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#63.誤魔化す【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】
2026/09/15 17:00【お題】ダンデ×ソニア
『で、なし崩し的にナックルで暮らすことになった、と……』
ちいさな画面の向こうの呆れたようなトーンに、ソニアは返す言葉もなく苦笑した。
ロトムはふよふよとソニアの傍を飛び、ちゃかちゃかと立ち動く彼女に合わせている。ソニアは季節ごとの衣類を手早く丁寧に段ボールに詰めながら、画面越しのルリナの意見を取り入れつつ、一軍衣装と二軍衣装の選定も行っていた。
『ダンデは相変わらずダンデねぇ……』
ルリナの至言に、ソニアは思わず笑ってしまう。
「そう! まったくその通りだよ、ルリナ」
『あのねえ、あなたもあなたなのよ、ソニア。相変わらずダンデに甘くて流されやすいところ、そろそろなんとかしたら?』
「う」
御尤も至極である。流された、とは思っていないけれど、即断即決トップダウンの男に振り回されるのはもう、慣れた。
それでも言わせてもらえれば。
「いやでもさ、いろいろ急ではあるけども、ダンデくんのやることって結局間違ってないっていうかさ。後々考えると、大体わたしのためになってるんだよね」
『勝負勘だけはいいものねぇ』
「そう! バトル脳の恩寵っていうか、物事の良し悪し、伸るか反るかのタイミングが神がかってるんだよね、ダンデくんって」
『で、今回のナックル転居も、神がかってたってわけ?』
ルリナの問いに、ソニアは冬物のジャケットを矯めつ眇めつしながら苦笑した。
「そりゃあもう。リーグを通して段取りしたとは言ってたけどさ、今回購入した邸宅、そもそもめっちゃ格安だったみたいなのよ。あ、詳しい金額は聞いてないよ、一生聞かないよ、怖いから……でも、わたしたちが想像する相場よりも、かなりお得だったって」
『なによそれ、事故物件?』
「ふふ、ある意味そう。なんでも、『ナックルのポケモン屋敷』って呼ばれてる旧貴族邸宅だって」
『ポケモン屋敷?』
興味を引かれたようなルリナの声色。ソニアはスカートのひだを確かめ、ほつれを見つけて眉をしかめた。
「うん。最初にあの邸宅を建てた貴族が、どうもいわゆるポケモンマニア、だったみたいなのね。いまでいえばガチガチの研究者気質で、でも時代も時代だし、公にはできないその活動は、自宅に大量のポケモンを呼び寄せ、住まわせることでコツコツと行われていた」
『呼び寄せ、住まわせ? そんなの、どうやって?』
「そこがミソ~」
歌うような節をつけて、冬物の段ボールに封をする。これでとりあえず、当座の引っ越しの目途は立った。今後もブラッシーの実家に帰ることもあるし、身の回りの物は新しく揃える予定もある。それでも、持っていく段ボールは片手では足りない量だ。
これはあとで、ダンデくんがアーマーガア貨物を手配してくれる。小休止だな、と息をつきながら、ベッドに腰を下ろしたソニアは、ふわふわと飛ぶロトム、その画面の向こうで頬杖をついている親友に向かってにっこりと笑った。
「簡易計測で調べた結果、どうもあの土地そのものに謎がありそうなんだよね。ガラル粒子の濃度が濃くて、一見すると巣穴に近いスペクトルパターンをしてる。でも、ダイマックスできるほどじゃない。ただ、ワイルドエリアで野生ポケモンが群れを構成する土地によく似た条件がそろってて……」
『ああ、はいはい。ダンデはあなたに、飽きないおもちゃ箱を与えたってわけね』
ルリナがくるりと目を回す。彼女の言葉に、ソニアは嬉しそうに指を鳴らした。
「そう、それ! 価格が安いのも、ポケモンが集まってしまう現象がネックだったんだって。あと、屋敷そのものに住み着いてる、なんていうのか、しもべ妖精みたいなポケモンもいてね……」
『そんなの、あなたたちにしてみればご褒美じゃない。ダンデが嬉々としてバトル構成を変える未来が見えるわ』
「そうなんだよね~! というわけで、引っ越し自体は全然いいの、ていうか望むべくもない好条件! ……ただ、さぁ~」
がっくりと肩を落とす。芝居がかった様子に、ルリナはかたちのいい眉を上げた。
『どうしたの?』
「う~ん……。つまりさ、好条件すぎるっていうか……」
『どういう意味よ?』
煮え切らないソニアに、ルリナが怪訝そうになる。追及の手を止めることのない親友に、ソニアは言葉を選びながら続けた。
「うん、だからつまりさ、あのお屋敷は、色んな意味で魅力的すぎるのよね」
「ソニア、誤魔化さないではっきり言いなさい。なにがどう、好条件すぎて、魅力的すぎる……ちょっと待って、あなたまさか」
ピンと来たように、ルリナの切れ長の瞳が瞠られる。さすが親友、十年以上の親密な友情は伊達じゃないなあ、と、ソニアはやけくそのように笑った。
「はい、まさかです~。だってルリナ、ダンデくんてばさあ、先回ってたんだよぅ」
『ダンデのせいなの? あのねソニア、あなたみたいな研究ジャンキーが、公私の別を無くしたらそれこそ終わりなのよ?』
「うう、わかってます~……でも、すっごおく設備のイイ研究室をさ、なんと二部屋…二部屋だよ!? しかも、最新機器がそろってて、ネット環境も最強で、壁びっしりの書棚、参考文献、ナックルの宝物庫にあってもおかしくないような貴重な資料の数々……」
『ダンデ……とんでもない額を貢いだわね……結婚の贈り物?』
「うん~!」
『……あなた、婚約指輪を贈られた時よりもイイ顔してるわよ』
「あ、ダンデくんにもそれ言われた~。えへへ……」
悪びれず照れたように笑うソニアに、ルリナは完全に呆れたようにため息をついた。
『もう……ダンデもダンデよ。ソニアに自宅研究室を用意するなんて、チョロネコにマタタビじゃないの。ソニアが過労で倒れた時に、泡を食ったって助けてあげないからね』
「あはは、さすがにそれは」
『ない? 絶対にないって言える?』
「う……」
過去の所業を知り尽くす親友の圧に、ソニアは思わず言葉に詰まる。
それでも、少しは安心してよ、と苦く笑った。
「さすがにダンデくんも、なんの対策もなくそんなことはしないって。ていうか、これもまあ、なんだかなあ案件ではあるんだけどさ……」
『なに?』
「つまり、自宅での研究も、仕事にすればいいってことになったの」
『え?』
きょとんとしたルリナの様子に、ソニアは言葉を選ばずに簡潔に言う。
「だからね。ブラッシーの研究所での公的な仕事と、ナックルの研究室での私的な研究、どちらもバランスよく行えるように環境を整えようって。具体的には、週の半分はブラッシー、半分はナックルで仕事ができるようにするの」
『へえ……なるほどね』
納得したように、ルリナが頷く。
『つまり、ダンデはなにがなんでもナックルの家に、ソニアを置いておきたいわけだ。ブラッシーに週五で通われるよりも、あなたの負担も少ないし、自分も傍にいられる、と』
「いや、傍にいるかはわからないけどもね」
『いるでしょ。多分、自分もシュートでの仕事を調整して、上手いこと週2~3日の勤務にするんじゃない? バトルタワーのランクアップ戦とか、リーグの現場仕事は仕方ないとしても、その他の雑務や会議なんかは、リモート対応できるわけだし。そもそも、あちらにはオリーヴ女史っていう完璧な補佐役がいるから、ダンデがいなくても上手く回るだろうし』
「いや、ははは……」
苦笑しながら、けれどソニアはその通りだ、と認める。
実際、今後のダンデの仕事の仕方はシュートメインからナックルメインに切り替わる。バトルタワーのランクアップ戦の対応はそもそも毎日あるわけではなく、決まった曜日に出動すれば事足りる。そのほか、タワー関連でダンデが担っていた業務はリモートでも対応可能だし、なによりも、今後比重が多くなる業務に『レンタルポケモンの育成・調整』が挙げられ、それについては広大な敷地と、ワイルドエリアへのアクセスの良い恵まれた環境であるナックル邸での活動がむしろ望ましい。
加えて、リーグ委員長としての業務は、そもそもがシュートスタジアムに常勤しなくともいい性質ばかりだ。つまり、各ジムとの連携、スポンサーとの折衝、ガラル全体のポケモン事業の把握であり、それらはナックルを拠点として各街を視察することで解決する。
ナックルに居を構えることと同時に、いかにしてソニアとの生活を円滑に構築するか、ダンデはだいぶ前から根回しをし、満を持して行動に移したのだ。
「……まあつまり、またしても、色々とダンデくんの手のひらの上だったわけ。もう、このパターンには飽きたわ……」
照れ隠しに毒づくようなソニアに、ちいさな画面の向こうのルリナは、呆れたような満足そうな、複雑な笑みを浮かべていた。
『はいはい、ノロケをごちそうさま』
「ノロケじゃない~。でもホントに、もう、なんか……言っていい?」
『どうぞ』
「し、幸せすぎて怖い……」
『ノロケないでよ!』
「えーんルリナぁ、どうしよう、幸せだよぉ~~~」
バカバカしいことを真剣に嘆くソニアに、ルリナは心底嬉しそうに笑う。
『はいはい、どうせそのうち『ルリナぁ、思ってたのと違う!』って別の愚痴が始まる未来が見えるわ』
「あ、それはある! ていうかさ、すでに手放しで全肯定ってわけでもないんだよね」
パッと顔を上げたソニアが、すっかり気持ちを切り替えたようにくちびるを尖らせた。
「まずさ、ブラッシーのポケモン研究所に行く頻度が下がることで、懸案だった研究員の増員が急務になったの。で、大急ぎでいろんなところのコネを使って、いい人材いないかな~って探しまくって、その業務がここ数日のメイン案件。いや~、なかなか難しいんだよね、人を雇うって」
研究所の責任者として、適材を見定めるという全く未知の作業を迫られ、それはかなりソニアの精神ゲージを削っていた。そもそも、自分にはあまり人を見る目がないんじゃないかな~……とは、シーソーコンビの時の痛い教訓だ。
そんなソニアの葛藤を、ルリナはさすがに正確に見抜いていた。
『そうねえ……ソニアはお人好しすぎるところがあるから、人事権は他の人に譲った方がよさそうね』
「うっ……いや、でも、研究所の責任者はわたしだしさ」
『マグノリア博士にご協力を願ったら?』
「おばあさまだってわりとお人好しだよ! そもそも、シーソーコンビの助手さんを見つけてきたのだって……」
『マグノリア博士だったの?』
「いや、わたしだけども……でもおばあさまも気に入ってたし……あ、ていうかさ、あのね、そのことでも、ひとつ報告があってさ……」
再び言いにくそうに口ごもる。ソニアのわかりやすい態度に、ルリナはもう、面倒になって手のひらをひらりと振った。
『なあに、もう、なにを聞かされても驚かないからちゃっちゃと吐きなさい』
「えと、その時の助手さんさ……たまたま、いま仕事探してる、って聞いてさ……」
『――ソニア? あなたまさか……』
「えへ、スカウトしちゃった!」
『はあ~~~!?』
鮮やかに前言撤回をしたルリナが、驚きすぎて、恐怖したような表情で固まる。彼女の反応をある程度予想していたソニアは、素早く口を開いた。
「あ、でも心配しないで! 今度こそ、裏はナシ! シーソーコンビとも和解したし、彼女の背景とか、あの事件に至った経緯も聞いて、きちんと反省したのも納得した上で、わたしの方からぜひ手伝ってほしいって頼んだの」
『あ、あのねえ……あなたを騙した人でしょ?』
「うん、そうなんだけども、いや、これ言うとルリナさらに怒るかもだけどさあ」
『怒らせる気満々じゃないの……なに、言って』
「あのひと、めっちゃ優秀だったのよ。それこそ、くすぶらせておくのがもったいないくらいの逸材! それが、すっごい好条件で雇われてくれるんだもん、これはもう、ダンデくんのポケモン屋敷に匹敵するお買い得案件~……」
嬉々としてはしゃいでいたソニアは、ルリナの絶対零度の冷たい視線に気づいてごくりと喉を鳴らした。
怒りの表情を浮かべるみずの女神は、恐ろしいほど美しい。怒れば怒るほど凄みを増す美貌に、ソニアは恐れ戦きながらも見惚れてしまう。
数秒の沈黙の後、ルリナははあ、とため息をついた。それから、切れ長の瞳を細めてじろりと睨む。
『……このこと、ダンデには言ったの?』
「うん、もちろん相談した」
『それで、彼はなんて?』
「彼女……エイダっていうんだけど、直接面談してくれた。で、色々と根回しもしてくれて、問題ないって太鼓判押してくれて、採用したってわけ」
『はあ……ダンデが了承してるなら、まあ、最低限保証されたってわけね。もう、本当にソニアは……危なっかしいっていうか、天然っていうか……』
呆れて呟くルリナに、ソニアは物柔らかに苦笑した。
「あは。ルリナはわたしのことになると、点が甘いんだから」
『え?』
「わたしだって、そんなにお人好しじゃないのよ。もちろんエイダには、いろいろな点で監視がついてる。これは彼女の望みでもあるし、シーソーコンビの贖罪でもある。シーソーコンビは、バトルタワーへの出資や協力も惜しまないし、色々なコネやネットワークを使って、旧態依然とした派閥とのパイプ役にもなってる。こちらの懐に入れることで、彼らの動きをチェックできてるってわけ。同じように、エイダの贖罪の場も、わたしやダンデくんの目が届くところがいいって思ったのよ」
『……』
ソニアの言葉に、ルリナは少し意外そうに瞬きをした。それから、にやりと斜に構えた笑みを浮かべる。
『なるほど。ソニアもちゃんと、ガラルの名士の妻の立場を理解してきてるってわけね』
「まだ妻じゃないですけどね」
『はいはい。まあ、ちょっとは安心したわ。でも、一度わたしもその、エイダってひとと会ってみたいわね』
「え~、ルリナ、流し去りそうで怖いなあ」
『改心したひとなら流さないわよ。だけど、お人好しなソニアをまた騙そうってつもりなら、覚悟してもらわないとね』
「うふふ、ルリナってばわたしの守護天使!」
『いやよ、あなたのストーカーに睨まれちゃうわ』
「ヒトの婚約者をストーカー呼ばわりとか!」
『名前を出さなかったのに、すぐにピンときてるあなたに文句を言う資格はないわよ』
「うっ」
図星を差された小芝居で、ぱったりとベッドに倒れ伏すソニアの姿に、ルリナは屈託のない朗らかな笑い声をあげた。
