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#66.絆(ほだ)される【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】
2026/09/21 15:41【お題】ダンデ×ソニア
#19.寂しがるで出てきたミブリムのお話です
ダンデが悩んでいる。
あからさまに態度には出さないが、ふとした瞬間、恐ろしいほど静かな瞳で虚空を見つめ、息をしているのかも疑わしいほどにピンと張り詰める。
一緒に暮らすようになってから、初めて見る顔だった。
「ダーンデくん」
リビングのソファにもたれながら、惰性のように眺めているテレビ画面には、珍しくポケモン関連の映像はない。最近よく聞く恋愛バラエティーショーのトークを真剣な顔で見つめていた男は、横ざまから不意に視界に入ってきたソニアに目を点にした。
「お、びっくりした?」
「ああ、驚いたぜ。どうしたソニア?」
「いや、なんかすごい集中してたから。え、なに、エマがシンディと泥沼のキャットファイトするかどうかに夢中になってる?」
「エマ?」
ダンデが眉を寄せる。彼の正面にある巨大な壁付けモニターでは、ひとりの男を争って美女が睨み合っていた。どうせヤラセでしょ、と、ソニアはあっさりと電源を切る。
しんと静寂が訪れたリビングで、おおきなソファの中央、ダンデが座っているすぐそばに腰を下ろした。
「それで? なにをそんなに悩んでるの? 差し支えなければ、教えて」
単刀直入なソニアに、ダンデは苦笑じみた笑みを浮かべる。
「わかりやすかったか、オレ?」
「まあね。悩んでるのか、眠いのか、明日のお昼ご飯を考えてるのかの三択だったけど」
「だいぶバラエティに富んでるな」
「だから、他の人にはバレないと思う。でも、わたしにはバレちゃうんだよなあ、なぜか」
「なぜか」
おうむ返しに言って、ダンデが面映ゆそうに笑った。どこか満足げな彼の様子に、ソニアは少しだけ肩の力を抜く。悩みごとのレベルは、そう重くなさそうだ。
「で? ソニア博士に解決できる問題?」
「うーん」
わずかに唸って、ダンデが宙を見上げた。くつろいだ様子で足を投げ出し、ソファの背もたれにずるずると背中を預けて、少しだけ滑り落ちる。ソニアは隣で身体を横ざまに向け、背もたれに片肘をついて頭を支えた。両足をソファの上に乗り上げ、胡坐をかく。
「……そうだな。ソニア博士に相談に乗ってもらった方がよさそうだ」
「よしきた」
ニッと笑うソニアに、ダンデも苦笑する。
「ちょっと前、ソニアに預けたミブリムを覚えてるか?」
「え? ああ、うん」
問われて、ソニアはすぐに懐っこい未進化ポケモンを思い出した。育成が難しいとバトルタワーのスタッフに匙を投げられていたところ、ダンデにそのポテンシャルを見込まれて、レンタルポケモン候補に入れられたかのじょは、ソニアにもとても懐いてくれた。
思い出したようにほほ笑むソニアに、ダンデは少し難しそうに続ける。
「かのじょの育成が、思いのほか難航していてな」
「あら」
途端にソニアの眉が寄る。心配そうな顔になった彼女に、ダンデはふう、と息をついた。
「わざの練度や指示の理解度には問題ない。経験も積んで、おそらく遠からずテブリムに進化できるだろう。だが、未だもってオレ以外のトレーナーにこころを開かない」
「そっか……賢い子だったから、やるべきことはわかってると思うけど、こればっかりは本能的なものだろうしね……」
ミブリムの育成は、かなり難しい。個体の性格にもよるが、基本的に人間の思考や感情を読み取って、強い影響を受けるとされる種族であり、かのじょらを育てるトレーナーには、かなり成熟した情緒を求められる。
中には例外的に、トレーナーのすべてを受け入れて、むしろその不安定さに寄り添うような行動を見せる個体もいるけれど、総じて彼らが『人間の感情』に聡いことには違いはない。
ミブリムの最終進化であるブリムオンは、種族性能の点から見てもかなり上位に位置するため、バトルタワーのレンタルポケモンにそろえれば面白いバトル体験が可能になる。初めてブリムオンを使うトレーナーも、かのじょらの高い能力に触れることで、自分の手持ちに加えたいと奮起する効果も期待できる。
バトルタワーオーナーとしてのダンデの苦慮を理解し、ソニアは寄り添うように彼の腕を撫でた。
「ミブリムにも個性があるからね。他に、レンタルに向く気性のこがいるかも。あのこはたまたま向かなかっただけでさ」
「ああ。実は他にも、ミブリムがいるんだ。かのじょたちはスタッフにも問題なく接している」
「そうなんだ。じゃあ……あのミブリムは、どうする?」
「うん……」
通常、バトルタワーのレンタルポケモンは、スタッフが野生種を捕獲してきたポケモンと、なんらかの状況によって保護されたポケモンの二種類考えられる。件のミブリムは、後者だった。
「ルミナスメイズの森で、群れから逸れたポケモンだったんだ。通常、野生のミブリムは一体のブリムオンと複数のテブリムからなる群れに属する。かのじょたちはあまり多種族に交わらず、同種同士で静かに暮らす。共同意識が強く、たとえ離れ離れになっても、テレパシーで居場所を伝え合うと言われている」
「うん」
だから、ちいさなミブリムが一体だけで森をさまよっているのは非常に珍しい。かのじょを保護したスタッフは、戦うでもなく抗うでもなく、ただひっそりと保護の手に甘んじたミブリムの様子を指して、生きる意志がない、と申し送りをしていた。
「生きる意志? 死にたがってたの?」
鋭く眉をしかめたソニアに、ダンデは首を振る。
「いや。ただ、なにかに興味を示したり、なにかを求めたりする意志が希薄だった。人間でいえば、希死念慮のようなものをかのじょから感じたらしい」
「ポケモンに希死念慮?」
人間と違い、まっすぐに生きることを恐れないポケモンという存在には、ひどく不似合いな言葉だ。だが。
「ミブリムは、人間の感情を受け取って疲弊するといわれている。もしもかのじょが保護される前の環境で、そういった人間の傍に長くいたとしたら……」
「ああ。そういう可能性もある。だが、バトルタワーで保護するうちに、その状態は緩和されていったんだ。ただその代わり、スタッフに全くこころを開かなくてな」
そんな時に出会ったのが、ダンデだった。彼は特別ななにかをしたわけではなく、ただいつも通り屈託なく、そして厳しいトレーナーの視点でミブリムを審査し、そのポテンシャルに目を付けた。
そしてミブリムは、迷うことなくダンデの手を取った。
「う~ん。なんで?」
「さっぱりわからない」
ダンデにだけ懐く様子に、バトルタワーのレンタル育成スタッフは驚愕と尊敬の様子だったという。さすがダンデさん! 伝説の元チャンピオンは違うぜ! そんな風に称えられても、ダンデは苦笑するしかない。
けれどダンデは、自分にこころを許し、さらには自分の最愛の人物であるソニアにもひどく懐いたかのじょに、レンタルポケモンとしての才能の片鱗を見て、育成する意欲に燃えたのだが。
「まあ……いろいろ試してはみたが、これ以上強いてはかのじょのためにもならないと、スタッフの総意も得た」
「とはいえ、保護の経緯も経緯だし、元いた森に帰すのも不安がある……と」
「ああ……」
ダンデが頷く。難しげに眉を寄せる彼に、ソニアは柔らかく苦笑した。
「じゃあさ、もう、悩むことないじゃない」
「え?」
「うちに連れてきたらいいよ」
ソニアの軽い言葉に、ダンデはパッと顔を上げ、それから再び眉を寄せた。
「いや……だが、際限がないだろう? もしこのあとも、こういった問題があるたびにポケモンを引き取っていたら、早晩この家はポケモンに占拠されることになるぜ」
「いやもう手遅れでしょ」
からりと笑うソニアは、胡坐を崩してソファに座り直し、横たわるダンデの腕にそっと寄り添った。ぴったりと身を寄せる彼女の香りに、ダンデのこわばりがふっと緩む。
「ダンデくんはさ……要するに、絆されちゃったわけよ、あのこに」
「……まあな」
「でも、ダンデくんの立場で、特別扱いはできない。確かにきみが言うとおり、問題のあるポケモンにいちいち同情して引き取っていたら、さすがにわたしたちの生活も破綻するし、バトルタワーの運営的にもいいとは言えない」
「うん……」
「でもさ。しょうがないじゃない、これはもう」
「え?」
「わたしたちがあのこを選んだんじゃなくて、あのこがわたしたちを選んだようなものじゃん」
寄り添うソニアの柔らかな肌が、ダンデの腕をくすぐる。猫のようにしなやかに身をよじらせて、ダンデの顔を正面から見つめたソニアが、穏やかな笑みを浮かべた。
「あのこは多分さ、命がけでわたしたちを求めてるんだよ。賢いこだもの、自分がなんのためにバトルタワーにいるかよく理解してる。求められるものに応えられなかった場合、自分がそこにはいられない、ということもきっとわかってる。だから、一か八かの賭けをしてるんじゃない?」
「賭け……」
「元の場所に帰されるか、ダンデくんが迎えに来てくれるか。そんないじらしい無茶をされたら、さすがのダンデくんだって絆されちゃうよねえ」
くすくすと笑う。ソニアの言葉に、ダンデはなにかが腑に落ちたように頷いた。
「ああ、そうか……かのじょは、無謀な賭けに出ていたんだな」
「だと思うよ。そして、かのじょの行く末に悩んで、三日も唸ってる以上、ダンデくんの負け。潔く、お姫様を迎えに行きなさい」
満足そうなソニアに、ダンデが腕を回す。彼のふっくらとした胸筋にほほを押し付けられて、彼女は声をあげて笑った。
「もう、なにー?」
「他の女の子を迎えに行け、なんて、ずいぶん意地が悪いことを言うじゃないか、ソニア」
「ええ? ふふ、そういえばそうかも。あのこが来たら、強力なライバルになりそうだね」
ダンデくんを取り合って喧嘩になっちゃうかな? などと茶化して囁くソニアに、ダンデは嬉しそうに笑った。
「我が家でも、キャットファイトか」
「そうだね~。でも、たぶんわたしは負けちゃうなあ……そしたら、ダンデくんとは一緒に眠れないかも……」
「絶対勝ってくれ、ソニア」
「ふふ、無理だなあ、わたし喧嘩弱いし……」
「オレとの喧嘩は強いじゃないか」
「ダンデくんと喧嘩なんかしたことあったっけ?」
「子供のころ、最後の一個のおやつを取り合って……」
「あれは喧嘩じゃなくて勝負! ポケモンバトルは喧嘩じゃない! しかも、勝率だんだん上げてきたくせに……」
「オレに一番土をつけた相手はソニアだぜ」
「うっ……いまそれ言う~?」
複雑そうに笑いながら、ソニアはダンデに寄り添う。しっとりとした彼女の体温と、その柔らかな重さを腕に抱いて、ダンデはぽつりと呟いた。
「……来週、かのじょを連れてくるぜ」
「うん。楽しみ」
「この屋敷にいるポケモンたちに、懐いてくれるだろうか」
「だいじょうぶでしょ」
いやに自信たっぷりに言うソニアに、ダンデは不思議そうな顔を向けた。
彼女は飛び切り甘く、可愛らしく囁く。
「この屋敷のこたち、みーんなダンデくんのことが好きだもん。だから、ミブリムもきっと、みんなを好きになるよ」
「ん?」
「そーゆーこと!」
いたずらっぽく笑って、ソニアはするりと器用にダンデの腕から抜け出した。彼を置き去りにして足早にリビングを出ていく後ろ姿に、ダンデはしばし目を丸くする。
それから、はっと我に返ったように息を呑んで、次いで嬉しげに破顔した。
「待ってくれ、ソニア!」
おおきな声をあげて、ダンデは立ち上がる。照れ屋で愛しい婚約者を捕まえるべく、彼は意気揚々と走り出した。