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#65.巡り合う【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】

2026/09/19 11:54
【お題】ダンデ×ソニア



#46.眩う(まう)の直後のお話



 研究所の玄関先のスペースで、わざとリザードンに吠えさせた。
 自分が来たことを、ソニアに知らしめるためだ。
 それが威嚇的な行為だとうすうす気づいていたけれど、ぶつけようのない苛立ちや焦燥感のはけ口として、これくらいは許されるはずだ。
 ダンデはいつもよりも厳しげな表情で、相棒の肩をポンと叩いた。
「リザードン、ボールに入ってくれ」
「ぱぎゅあ……」
 不穏な空気を感じ取ったのか、優しい火竜は逡巡する様子を見せた。ポケモン研究所の中にいる、かれにとっても大切な存在に、主がどういう態度をとるのか心配だったが、一拍ののち言われるままボールへ戻る。
 ダンデはリザードンのボールに向かって、ちいさく「サンキュー」と囁いた。
 リザードンの懸念には気づいていたが、それは無用の心配だった。胸の中で荒れ狂う感情は巨大だったが、それをそのままソニアにぶつけるつもりはない。
 彼らの間には、そういった目に見えない不可侵条約があった。
 お互いに、平穏とは言い難い人生を送っている。ポケモンに深く関わるということは、それだけ危険に晒されるということだ。その覚悟を持って、生きている。
 けれど、自分のことはともかく、相手のこととなると、そう物分かりよくはいられない。
 互いに牽制し合い、時として狡く立ち回りながらも、ダンデとソニアはお互いの安全に目を光らせていた。ストレートに求められない分、可能な限り手を回し、できる限りの対処をする。
 危険なことをするな、とは言えない。けれど、必ず無事でいてほしい、と願う。
 最後にもう一度だけ、ダンデはふうっとおおきく息をついた。心配が高じて、ソニアにきつく当たってしまわないように、メンタルをコントロールする。彼女は無事だ。自分に言い聞かせてから、研究所の扉をゆっくりと開いた。
「ソニア!」
 わずかに高音の声で、ダンデが呼ばわる。中に入ると、日の光に満ちた居心地のいい空間には、誰の姿も見えなかった。その静寂に、ざわりとこころが騒ぐ。
 機器から漏れる低い稼働音、温室の方から聞こえる、葉擦れのざわめき。
 もう一度、ソニアの名前を呼ぼうとした時、奥のブースから荒い足音が聞こえてきた。
「ソニア……」
 ハッとして目をやると、白衣を脱ぎ、黄昏の髪をふわふわと肩に流した状態の彼女が、まっすぐにこちらに駆け寄ってくる。白い顔には血の色がのぼり、きらきらと輝くエメラルドグリーンの瞳は、弾けるような喜びでいっぱいだった。
「ダンデくんっ!」
「!」
 あと数歩の距離まで来ると、ソニアは迷いなくジャンプして、ダンデへと両手を伸ばした。ダンデは反射的に腕を広げ、思い切り飛び込んできたソニアを抱きとめる。一切の小揺るぎもなくその衝撃を受け止めたダンデの身体に、ソニアは力いっぱいその細い腕を回した。
「ダンデくん、ダンデくんっ!」
「ど、どうしたソニア!?」
 あまりの狂態に、ダンデは違う意味で焦った。彼女がこんなふうに我を忘れるなんて、なにか不測の事態でも起こったのだろうか。ソニアは無事なようだが、では他にトラブルが?
「ソニア、落ち着け。いったいなにがあったんだ? ホップか?」
 弟の無事を問えば、ソニアはぐりぐりとダンデの胸筋にほほを擦り寄せながら唸る。
「ううん、ホップはだいじょうぶ、ねえ、待って、いまわたし以外の名前を呼ばないで!」
「は?」
 一気に語られたセンテンスに、ダンデはぱちくりと目を見開いた。それからまじまじと、腕の中の黄昏色のつむじを見下ろす。
 ソニアは全身でダンデを抱きしめ、それでも足りないというようにくねくねと擦り寄っている。
 ダンデのほほが、安堵と戸惑いに薄く色づいた。
「ソ、ソニア。とりあえず、離れてくれ……」
「なんで!? やだ!」
「いや、この状態じゃ、まともに話が聞けない……」
「いいよっ話なんてあとで! いまはとにかく、ダンデくんとくっついていたいの! あわよくばいちゃいちゃしたいのっ」
「は!?」
「十分だけ!」
「え!?」
 要領を得ない合いの手だけを叫ぶダンデに、ソニアは焦れたように足踏みをする。
「ねえちょっと、ダンデくん遅いよ! 早くキスして!」
「ソニア!?」
「もうっ、こっちからキスするには高さが足りないんだよわかるでしょ!?」
「いや、ソニア待て、落ち着いて……」
 慌ててダンデが研究所の中を見回す。ホップの姿はなく、誰の姿もない。日の光は燦々と溢れ、どこといって変わった様子のないソニアの職場の中、その主だけが異常事態だった。
「ソニア……とりあえず、待ってくれ。ちゃんと説明してほしい。きみは、ゲンガーの『あくむ』の実験をしたんだろ?」
「したよっ、でもいまはその話したくない……ダンデくん、なんでお願い聞いてくれないのぉ……」
 どうあっても降りてこないダンデのくちびるをにらんで、ソニアがエメラルドの瞳を潤ませる。ダンデはぎょっとして目を瞠った。
 泣く? ソニアが? オレがキスしないから!?
 あまりにも様子がおかしいソニアを心配する半面、ダンデは恋する女性からのとんでもなくストレートな求愛に思わず胸を高鳴らせた。
 顔色の変わったダンデを見上げて、ソニアは彼のうなじに手を回し、ダメ押しのように潤んだ瞳で囁く。
「ねえダンデくん、お願い……キスして?」
「……っ」
 その瞬間、ダンデの理性は崩壊した。
 求められるまま、おおきく身体を傾ける。寸分の狂いなく重ねたくちびるは、いつも通りの滑らかな感触でダンデを受け入れた。その柔らかさに馴染む間もなく、彼女のちいさな口がダンデのそれを押し開くように動く。
「んむ」
 背伸びする彼女が鼻を鳴らすと、もぐりこんできた薄い舌がダンデのそれを誘うように絡んだ。積極的な動きに、ダンデは夢中になって応える。
 身長差を補うように、彼女の背中を抱え上げた。みっちりと胸と胸が重なり、その柔らかな温かさに夢中になる。ソニアはダンデのうなじから頭に手を這わせ、彼の髪をくしゃくしゃにかき回した。ダンデは角度を変えながらソニアの口腔を貪り、ピリピリと電気のように走る快感に呻く。
「はぁ……」
 どちらのものともつかない吐息とともに、くちびるが離れる。そのまま何度かちいさく重なり合って、名残惜しそうに震えながら、ソニアはゆっくりと瞳を開いた。
 潤んだエメラルドを覗き込む、強い金の瞳。それがまっすぐに自分を見つめていることに、ソニアは耐えられないほどの幸福に戦慄く。
「ダンデくん……好き」
「ソニア?」
「大好き、ダンデくん。わたしが一番、きみのことが好きだよ」
「……」
 まるで夢見るようにソニアが囁く。ダンデは彼女の様子をじっくりと確かめながら、じわじわと押し寄せる多幸感に支配されそうになるこころをどうにか抑えていた。
 酔ったように愛を語るソニアは、正気ではない。いや、正気かもしれないが、恐らく相当ハイになっている。自分の感情に振り回されて、羞恥心も理性もだいぶ危うい。
 なにが原因でこうなったのか、気にはなるがとりあえずいまは。
「――オレも好きだ、ソニア」
 ダンデは素直にソニアの狂態に乗っかることにした。
 先ほど彼女は言っていた。十分だけ、と。理性を手放すほどの感情の波に振り回されていても、彼女はどこまでも彼女だ。十分という短い間だけの、ほんのつかの間の誘惑。ダンデは素早く視線を壁掛け時計に向け、残りの時間を計算した――あと六分。短い。
 ダンデは蕩けるソニアの身体を抱きしめ、愛を囀る可愛いくちびる以外、余すところなくキスをする。
「わたし、わたし、いままでちゃんと言えてなっ……ん、ダンデくん、ちょっと待って……」
「うん、続けて?」
 首筋にキスをして、うなじに鼻先をこすりつける。ダンデの愛撫に、ソニアは細かく震えながら必死に言葉を紡いだ。もしも言えずに死んでしまうなら、この身に溢れる恋心をすべてさらけ出してから死にたい。
「わたし、ダンデくんのことが好きだって、きみのことをこころからっ、ン……っ、あ、い、愛してるって、きちんと……ぉ、言葉、に、してなくて……っ」
「ん……そうか? ちゃんと、伝わってるぜ?」
「んん……それは、きみが……言って、くれて、伝えてくれるから……そのときは、わたしも……」
「ああ……ベッドでな?」
「んっ」
 くすり、と笑ったダンデの吐息が、ソニアの耳の下をくすぐった。ソニアはダンデの薄明の髪をかき抱き、いとおしそうに頬ずりする。
「でも、そういうときばっかで……それじゃダメだって、気づいたの。ちゃんと、いつも、言葉と態度できみを愛してる、って、伝えなきゃ……」
 ダンデの首に腕を回して、ソニアはこころからの愛を捧げた。
「ダンデくん、きみを愛してる。どんな世界だって、何度巡り合ったって、わたしはきみに恋をするよ」
「……ソニア……」
「もしもきみに、他に好きな人がいたとしたって、やっぱりわたしはきみを好きになるんだ。選ばれなくても、結ばれなくても、それは変わらない。だけどいま、きみはわたしを愛してくれてる。そのことが、本当に嬉しい、かけがえのない奇跡なんだって気づいたよ」
 半ば呆然としたダンデの目の前で、ソニアがきらきらと輝くエメラルドグリーンの瞳を細める。潤んで光るその色は、幼いころから知っている、ダンデをこの世で一番夢中にさせる恋の色。
「ダンデくん……好きです。この世で一番きみが好きです。だから、ほかの人なんか見ないでね?」
「……ああ、もちろんだ……!」
 感極まって叫ぶダンデは、もう一度、いや何度でも、ソニアのくちびるを貪りたい。かわいい愛を囁くそれを、もう二度と、自分の名前以外囀らないほどに、徹底的に貪りつくしたい。
 衝動と同時に行動したダンデが、おおきく口を開いてソニアに覆いかぶさろうとした瞬間、彼女の細い手がむぎゅ、とダンデの顔を押しとどめた。
「――はい、十分」
「っ!?」
 くちびるを手の平で抑えられた状態で、ダンデが目を瞠る。ソニアはふーっと深く息をつき、長い睫毛を伏せて何度か確かめるように頷くと、パッと満面の笑みを浮かべてダンデを見上げた。
「うんっ! もうだいじょうぶ、ばっちり充電完了! ありがとね、ダンデくん、ナイスタイミングで来てくれて」
「……」
 まじまじと、ダンデがソニアを見つめる。輝くエメラルドグリーンは、すっかり理性を取り戻し、理知的で打算的な笑みを浮かべていた。
 ダンデはソニアにくちびるをふさがれたままの姿勢で、恨みがましく目をすがめる。ソニアはその眼差しに、徐々に笑顔を引きつらせた。
「あー……うん、言いたいことはなんとなくわかる。ごめん。いろいろひっくるめて、ごめん」
「……」
「……緊急事態、ということで……許して?」
 てへ、とお茶目に笑う。全力でダンデを篭絡しようとする小賢しさに、けれどダンデは抗う術がない。
 ふと目を上げれば、温室の方でちらちらと紫色が見え隠れしている。弟の窮状を察し、ダンデはありったけの理性と自制を総動員して身体を起こした。
 往生際が悪くソニアから離れない手が、彼女の肩を覆うふわふわした黄昏の髪をひと房掴む。
「……ソニア博士。本日のご予定は?」
 喉奥で唸る大型ポケモンの威嚇のような音程に、ソニアはさっと顔色を変えた。ごまかすようにほほ笑みながら、精いっぱいの愛想で答える。
「えっと、今日は、残業になりますねえ……」
「ほう……」
「先ほどの、『あくむ』の実験結果をデータ化して、参考資料と照らし合わせ、独自の見解をレポートにまとめるべく段取りをしておりましてぇ……」
「仕事を、したい、と?」
 ソニアの髪のひと房を、ダンデは口元まで持ち上げた。金の瞳は射貫くように彼女を見つめている。言外の圧に、ソニアの喉は干上がり続けた。
「ハイ……できれば」
「それを、オレが認めると?」
「えと……できれば」
「無理な相談ですね、ソニア博士」
 にっこりとよそ行きの笑顔で断言して、ダンデはぱっと顔を上げた。朗々とした声を張り上げる。
「ホップ! もういいぜ、こっちに来てくれ!」
 その声に、温室に続く扉が遠慮がちに開かれると、腕の中にワンパチを抱えたホップが、ばつが悪そうな顔でこちらへやってきた。
「ア、アニキ。いらっしゃい」
「ああ、連絡サンキューな、ホップ。これからもよろしく頼むぜ」
 にっこりと満面の笑みで言う兄の言葉に、ホップはどぎまぎと視線を揺らした。一応、曲がりなりにもソニアを出し抜く算段を、こんなに堂々としていいのだろうか。
 見ると、ソニアはダンデの傍らで、彼に髪のひと房を握られたまま突っ立っていた。柔らかく握りこまれたそれは、行動を制限するほどの力はないのに、きっと彼女は一歩も動けない。
 ホップはもろもろの事情を察し、あーあ、と天を見上げた。
「ところでホップ。今日の仕事はもうお終いだ」
「ああ……うん、わかったぞ」
 理解が早い弟に、ダンデは張り付けたような笑いではない、心底嬉し気な笑みを浮かべる。
「あとを頼めるか?」
「うん。任せてくれ」
 機材の撤収、データの保存、閉所作業の段取りを頭に浮かべたホップがニッと笑う。ダンデは同じ顔で笑い、それから手の中のソニアの黄昏の髪をそっと彼女の肩に戻した。
 硬直している彼女を窺うように、ちいさく小首を傾げる。
「ソニア? 今日はもう、オレと帰るだろう?」
「……ひゃい」
 情けない声でソニアが頷くと、ホップの腕の中のワンパチが、お泊りの匂いを察知して嬉しげに『ぬわふっ』と声を上げる。
 ダンデは満足そうに笑った。


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