challenge
#49.信じる【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】
2026/08/18 20:17【お題】ダンデ×ソニア
「ソニアさん、お疲れさまで~す」
突然現れたチャンピオンの姿に、ナックルシティ王立アカデミアの大講堂にざわめきが走った。
「え、ユウリ?」
使った資料をまとめながら、数人の学生に囲まれていたソニアが驚いたように声を上げる。ほとんどの人数が退席していたとはいえ、大講堂に残っていた聴講生たちは、ユウリの登場に浮足立った。
「え、チャンピオンユウリだ!?」
「やば、本物?」
あちこちから声が上がり、スマホロトムが向けられる。ユウリは慣れた様子でほほ笑みながら、けれど迷いなくソニアへと近付いていった。
「ソニアさ~ん、このあと暇ですかぁ?」
「え、う、うんまあ……え、てかユウリ、マジでなんでここに?」
混乱しているソニアが短い眉を寄せて尋ねると、ユウリはサクサクと距離を詰めてソニアの資料の入ったアタッシュケースを持ち上げる。そのままにっこりと無邪気に笑った。
「ちょうど、ナックルジムに用事があってお邪魔してたんですよぉ。そしたら、今日アカデミアでソニアさんが特別講義してるって聞いたんで、時間あったらご飯いきたいなぁって思って、来ちゃいました~」
「あ、そうなんだ……いや、来ちゃいましたってさぁ」
呆れたように眉を上げて、ソニアが苦笑する。自分が有名人である自覚があるのかないのか、ユウリはぽややんとしたいつもの様子でにこにことソニアを見やり、それからこちらに注目していた聴講生に目を向ける。
「あ、ソニア博士に質問の途中でしたか?」
「い、いいえ、だいじょうぶです! あの、チャンピオンユウリ、サインください!」
「あは、いいですよぉ」
勢いのある学生が、ソニアの講義を受けていたノートをさっと差し出す。ユウリは屈託なくさらさらとサインを始めて、それを見た聴講生たちが我も我もと集まってきた。
「あらら、すみません、あんまり時間ないので……えっと、この方まで、でお願いしますね!」
ソニアに質問をするために、壇上に上がっていた学生たちだけを示してユウリが言う。十名足らずの幸運な学生たちがきゃあきゃあとはしゃぎ、遠巻きだった聴講生たちは残念そうに声を上げながら、スマホロトムの撮影を続けていた。
ソニアはテキパキとサインをするユウリを見やりながら、さすがに様になってきたなぁ、と感心する。二年近く前、新たなチャンピオンとして脚光を浴びた時は、その人気と盛り上がりに気後れして、泣き出さんばかりに戸惑っていたのがウソのようだ。
可愛い妹分の成長をしみじみ感じつつソニアが待っていると、ユウリは惜しみないファンサービスを見せながら、テキパキと対応してソニアを振り返った。
「さ、ソニアさん、行きましょ」
「あ、うん」
アタッシュケースを持ってくれるユウリに礼を言いながら、ソニアは足早に大講堂を後にする。勝手知ったる母校の回廊を渡り、用意されていた控室に向かった。
小応接室に入ると、改めてソニアがユウリを振り返る。
「さて。いったいどうした、ユウリ?」
「え?」
ケースをテーブルに置いて、ユウリがきょとんと振り仰いだ。ソニアは講師用のかっちりとしたスーツのジャケットを脱ぎながら、見透かすような流し目を寄こす。
「なにかソニアさんに相談があるんでしょ? しかも、結構深刻で、重要で、急ぎのやつ」
「――へぅ……」
あっさりと看破されて、ユウリはごまかすでもなく素直に表情を崩した。ぺしょんと泣きべそをかくような顔を見せるユウリに、ソニアはシャツのボタンを外しながらパーテーションの奥に引っ込み、朗らかに笑う。
「あははっ、わかりやすすぎ! バトルの時の強気なポーカーフェイスはどうした?」
「うう~、ソニアさぁん、聞いてください~」
「はいはい聞く聞く。わざわざナックルまで来たんだもんね、最優先で聞いたげるわよ。落ち着ける場所に連れてったげるから、ちょい待ってなさい」
パーテーション越しに衣擦れの音が続き、五分もしないうちに私服に着替えたソニアが顔を出した。すっかりしょげ返っているようなユウリを追い立て、ナックル王立アカデミアにほど近い路地裏の一角にある、古いが重厚な雰囲気のある老舗のカフェへと向かう。時間帯的に、そろそろ夜のパブとしてのメニューも始まりそうなタイミングだった。
顔なじみのマスターににっこりと笑いかけると、彼はソニアに気づいて奥の席へと案内してくれた。観葉植物の影になったボックス席は、半個室のような形態でとても居心地がいい。ソニアとユウリが席に落ち着くと、ソニアは慣れた様子でメニューを開いた。
「さて、なにが食べたい気分? おススメはねぇ……」
サクサクと注文を終え、テーブルに美味しそうな料理が並ぶ。ユウリはナナシスカッシュのストローにくちびるを付けながら、しゅんとした様子でそれらを眺めていた。
緊張する講義を終え、すっかり空腹になっていたソニアは、構わずにローストビーフサンドウィッチにかぶりつく。そのざっかけない様子に、とうとうユウリは降参するように呻いた。
「はぅ~……ソニアさん、聞いてぇ」
「聞くってば。あんた待ちだよ。でも、まあ落ち着いて美味しいもの食べてからでもいいっしょ。さ、ほら食べなって」
ソニアは言いながら、ユウリの取り皿におススメの料理をポイポイと乗せた。ユウリは仕方なくそれに手を伸ばし、もそもそと食べ始め、きらりと瞳を輝かせる。
「んっ! んまっ、おいしっ、ソニアさんこれ美味しいよぉ」
「でっしょ? ハイこれもお食べ」
「ん~、とろっとろ! やぁん、好きな味だ~」
いつの間にか深刻な顔も忘れて旺盛な食欲を見せるユウリに、ソニアはにんまりとほほ笑んだ。
テーブルの料理があらかた片付き、食後のデザートが運ばれてきた頃、ユウリは少しだけ恥ずかしそうに俯いて言った。
「……今日、ね、朝からなにも食べてなくて……」
「こら。若い娘がそんな不摂生しちゃだめでしょ」
「うう、はぁい……でも、食欲なくって……」
「なにか悩み事? チャンピオン業……じゃ、ないよね。ここに来てわたしに頼るってことは、一択だ」
紅茶のカップを傾けるソニアが言うと、ユウリはようやく本題を口にした。
「……ホップ、他に好きな子できちゃってるかも……」
「いやない」
ズバリと言い切るソニアに、ユウリはうりゅんとおおきな瞳を潤ませた。
「ノータイムで言い切るぅ……」
「あったり前でしょ。わたしの目をごまかしてホップがそんなこころ変わりしてたら、ユウリの言うことなんでも聞いたげる」
「……一週間、移動の時はダンデさんにお姫様抱っこしてもらうこと」
「い~いよ~。なんなら、五分に一回濃厚なキスでも見せようか?」
にやにやと笑うソニアの余裕な様子に、ユウリは複雑な表情でへにゃりと眉を下げた。頼りになる姉貴分の断言に、ほんの少し勇気が湧いてくる。
ソニアはソルベにスプーンを沈ませて、長い睫毛を上向かせた。
「それで? なんでそんなこと思ったの?」
「……これ、ホップの研究室のSNSにアップされてたんだけど……」
ユウリはバッグからスマホロトムを取り出して、すいすいとスワイプしてみせた。画面をソニアの方へ向ける。そこには、幾人かの学生がにこやかに笑ってポーズをとる写真があった。
なにかの調査に出ているような装備で、ワイルドエリアらしきところを背景に、ホップが笑っている。写真の中央に映る彼の隣には、きれい系の女の子。ホップより幾分か年かさの、けれど弾けるような若さが魅力的な彼女は、堂々とホップにしなだれかかってポーズをとっていた。
「……あれ?」
その女の子の顔に、ソニアは見覚えがあった。今日のソニアの講義に出席し、最後まで質問しに来てくれた学生の中の一人だ。
そう思って顔を上げると、ユウリはわずかに後ろめたそうな表情で視線をそらしている。わざわざアカデミアの講堂にまでソニアを迎えに来た意図に気づき、思わず呆れてしまった。
「いやいやユウリ……このくらい、学生なら普通だって。この女の子がホップを狙ってるとか、そういうの心配してる?」
「……」
ソニアの言葉に、ユウリが悲しげに俯く。ソニアはハッと自分のくちびるを押さえて、それから真剣に頭を下げた。
「ごめん! いまのはなかった。ノンデリ。撤回して謝罪します」
「……いいの。ソニアさんの言う通りだもん……」
ぽつんと呟いて、ユウリは笑う。泣きそうな顔でそんなことを言う妹分に、ソニアはますます自己嫌悪に陥った。
学生なら当たり前。心配のしすぎ。そんなことを言われて、安心できるわけがない。ソニアにだって、痛いほど経験があるそのジレンマを、どうして忘れてしまったんだろう。
十六歳の未熟な自分を思い出して、ソニアは重々しくため息をついた。
「いや……ほんとに、無神経だったわ……自分だって、ユウリくらいの時、のたうち回るくらい不安だったのにさぁ」
「――ソニアさんも?」
「うん。わたしの場合、付き合うどころかまっっっ……たく脈ナシの、ただの幼馴染で、ていうか、幼馴染と言っていいかすら怪しいくらいの距離が、物理的にも精神的にもあって……それなのに、グズグズと諦めきれなくて、でもなにもできなくて……いや、ユウリとホップに比べたら、ものすっごいヘタレだったわぁ……」
ソニアの独白に、ユウリは赤く染まった瞳をまるく見開いた。それから、少し気を取り直したように前のめりになる。
「そのころ、ダンデさんって誰かとお付き合いとかしてたんですか?」
「いや、そういう話は聞いてない……でも、噂はすっごいあったよ」
向かうところ敵なしの、最強のチャンピオン。清廉潔白なパブリックイメージと、誰をも魅了する圧倒的な求心力のある彼は、引く手あまたの人気者だった。リーグの完璧な庇護があったので、決定的なスキャンダルには至らなかったが、真偽不明のゴシップには枚挙に暇がないほどで。
それを、ガラルから遠く離れた地で漏れ聞いては、いちいち落ち込んだり開き直ったり、ティーンのソニアの情緒は台風の渦中にあるようだった。
そのことを思い出して、ソニアは改めて、スマホロトムの写真を見つめる。
「……ユウリは、この写真を見たから不安になったんじゃないんでしょ? これはただのきっかけで、本当はずっと、不安なんだよね」
「……」
その言葉に、ユウリは素直にこくんと頷く。さらりと揺れた薄茶の髪の下、滑らかな頬に睫毛の影を落として呟いた。
「……ホップがアカデミアに入学してから、ずっと、不安で、寂しい。いままでも、なかなか会えなかったりしたけど……アカデミアには、きれいな女の子とか、かわいい子とか、なにより、ホップの研究や将来についていける優秀な子がいっぱいいるから……」
そう言って、弱冠十六歳の若きディフェンディングチャンピオンは、どこまでも自信がなさそうに俯く。ポケモンバトルにおいては、伝説のチャンピオンであるダンデを向こうに回したって怯まない彼女が、たったひとつの恋心に打ちのめされて、満身創痍だ。
ソニアは優しげに瞳を細め、穏やかに言った。
「そういうふうに、ユウリが思ってること、ホップには言った?」
「……言えないよ……だって、ホップは全然悪くないのに、わたしが勝手に疑ってるみたいで……」
「疑わしいことは、疑わしいじゃん」
ハキっと言うソニアに、ユウリは恨めし気に視線を上げる。
「……さっき、ノータイムでそれはないって……」
「いや、わたしがそう思うことと、ユウリが不安に思うことは別じゃん。ついでに、ホップが悪くないことと、ユウリが疑っちゃうことも、別」
「え?」
きょとんと目をまるくするユウリに、ソニアはやわらかくほほ笑む。
「ユウリ、ホップのこと信じなきゃって思ってるでしょ?」
「……ん」
「信じてる以上、疑いをかけたり、ちょっとのことで文句言ったりするのは、ダメだって思ってる」
「うん」
「いーんだって、疑って。文句言って、確認して、安心させてもらえばいいの」
「えっ」
ソニアの言葉に、ユウリはぽかんと口を開く。ソニアは真っ直ぐにユウリと視線を合わせ、諭すように続けた。
「信じるってことは、相手のすべてに寛容であるってことじゃないのよ。不安に思うこころも、疑ってしまうこころも、信じてる上で生まれてしまうものなの。自分の中の違和感を無視するのは、信じてるんじゃなくて、逃げてるだけ」
「……逃げてる……」
「だから、ちゃんとホップに確かめるの。自分がいま、こんなことを心配してる、不安に思ってる、ってきちんと打ち明けて、その上で、ホップの気持ちを確かめる。束縛したっていいのよ、たまにはね」
そう言って、ソニアがウインクをする。ユウリは白桃のようなほほをピンクに染めて、まろやかな琥珀の瞳を輝かせた。
「束縛……しちゃっていいの?」
「いいのいいの。わたしのことだけ見てよ! って、きっちり釘刺しなさい」
「でも、ホップはそもそも疑われるようなことしてないのに」
「こんな無防備に写真に映っといて?」
「だってソニアさん、学生だったらこんなの普通って」
「撤回したじゃん。てゆうか、普通だったらなによ、みんながしてりゃなんでも許されるわけ? それをユウリが嫌だって思うことの方が大事じゃん?」
「でも……そんなこと言って、ホップが困っちゃったら……」
「おばか。検証する前から結論を出すんじゃないの。先入観は一番の敵だよ。そもそも、ホップが困ったらなによ。困らせればいいじゃん」
「えっ」
「困ったら、あの子は代案を出すわよ。どうすれば、ユウリが不安にならず、自分にも実行可能な解決策が出せるか、とことん考える。ホップって、そーゆー奴じゃん?」
ソニアの言葉に、ユウリはハッとしたように目を瞠った。その眼差しは、まるでバトルに対峙するような、胸躍る高揚感に輝き始める。
「……そ、だよね。ホップなら、一緒に考えてくれるよね」
「そうそう。万が一にも、うやむやにはしないわよ~。あの子、そういうの一番嫌うじゃん」
「うんうん! わたしがどうして不安に思うのか、ひとつひとつ理由を見つけて、説明したり対策したり、解決策を考えてくれる!」
「ね? 悩んでる暇があったら、ホップにぶっちゃけちゃった方が早いって」
ニッとソニアが笑う。ユウリは紅潮した頬で嬉しげに破顔した。
「はい! ありがとう、ソニアさん! 勇気が湧いてきたっ」
「その調子。さあほら、早いとこホップのところに行きなさい。ナックルの寮は、門限まだだよ」
「うんっ! あ、お勘定……」
「お姉さんがおごったげる。その代わり、ホップとちゃんと話して、不安がなくなったらまたおいで。待ってるからね」
にっこりと笑うソニアに、ユウリは嬉しそうに破顔した。
「はいっ! また連絡しますっ」
そう言って、風のように去って行く。その軽やかな後ろ姿を見送って、ソニアは満足げに頬杖をついた。
「あ~……青春」
羨ましそうに呟いて、遠い街の恋人に思いを馳せる。
……会いに行っちゃおうかな。
妹分の可愛らしい恋心に当てられて、柄にもないことを思いながら、ソニアはカバンの中のスマホロトムをそっと呼び出した。
