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#67.縋る(すがる)【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】

2026/09/23 17:08
【お題】ダンデ×ソニア



 ナックルのポケモン屋敷。古くから近隣住民の間ではそう呼ばれている広大な貴族邸宅は、最近新たな居住者を迎えた。
 ガラルに暮らす人間ならばその名を知らない者はいないほど有名な、伝説のチャンピオン。このほど婚約を果たし、お相手と一緒に住み始めたという情報は、その道の者たちに瞬く間に知れ渡った。
 いわゆる、パパラッチである。
 ガラルのポケモンリーグは、華やかなポケモンバトルを一大興業とした風雲児ローズの時代から、マスコミへの対応は周到だった。上位ランカーのイメージ戦略や偶像化を徹底する一方、未熟なチャレンジャーへの誹謗中傷や軽率な情報漏洩を厳しく取り締まり、法的な鉄槌も辞さない。
 それでも、現代のネット社会における『情報戦』については、法と秩序の及ばないグレーゾーンはまだまだ広く、現状イタチごっこの状態である。
 そんなわけで、今日も今日とてナックルのポケモン屋敷周辺には、高性能のカメラを携えたパパラッチが沸いていた。
 広大な敷地面積を誇るその屋敷の内部に入り込むのは至難の業だ。周囲をぐるりと囲む柵は鉄製で、およそ三メートルはある。さらに背高の木々が視界を遮り、居住者のプライバシーを堅守している。
 けれどその程度は、富裕層の邸宅としてはありがちなハードルだ。これくらいで諦めるパパラッチはいない。
 彼らは昼夜を問わずシャッターチャンスを求めて虎視眈々と窺っている。どんな些細な情報でも、無敵の元チャンピオンダンデのネタともなれば、恐ろしいほどのビュー数を見込める。正規のマスコミこそ規制が厳しいが、ネットの中にはもっと賢く稼げる方法はいくらでもある。
 そのパパラッチの男は、ポケモン屋敷のすぐ隣にある瀟洒なパブの片隅に腰を据えながら、夜を待っていた。
 すでに、この近隣に張り込みをしてから一週間ほど経過している。ダンデと婚約者……確か、新たなポケモン博士だったと思う……が引っ越してきたのが、十日前。ほとんど秘密裡といっていいほど静かで突発的な転居だったが、それでも彼らの目をくらませられるものではない。
 蛇の道は蛇で、一週間前にそのネタを仕入れた男は、すぐに仕事にとりかかった。
 悪いニュース。ポケモン屋敷の周囲には気の利いた隠れ場所があまりない。
 良いニュース。周囲には賑やかな商業施設が少ない分、人の目は多くない。
 人々が多ければ、木を隠すには森の中の戦法で隠れ場所に困らないが、その代わりこちらも注目されかねない。その点、ポケモン屋敷の周囲は閑静な高級住宅地が広がっており、家々の距離も程よく遠い。遮蔽物として最適な緑もふんだんに配置されていて、悪くないロケーションだった。
 男は目立たない場所に停めた車で寝起きしながら、時折情報収集と状況確認のためパブに入る。品のいい客層の店なので、そこへ行くために必ずどこかで入浴して身ぎれいにする必要はあるが、窓際の薄暗い席からポケモン屋敷の一角が覗けるのがありがたい。
 男は注文した品をちびちびと摂りながら、瀟洒なガス灯が灯り始めた街路を見つめていた。
 ここ一週間張り込んで、ポケモン屋敷の大まかなルーティンが見えてきた。
 まず、居住者は三人。本邸である巨大な屋敷にはダンデとその婚約者、敷地内にある小ぢんまりとした建物に使用人が一人。四十がらみの、いかにも執事然とした男だ。
 この使用人の他は、通いの女が一人、おそらく料理人だろう。毎日昼前の決まった時間に訪れ、時に買い物袋を大量に抱えて行き来している。
 二、三日おきに、庭仕事をする男が一人。そして恐らく月に数回の頻度で、敷地内設備の点検作業員が入る。個人の邸宅だというのに、遠目で目視できる範囲でもポケモン用のトレーニングやケアに関する設備が整っている。さすが、ポケモンバトルの覇者の住まいだ。
 そう数えると、広大な敷地面積を誇る邸宅にしては、人員が少ない。富裕層にありがちな使用人数は言うに及ばず、警備の人間もいない。
 それもそのはず、この屋敷にはポケモンがわんさと集まっている。
 ただし、男が確認した範囲では、組織だって使役されている、いわゆる『ポケジョブ』関連の動きは見られない。ポケモンをして警備に当たらせる富裕層は少なくないが、それは必ず人間のトレーナーが管理している。ポケモンだけで仕事をさせるのは、よほど慣れた手持ちの場合だけで、現状ダンデの相棒はバトル特化のものばかりだと知られている。婚約者の情報は少ないが、学術畑の人間が警備に特化したポケモンを複数保有している例はあまりない。
 つまり、現状この屋敷における警備体制は、穴だらけというわけだ。
 恐らく、非常にタイトなスケジュールで転居を決めたため、後手に回っているのだろう。もしくは、屋敷に入った時点での警備システムは、ポケモンに因らない機械的なものを網羅しているのかもしれない。つまり、盗難や頭のおかしいファンの突撃には対処している。
 だが、パパラッチはどうだ。
 パパラッチは、基本住居には入らない。敷地内侵入と住居侵入では、万が一見つかった時の罪の重さが段違いだからだ。さらに、彼らの目的は盗難でも加害でもなく、盗撮。距離を詰める必要はなく、そのため発見される可能性も薄い。
 おそらくあと数日もすれば、敷地内の警備体制も変わるだろう。四六時中ガードマンが配置され、その手持ちも警備に特化したものが宛がわれる。そうなると、仕事がしづらくなるのは必至だ。
 だから、男にとってもチャンスは今晩だけ。諸々のルーティンを把握し、警備体制も緩い、いまが最大の狙い目だ。
「……帰ったな」
 通りを見ると、使用人用の門扉が開かれ、中から年配の女性が現れた。いかにもふくよかな料理人然とした彼女が、相棒らしいポケモンを連れて歩き去る。時刻は夜の七時前。平日は、夕餉の準備を整えてからの終業らしい。
 昨日の時点で、ダンデの婚約者の在宅は確認している。今日はアーマーガアでの外出も、徒歩でのそれもないようだったので、いまも屋敷の中にいるだろう。ダンデは、午前中のうちにアーマーガアタクシーで外出していた。おそらく、シュートシティでの仕事だろう。まだ帰っていない。
 できればダンデと婚約者の写真が欲しい。それがどんなものでも、プライベートを窺わせるものならばファンは喜ぶ。際どいものならなおいい。婚約者同士、自宅で羽目を外すことくらいあるだろう。
 被写体は、センセーショナルなものであればあるほど喜ばれる。こちらが法に問われるものでは使えないが、例えばキスシーンや、軽い抱擁、もしくはベッドを想起させるような親密なやり取り……
 もちろん、犯罪や不貞でもいい。さすがに婚約したてでは希望は薄いが、ダンデがいない間に婚約者が男を連れ込んでいた、なんて夢のようなスキャンダルを拾えたら、しばらく安泰だ。
 パパラッチの男は一獲千金を夢想しながら、静かにパブを後にした。さりげない風を装ってねぐらにしている車へ戻り、手早く準備する。
「出番だぞ、お前ら」
 相棒である手持ちたちのボールに声をかけて、一斉に出現させた。
 彼は若かりし頃、それなりにポケモンバトルを嗜んだ、一般的なガラル国民である。ジムチャレンジまでは望めなかったが、仲間内での賞金を懸けたバトルなどではそこそこ勝率も良かった。そのころからの相棒は、パパラッチという特殊な職業を選んだ後も、不思議と重宝できるものばかりだった。
「コロモリ、周囲に人がいないか上から探っていてくれ。ホルビー、予定通りいくぞ」
 二体のポケモンは、主の言葉を承知するように反応した。手慣れた様子を見せる手持ちを引き連れた男は、高性能のカメラを収めたボディバッグを抱え、闇に溶け込む暗い服装で歩き出す。この時間帯、住宅街に人気がなくなるところまで調査済みだ。
 広大な屋敷をぐるりと囲む柵、その一角に見通しが悪く木々が茂った場所がある。すぐそばに用水路がある影響か、じめじめと薄暗い。繁茂した低木もあり、まさにうってつけの進入路だ。
 男は何日か前からあたりをつけ、こつこつと準備をしていた。相棒のホルビーに土中を探らせ、人が通れるくらいの穴を掘らせる。柵の高い邸宅などは、案外この方法が有効で、単純な分成功率が高い。
 男はホルビーを先行させ、完成した穴が不足なく通じていることを確かめた。頭上のコロモリが警戒しているのを確認し、工事用のフェイスガードで顔を覆うと、ゴーグルを装着する。ワイルドエリア用の防砂・防水加工がされたアウターのフードを被り、素早く穴の中へと飛び込んでいった。
 人間一人がそれなりに楽に通過できる規模の穴を超え、敷地の中で顔を出す。ホルビーに指示していた通り、そこは人目につきにくい温室側の木々が茂った場所だった。男は素早く地上に這い上がると、全身の土をさっと払う。フードとゴーグル、フェイスガードを取り去って息をひそめた。
 敷地外から窺い知った情報では、この温室に続く棟の先に、おそらくリビングルームかダイニングルームがあると思われる。常に明るく人の気配を感じる箇所で、そのあたりを張り込めば、住人を撮影できるかもしれない。
 ――と。
 男の耳に、サーっと水の流れる音が届いた。彼の潜んでいる温室の窓の先、室内から聞こえる。ハッとしてそちらに注意を向けると、人のいる気配がした。
 婚約者か?
 邸内にいる人間を推察すれば、それ以外考えにくい。いきなり本命にぶち当たった幸運に、男はぞくぞくと歓喜した。
 ただ、婚約者が一人の状態での激写などあまり意味がない。ダンデが帰ってきて、彼女となんらかの美味しい場面を展開してくれればまずまず。このまま彼女の様子を追尾して、屋敷のどこにいるか推察できれば仕事がしやすくなる――。
 やがて水音がやんだ。そのまま足音がペタペタと届き、温室の扉が開く音がする。
 男は建物の陰に潜みながら、そちらを見やり……
(……お)
 思わずこころの中で口笛を吹いた。
 婚約者はすらりと伸びた白い手足を惜しげもなく闇にさらしている。朝晩はだいぶ涼しくなった季節だが、日が落ちて間もないこの時間帯はまだ動くと汗ばむ気温だ。そのため、彼女は非常にラフな状態でリラックスしていた。
 温室の光に照らされるオレンジ色の髪は、ふわふわとひとつにまとめられて、おくれ毛が華奢な首筋に張り付いている。細い紐のタンクトップが豊かな胸に押し上げられて、しゃがんだ男のアングルからは白い腹のラインが見えた。タンクトップと同じ素材の短いボトムスは太ももの半分以上をさらけ出していて、女性らしいラインの滑らかそうな脚線美が眩しい。
 ポケモン博士、というお堅い職種からは想像もできないほど、美しく魅惑的な女だった。
(これはこれは……なかなかオイシイ)
 男は反射的に照準を合わせ、婚約者の姿をカメラに収めた。シャッター音は消している。なんの気配もなく、プロフェッショナルの仕事をしていた。
 商売的にいえば、婚約者のラフな格好など特に金になるわけではないが、男の個人的な趣味として、楽しませてもらえる。こういう役得があるからこそ、後ろ暗い稼業でも細々と続けていられるわけで……
「……!?」
 その瞬間、手足に走った鋭いしびれに気づき、男は息を吞んだ。
 ひゅっと短い呼気があがり、カメラを構えていた手の感覚が無くなる。しゃがんでいた体勢を維持できず、その場にどさりとくずおれた。
「……っ? ……っ……!」
 声が出ない。舌の先までしびれていて、目がかすむ。
 地べたに横たわる男の傍らに、その時軽い足音が届いた。サクサクと下生えの草を踏みこちらにやってきたのは、いかにも気位の高そうなまなざしを向けるブーケポケモン。
 ロズレイドは両腕の花束を軽く振って、なにかを男に振りかける。しびれが一層濃くなった。
「……!!」
 男はようやく、自分がポケモンの技で不覚を取っていることに気づいた。これほど近くに来るまで気づかなかった。こんなことがないように、ホルビーとコロモリは男の周辺に気を配り、なにかあれば合図をよこすはずなのに――
「――お探しのものはこちらですか?」
 眼球だけを必死に動かす男に、その時低い声がかけられた。温室の光も届かない庭木の奥から、闇に溶け込むような黒い服の人物が現れる。ここ何日かですっかり顔を見知った、使用人だ。
 お仕着せの執事服を着た四十がらみの彼は、無表情でこちらにやってくる。その傍らには、男の相棒であるホルビーとコロモリを抱えたオスのイエッサンがいた。
 男の隣に放り投げられた二体は、完全に目を回していた。もともと攻撃特化の個体ではないし、バトルから退いた後はパパラッチの仕事用に隠密向きの技ばかり磨いていた。鍛えられているらしいイエッサンの敵ではない。
 執事は感情の窺えない表情で低く囁いた。
「まったく……たまたま我々が気付いてよかった。そうでなければあなたも、あなたの手持ちも、今頃完全に瀕死状態ですよ」
 意味深な言葉とともに、執事が上空を見上げる。微動だにできない男の耳に、大型の有翼ポケモンの羽ばたきのような音が届いた。とたんに、背筋がざわりと凍る。明らかに、男に向けられた生々しい殺気が、上空から、そして闇の濃い茂みの向こうから感じる。 
「……ッ」
「この屋敷にきてまだ日が浅い私には、かれらを完全に掌握できかねるのです。さらに、天下のポケたらしである我が主への忠誠心がかれらの就労意欲を掻き立て、少々行き過ぎた防衛行動を起こすのは火を見るよりも明らか。そんなことになれば、最も悲しむのは博士です。あの方は、ポケモンが傷つけられることをなによりお厭いになる」
 淡々と続ける執事は、傍らのイエッサンに命じてホルビーとコロモリに傷薬を施した。回復したかれらはしかし、もはや敵対の意思は見せず、おとなしく男の腰に提げられたボールへと戻る。
 執事は男の手からカメラを取り上げると、その中身を確認して細い眉を顰めた。
「……あなた……こんなものを撮って、無事でいられるとお思いですか?」
「……」
「百歩譲って、敷地内侵入ではお目こぼしされましょう。ですが、博士のこのような写真を撮ったと知られれば……あなたはおそらく、今後ガラルで生きてゆくことは不可能です」
「……」
「これをこのまま我が主に見せることは……難しい」
 ふう、と沈痛なため息をつき、執事は冷たい眼差しで男を見据えた。
「あなたがどうなろうと知ったことではございませんが、我が主がなんらかの罪に問われる行動を起こす可能性は看過できません。……いえ、ワイルドエリアの奥深い場所でことを済ませれば、あるいは……?」
 ふと考え込むように恐ろしいことを呟く執事に、男は縋るような眼差しを向ける。見開いた瞳からだらだらと涙をこぼし、顔中の穴からあらゆる体液を垂れ流す彼を見やって、執事はあっさりと頷いた。
「そうです、いまあなたにできる唯一賢明な行動は、私の慈悲に縋ることだけです」
 その時、温室の向こうからとてちてと軽い足音が近づいてきた。メスのイエッサンが執事のもとへやってくると、くるりと回る。
「ああ、博士は無事にお部屋へお戻りですか。異常には気づかれませんでしたね?」
「きゅあ」
「よろしい。……おや、ガアタクのご帰還ですね。主のお出迎えの用意をしなければ」
 耳元のインカムから通信を受けた執事が、淡々と呟く。オスとメスのイエッサンは、心得たようにくるりと回って、とてちてと屋敷へ向かった。
 残された執事は、地べたに寝そべる男と、傍らの温室の陰で一部始終を観察しているロズレイドとを見比べて言った。
「ロズレイド。この男にねむりごなをお願いできますか」
「ロォズ」
 いかにも『仕方ないな、特別にやってやるよ』と言わんばかりの高慢な様子で、ロズレイドは両手の花束を振り上げる。とたんに男の意識は刈り取られた。
 彼の耳が最後の言葉を拾う。
「まったく……今後このような不埒者が続くようなら、見せかけの護衛をわざとらしく配置する案を上申する必要がありますかね……」
 執事の言葉は、男の記憶には残らなかった。


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