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#44.眠る【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】

2026/08/08 11:37
【お題】ダンデ×ソニア



「うぉっ、めっずらし」
 シュートスタジアムのポケモンリーグ委員長室。前任者であるローズの小粋な趣味の名残がある、ラグジュアリーであり非常に機能的なその部屋は、主がダンデに変わって以降も、特に変更する点もなく内装はそのままだった。
 インテリアにはなんのこだわりもないダンデは、己の城にも興味を向けない。なので、彼の大柄な身体では少々窮屈な二人掛けのしゃれたソファに寝そべっているのは、傍目にも寝苦しそうに見える。
 ましてその傍らに、もうひとりいるともなればなおさらで。
「あ、ども。お疲れ様です」
 多少照れたような声音で言ったソニアは、自分の膝の上に頭を乗せている男とキバナとを交互に見やり、居心地が悪そうにへらりと笑った。キバナはサクサクとこちらにやってくると、高い位置にある腰を折り曲げるようにしてダンデの寝顔を見下ろす。
「へ~。マジ寝?」
「マジ寝」
 気さくに答えて、ソニアは手にしていた報告書をローテーブルに乗せた。それから、申し訳なさそうに肩を竦める。
「こうなるともう、梃子でも起きないから……ごめんなさい、お茶、セルフでお願いします」
「え、起きない?」
 きょとんとキバナの目が丸くなる。重力に逆らわないその垂れた目じりが、これ以上なく見開かれていて、ソニアはつられるように眉を上げた。
「うん、起きない。だから、普通に話してもだいじょうぶだよ」
「嘘だろ? ダンデだぜ?」
「んん?」
 噛みあわない会話に、ソニアが眉を寄せる。キバナはダンデがソニアの膝枕で眠っている二人掛けのソファの対面、一人掛けのウィングチェアに腰を下ろして、窮屈そうに長い脚を折り曲げた。
「こいつ、野生のポケモン並みに眠りが浅いだろ」
「え?」
 ぽかんと口を開くソニアは、次の瞬間けたけたと笑った。大声ではないが、膝に乗った男に遠慮するようでもない。
「ナイナイ、それはない。ダンデくん昔から、一度寝たら起きないよ。昔、ウールー小屋で寝落ちして、仔ウールーにつつき回されても全然起きなくて、藁山から転げ落ちたこともあるくらい」
「ええ……マジかよ。何度か一緒にキャンプに行ったけど、こいつスイッチが切れるみたいにいきなり寝て、そうかと思えば野生ポケモンの気配にノータイムで跳ね起きて、一気に飛び出していくんだぜ」
「あー、ワイルドエリアではそうかもね。でも、普段はちょっとやそっとじゃ起きない」
「いやいや、こいつんちに泊まった時も、雑魚寝して夜目が覚めて、水飲もーってちょっと動いただけでバチッと起きて「どうした、キバナ!」って、めっちゃテンション高く聞かれるぜ。そんで大体寝起きの悪いネズに蹴り飛ばされる」
「あははっ、マジで? おっかしいな、その時たまたまなんじゃないの?」
 大口を開けて笑うソニアの膝では、ダンデの頭も揺れている。本当に遠慮のない様子に、キバナはダンデがすでに起きているんだろうと目を細めて見やった。
「おい、ダンデ。起きてんだろ?」
 けれど、彼は返事をせず、その様子を見下ろしたソニアがくすくすと笑う。
「んーん、マジ寝。爆睡中だから、あと十五分はこのままだね」
「嘘だろ……絶対起きてるって」
「起きてないんだなーこれが」
 膝に散らばるダンデの髪を、ソニアはひょいっと持ち上げてさらさらと落とす。ダンデはソニアの腹側に顔を傾けて、ほほにかかった髪をむずがるように唸った。
「んん……」
 ぐり、とソニアの太ももにすり寄り、寝ぼけたように手を上げて髪を払う仕草をする。それから深く息を吐き、満足そうにまた寝入った。
「ね?」
 ソニアは苦笑しながら、ダンデのほほにかかる髪を丁寧に摘まみ上げ、彼の額から脇に梳いて整える。その慈愛に満ちた仕草と穏やかな笑みは、まるで聖母のようだった。
 キバナはその様子を、呆気にとられて見つめている。ダンデの足のふくらはぎくらいから先が、ソファから飛び出ている決して寝心地がいいとはいえない狭い空間で、けれど頑なにソニアの膝を手放そうとしないその様子に、にやにやと笑いが込みあがった。
「あー……なるほどねえ。ソニアちゃんの傍だと、こうなるのか」
「え、わたしの? いやいや、ダンデくんはだいたいこうだって」
「だいたい? 家族や友人の前でも?」
「家族の前は……うーん、どっちかっていうと寝起きよかったかな? ほら、ダンデくんはホップの前だとカッコつけたがるし、おばさまたちにはあんまり面倒かけないようにしてるところあるし……そうだね、友達、は~……いや、そもそもスクールとかでは寝たことないかな。活発な子供時代だったし」
「ほら見ろ」
「えー、う~ん、そう言われるとなぁ。たまたま幼馴染だから、こういうところを見る機会が多かっただけだよ、わたし」
 あくまでも言い張るソニアに、キバナははあ、とため息を吐く。馬に蹴られる案件になりそうだが、たまにはソニアも自分の価値をきちんと理解したっていいだろう。
 キバナは椅子の背もたれにもたれかかり、長い脚を組んだ。膝頭に腕を乗せて、現役モデルの面目躍如のごとく、恐ろしく粋な姿勢でほほ笑む。
「警戒心の強いポケモンっているだろ」
「え、うん?」
 突然変わった話題に、ソニアはぱちくりと目を見開いた。キバナはあくまで楽しげに笑っている。
「野生個体の時はもちろんだけど、手持ちになってもなかなか懐かないやつとか。そういうのを馴らす時、どうする?」
「そうね、まずは、その子の特性、生育状況、遺伝的な得手不得手を調べて、適した環境を整えてあげるかな。そのうえで、接する時間を増やす。ただ、人間との距離感でストレスを感じるタイプには特に注意が必要ね」
「お見事」
 その一瞬でさらさらと要点をまとめる聡明さに、キバナはにっこりと笑う。それから、彼女の膝に憩う薄明の塊を指さした。
「そいつも、おんなじなんだよな」
「うん?」
 ソニアが小首を傾げる。あくまで理知的な彼女の鈍感な様子に、幼馴染同士ってのも難儀なもんだよな、とキバナは内心苦笑した。
「ダンデも、警戒心の強い男だよ。誰にでもオープンで、垣根がないように振舞いながら、その線引きは絶対だ。ましてこいつはガキの頃から大人に交じってテッペン張って、油断できない世界で生きてきた。世間が思うような、豪放磊落なタイプじゃないぜ」
「……」
 ソニアは静かに視線を下げ、自分の膝で眠る幼馴染を見つめた。わずかにくちびるを開き、あどけない様子で油断しきっているその寝顔に、そっと呟く。
「……そうなの? ダンデくん」
 ソニアに見せている顔と、違う面があることはわかっている。幼い頃からチャンピオンとして人前に出て、国の名を背負うような功績を上げてきたダンデは、シーンごとにたくさんの顔を使い分けているのだろう。
 大人ならば、誰しも大なり小なりそういう処世術は学ぶ。けれど、ダンデはほんの子供の頃から、それを強いられてきた。わかっていたことなのに、改めてその過酷さを思うと、ソニアは胸が締め付けられる。
 完全に力の抜かれた男の頭が、重たく熱い。なにも警戒せず、なんの心配もないようにソニアに身を預けるダンデの存在を、彼女は心底愛おしく感じた。
「……ま、オレさまとしては、こんな気の抜けたレアダンデが見られただけでも満足だけど……」
 突然、キバナがハキハキと声を上げる。はっとしてソニアが顔を上げると、正面でにやにやと人の悪い笑みを浮かべるキバナと目が合って、思わず顔を赤く染めた。
「え、なに?」
「いやー、ポケモントレーナーとして、やっぱひとつ検証したいなって思って」
「検証?」
 要領の得ないキバナの言葉に、ソニアがぽかんとする。そんな彼女の対面で、ナックルの伊達男の異名を誇る青年が、すうっと雰囲気を変えた。
 とろりと細められた視線は、まるで狩りをするドラゴンのように油断なく光る。だが、そこに敵意や害意はなく、むしろ甘い誘惑を帯びるような眼差しで、ソニアの瞳を縫い留めた。
「……警戒心の強いポケモンほど、手持ちにすると顕著な特性があるだろ?」
「え、あ……えと、絆が、強くなりやすい?」
 舌先がしびれるような緊張感に、ソニアはわけもわからず上ずった声を上げる。バトル中にも、仕事中にも見せない、初めて目にするキバナの独特な雰囲気に呑まれて、パニックになった。必死に頭を回転させて、会話に集中しようと努める。
 キバナはゆっくりと背もたれから身体を起こし、わずかに小首を傾げる。立派な体躯の男の、そのあざとい仕草に不思議と惹きこまれた。
「そう。絆が強くなる……つまり、懐くんだよ。手間をかけて、愛情を持って、その強い警戒心を一枚一枚丁寧に剝いでやると……残るのは純粋な、溺れるほどの、愛情」
「……」
「そういうポケモンに愛されたトレーナーはな……」
 ゆっくりと、蜜のように囁きながら、キバナの長い腕がテーブルにつき、その上半身が傾いてくる。ローテーブルを乗り越えて、じわりじわりとこちらに近づく、恐ろしいほど整った男の顔に、ソニアは居竦んだように硬直していた。
 ソニアの鼻先、わずか十五センチほどの距離まで迫ったドラゴンの、輝く瞳がニッと細まる。
「一生、逃げられない」
「っ!」
 腰に響くような低音のキバナの囁きと同時に、ソニアの膝の上に乗っていたダンデの頭が動いた。
 テーブルの上についていたキバナの浅黒い腕が、おおきな手にギュッと掴まれている。その容赦のない力とスピードに、キバナはじろりと視線を向け、ダンデが目をつぶったままでいることに唖然と口を開いた。
「……ええっ!? 起きてねえの!?」
「……あ、えっと、起き……そうかな?」
 はっと我に返ったように、ソニアが慌ててダンデの頭を見やると、彼はキバナの手を掴んだまま、むぅぅ、と低く唸った。
 ソニアとキバナに見守られる中、バサバサと豊かなダンデの睫毛が小刻みに震え、薄く開いて瞬きをする。不機嫌そうに眉をしかめ、眩しげに瞳を細めてから、ゆっくりと目を見開いた。
「……お、キバナ。来てたのか」
「って、オマエ……マジか、マジでか、マジなのか?」
「ん?」
 不思議そうな顔をして、ダンデが瞬きをする。ソニアはそんな彼に、さすがに恥ずかしくなって声を上げた。
「ねえちょっとダンデくん! 起きたなら、離れてくれないかな」
「ああ、すまないソニア……あれ?」
 言われて、ダンデは急いで身を起こそうとし、その時はじめて自分の手がキバナの腕を掴んでいることに気づいた。
「オレはなんで、キバナを掴んでるんだ?」
 不思議そうに問いかけて、ダンデがぱっとそれを離す。解放されたキバナは、身体を起こしながら掴まれた腕を確かめ、くっきりと残った指の痕に、ひくっとほほを引きつらせた。
「はは……ダンデ、オマエ寝ながら暴力沙汰起こしたりするなよ……」
「なんの話だ?」
 むくりと起き上がり、乱れた薄明の髪で首を傾げる。本気で邪気のないダンデの様子を、キバナはうそ寒そうに見やっていた。
「まーいーや……ソニアちゃん、これはきみが気を付けた方がいいかもな」
「え?」
「ダンデが誰かに噛みつく前に、ちゃんと制御してやれよ、トレーナーとして」
「い、いやトレーナーじゃないし……」
 往生際が悪く呟きながらも、ソニアはどこか気恥ずかしくむぐむぐと口を噤む。傍らに座るダンデが、心底わけがわからないというように彼女を見やっているが、いまはまだ、その視線に向き合うことは出来なかった。


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