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#45.振られる【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】

2026/08/10 16:34
【お題】ダンデ×ソニア



『ごめんね……その日は、大事な用事があるんだ』
 ユウリの申し訳なさそうな声に、ホップは一瞬ドキリと心臓を跳ねさせた。
「あ……あ、そっか。じゃあ仕方ないんだぞ。また今度、時間が合った時に行こうぜ」
『うん! あっ、呼ばれてるや……じゃあ、また連絡するね!』
 ざわめく電話の向こう、シュートシティの賑わいに思いを馳せて、ホップはスマホロトムの通話を閉じる。
「……はぁ」
 そのまま、肩を落としてため息をつく彼の背中に、ソニアの観察するような視線が突き刺さっていた。業務の合間の休憩時間、なにをしようとも助手の自由なのだが……
「……あのさ、あんた、プライバシーとか気にしないの?」
「……ん?」
 振り返ったホップが、柵を超えられずにうろうろしている仔ウールーのように情けない顔をしている。それを見て、ソニアは呆れを通り越して思わず笑ってしまった。
「あははっ! もー、相手わたしだからって気ぃ抜きすぎ! 男の子の見栄はどうした?」
「……いまさらソニア相手に見栄張ったって仕方ないんだぞ……」
「いや正論か!」
 気の利いた返しもできないほど落ち込んでいる弟分に、ソニアはやれやれと肩を竦める。それから、対面の席に用意してやった紅茶を指して言った。
「まあ、お座りなさい。お姉さんが、悩みを聞いて進ぜよう」
「……面白がってるだろ、ソニア」
「馬鹿言っちゃいけないよ、面白がってなんかない。楽しんでるだ~け」
「余計悪い!」
 むくれたようにほほを膨らませながらも、結局素直に席に座ったホップは、お茶菓子のクッキーに手を伸ばし、数枚一気に頬張った。ソニアはワンパチ型マグを両手に持ってそれを眺め、にやにやと笑う。
「そんで? ユウリにデートのお誘いして、フラれちゃったの?」
「そうだよ。聞いてただろ」
「そりゃ、あんたが堂々と職場で電話始めるから」
「はぁ……久しぶりにオフが合うって思って、結構楽しみにしてたんだけどな……」
 チャンピオンシップが終わり、初防衛を果たしたユウリの周囲はしばらく気忙しかった。同時に、ホップもナックルシティ王立アカデミアへの飛び級入学の準備などでバタバタしていて、気づけば二か月以上顔を見ない状態になっている。
 思えば、ユウリがガラルに引っ越してきて友だちになり、あっという間にジムチャレンジが始まって、濃密な時間を過ごすうち、知らぬ間に心身ともに距離が縮まっていた。普通の学校生活で仲良くなるよりも、お互いがお互いの内面、人生観、将来の夢などを詳しく知り合い、かけがえのない存在になって、傍にいるのが当たり前だと思い合う、そんな相手になっていて。
 シュートシティとハロンタウンに分かれても、その交流は変わらずに濃密で、ずっと切磋琢磨を続けている。忙しい中も時間を見つけ、交流を続け、そんなふうに過ごすうちに、自然とはっきり自覚してきた恋心。
 15歳なりに真剣に、大切にその想いを育てている、まさにそんな時の、二か月は長い。
「ま、そういう時もあるわよ。チャンピオンと博士助手……イバラの道だってわかっててチャレンジしてるんでしょ?」
 理路整然と言うソニアに、ホップは複雑そうに眉を寄せる。
「そりゃあ……アニキとソニアが断念したくらい、厳しい道だってのはわかってる」
「いや、断念って……わたしたちの場合は、あんたたちほどはっきりとお互いを意識してなかったっつーか……」
「でも、ソニアはやっぱりポケモン博士への道を最短距離で走りきるために、アニキとのことは一旦置いておく決断をしてたんだろ?」
「いやいやいや、それは結果論であって、そんな立派な決断なんかしてないって! そもそも、ダンデくんと両思いになりたいとか、そんなふうに思ってなかったっていうか」
「ああ、ソニア自覚遅かったもんな」
「って、あんたはわたしのなにを知ってるってのさ!」
「いまさらオレ相手に見栄を張ったって無意味だぞ」
「うぐぅっ……」
 鮮やかに切り返されて、ソニアは唸る。弟のように……いやもう、ほぼ実弟として接してきた少年には、気づかないうちに色々と駄々洩れになっていたのだろう。まして彼は、兄が母親の胎内に忘れていったデリカシーをすべて搭載して生まれてきたほど聡い少年だ。
 すっかり形勢逆転されかけていることに、ソニアは軌道修正をするべく紅茶をすすった。
「まあ……とにかく。ちょっと会えないくらいで弱音を吐いてるようじゃ、まだまだだぞ、助手くん。もうすぐ16歳になろうって青少年が、情けない」
「歳は関係ないだろ。アニキだって、ソニアに会えない時はすごい落ち込むぞ」
「だ、だからダンデくんとわたしの話はいいっての……え、ていうか、落ち込むの?」
 ほほを染めて問い返すソニアに、ホップは素直に頷く。
「露骨に表に出すわけじゃないけどな、オレにはわかるぞ。オレはアニキの一番のファンだからな!」
「へ、へぇ~……ちなみに、どんなふうに?」
「そうだな、めちゃくちゃ筋トレ始める」
「……ん?」
「なんか、雑念を払う? って感じで、四六時中動いてるぞ。実家のトレーニング器具が増えるのって、ソニアが留学したり、調査で遠出したりするタイミングが多い」
「……それは、単なる趣味では……?」
「アニキの立派な筋肉は、ソニアのおかげでもあるんだぞ」
「い、嫌な功績だなぁ~~~」
 若干引き気味にソニアが言うと、ホップは少年らしい幼さから脱却しつつある、固いほほの線にニヤリとした笑みを浮かべた。
「だから、結婚したらアニキのスタイルに気をつけてくれよ。ソニアとずっと一緒だからって油断して、トレーニングやめたら大変だ」
「なにそれ、わたしのせいなの?」
「結婚太りとかしたら、ファンが嘆くぞ」
「そんなところまでは面倒見切れないわよ……」
 ごにょごにょと不明瞭に呟いて、ソニアは紅茶を飲み干す。それから、さて、と気持ちを切り替えた。
「そろそろ業務再開しよっか。あ、そうだ、不在票の荷物、受け取りに行かなきゃ!」
「郵便局? オレ行ってくるぞ」
「お願いね。あ、それから、帰りがけにきのみ屋さんでお遣い頼むわ」
「きのみ屋? 今日はカレーか?」
「ご明察。ちょっと多めに買ってきて」
「てことは……アニキが来るのか?」
 問いかけると、ソニアはキッチンに立ちながらそう、と答える。
「このあと、打ち合わせで寄るって連絡があったの。エンジンジムの視察の後だって」
 そう言っているうちに、開け放っていた窓の向こうから大型有翼ポケモンの羽ばたき音が届いてきた。噂をすればだね、とソニアが笑い、ホップは嬉しそうに窓に駆け寄る。
 青い空から悠然と滑空してきた美しいオレンジ色は、堂々とした羽ばたきでふわりと地に降りる。その背中から、颯爽と飛び降りた人物は、窓に張り付く弟に気づいてニカッと朗らかに笑った。
「よう、ホップ!」
「アニキ、いらっしゃい!」
 玄関に駆け寄ってきたホップに、ダンデがゴツンゴツンと腕を合わせる。最近お気に入りの挨拶を交わした兄弟は、リザードンにも親しげに声をかけ、研究所の中へ入ってきた。
「いらっしゃい、ダンデくん、リザードン」
「お邪魔するぜ。これ、言われてた資料だ。カブさんから預かってきた」
「ありがとうございまーす」
 屈託なく使い走りをしてくれる委員長様に、ソニアは恭しく礼を言って受け取る。ズシリと厚いその封筒に、ワクワクと瞳が煌めいた。
「カブさん、いっつもめっちゃ資料くれる……神~」
「勤勉なひとだからな。あ、それから、近々エンジンのガラル粒子計測が予定されてるだろ? その件で、ちょっと相談があるって言ってたぜ」
「ン、オッケ。あとで連絡する……あ、そうだ、今度研究所主体で実施する、エンジン、ターフ、バウの合同研修会の件なんだけど……」
 そのまま仕事の話になだれ込むふたりに、ホップは急いで声をかける。
「ソニア、オレちゃっちゃと郵便局とか行ってくるぜ」
 早めにお遣いを済ませれば、その分ダンデと話す時間も取れる。最近、アニキをソニアに取られっぱなしなので――別にそれに不満はないけれど、ちょっとだけ寂しくもある――今日は久々に、色んな話がしたい。
 そんなことを思っていたホップに、ダンデはさらに嬉しい声をかけた。
「ちょっと待ってくれ、ホップ。おまえの予定が聞きたかったんだ」
「え? オレの予定?」
「今週末、空いてるか?」
「えっ」
 パッと顔を輝かせて、ホップが黄金の瞳を瞠った。ちょうど今さっき、ユウリにフラれて全部の予定がパアになったところだ!
「空いてるぞ!」
「お、じゃあ、久しぶりにワイルドエリアに行かないか?」
「えっ! マジか、行きたいぞ!!」
 興奮したように高い声を上げるホップに、ダンデは嬉しそうにニカッと破顔する。
「やったぜ。じゃあ、兄弟水入らずのキャンプだな」
「オレたちだけ? ソニアは?」
 週末のダンデは、ソニアのもの。彼らが恋人になってから、なんとなくそんなふうに遠慮していたホップに、ソニアは軽く肩を竦める。
「わたしは大事な用事があるの。だから、遠慮なくお兄ちゃんを独り占めしていいわよ」
「大事な用事?」
 どこかで聞いたな……と思いながらも、ホップは目先の嬉しさに目が眩んでしまう。久しぶりにダンデとふたりで出かけられる喜びが、素直に胸を満たした。
「アニキ! オレ最近、新しい戦術を研究してるんだ。実験台になってくれないか?」
「おお、もちろんだぜ! 興味あるな、ホップの戦術……初手は誰だ?」
「えっと……」
「はいはい、その話はあとにしなさい。ホップ、ちゃっちゃとお遣いすませて早く帰っておいで。今日はあんたたちの家でカレーパーティーだよ」
「え、うちで!? やった、行ってきます!」
 途端に、跳ねるようにして玄関を飛び出していく弟の背中には、まるで羽が生えているように軽やかだ。子供でもない、大人とも言い切れない微妙な年齢だというのに、どこまでも真っ直ぐで素直な気性の彼を、兄と姉代わりは愛おしそうに見送る。
「あ~~~~……可愛いな」
「異議なし」
 おもむろに唸るダンデに、ソニアはくすくすと笑う。傍らで同意するようにぐるうと唸ったリザードンを優しく撫でてやり、かれのためにミックスオレを、ダンデのために紅茶を淹れようとキッチンに向かったその背中に続き、ダンデはそれで、と呟いた。
「今週末の段取りは?」
「ん、ばっちり。ユウリがちょっぴり馬鹿正直すぎて、ホップが落ち込んじゃうところまで織り込み済み」
「ははは、やっぱりか。じゃあ、責任もって気分を上げとかないとな」
 朗らかに笑って、ダンデが紅茶を蒸らすソニアの傍らに寄る。するりと腰に腕を回してきた男に、ソニアは少し意地悪げに眉を上げた。
「なあに、弟と遊ぶ埋め合わせに、恋人もかまってあげようって?」
「どっちかって言うと、埋め合わせをするのはソニアの方じゃないか? オレはきみの依頼で、ホップを誘い出したんだぜ」
 耳元で囁くダンデに、ソニアはくすぐったそうに身を捩る。
「だって、ユウリがおばさま直伝でホップの好物を教わる時に、見つかっちゃったら台無しじゃない……それに、どっちにしたってダンデくんもそろそろホップ成分を摂取したかったでしょ」
「お見通しか。まあ、それはそれとして、今週末会えない分、ソニア成分も補充しないとな……」
 軽く彼女のこめかみにくちづけるダンデに、ソニアは仕方ないな、とうそぶきながら身を捩った。正面から彼の首に手を回し、悪戯っぽくほほ笑む。
「それにしても……ホップの誕生日に、好物を作ってあげたい、なんて……ユウリも乙女だよねえ。可愛くてキュンキュンしちゃう」
 その言葉に、ダンデもやわらかくほほ笑んだ。
「母さんとの段取りや橋渡しを買って出るなんて、ソニアはすっかりユウリくんの『姉』みたいだな」
「ふふ、そうかもね。好きな子のお母さんに緊張しちゃうって気持ちもわかるし、それでもお料理を習いたいって乙女心は、応援したくなるっしょ」
「ソニアは、好きな子のお母さんに緊張したことなんてないだろ?」
「断言するね?」
「だって、ほぼきみの母親みたいなポジションじゃないか。むしろオレより仲がいいんじゃないか?」
「んっふふふふ……悔しい? ダンデくん……」
 甘く囁いて、ソニアが上目遣いにダンデを見上げる。ダンデは蕩けるように笑いながら、その甘いくちびるめがけて囁きを落とした。
「……嬉しい」
 かすれた想いを飲み込んで、ソニアは幸せなキスにうっとりと瞳を瞑った。


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