少なくとも、大人の顔と名前が一致しなくて、二時間たっぷり愛想笑いで凌いだあと、顔と身体がバッキバキの筋肉痛になったぜ。あん時は、ダンデも同じ目にあってたな」
「アニキも!?」
思いがけない話に、ホップが思わず高い声を上げる。キバナは少年を見下ろして、にやりと笑った。
「オマエの憧れを壊したか? ダンデも最初から一等星だったわけじゃないぜ」
「そっか……なんか、安心したぞ」
素直に言って、ホップが照れ臭そうに笑う。それから再び視線を向けると、先ほどよりは薄くなった人垣の中央で、ダンデがにこやかに対応している姿が見えた。彼の傍らから、いつの間にかユウリはいなくなっている。気になって視線をさまよわせると、薄紅のドレスは会場を変えて出ていくところだった。
「あ……」
思わずそちらに向かおうとするホップに、キバナがちいさく囁く。
「まだだ」
「え?」
「お姫様を攫うには、ちっと早い。いまはまだ、我慢」
その意味深な言葉に、ホップは素直に赤面した。微笑ましい少年の様子に、キバナはひたすら人のいい笑みを浮かべる。おおきな手で、ポンポン、とホップの頭を撫でた。
「いい子だな~ホップ。外見はアニキに似てるのに、中身は段違いにオトナだ」
「キバナさん……言ってることとやってることが違うぞ。子供扱いしないでくれ」
甘んじて撫でられながらも、ホップは憮然とくちびるを尖らせる。キバナはパッと手を離して笑うと、楽しそうに顎をそらせた。
「もうちょっとしたら、ダンデがシメるから。そしたら、うまいことやれよ」
「え……でも、まだ早いんじゃないか?」
会が始まって、二時間ほど経っている。こういったパーティーの平均時間は、三時間を超すと聞いていたので、締めの挨拶はもう少し先ではないだろうか。
けれどキバナは、視線を中央に向けたままくつくつと楽しげに笑った。
「いや、そろそろだ。さっきから、ダンデの目つきがやばい」
「え?」
言われて、ホップはキバナの見ている方角に顔を向けた。そこには、人垣の中央に立つ背の高い兄がいる。彼はフォーマルな装いで姿勢よく佇み、一人一人に対応しながら時折視線を流していた。
まるで会場の流れを確かめる主催者の振る舞いに見えるその眼差しの先には、常に一人の女性がいる。
ソニアの周囲には、ポケモン研究に携わる面々が代わる代わる近づいていた。彼女は理知的に、けれど愛想良く彼らに接している。美しく装ったソニアは文句なく魅力的で、まるで光に群がるむしポケモンのように、人の列は途絶えない。
ポケモン博士としてではなく、少なからず彼女自身を目当てに声をかけられているなどとは、恐らくソニアは自覚していない。凛とした研究者の矜持を保つのに精いっぱいで、まだまだ余裕のない様子を、ダンデは会の始めからしっかりと捕捉している。
「二時間よく持ったぜ。オレさまとネズ、ルリナや他のジムリが細かく賭けてたんだけど、一時間もしないで閉会に持ち込む、って賭けた奴もいたんだぜ」
「え、まさかそんな……」
「ちなみにカブさんとメロン女史だ。そのほかも、軒並み二時間持たないって意見が大多数」
「……キバナさんは?」
「ん? オレさまは……」
ニヤリと笑ったキバナが、腕につけた洒落た時計を確かめる。それからもう一度、ダンデの方へと視線を向けた。
ダンデはにこやかに笑いながら、けれど目の奥に冷静な光を浮かべて談笑を続けていた。それからちらりと会場の隅へと視線を向ける。その先には、彼の有能な懐刀であるオリーヴがいた。
オリーヴは底冷えするような無表情のまま、ちいさく頷く。その合図を目にしたダンデが、ひときわ輝く笑顔を浮かべて周囲の人間に声をかけた。そのまま、開会の挨拶をした壇上へと向かう。
「本日はお忙しいなか、お集まりいただきありがとうございました。今年もいよいよ新たなシーズンが始まります。チャレンジャーたちを迎える準備も、もう整いつつあることでしょう。皆さんとともに、素晴らしいチャレンジシーズンを作りたいと思います。どうぞ今夜は、残りの時間もごゆっくりお過ごしください」
簡潔な挨拶に、緩やかな拍手が返る。ざわざわと賑やかな会場は、そのまま歓談を続ける者、場所を変えるために動く者、帰り支度を始める者と様々だった。
「よっしゃ。オレさまの一人勝ちだぜ!」
ホップの傍らで、キバナが嬉しそうに指を鳴らす。ホップは少し呆れてそれを見やり、それからソニアの方へと目をやった。
ソニアは関係者の輪の中でそつなく言葉を交わしながら、じりじりと動きだしている。けれど、なかなか話は終わらない。熱を帯びたように語り続ける研究者らしい男とその連れは、身振りでソニアを会場外へ誘っている様子だった。
「キバナさん、オレ、ソニアを助けてくるぞ」
遠目にも、ソニアが窮しているのが伺える。ここで一肌脱がないでなにが助手だ、とホップが気負ったと同時に、キバナは彼の襟首をぐいと引き留めた。
「待て待て。おまえの出番じゃねえよ」
「ぐっ……」
喉が詰まって思わず呻く。パッと離されたので咳き込むほどではなかったが、足を止めたホップが眉を寄せた視線の先で、ソニアの隣にいつの間にか兄の姿があった。
ダンデは、堂々とした振る舞いでソニアの傍らに立ち、当然のように彼女の腰に手を回す。周囲の男たちににこやかに挨拶をすると、流れるように優雅な仕草で歩き始めた。
あまりにも鮮やかなその救出劇に、ホップがぽかんとする。その隣で、キバナは腹を抱えて震えていた。
「クククっ……すげーな、壇上から十秒かかってねぇぞ。ダッシュでもしたのか?」
そう言いながら、肩透かしを食っているホップの頭を再びポン、と叩いた。
「さ、オマエはオマエのお姫様を攫ってこいよ」
「え?」
「屋外ラウンジの先のスイートルームで、ジムリたちが二次会やるんだ。ダンデとソニアちゃんもそっちに向かってる。おまえもユウリもろくに食えてねぇだろ? 美味いもんたっぷり用意したから、連れてきてやれよ」
「!」
パッと明るい顔を見せて、ホップが金の瞳をきらめかせる。そういう顔をすると、アニキそっくりだな、と、キバナは内心爆笑していた。
「ありがとう、キバナさん! またあとでなっ」
「おう」
足取りも軽く会場を出ていくホップを見送って、キバナは満足そうに笑う。
――さて。総取りのカネはなにに使おうか。
思いがけないあぶく銭で潤った懐を思い、彼は上機嫌で歩き出した。