challenge

#50.振り払う【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】

2026/08/20 17:01
【お題】ダンデ×ソニア



 毎週日曜日のミッション。
 それは、二十時を告げるアラームとともにやって来る。

 ぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴ。

「……あ」
 ソニアのスマホロトムが、無機質な音を鳴らす。ハッとして我に返ったソニアが、瞬間的にまずい、と顔を強張らせた。
 いつも気をつけていたのに。夕飯を摂っているあたりから、少しずつ準備をして、さりげなく距離をとって、穏やかな空気を作って、何気ないルーティンのように、気持ちを切り替えて……
「――ソニア」
「う」
 久々に、やらかしてしまった。
 
 ぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴ。

 スマホロトムが、ふよんと飛びながら機械音を鳴らす。ソニアがそれに手を伸ばす前に、ダンデの低い声がロトムに命じた。
「……ロトム、アラーム解除」
 ――ぴ。
 沈黙したロトムが、ふよふよと飛んでいく。なにも言われずとも、自分の寝床になっている充電機へと刺さっていくかれを見送って、ソニアはそろり、と身を捩った。
 けれど当然のように、その動きはダンデによって阻められる。結果として、ソニアはダンデの膝の上に横抱きにされた状況を一ミリも変えることができなかった。
 せめてもの抵抗に、彼の首に回していた腕をそっと引き戻し、胸の前で指を組む。図らずも祈るような仕草になったソニアに、ダンデは薄い笑みを浮かべた。
「……やめるのか?」
「あー……ほら、もう、時間……」
「ソニアから仕掛けておいて?」
「……」
 そう。仕掛けてしまった。
 本当なら、週末の逢瀬の終わりの時間、日曜の夜はかなり気を遣っている。すっかりリラックスして過ごしているダンデのマンションを出て帰路につくのは、恋人になって一年以上過ぎたこの時期、相当に難易度が上がっていた。
 まして、先日公明正大に婚約式を終え、誰はばかることのない『婚約者』同士になって、ダンデは一日も一刻も早く、ともに暮らしたいとかなり強めの意思表示をしていた。ソニアの方がグズグズとそれに待ったをかけているという、わずかな隙も与えられない、なかなかに緊迫した状況下だ。気を抜けば、一気に攻勢をかけられて、あれよあれよと軟禁――もとい、同居が始まってしまう。
 そんな緊張感を、うかつなソニアはすっかり忘れ去っていた……否、忘れさせられていた。
 思えば、ともに夕食を摂っているあたりから、だいぶ怪しかった。なんてことのない会話の端々に、どことなく誘惑を帯びたような甘さが隠れていて、ソニアの気持ちをふわふわとさせていた。ダンデという男は、自分の色気や魅力を十分に弁えた攻撃が上手い。普段どちらかといえば性の匂いを感じさせない爽やかなイメージが強いため、その緩急の攻撃は対策が難しい。
 本当に、生活のすべて、人生のすべてが『バトル』に通じるようなバトルジャンキーの婚約者の扱いを、ソニアは重々承知していた、はずなのだが。
 それでもやっぱり、出し抜かれる夜はあるもので。
 いつの間にかすっかりと、彼の手のひらの上に乗せられていたソニアは、それでも往生際悪く理屈を並べた。
「いや、仕掛けたっていうかさ。まあ、ほら、いいムードになったのはお互い様じゃん? こういうのは、どっちが悪いとかじゃないよね?」
「ああ、そうだな。ソニアが進んでオレの膝に乗ってイチャイチャし始めたとはいえ、オレもそれを望んでたからお相子だな」
「……始めたからには、終わりもわたしが仕切っていいんじゃない?」
「中途半端に?」
「だって、もう時間じゃん!」
「ソニアが仕掛けておいて?」
「はぁ~もう、堂々巡りかよぉ」
 ため息をつくソニアに、ダンデはじっと強い眼差しを向けた。
「ソニア。いい加減、この不毛な論争をやめにしないか」
「うん、賛成。じゃ、離してください」
「断るぜ。わざわざアドバンテージを手放すほどオレは馬鹿じゃない」
「やっぱ計画的じゃん!」
「膝に乗ってきたのはソニアの方だ」
 しれっと答えるダンデは、今日で不毛な論争を終わらせるという強い信念を感じさせた。ソニアはますます居心地悪そうにお尻をずらす。大事な話し合いの気配がするのに、体勢が不利すぎる。けれどダンデの言う通り、彼がこの状況をみすみす手離すはずがなく、であればソニアは、フィールドの不利を挽回するために頭をフル回転させるしかない。
「……じゃ、このままでいいよ、あと十五分はね」
「十五分で結論が出るのか?」
「出す。とにかく、このままダンデくんのおうちで暮らすのは無理だって、それは変えられないんだからね」
 ズバリと切り込むソニアに、ダンデは至近距離でまっすぐに彼女の瞳を見つめた。その真剣な黄金の色に、怯むまいとソニアは息を呑む。
「婚約式も終えて、あとは結婚式を待つばかりだ。このタイミングで、同居したっておかしくないだろう」
「おかしくないけど、計画にはないでしょ。そもそも、ナックルかエンジンで新居を探す約束だよ」
「それまでの間、ここで暮らそうぜ、ソニア」
「いや無理だってば。ブラッシーまで通うの辛い!」
「なら、オレがブラッシーで暮らすぜ。どっちでもいい。離れて暮らす方がもう無理だ」
 言いながら、ダンデがソニアの背中に手を回す。引き寄せられて、彼の胸にもたれかかったソニアのこめかみに、やわらかいくちびるが触れた。
 その真っ直ぐな愛情表現に、ソニアの意地がメロメロと溶けだす。けれど、彼女は必死に理性を掴み締め、愛しい男の誘惑に耐えるべく眦を上げた。
「ダメだってば。ダンデくんの仕事量で、片道二時間ちょいの通勤時間はきついでしょ」
「なんとかなる。新居に移るまでの短期間だろ」
「いやそもそもさ、平日はふたりとも家にいる時間なんて多くないじゃん。そんな状態で、そこまで無理して同居する意味ある?」
 胸の前で指を組んだまま、ソニアは頑なに言い張った。ダンデから伝わる彼の鼓動、彼の香り、彼のあたたかさが容赦なくその頑なさを攻撃し、気を抜けばとろとろに溶かされてしまう。
 本当は、ソニアだってこんなことを言いたくない。ダンデの言うように、毎日一緒に暮らせれば、どんなにいいだろう。
 けれど、それはやっぱり難しい。どれほど短い期間だろうとも、シュートシティとブラッシータウンを往復する生活は、ダンデにとっての負担が大きすぎる。かといって、自分がシュートから通うのも、同じくらい大変で、必ずどこかに歪みが生まれる。
 冷静な研究者の眼差しで可否を下すソニアに対し、ダンデはどこまでも理想主義者だ。
「意味はあるだろ」
 ソニアのこめかみに当てたダンデのくちびるが、肌を嬲るような低い音で囁く。そのまま彼女の黄昏の髪を鼻先でかき分け、そのちいさな耳に吐息が触れた。
「家に帰れば、ソニアがいる。日曜の夜に、帰す必要もなくなる。それだけで、十分意味はあるぜ」
「……っ」
 直接耳朶に吹き込まれた甘い毒に、ソニアはぞくぞくと震えた。脳髄をかき乱すようなダンデの囁き声に、じわじわと理性が犯されていく。
 それでも、ソニアは踏ん張った。
「だ……っ、だから、あと少し……ほんの数ヶ月じゃん……っ。な、ナックル、か、エンジンで、新居……探せば、そこで一緒に暮らせるじゃん……っ」
「待てない」
「……っ、で、でもダンデくん、ば、バトルタワー、の、周年記念の計画、で、これから、忙しくなるって……っ」
「なんとかなる」
「ダメっ……でしょ、無理、すると、身体……っ壊す、よっ」
 ダンデのくちびると舌が、ソニアの肌をじわじわと炙る。鋼鉄のように固い彼の腕ががっちりと拘束しているので、どこにも逃げ場はない。
 その上で、彼は決してソニアを追い詰めすぎないように、絶妙な加減をしていた。彼女がなにもわからなくなるような刺激は与えずに、あくまでも言い逃れができない状態で、言質を取ろうとしている。
 その容赦のない姑息さに、ソニアはありったけの意地を返した。
「ダメだってば! ダンデくん、これ以上わがまま言うならわたしにも考えがあるよ!」
 首筋を這っていたダンデのくちびるを振り払うように、ソニアが喚いて腕を突っ張る。案外あっさり拘束を解いたダンデは、距離を開けたソニアを真っ直ぐに見つめた。
「考えって?」
「結婚式まで、同居はしない! 週末通うのもナシ!」
「極端だな。だったら、オレが週末ソニアのところに通うぜ」
「だ、ダメダメ、それじゃ意味ないじゃん! じゃあ、週末はいままで通りわたしがこっちに来るから、とにかくシュートシティでの同居はなし!」
「だったら、新居で同居だ」
「いいよ、新居でなら同居する。物件探しを少し早めて……」
「もう決まってる」
「は?」
 あっさりと言ったダンデの言葉に、ソニアは目をまるくして固まった。ダンデはそんなソニアの胸の前で組まれていた指にそっと手を伸ばし、包み込むように握りしめる。
 それから、遠慮のない勝者の瞳を細めて言った。
「ナックルの物件を押さえた。家具家電も搬入済みで、いつでも住める」
「……ふぇ」
「バトラー契約も済んでるから、生活のフォロー体制も整ってるぜ。ブラッシーとシュートの通勤方法も、ガアタクの専属契約をしてる。専用航空ルートを使うし、かなり高速の個体だから、どちらも正味四十分くらいだな」
「……はぁ」
「マグノリア夫妻の許可も取ってるぜ。結婚式までの間に生活のシミュレートをきちんとしておきなさい、とのことだ。オレの実家にも話は通してる。嫌になったらすぐ帰って来いってさ。ちなみにきみへの伝言だ。帰すつもりはないがな」
「……」
「というわけで、今日はシュートで寝るか? それともナックル?」
「……ダンデくん」
 呆然としたようなソニアの呼びかけに、ダンデはニカッと太陽のように笑って答えた。
「なんだ? ソニア」
「……なんだ、じゃない! どーしてこういう大事なことを、勝手に決めるんだきみは!」
 顔を真っ赤にして叫ぶソニアに、ダンデは嬉しそうに笑う。
「悪かった。でも、前にも言ったがオレの生活環境は、リーグの管轄なんだ。その上で、ナックルとエンジンの両方の利便を考えての最善だった。きみの要望も、叶う限り取り入れたぜ」
「いや、そうじゃなくて……っ」
 はぁ~、と、重苦しくため息をつく。ソニアの様子を注意深く観察しながら、ダンデは包みこんだ彼女の手をそっと持ち上げて、その指にゆっくりとくちづけた。
 左手の、薬指。婚約式で交わしたエンゲージリングは、普段使いできないという理由で、未だにそこは空席だ。
 ダンデはソニアの瞳を見つめながら、その細い指に音のないキスを贈る。
「……出会って十七年」
「……」
「恋人になって、一年四か月」
「……」
「プロポーズして、九か月」
「……」
「婚約式をして、二か月」
「……」
「結婚式まで、あと七か月……」
 一言一言、ソニアの薬指にキスが降る。ソニアは、その甘ったるい空気と行為に真っ赤になって震えながら、それでも目をそらせずに息を殺していた。
 ダンデは、ここぞという時に必ず仕留めるための容赦のない攻撃で、ソニアの乙女回路を狙い撃つ。
「オレは、充分に待ったな?」
「……」
 ぐぐぐ、とソニアの喉が鳴った。
 普段はなんだかんだと、幼馴染の延長上のような気楽な恋人であるダンデが、ここぞという時に見せる顔は凶悪すぎる。どれほどこころを強く持っても、どれほど理屈を並べても、この顔に勝てたためしがない。
 つまり――ダンデにとっても、この顔は必勝……『ソニアが必ず折れる』と確信する時だけの、とっておきなのだ。
「……わかったよ……」
 ソニアは項垂れて、赤い顔を隠すように呟く。今回も、ダンデの勝ちだ。一生勝てないかもしれない……と慄きつつ、自分にだって、必勝の顔はある。
 こうして、ずる賢く勝ち負けを重ねながら、きっと死ぬまで暮らすんだろう。
 じわじわと満ちてくる幸福感に、ソニアは恐れながらも進む覚悟を決めた。
「……で? ダンデくんが万端整えたスイートホーム、どんなもんなのさ」
 ダンデの指からするりと逃れたソニアの手が、当たり前のように彼の首に回された。ダンデは心底嬉しそうにほほ笑んで、明るい声を上げる。
「ロトム! 新居のデータを出してくれ!」
《了解ロト~》
 ふよん、と飛んできたダンデのロトムが、彼らの目前で画像を展開しながらデータを読み上げた。
《場所は、ナックルシティ郊外、城壁の外れにある高台の、歴史の深い住宅街の一角。築年数約百二十年の貴族邸宅を大改修し、現代的な居住設備を完備している。歴史的建造物としての外観を維持しつつ、最新式のセキュリティシステムを導入。防犯性能は国内随一を誇る》
「……」
《常駐スタッフはバトラー一人、イエッサン二体、その他バトラー管轄の生活支援ポケモン数体。定期訪問として、料理人、庭師、プール等設備管理業者。生活に関わる雑事は基本、バトラーの采配に任される》
「……」
《敷地面積、約三千㎡、庭園部分約千㎡。建物地上三階、地下二階、居住空間の他、研究室二室、資料保管庫、トレーニングルーム、ポケモンルーム》
「……」
《居室三室、客室三室、書斎二室、応接室一室。生活空間として、リビングルーム、ダイニングルーム、朝食室。キッチンおよびバックキッチンを完備》
「……」
《バスルーム四室、他シャワールーム三室、レストルーム五室、ポケモン用洗浄・ケアスペース各種》
「……」
《地下施設にはポケモン用ボール保管設備『レストレーション・ベイ』、非常用電源、備蓄庫。敷地内にはポケモン用トレーニングフィールド、温水プール、温室、ガアタク専用発着ポート、使用人棟――》
「……」
 滔々と流れるロトムの説明と、画面に映る重厚な邸宅。ソニアはほとんど考えることを放棄していた。ぼんやりと遠い眼差しをしているソニアを楽しげに見つめながら、ダンデはやわらかく瞳を細める。
「それで、ソニア、もう一度聞くが、今日はどこで眠る?」
「……ブラッシーに、帰るぅ……」
「却下だぜ!」
 朗らかな笑い声をあげて、ダンデはソニアを力いっぱい抱きしめた。


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