challenge
#61.照れる【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】
2026/09/11 18:25【お題】ダンデ×ソニア
窓から差し込む木漏れ日。ソニアはぼんやりと瞼を開いて、厚いカーテンの向こうで光る緑色を見つめた。
広々としたベッドは、天蓋付き。特注品のその大きさは、ソニアひとりでは切ないほど広い。傍らに眠った跡のある大柄な男が寝転んでもまだ余る。贅沢すぎるしつらえだ。
「……」
ぼんやりと、天井を眺めた。天蓋の中に、星が見える。ベルベッドの夜が広がるその意匠は、随所にカッティングガラスを散りばめられていて、素敵なデザインだ。
……昨夜は、これに気付くこともなく忙しくしてしまったので、まあ、初めまして。
正式な婚約者として、同じ屋根の下に暮らす最初の夜。それなりに盛り上がった記憶がよみがえり、ソニアは赤い顔をぐりぐりと枕に埋めた。はしゃぎすぎていたのは、彼か、自分か。相乗効果でどっちもどっちだ。
なにもかも新しく、豪奢なリネンや家具。シュートシティの高級ペントハウスの趣とも違う、重厚な貴族風の室内を順繰り眺めながら、ソニアはよし、と腹筋に力を入れる。
思い切って上半身を起こすと、正面の壁掛け時計が朝の九時をちょうど指すところだった。
「おっと……さすがに寝坊したかな」
仕事はないが、この家で過ごす最初の一日にだらしないところは見せられない。ソニアは白い肌をシーツで隠しながら傍らの椅子に向かい、そこに掛けられていたガウンを手早く身に着けた。
そのまま、メインバスルームに向かう。ダンデと共有するそこは、すでに使われた形跡があった。いつものルーティンでポケモンのトレーニングに出たであろう婚約者を思い、元気だねえ、と苦笑する。
体力増強を本格的に思案しながら、ソニアは手早くシャワーを浴び、身支度を整えた。
昨夜慌ただしく説明されただけだが、貴族の邸宅の作りはなんとなく理解できる。ソニアは階下に続く広々とした吹き抜けの階段を下りながら、気持ちのいい雰囲気の邸内を物珍しく眺めていた。
「きゅあ~」
一階に降りると、メインホールの向こうからとてちてとイエッサンが近寄ってくる。お仕着せのピンク色のエプロンを身に着けたかのじょは、ソニアに向かってあいさつするようにくるりと回った。
「あは、おはよう」
個体名はあるが、仕事中のかのじょをそれで呼ぶのは控えてくれるように要請があったことを思い出す。勤勉で杓子定規なかのじょの主を思い浮かべて、ソニアはくすりと苦笑した。
シュートシティのペントハウスでソニアが快適に過ごすための細々としたサポートを担ってくれた人物だ。リーグのレジデンススタッフの規則で、直接対面をすることはなかったけれど、このほどダンデが個人的な『執事(バトラー)』として引き抜いて、この広大な貴族邸宅の維持管理を任せることになった。
なので、本日が初の顔合わせ、というわけである。
イエッサンに先導されながら、ソニアは光のあふれる美しい回廊を歩いていた。なにからなにまで隅々に手入れが行き届いている。旧王朝時代からある古い邸宅だという触れ込みだが、中はすべて最新式の設備と、伝統ある様式が過不足なく融合されている。とんでもなく居心地のいい大邸宅だ。
「……いくらしたのかは、一生聞かないどこ……」
ぶるると身震いしながら呟いた時、朝食室にたどり着いた。晩餐室とは違い、小ぢんまりとした家族の朝の団欒を主としたそこは、それでも広々としている。中央に十人ほど座れる円卓が用意されており、壁際にはビュッフェスタイルの料理を並べるテーブルがある。今日はそこにはなにもなく、テーブルに銀のクロッシュが被せられた料理が用意されていた。
セッティングは二人分。ダンデくんもいまからかな、と思いながら席に着く。
「いぇっさ」
下座のドアから声が上がり、もう一体のイエッサンが水色のエプロンをつけてカートを引いてやってきた。ソニアは思わず相好を崩す。
「おはよう」
「きゅあ」
まじめな面持ちでやってきたかれは、手慣れた手つきで銀のクロッシュを取り払う。そこにあった朝食のプレートは目に鮮やかで、ソニアは嬉しくなった。
みずみずしいサラダと果物、ミルクとオレンジジュース。焼き立てのパンをカートから降ろしたイエッサンは、目玉焼きの焼き加減を記したカードをソニアに見せた。
「半熟でお願い」
「いぇっさ」
意思の疎通が滑らかに行われて、好みの焼き加減の目玉焼きが供される。ソーセージ、酸味のきいたマリネ、キノコのソテーなどの付け合わせを乗せたプレートを嬉しげに見ていると、上座の扉が開かれた。
「ソニア、おはよう!」
爽やかに挨拶をして入ってきたダンデに、ソニアは眩しげに目を細める。
「おはよ、ダンデくん……朝から元気だねぇ」
「そうか? いつもこんなもんだろ」
「いやぁ……いつも以上に元気いっぱいですよ……」
シュートシティのペントハウスで週末泊まった日の朝も、彼はソニアより早く起きてポケモンの世話とトレーニングを行う。だから、いつも通りと言えなくもないけれど、やはりどこか浮かれているように溌溂としていた。
そのごとく、ダンデはさっさと足早にソニアに近づいて、椅子に座ってこちらを見上げる彼女のくちびるにためらいなくキスをした。
「そうか? だとしたら、オレもちょっと浮かれてるんだろうな」
「……こんな恥ずかしい朝のあいさつをしちゃうくらいには?」
「しちゃうくらいには。ついでに、習慣化しようと思うくらいには」
「わあ……」
幼馴染として過ごして十七年、恋人になって一年以上、正式な婚約者になって、二か月……この調子では、結婚したらどんな甘ったるいことになるのやら、ソニアは嬉しいような、恐ろしいような、複雑な照れくささに声を上げる。
……と。
「……ご歓談中お邪魔をいたします」
「っ!」
ダンデの背後で見えなかったが、同行者がいたらしい。ソニアはぎょっとして肩を震わせ、慌ててそちらに顔を向けた。
「ああ、すまない。紹介するぜ、こちらが我が家の執事(バトラー)だ」
なんの衒いもなくダンデがそう言って、壮年の男に掌を向ける。
光あふれる朝食室の扉の前にたたずんでいた彼は、どこか神経質そうな、悪く言えば陰気な風情だった。顔かたちは整っているのに、表情筋が死滅している。漆黒の髪をオールバックに整えて、そのひと房だけが鮮やかな銀色。目を引くといえばそれくらいで、あとはお仕着せの執事服を隙なく着こなしている。
ソニアは慌てて立ち上がって、一礼した。
「初めまして。今日からお世話になります」
「こちらこそ、誠心誠意お仕えさせていただきます。どのようなご用命でもお気軽にお申しつけください」
低い声なのに不思議とよく通る。感情のうかがえない抑揚のあいさつに、ソニアは気難しいひとなのかな、と少し不安になった。
けれど、その両脇に控えるイエッサンが、どちらも誇らしげに彼を見ている。主であろう執事に対し、全幅の信頼を寄せるかれらの様子に、ソニアは一瞬で不安を忘れた。
「では、早速ですけど朝食の後、この屋敷の案内を頼めますか」
「承知致しました。それから、我々には敬語は一切不要です、奥様」
「おくさっ……!」
一瞬で、ソニアの顔面が火を噴くように赤くなる。狼狽した彼女の傍らで、ダンデも面映ゆそうにほほ笑んだ。
「ちょっと気が早いな? まあ、いずれそうなるからいいか」
「いやいやよくない! あの、わたしのことはソニアって呼んでください!」
「では、ソニア様」
「いえいえ、様抜きで!」
「それは出来かねます」
静かに、けれど決然と首を振る執事に、ソニアはううう、と唸る。奥様よりはマシだが、同じ敷地で暮らし、これからどっぷりとお世話になる相手に、常に敬称をつけられて過ごすのはやはり慣れない。
ソニアが窮していると、傍らでダンデが朗らかに笑った。
「じゃあ、当面は『ソニア博士』と呼んでもらったらどうだ。オレのことは、オーナーダンデでも、委員長でも好きなようにどうぞ」
「……では、ソニア博士とオーナーダンデ、とお呼びいたします。ですが、ご結婚された暁には……」
「ああ、その時にはまた、相談しよう」
ニッと笑うダンデに、執事は厳かな一礼を返した。堅苦しい挙措だが、排他的な印象はない。傍らのイエッサンたちが、いちいち彼の仕草を真似て礼をしているのが可愛らしすぎるからかもしれない。
「本日は、料理人の手配が間に合いませんでしたので、簡単な朝食になりました。明日よりはきちんとしたビュッフェをご用意いたします」
「え。いや、これで十分ですけど」
「いいえ、これもわたくしに課せられた職務の一環ですので、ご懸念無用に。それでは、ご朝食が済みましたころまた伺います」
再び厳かに一礼し、執事は二体のイエッサンを従えて朝食室を後にした。
ソニアは緊張の糸が切れたようにふにゃりと椅子に座り、ダンデはその傍らに腰を下ろす。対面ではなく、角を隔てた斜めの席で、彼はわずかに窺うようにソニアを見やった。
「だいじょうぶか、ソニア」
「うぅ……なんか、カルチャーショックぅ……わたし、奥様なんてガラじゃないよぉ」
泣き言のように言うソニアに、ダンデも苦笑する。
「だよな。オレもあれはちょっと勘弁してほしい……でも、彼は職務に忠実で有能な執事なんだ。オレたちがここで暮らすにあたって、彼の協力は欠かせない。少し堅苦しいけど、上手くやっていこうぜ」
「うん……まあ、いい人なのはわかってるよ。ペントハウスでも散々お世話になったしね」
椅子の背もたれにまっすぐ座り直したソニアが、苦笑じみた笑みを浮かべる。ダンデはにっこりと笑い返し、朝食のプレートに目を輝かせた。
「じゃあ、食おうぜソニア。そのあとは、お屋敷紹介だ」
「うん。……いや、ていうか広いよね……ダンデくん、迷子になるんじゃない?」
ドレッシングのかかった新鮮なサラダにフォークを入れたソニアが、からかうように笑う。するとダンデは、二本目のソーセージを咀嚼しながら頷いた。
「ああ。すでに二回迷った」
「えっ、今日だけで?」
「今日だけで」
「うわぁ……ワンパチを連れてったから無事だったの?」
「いや、ワンパチはまだボールの中だ。屋敷のいたるところにポケモンがいて、彼らが案内してくれた」
「えっ」
いたるところ? その言葉に、ソニアがらんらんと目を輝かせる。
想像通りの彼女のリアクションに、ダンデは嬉しげに瞳を細めた。
「それも、この屋敷を買った理由のひとつなんだ。ここは古くから、近隣の住民には『ポケモン屋敷』と呼ばれるほどポケモンの出現に事欠かない。屋敷に住み付いているタイプもいれば、庭を縄張りにしてるやつもいる。野生というには人慣れしていて、屋敷の修繕や庭木の手入れなんかを手伝って、餌をもらってるらしい。人懐っこいやつばかりだぜ」
「えーっ、うわ、うわ、一体残らず調査したい!」
これでもかというくらい煌めくエメラルドの瞳で、ソニアが恍惚と言う。人間と共生しているポケモンには、野生とは違う独自の特性や、周知されていない習性などが見られるため、研究者にとっては夢のような環境だ。
「ソニアならそう言うと思ったぜ。それから、リーグから派遣されている屋敷付ポケモンもいる。これは執事の管轄だから、あとで紹介してもらおう」
「そうすると……いったい何体のポケモンと一緒に暮らすことになるわけ?」
ソニアの問いに、ダンデはあっけらかんと破顔した。
「さあな。数えて管理するのはソニアの得意分野だろ?」
「はあ……まあいいけど! っていうか、最高だけど!」
こらえきれず少女のように笑うソニアに、ダンデは抜け目なくウインクした。
「その最高の屋敷を手に入れた婚約者に、褒美はないのか?」
口の端にドレッシングを付けた子供っぽい婚約者に、ソニアは仕方なさそうなポーズで立ち上がると、ぐいと身体を倒した。彼の正面に顔を近づけ、悪戯っぽく笑う。
「上出来だよ、ダンデくん!」
そういって、ぺろりと口の端を舐めとる。ドレッシングの味がして、次いで追いかけてきた彼のくちびるは、飲み終えたオレンジジュースの味だった。
