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#43.祈る【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】

2026/08/06 17:01
【お題】ダンデ×ソニア



 チャンピオンから退いたダンデが、満を持して主宰したガラルスタートーナメントは、回を重ねるごとに、熱狂的な支持を集めていた。
 タッグ戦の醍醐味ともいえる多彩な戦略、パートナーとのコンビネーションなどが新たなポケモンバトルの可能性を示し、伝統的なチャンピオンシップとも違った層のファンを生み出した。それによる経済効果は計り知れず、様々な業界に波及しながらガラル全土を盛り上げ、潤している。
 ガラルのみんなで、ポケモンバトルを強くしよう!
 幼いチャンピオンが標榜していた漠然とした夢は、地に足のついた未来図となって、ガラル中に実感をもたらした。
 その結果。
「世界を手に入れた男」
 シュートスタジアムの選手控室。直前まで行われていたバトルのリプレイ画面を食い入るように見つめていたダンデは、幕間に落とされた声を拾って振り返った。
「……って言われてるぞ、オマエ」
 だらしなく長い足を投げ出してベンチに座っていたキバナが、スマホロトムを眺めながら言う。肩越しに彼を見やり、ダンデはひょこりと眉を上げた。
「オレが?」
「ああ」
 頷くキバナは、どこか面白そうな顔つきでニヤリと笑った。
「今日優勝すれば、ますますその噂の信憑性が上がるな。チッ、こんな時、オマエと組むなんてつまらねぇ。対戦相手として立ちふさがって、おめでたい噂を一掃してやる方がオレさま向きなのに」
 その言葉に、ダンデも笑う。それはどこか、苦笑じみた笑みだった。
「オレもきみと戦う方が好きだが、一緒にバトルするのも楽しいぜ。思いもよらない作戦が次々浮かぶんだ」
「まあそりゃお互い様だが……」
 相変わらず真正面からこっぱずかしいことを言うライバルに、天邪鬼の気がある洒脱な男はするりと立ち上がった。少しは楽しませてくれよ、と言わんばかりにダンデの側へ立つと、にやりと犬歯を見せる。
「どんな気分だよ? 世界を手に入れるってのは」
「手に入れたことがないからわからないぜ。そもそも、チャンピオンの座から降りてるのに、その称号はおかしくないか?」
「つまんねぇこと返すな」
 くしゃっと笑って、キバナがロトムをしまう。それから漫然とスクリーンを見やり、次の試合の準備に勤しむ会場の動き、観客たちの様子を見るともなしに眺めていた。
「……本当に世界を手に入れていたのなら、オレはここにはいなかっただろうな」
「ん?」
 互いに横に並び、スクリーンを見上げながらダンデが言う。
「自分の望むものがすべて手に入った、と思えたら、きっとオレはここにはいない。世界中をさまよって、まだ見ぬなにかを追いかけてただろうな」
「……笑えねぇな」
 ありそうすぎる。ダンデという男は、昔から掴みどころがなく、目を離したらどこかへ消え去ってしまうような危うさがあった。
 彼の望みは『ガラルのみんなでポケモンバトルを強くすること』。それはまさに、ポケモンバトルに魅せられた者の強欲な願いで、自分に匹敵する強者、自分を高揚させる相手を常に求め、高みを目指す求道者の望みだ。
 だが、だからこそ、それを手に入れてしまったら。
 彼はふらりと、まだ見ぬ世界へ旅立ってしまうかもしれない。ひたすらに強者を追い求め、理想を追求し、ポケモンバトルに憑りつかれた狂者のように。
「……あ」
 そこまで考えて、キバナはふと気が付いた。この感覚は、遠い昔も感じたことがある。
 キバナとダンデの付き合いは、さかのぼればもう十年以上になる。ダンデが十歳のチャンピオンとして名乗りを上げた翌年のジムチャレンジ、破竹の勢いでファイナルを制し、第二のダンデが誕生したかと人々の熱狂を搔っ攫ったキバナ少年は、ディフェンディングチャンピオンに一歩及ばず土がついた。
 翌年からも、当然のようにファイナルに名を連ね、初年度ほどの勢いがない年もありながらも、順当にトップトレーナーとして名を上げ、最強の誉れ高いドラゴンジムリーダーを最年少で襲名し、公式戦においてダンデの手持ちを最も苦しめる、史上最強のライバルとして戦歴を重ねて、いまに至る。
 その濃密な付き合いの中、キバナはダンデの危うさを意識し、漠然と不安を感じていた期間があったことを思い出した。
「オマエさ、十六、七のころ、なんかあった?」
「ん?」
 突然の質問に、ダンデはきょとんと目をまるくした。キバナは思い出すように虚空を見上げ、形の良い顎に手を当てて唸る。
「いや、オマエのその、『ガラルから出て、どこかをさまよう』みたいな危うさが、マックスだったのそのころかな~って……」
「そんなことはないだろ。その時代も、きみをはじめとする手強いライバルがオレを満たしてくれてたぜ」
「でも、誰もオマエを倒せなかったろ」
 静かなキバナの声色に、わずかな緊張が混ざる。微妙な空気が流れ、ダンデは不意に眼差しをスクリーンへ戻した。
「……まったく考えなかったとは言わないぜ」
 やがて返った答えに、キバナは当然のように頷く。
「だろうな。ガラルのポケモンバトルのレベルを上げる方法は、なにも国内に拘泥する必要はない。たとえば、オマエが他地方に行って新たなポケモンや戦術を手に入れ、凱旋してさらにガラルを盛り立てる……なんて手段も、あながちあり得ない話じゃなかっただろ」
「ああ」
 素直に認めて、ダンデが再びキバナに視線を戻す。真っ直ぐに彼を見つめる金の瞳が、なにも隠さないように強く光っていた。
「オレに挑む者がいなかったら、もしかしたらそうしていたかもしれない」
「つまり、オレさまの手柄か」
「そうだな」
「それだけか?」
「……」
 キバナの問いに、ダンデはふと視線をそらし、スクリーンへ向ける。会場の原状復帰は大詰めを迎え、そろそろ自分たちの出番も近そうだ。
 腰に提げたモンスターボールの感触を確かめるように、ダンデはおおきな手のひらを這わせる。その確かな感触が、あの頃の自分の記憶を蘇らせた。
「――十六の歳、ソニアがガラルを出たんだ」
「ソニアちゃんが?」
 わずかに目をまるくして、それからキバナはああ、と頷く。
「確か、留学してたっけな。パルデア?」
「ああ。三年間、彼女はここにいなくて……」
「……おいまさか、ソニアちゃんがいないから、ガラルを出たくなったとか言うなよ」
 呆れたような、けれどどこか納得するような声音でキバナが言うと、ダンデは肩を竦めて苦笑した。
「まさか。さすがにそんな女々しくないぜ、オレ」
「どうだかな。実際、そのころはガラルを出ることも一考してたんだろ」
「可能性はいろいろ考えてたってだけだ。実際は、きみたちがオレを満たしてくれてたし、オレ自身まだまだガラルでやりたいことがあったしな」
 ――だが。
 ソニアがいないガラルは、どこか寂しい空洞のようで。常に傍にいたわけでもない、離れて暮らして何年も経つ遠い幼馴染の存在が、これほどに自分を揺さぶるものなのだと、苦く実感させられた。
 もしもあの頃、世界を手に入れていたら。
 迷わず、ソニアを追っていたかもしれない。
 十六歳のダンデには、そんな自覚はなかったが、二十三歳のいまになって思い起こせば、絶対にないとは言い切れない、恐ろしく信憑性の高い『もしも』だ。
 だが、そんな未来でなくてよかったと、こころから思う。
 ガラルの謎を解き明かし、ガラルの未来を共に作れるソニアがいま、傍らにいてくれることが、なによりも得難い奇跡だ。
 だから、世界などいらない。
「まあでも、実際にオマエは『世界を手に入れた男』かもなあ」
 まぜっかえすようなキバナの独白に、ダンデは少々鼻白んだ。そのまま再び長身のライバルを見上げると、彼はにやにやと人の悪い笑みを浮かべてダンデを見下ろしている。
「なんてったって、五歳のころから好きだった幼馴染の女の子と、結婚するんだもんなあ。そりゃあ、世界のすべてを手に入れたって思うだろ」
「キバナ、からかってるな?」
「いや真面目に。オマエの『世界』、ようやく完成したんじゃねえの?」
 言葉通り、真面目な声音でキバナが言う。ずいぶんとロマンティックなことを言うな、とダンデはわずかに苦笑し、それからあっさりと首を振った。
「いいや、それはない。オレの『世界』は、依然として不完全なままだ」
「およ? 初恋の女の子を手に入れても?」
「手に入れてない」
「は?」
 ダンデの言葉に、キバナは思わず高い声を上げた。来春に結婚式を控え、婚約式も堂々と済ませたはずの男が、いまさらなにを言うのだと、不穏な空気を感じ取って慌てる。
 人のいいキバナの狼狽に、ダンデはわずかに眉を上げた。
「キバナは、ソニアがオレのものになったと思ってるのか? 甘いぜ」
「は? え? いや、モノ扱いするなとか、そういう次元の話?」
「いいや、言葉通り、オレはソニアを手に入れてない」
「いやいやいや、婚約者だろ? 結婚するんだろ? だったら、手に入れたって言っても過言じゃねえだろ、お互いに」
 言葉のボーダーを探るように言うキバナに、ダンデは至極真面目な様子で答えた。
「ソニアがオレと一緒に未来を歩むことを選んでくれたのは間違いない。彼女の気持ちを疑うとか、そういう意味じゃないんだ」
「だったら」
「ソニアが明日もオレの隣にいてくれるかは、オレには決められない」
 ダンデの言葉は、字面だけを聞けばひどく情けない、弱い男の懺悔のようにも聞こえる。
 けれど、キバナの目の前に堂々と立ち、数多の敵と対峙してなお王者として君臨し続けてきた男は、絶対の自信に裏打ちされた確信で続けた。
「ポケモン勝負なら、負けない方法を考えられる。勝つための努力を続けて、必ず勝利を掴むことができる。誰かを護るために盾になることも、なにかをずっと信じ続けることも、オレはできる」
 努力と才能で、綺羅星のごとく生きた男。自分の力ですべてを掴んできた男。
 そんな彼でも、どうしても掴めない、手に入れられないもの。
「ソニアに選び続けてもらえるよう、オレは祈ることしかできない」
 どれほど努力しようとも、才能を示そうとも、なんの意味もない。
 そんな理不尽極まりない『不完全な世界』を、けれどダンデは愛している。
「……とんでもねぇノロケを聞かされたな。大事な決勝前だってのに」
 ぼやくように呻いて、キバナは額を押さえて項垂れる。ダンデは満足そうに笑った。
「ノロケに聞こえたか? 泣き言のつもりだったんだがな」
「よく言うぜ。努力も才能も通じない相手を、それでも諦める気なんざさらさらねぇくせに」
「当たり前だろう。手に入らないからって諦めてたら、いつまで経っても満たされない。小さな勝利を重ねて、いつか完全にオレのものだと思えたころ、墓場まで一緒だったら最高だな」
「怖……」
 正直な感想を呟くキバナは、さすがに付き合いきれないとため息をついた。そのころ、ちょうどよくスクリーンの中ではバトルフィールドの回復が宣言され、決勝戦のアナウンスが始まった。
「さあ、そろそろ出番だ。今日もオレを満たしてくれよ、キバナ!」
 鮮やかに切り替えるように、ダンデが笑った。心底楽しげなその顔に、キバナは呆れ半分からかい半分で瞳を細める。
「オマエを満たすのは、対戦相手じゃねえのか」
「全部だぜ。観客の声、期待、熱狂、バトルのすべてが、オレを満たす」
「不完全なオマエの世界をか?」
 まぜっかえすキバナに、ダンデはニカッと太陽のような笑みを浮かべた。
「ああ、不完全なオレの世界が、満たされる瞬間だぜ!」
 スクリーンを通して、スタジアムの熱が響いてくる。ダンデとキバナは軽く拳を合わせ、控室を後にした。


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