challenge
#68.悔やむ【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】
2026/09/25 16:33【お題】ダンデ×ソニア
洒落た花束とヴィンテージワインを小脇に抱えた男が、重厚な正門の前でたたずんでいた。
「なにしてやがるんです」
瀟洒な高級住宅の一角で、長身の男が立ち尽くしているのはいかにも滑稽だ。通りの向こうから彼に気づき、怪訝そうに近づいたネズがキバナを見やって問うた。隣に立つマリィも、不思議そうに見上げている。
「おう、ネズにマリィ。いま来たのか」
「ええ、まあ。ところで入らないんですか?」
クイ、と顎で指す。広大な敷地面積を誇る重厚な貴族邸宅は、正門からの道もなかなかに遠い。緩い曲線を描く白い石畳の先を見やって、ネズはやれやれと肩を竦めた。
「しかし……またえらく仰々しい屋敷だね。ナックルはいちいちもったいぶった建物が多いが、ここは別格だ」
「お城みたい」
マリィがぽつんと囁く。見ると、彼女の瞳は憧れの色できらきらと輝いている。普段はパンクでロックな世界に馴染む彼女にとって、ここはまるでおとぎ話の宮殿のようだ。
妹が楽しんでいる様子に、ネズは薄くほほ笑んだ。
「そうだね。じゃあ、さっさと入りましょうか」
正面玄関の前にたたずむキバナをさらりと押しのけて、ネズが来訪用のインターフォンを押す。キバナがあっと声を上げた。
「待てよ、ネズ! ちょっと試してみたいことがあったんだよ」
「試してみたいこと?」
眉を上げて振り仰ぐネズに、キバナはわずかに興奮したような様子で言った。
「正面玄関には、ウインディが常駐してるって聞いたんだ。だから……」
そういって、キバナがさっと懐から手持ちのボールを取り出す。ネズとマリィはきょとんと眼を丸くした。
「なんですか」
「いや、チャイム鳴らす前に扉開けようとしたら、飛んでくるかなーって。そしたらまずバトルして、どんだけ応援が来るか確かめたい」
「巡査呼ばれたいんですか」
心底呆れたようにネズが冷たい視線を向ける。キバナは悪びれず応戦した。
「ポケモン屋敷と呼ばれる邸宅だぜ! どんくらいポケモンがいるのか試したいのが人情だろ」
「普通に家主に聞きゃいいでしょう」
「だってあいつも把握してないんだぜ? ウインディはリーグ派遣ポケモンだけど、庭にはどこからともなく集まってる野良ポケモンがうじゃうじゃ住み着いてるって……おっ」
そうこうしているうちに、正面玄関脇のこじゃれたログハウスからウインディがやってきた。きりりとした表情の、いかにも『仕事中』のかれの足元に、なぜかちいさなガーディが三体ほどまとわりついている。
キバナとネズがぽかんとしていると、傍らでマリィが上ずった声をあげた。
「かっ……かわいか……!」
ウインディはガーディたちを従えて、来訪者を検める。そして、納得したように一声うぉう、と鳴いた。
とたんに、ガチャリと門扉が開かれる。ぎょっとして見やると、アナログな錠に差し込まれたクレッフィがふよんと飛んでいた。
「……これは、一種のパフォーマンスか?」
「そう思いたいですね。警備体制どうなってんだ」
「ウインディ、オレさまたちの顔を認識したんかね?」
「さあね。案外ノリじゃないですか」
「えぇ……ここんちに入るたびに、毎度ウインディのノリ伺うのかよ……」
「そのうちバトルしてくれるかもね」
キバナとネズがぼそぼそと話す数歩先で、マリィがガーディたちと一緒に玄関道を進んでいた。ころころと転がるように歩くガーディの愛らしさに、彼女は感極まって震えている。
やがてたどり着いた正面玄関は、すでにおおきく開かれていた。そこに立ち、厳かに一礼する執事服の男。傍らにはお仕着せのエプロンをつけた、二体のイエッサンがいる。
「いらっしゃいませ、キバナ様、ネズ様、マリィ様」
抑揚のない低い声。マリィはぺこりとお辞儀した。
「奥の部屋で主が皆様をお待ちです。このイエッサンがご案内いたします」
執事の言葉に、ピンクのエプロンのイエッサンがくるりと回った。そのまま先導するように回廊へ向かい、水色のエプロンのイエッサンは、ここまで一緒にやってきたガーディたちになにかを指示するように近づいている。
執事は改めて一礼した。
「どうぞ、ごゆるりとお過ごしください。滞在中なにごとかございましたら、お気兼ねなくお申し付けくださいませ」
「ありがとう」
回廊を渡りながら、キバナがこそりとネズに囁く。
「マジで場違いじゃね、オレら……本気で貴族屋敷じゃん」
「一番場違いな野郎が家主なんだから、今更でしょうよ」
そんなことを言いながらたどり着いたのは、広々としたゲストルーム。中にはくつろぎやすそうなソファやウィングチェアが過不足なく配置され、カウンターにはスツールとミニキッチン、暖炉の上には大型の壁面モニター、いたるところにある観葉植物や、心地よいラグの敷かれたクッションスペースがあり、ミニテーブルには一口でつまめる焼き菓子やカナッペ、酒肴になる軽食が乗った皿が用意されている。
「あ、いらっしゃい!」
掃き出し窓の方から、朗らかな声がかけられた。この家の家主の一人、ソニアがにこにこと笑いながらやってくる。
「やあ、ソニア博士。本日はお招きどうもありがとう」
キバナが気取って挨拶をする。その傍らで、マリィもおずおずと笑った。
「ソニアさん、これ、うちの街で人気の焼き菓子と、スパイスの詰め合わせです。どうぞ」
「わっ、ありがとうマリィ! え、このお菓子知ってる、いま流行ってるんだよね? うわ嬉しい!」
「スパイスはおれの見立てですよ。まだ一応、料理はするんでしょ?」
マリィの背後から、ネズがにやりと問う。ソニアはにゃはは、と笑った。
「するよ! っていっても、平日はプロにお任せしてるけど、週末は自分たちでやるからさ。わ~ネズさんチョイスありがたいな、知らないスパイスとかぶっこんでくるから楽しくて!」
「じゃあオレさまも、これはまずソニアちゃんに」
キバナがウインクをしながら花束を渡す。薄紫のトルコキキョウを主役にして、白とグリーンの小花をあしらった、可愛らしく品のあるちいさなブーケを受け取って、ソニアはきらきらと目を輝かせた。
「うわぁ、きれい~! やだキバナさん、男前! わたし、大人になってから男の人に花束もらうのなんて初めてかも~」
「えっ!?」
ぎょっとしてキバナとネズが声を上げる。ソニアは無邪気に香りを楽しみながら、うきうきと笑った。
「さあ、みんなもう庭に出てるんだ! バーベキュー始まるから、楽しんでね!」
「あ……ああ、ソニアちゃん、ワインもあるんだ……」
なんとなくしどろもどろになったキバナが、さっとワインをテーブルに置く。ソニアは花束とお菓子の箱などを抱えて嬉しげに笑った。
「ありがと! あ、マリィ、ユウリももう来てるよ」
「えっ」
パッと顔を上げてマリィが庭を見やる。掃き出し窓の向こうの、広々と広がる芝生の上におおきなドーム型のテントが張られ、その下に寝そべってくつろげるようなリゾートチェア、テーブルやハンモックなどの用意の先に、おおきなガーデングリルを囲む馴染みの面々が見えた。
嬉しそうにそちらへ向かうマリィの後に続き、キバナとネズが再びぼそぼそと語り合う。
「……思いがけずオレさま、ソニアちゃんの『初めての男』になっちまったぜ……」
「おめでとう。骨は拾ってやりますよ」
「えっこれオレさまのせい?? ガラル紳士たるもの、惚れた女に息をするように花を贈るのって常識じゃねえの?」
「おれの街にはねぇ常識ですが、言いたいことはわかりますよ……」
向かう先で、筋肉質な二の腕をさらしながら肉を焼く男が見える。その傍らで、ユウリとホップがマリィを迎えて楽しげに笑っていた。周囲には手持ちのポケモンが思い思いにくつろぎ、リゾートチェアには最高級の脚線美を見せつけて寝そべるみずの女神もいる。
とりあえず、キバナとネズはルリナに手を上げて挨拶をし、グリルの男へ近づいた。
「よう、ダンデ」
「ああ、来たか。ちょうどよかった、そろそろ肉が焼けるぜ!」
浅黒い顔に爽やかな汗を浮かべ、満ち足りた笑顔を見せるダンデに、キバナははあ~とため息をつく。
「オマエなぁ~、なんで恋人に花束も贈らないうちに、貴族邸宅買っちまうんだよ」
「ん?」
「初めてのポケモンにムゲンダイナを贈るようなもんですよ」
ダンデの両脇で、つけつけと悪友がダメ出しをする。ダンデはきょとんと小首をかしげた。
「なんの話だ?」
「オレさまさっき、ソニアちゃんに花束を贈る実績解除しちまったぜ。恨むなら、初歩のプレゼントを贈る前にクソ重い不動産を贈る自分のセンスを恨めよ」
「ああ、なんだ。ソニア喜んでたろ? サンキューな」
あっさりと言って笑うダンデに、キバナはわずかに目を瞠る。
「あれ? 怒んねーの?」
「なにに怒るんだ。きみがソニアに花を贈ったことくらいで怒るわけないだろ」
「いやまあ……そりゃあそうだが」
苦笑するキバナに、ダンデはグリルの加減を見ながら続ける。
「それに、厳密にはソニアに花束を贈ったことくらいあるぜ」
「あんのかよ」
「六歳の時にな」
「ガキじゃねぇか!」
「そのあとは、言われてみればないな」
思い出すように述懐するダンデに、キバナは呆れたように肩を竦めた。
「ガキの頃に贈って、大人になったら贈らないってのは、なんか意味あんのか?」
「いや、特には……そもそもソニアは、植物学者のじいさまからの仕込みがあるから花にはうるさくてな。滅多なものを贈ると怒られるんだ」
「えっ」
慌ててキバナが自分の贈った花束を思い出す。恋人に贈るわけじゃなし、花言葉まであまり意識してなかったが、花屋の店員に新居祝いだと言っておいたので、それほど外してはいないはず。
焦るキバナを横目に、ネズがダンデに問いかけた。
「滅多なもの、ってのは?」
「昔、薔薇が好きだと聞いたから、その時ちょうどスポンサーだった企業の好意もあって、贈ってみたんだ。そしたら、どんだけ寄こすんだってキレられた」
「どんだけ贈ったんだよ」
「えーと……アーマーガア貨物の特別料金は取られたな」
「そりゃあキレる」
家中に溢れる薔薇地獄。この男には、加減というものがないのか。
それでも、薔薇というチョイスにそれなりの男心が垣間見えなくもない。キバナはにやにやと笑いながら、そういえば、と話題を変えた。
「そりゃそうと、ダンデ。ポケモン屋敷の住み心地はどうよ?」
その言葉に、ダンデはきらきらと輝く黄金の瞳を見開いて、勢いよくキバナに振り返った。
「すごいぞ! いたるところにポケモンがいるのはもちろん、その系統や種族もほぼ日替わりだ。ワイルドエリアとも違う出現状況と頻度で、しかも押しなべてレベルが高い!」
「バトルとかできんの?」
「ああ、応戦してくれるやつもいる。基本的にこちらに害意を見せるものはいないが、バトル好きはいるぜ!」
「っかぁ~~~~! やっぱオレさまが先に買っときゃよかった!」
悔しそうにキバナが叫ぶ。ネズは眉を寄せて問いかけた。
「買うって、この屋敷をですか」
「ああ。ナックルのポケモン屋敷って言ったらオレがガキの頃から有名で、それが売りに出たって聞いた時にはものすごく迷ったんだよなぁ」
「独身男が気軽に買うもんじゃねぇでしょう」
価格はもちろん、生活スタイルの点でもさすがのキバナにだって荷が重い。
けれどキバナは、ぐぬぬと唸りながら傍らの男を睨んだ。
「そう思ってたんだけど、どっかの独身男がオレさまの鼻先から搔っ攫っていったんだよなあ!」
「早い者勝ちだぜ」
にやりと笑う。ダンデの珍しい挑発に、キバナはきらりと瞳を輝かせた。
「まぁさか、十何年ももたついてたくせに、恋人になるや否やさっさと家を買うなんて、さすがのオレさまも想像してなかったんだよ! オマエ、断られたり別れたりしたらどうするつもりだったの?」
「ありえない想像はしない主義だぜ」
「うわー殴りたいこの笑顔!」
半ば本気で悶えるキバナに、その時横様から細い腕がにゅっと伸びて、焼きあがったジューシーな肉の串をつまみ上げた。
「この男が、断られたり別れたりする隙を作ると思う?」
「お、ルリナ。きみが持ってきてくれたシーフードもいい感じに焼けてるぜ!」
ダンデは言って、せっせと焼きあがったものを皿に乗せ、ホップやユウリ、マリィにふるまう。子供たちは嬉しげに歓声を上げ、ポケモンたちにも分け与えながら食べていた。
ルリナは美味しそうに肉を味わいながら、じろりと美しい流し目でダンデを見やる。
「まあ、そうは言ってもナックルに住むのをソニアが嫌がったら、それはそれで対応したんでしょ?」
その問いに、ダンデは額の汗を首にかけたタオルで拭いながら答える。
「そうだな。とりあえず、エンジンとバウ、シュートのもう少し郊外に手ごろな物件は抑えてたから、そのどこかで納得してもらったかな」
「え、オマエ、どんだけ不動産所有してんの?」
とんでもない規模感の話に、キバナがさすがに引き気味に問う。ダンデはわずかに苦笑した。
「とはいっても、半分はリーグの投資みたいなもんだ。オレの個人資産としては、いまのところこのナックル邸と、シュートのペントハウスくらいだぜ」
「はあ……まあ、家どころか島を買えちゃうくらいですしねえ、長年のチャンピオンってのは」
呆れたような、感心したようなネズの言葉に、キバナとルリナがため息をつく。
「はーい、追加のお肉と飲み物持ってきたよ~」
その時、家の中からイエッサンとともに現れたソニアが、おおきなトレイを持ちながらやってきた。ダンデがそれに気づいて足早に迎える。
「サンキュー、ソニア。イエッサンもありがとう」
「いえっさ」
重いトレイを受け取ったダンデとソニアが連れ立ってやってくる。いつの間にかすっかりと『夫婦然』としている似合いのカップルに、悪友と親友が柔らかな表情を浮かべていた。
「……ま、結局収まるべきところに収まったって感じだな」
キバナの言葉に、ネズが混ぜっ返すように言った。
「どのみちオマエは、家を買う前に相手を見つけた方がいいんじゃねぇですか?」
「……ぐうの音も出ねぇな。相手の前に家を買うなんて離れ業、ダンデにしかできねえ」
「マネしない方がいいわよ、たいていはドン引かれて終わるんだから。ソニアが異常なの」
ルリナの言葉尻を拾って、ソニアがむうっとくちびるを尖らせた。
「なぁにルリナ、いまわたしの悪口言ったでしょ!」
「言ってないわよ。ソニアの男の好みが異常ねって言っただけ」
「シンプルに悪口!」
キャンキャンと吠えるソニアと、その傍らでにこにこと平和そうに笑うダンデ。
ポケモン屋敷の至る所に、二人の幸せが詰まっている。