challenge

#40.疑う【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】

2026/07/31 17:29
【お題】ダンデ×ソニア



#34.戯れる#36.傷つくのあと、お兄ちゃん襲来のお話



「ちょっとツラ貸してくれますか、委員長」
 シュートスタジアムの会議室。来期のジム運営についての会議が終わった時、ひょこりと現れたネズがいつも通りのダウナーな雰囲気でそう話しかけてきた。
「やあ、ネズ。キミも来ていたのか」
「おう、ネズ。どしたん? スパイクタウンのジムリは妹に譲ったんだろ?」
 ダンデの傍らで彼と話していたキバナも、振り返って声を上げる。悪友たちの気さくな様子に、ネズはあくまでも仏頂面で頷いた。
「ええ、まあ。今日はあの子もお世話になりました」
 会議終了後、なにやら楽しげにユウリと一緒に部屋を出ていったマリィは、新米ジムリーダーとして頑張っている。まだまだ幼い彼女には、ポケモンバトル以外のジム運営やスパイクタウン全体の管理や調整など、手に余る責任は多かったが、ネズの代から彼をサポートするスタッフ、彼ら兄妹に理解のある協力者が、惜しみなく力を貸してくれていた。
 もちろんその急先鋒は、ガラル随一のトップトレーナーであり、押しも押されもせぬ売れっ子シンガーソングライターの兄で、彼は表舞台から身を引きつつも、裏方としてポケモンリーグとスパイクジムとの折衝に関わっている。
 妹が成人するまでの繋ぎですよ、とうそぶきながら、面倒見のいいネズの人徳は、今もってリーグに欠かせないものだった。
 そんなネズの、少々不穏な雰囲気。いつも通りと思ったが、真っ直ぐにダンデを見据えるシアンの瞳の真剣さは、付き合いの長い悪友たちにはすぐに伝わる。ダンデはわずかに居住まいを正し、傍らのキバナも軽口を封じて一歩下がった。
「なにかあったのか、ネズ?」
 ダンデの問いかけに、ネズは薄く瞳を細めた。会議室から人は捌け、この場に残っているのが自分たちだけだと確認すると、すたすたと中へ入ってくる。円卓の上座にいたダンデへと近付くと、下からすくい上げるような視線で問いかけた。
「……ひとつ聞きますがね、オマエ、うちのマリィにちょっかいかけてやしねぇでしょうね?」
「ん?」
「は?」
 ぽかんと目と口を開けて、ダンデとキバナが同時に間の抜けた声を上げる。ネズは相変わらず、地獄からの使者のような顔色でダンデを睨みつけ、まったく笑えない、というように眉をしかめた。
「まさかとは思いますが、純情なあの子にいらぬちょっかいをかけてるようなら、おれはどんな手を使ってでもおまえの人生を破滅させますよ」
「いや……そんなことは誓ってあり得ないが……」
 あまりにも驚きすぎたのか、ダンデの反論はどこかぼんやりとしていた。隣のキバナの方が、泡を食ったように叫ぶ。
「な、なに言ってんだぁ!? 本気じゃねえよな、ネズ? ダンデが、オマエの妹にちょっかいをかけるぅ? ジュラルドンが海峡を泳ぎ切るくらいあり得ねぇ話だろ!」
「オマエのジュラルドンならやりかねねぇな」
「おいおい、いくらうちのジュラルドンがすげぇポケモンだからって、ンなわけ……いや待てよ、ライトメタルで自重を半減して、かつ浮き輪を使えば、あるいは……?」
「ひっこんでな」
 あらぬところで悩み始めたキバナの縦に長い身体をグイ、と押しやって、ネズは改めてダンデを見上げる。ダンデは真正面からその視線を受け止めて、まるでバトルに対峙するような、真剣で、奥深い光を讃えた眼差しで答えた。
「誓って、あり得ない」
「……そうですか」
 ふっとネズの空気が緩む。彼はいつもの眠そうに半眼閉じられた表情で、ぼそりと呟いた。
「まあ、わかってたことですがね」
 その言葉に、ダンデは無邪気な様子で頷く。
「そうだろうな。オレを試したのか、からかいたかったのか、半々ってところか?」
「オマエが隣のでけぇドラゴンくらい泡食ってくれたら、まぁまぁ楽しい見せモンでしたがね」
「あぁ? そりゃオレさまのことか?」
「ジュラルドンの遠泳計画は終わったんですか」
 しれっと答えるネズに、キバナは憮然と腕を組む。それから、犬歯を見せつけるように口を歪め、ドスの利いた声を上げた。
「一体どういうことだよ、これは。説明しろ、ネズ」
「オマエに説明する義理はありませんよ」
「こんな茶番を見せつけられて、コケにまでされちゃあ黙ってられねぇ。言わなきゃ、オマエが血相変えてダンデのところに殴り込みに来たって、オマエの可愛い妹にバラすぜ」
「はぁ……ノイジーな野郎がいない時にすりゃよかった」
 重苦しいため息をついたネズは、そのまま円卓の一席に腰を下ろした。ダンデは自分の席に座り、キバナはその長身を見せつけるように高みからネズを見下ろす。
 ネズは重い瞼を引き上げて、明るいシアンの瞳をダンデに向けた。
「まあ、オマエを疑ったわけじゃあねぇですが、ちょっと確認したかったんですよ。ダンデ、来週ねじ込んだジムリの研修会、あれはなんのつもりですか?」
 その問いに、ダンデはああ、と軽く頷いた。
「急な招集だったが、ほとんどの関係者は参加してくれるぜ。ネズも来るだろう?」
「行きます。そのことで、おれもガラにもなく焦っちまった」
「焦った?」
 きょとんとしたダンデの声。正真正銘不思議そうな顔をする彼に、ネズは薄暗い笑みを浮かべた。
「このタイミングで、オマエがジムリを招集してほとんど遊びの計画を立てた……しかも、オブザーバーにポケモン研究所博士を招聘ときた。出来すぎじゃねぇですか」
「出来すぎ? ネズ、いったいなんの話だ?」
 重ねたダンデの問いに、ネズは真っ直ぐに視線を返した。
「マリィにきちんと引導を渡すための計画じゃねえんですか?」
「は?」
「ん?」
 黙ってやり取りを聞いていたキバナまでもが、再び高い声を上げた。ネズは嫌そうに眉をしかめ、はぁ~っと地獄から響くような重いため息をつく。
「あの年頃の子は、たまにとんでもねぇモンにハマっちまう……まあ、ダンデが女子ウケいいのはいまに始まったことじゃねぇですがね。しかし、なんだっていまごろ……あれですか、思春期特有の、青春の過ちってやつですか。ひとのモンになった瞬間よく見えるって謎現象ですか」
「おい、ネズ……オマエ、なに言ってんだマジで?」
 ぶつぶつと念仏のように呟くネズに、キバナが声をかける。さっきからほとんど蚊帳の外の彼は、けれど類まれな頭脳と、他の追随を許さない察しの良さを発揮して、ネズの言葉から正答を導き出した。
「まさか、マリィがダンデに惚れてるとか、そういう話かよ!?」
「……クソみてぇなことを言うんじゃねぇ。単なる脳のバグだ。一瞬の気の迷いで、ただの勘違いで、とんでもねぇ黒歴史だ」
 地を這うような低音で唸るネズに、キバナは呆気にとられたような、心底呆れた口調で言った。
「おいおいおい、マジかぁ? え、で、オマエはダンデがマリィを唆したと思ってねじ込みに来たの?」
「さすがのおれも、そこまで馬鹿じゃねえですよ」
 テーブルの上に肘をつき、重ねた手の甲に顎を乗せたネズは、昏い眼差しで宙を見据えた。
「いくら情緒発達と情操教育に重大な欠陥を抱えたバトルジャンキーとはいえ、未成年の女の子にコナをかけるほど外道じゃねえのはわかってる。というより、未成年どころかほとんどの人間のメスは眼中にねぇでしょう。ワンチャン、ポケモンの方があり得るぜ」
「いやいや、こいつにはちゃんと、ソニアちゃんがいるだろ」
「奇跡的なバグでしょ。ソニア博士は、こいつの中では『人間のメス』カテゴリに入ってませんよ。ポケモン枠じゃねぇですか?」
「おま……今度ソニアちゃんにチクってやろ」
「面倒くせぇことになるからやめてください」
「しっかし……じゃあ、そこまでダンデのことを理解していてなお、オマエがここにねじ込みに来たのは、アレか? ダンデの方からじゃなく、純粋にマリィがダンデに惚れ……憧れちまってるから、それをなんとかしてほしいって談判?」
 キバナの要約に、ネズは鼻を鳴らす。
「まあ、簡単に言えばね。なんとかしてほしいっていうか、なんとかするつもりだろうから、そのやり方をチェックしにきたんですよ」
「はん?」
「今度の研修会、完全にソニア博士との仲を見せつけるつもりの場じゃねぇですか?」
 ぎろりとしたネズの三白眼に、ダンデは無言でいる。腕を組み、傾聴の様子を見せる彼に、ネズははぁ、とため息をついた。
「……オマエの気持ちはわかりますよ。昔から知ってる女の子、しかもおれの妹だ。波風立てて、傷つけるのは本意じゃねぇでしょう。その点の気遣いは感謝します。だがね、いきなり現実を突きつけるやり方ってのもどうかと思いますよ。あんなの、子供の麻疹みてぇなもんだ。荒療治なんぞしなくても、どうせオマエとソニア博士が結婚すりゃ、自然と消えちまうようなモンですよ。なにもいま、これ見よがしに突き放さなくったって……」
「ネズ」
 その時ようやく、ダンデが口を開いた。彼の良く通る明瞭な声音に、ネズはうっそりとした視線を返す。常に冷静沈着、温度を感じさせないダウナーな彼の瞳が、隠しきれない焦燥と心配に揺れているのに、ダンデは穏やかにほほ笑んだ。
「その心配も、無用だぜ。誓って、きみの考えているようなことじゃない」
「は?」
 その言葉に、ネズが怪訝そうに眉を寄せる。ダンデは腕組みをやめ、テーブルの上で手のひらを合わせた。
「ネズは、マリィくんのスマホ画面を見たんだな?」
「……そうですよ。たまたま偶然ね」
 言い訳するようなネズの言葉に、ダンデは苦笑する。
「その時、その意図をマリィくんに聞けなかったのか?」
「聞けねぇよ。どんな答えが返ってきたって、普通じゃいられねぇ」
「おいおい、ちょっと待ってくれよ。オレさまにもわかるように説明してくれ」
 ギシッと音を立てて、ネズの対面の椅子にキバナが腰を下ろす。彼の好奇心に、ダンデはちょっと考えるように目を上げて、それから口を開いた。
「つまり、ネズはマリィくんのスマホの画面に、オレの写真があることに驚いてしまったんだ」
「はぁ? え、マリィのスマホに? オマエの写真?」
「ああ。だがそれは、決してネズが心配するような理由じゃない。彼女はオレを、恋愛や憧れの対象として見ていたわけじゃなく……畏怖の対象だったんだ」
「いふ?」
 は、と空気が抜けるような声でネズが言う。彼にしては珍しく、最大まで見開いた瞳をまるくして、呆気にとられたような表情で続けた。
「畏怖って……マリィは、ダンデを怖がってたんですか? どうして」
「仕事をする上で、オレの圧に気後れしてしまったらしい。それで、ユウリくんの提案で、オレに少しでも慣れるように、常に写真を見る方法を考えたんだ」
「は……」
 ずるずる、と力なくネズが背もたれにもたれかかる。彼の様子に、キバナが呆れたように笑った。
「はぁ、なるほどねえ。なにからなにまでネズの勇み足ってことか。やらかしたなぁ、ネズ!」
「……謝罪しますよ。とんだ道化ったい……」
「いや、ネズの心配はもっともだ。そもそも、オレがマリィくんやユウリくんに過度なプレッシャーを与えていたのが問題だしな」
 ダンデの誠実な言葉に、ネズはピンと背筋を伸ばす。それから改めてその派手な頭を下げた。
「いや、おれが悪かった。つい過保護になっちまいました。失礼なことを言って申し訳ない、委員長」
「謝罪は受け入れたぜ。気にしないでくれ」
 にっこりと笑うダンデに、ネズはいつものように斜に構えた表情で頷く。その様子に、キバナはやれやれと肩を竦めた。
「オマエホントに過保護だなあ。つまり、ダンデがわざとソニアちゃんといちゃついて、マリィの気持ちを遠回しにぶった切るのを止めに来たってことだろ?」
 その簡潔な言葉に、ネズは居心地悪そうに眉をしかめた。冷静になって己を顧みると、確かにあり得ない失態である。
 だが、ネズにはネズなりの、切実な思いがあった。
「……過保護なのは承知ですよ。だが、過去この男が、自分に気がありそうな女性にやらかしまくった所業を考えれば、おれの懸念もわかるでしょう」
「あぁ~……まあな」
 その言葉に、キバナがひくりとほほを引きつらせる。ダンデだけが、頭上におおきなクエスチョンマークを浮かべていた。
「なんの話だ?」
「いやオマエ、自覚ねぇのかよ。チャンピオン時代、特に成人して以降、影に日向にとんでもない量の女の子らが群がってきたのに、血も涙もなくあしらってきたオノレのアレコレを」
「ん? そんなのあったか?」
「「コレだよ~~~~!」」
 期せずして、キバナとネズの声が重なる。きょとんとしたダンデに詰め寄って、悪友たちはここぞとばかりに言い立てた。
「いまを時めく女子アナが、ヒーローインタビューの後にぐいぐい食事の誘いをしてきたのに、オマエはあっさり断りましたよね。その時の台詞、覚えてますか? オマエ、邪気のない笑顔で『今日はリザードンと翼膜の手入れをする約束をしてるんだ』って言ったんですよ。あんときの女子アナの顎、ナックルの地下プラントまで届くかと思いました」
「プレゼンター役の女優にも、あり得ねぇこと言ってたな。連絡先を交換したいってのに、オマエ『休日はほとんどワイルドエリアかブラッシータウンかハロンタウンで過ごしますから、電波届かないかもしれないですね』って。今時どこも電波くらい届くっての。あれ、かなりあからさまな『一昨日きやがれ』だったけど、自覚ある?」
「いや、ワイルドエリアは電波障害起きやすいし、ブラッシーやハロンにいる時に連絡あっても返せないからな」
 あっさりと言うダンデに、ネズとキバナは顔を見合わせた。それから心底呆れたようにため息をつく。
「ほらみんしゃい……こんなとんでもねぇ恋愛音痴に、もしもマリィが傷つけられたらと思うと……」
「ああ、オマエの心配は痛いほど理解できるぜ、ネズ。しかも今回は、ソニアちゃんがついてくる。悪気なくいつもの夫婦漫才を見せつけられたら、思春期の女の子の幻想は粉々だよなぁ」
「断るにしても、せめて人間らしい情緒をもって接してほしかったんですよ……」
「わかるぜ……」
 ふたりのぼそぼそとした掛け合いを、ダンデは最後まで理解できないように首を傾げて聞いていた。




《恋する動詞111題》
#40.疑う【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】


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