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#39.伝える【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】
2026/07/29 16:47【お題】ダンデ×ソニア
*#37.壊れるの後の、ダンデとソニアのお話
穏やかな日差しの下、ソニアはダンデのマンションへと向かっていた。
ルリナが宿泊していたホテルで明け方まで呑んでいたふたりは、昼前にようやく起き出して、午後からの仕事に合わせてバタバタと準備するルリナを手伝いながら、ソニアもさっぱりとシャワーで二日酔いを洗い流し、気合を入れる。
宿泊の予定はなかったので、ルリナのスキンケアを借りたりホテルサービスでクリーニングを依頼したり、起床してからなにかと気ぜわしく過ごしていたから、いざホテルの前でルリナと別れる際、彼女が厳しい表情でずびし! と指を突き立てた瞬間、一気に緊張がぶり返してしまった。
「いいわね。とにかく、ダンデのところに行きなさい。謝罪なり、話し合いなり、きちっとけじめをつけてから、ブラッシーに帰ること」
「うぇ…」
顔を強張らせるソニアに、二日酔いの女神さまは、しかしそんな状態だなどとみじんも感じさせない完璧な美貌で強気にほほ笑む。
「今日の夜、結果を報告しなさい。逃げたりごまかしたりしたら、流し去るわよ」
「う……はい」
「よし。じゃあね、健闘を祈ってあげるわ」
満足そうに頷いて、ルリナが長い脚で踵を返し、颯爽と立ち去る。いついかなる時もトップモデルたる親友の、うっとりするほど素敵な後ろ姿を見送って、ソニアは重くため息を吐いた。
今日は日曜日。本当なら、昨日は一日ダンデとおうちデートの予定で、今日はまったりと自宅で過ごすはずだった。ダンデのマンションに着いて早々、他愛無いやり取りから一触即発の雰囲気になり、頭にきて飛び出したのが、ちょうど今時分。
ランチすら一緒にとれなかったな……と、いまさらのように申し訳なく思う。
それから、すっかり忘れていたのだが、ワンパチを置いてきてしまっていた。リザードンたちと戯れていたかれは、ダンデとソニアが喧嘩別れした時、ポケモン部屋にいたはずだ。本来なら、相棒であるかれを置いてくるなんて言語道断だし、その後一晩ほったらかしにするなんてあり得ない話だが、ダンデのマンションなのだから、なにも心配はいらない。そんな甘えがソニアにはあった。
けれど、それもこれもみんなひっくるめて、今日はきちんと謝罪しなくては。
もちろん、ダンデの方にもいろいろと非はある。だけど、話し合いもすり合わせもしないまま、一方的に癇癪を起こして飛び出すのは話が違う。ソニアはスマホロトムをそっと確認したが、ダンデからの連絡はなかった。
シュートシティに一人で飛び出したからといって、過剰に心配されるような年齢じゃない。ブラッシータウンに戻ったか、はたまたどこかで憂さ晴らしでもしているのかと、ソニアの行動に一定の信頼を寄せているらしいダンデの無反応は、どこかよそよそしく、喧嘩の深刻さを否が応にも感じさせる。
すべて自業自得だが。
俯くソニアは、シュートシティの一等地にあるダンデの住まいを目指した。バトルタワーのすぐ近く、運河を臨む広い公園の傍に立つ、重厚なたたずまいのそこは、遠目にも輝いて見える。
とぼとぼと歩きながら、ソニアは往生際悪く少しだけ遠回りをした。新緑の美しい公園の遊歩道に入ると、ピクニック気分の家族連れや、ポケモンと一緒にランニングをしている人、子供たちの歓声や恋人たちの仲睦まじげな姿がそこここにあって、その中をひとり進むソニアの足取りは重かった。
このまま遊歩道を行けば、マンションのエントランスへ続く道に出る。あと十五分ほどで、ダンデと対面することになる。
「……いや、ムリ……」
諦めの早いソニアは、まだこころの準備ができていないからと、方向転換をした。運河沿いに続く階段を降りて、赤煉瓦の敷き詰められた歩道を進む。ダンデのマンションとは反対方向にある、植物ドームへと向かっていた。
祖父が植物に造詣の深いひとで、幼い頃からソニアもそれらに親しんで育った。そのためか、悩んだり落ち込んだりしたときは、出来るだけ緑の深い方へ吸い寄せられる習性があった。そんな自分を自覚しながら、ソニアはふわふわと歩を進める。
日曜日の植物ドームは、いつもよりも人出があって、賑やかなその喧騒から逃れるように、ソニアはぐるりと建物の外郭に沿って歩いた。少し下がったところにちいさな階段があり、あまり知られていない休憩スペースがある。木々が瑞々しく枝葉を伸ばし、ちょうどいい小ぢんまりとしたベンチを隠していた。
その梢の下を、ソニアが進む。階段の先にある、ちいさな芝生に足を乗せた時、先客がいることに気づいた。
「……ダンデ、くん」
ベンチの上で日向ぼっこをしている浅黒い肌の男は、長い髪を一つに束ねてキャップを深く被っている。特徴的な形の髭は立てたジャケットの襟に隠れ、よく見なければぱっと見気づかれない程度の変装はしていた。
だが、ひと目で見破ったソニアは、声を上げてからはっと我に返る。慌てて口元を押さえた彼女に、ベンチの男はゆっくりと顔を向けた。
「――おはよう」
「お、おはよ……」
すでに昼時を迎えているので、遅きに失した挨拶だったが、ソニアはダンデが口をきいてくれたことにまずほっとして、それから恐る恐る近づいた。
「あの……どうしてここに?」
ソニアの問いに、ダンデは静かに答える。
「散歩だ。ワンパチが出たがったから」
「あ、ワンパチ……」
「もうちょっと向こうの方で、リザードンたちと遊んでる。今日は人出が多いから、あまり目立たせたくなかったけど、ここなら大丈夫だろう」
「……ごめん」
するりと出てきた謝罪に、ダンデは真っすぐにソニアを見つめた。
「ワンパチのことなら、別に気にしなくていいぜ。ソニアに置いて行かれたって、気づいてないくらい馴染んでる」
「そ、それはそれで……」
のんきな相棒の様子に、ソニアは思わず苦笑した。その笑みに、ダンデの表情も少し和らぐ。彼は無言でベンチを滑り、ソニアが座るスペースを空けた。その仕草に、ソニアはちょっとためらうようにしてから、おとなしくそこに座る。
拳三つ分ほどの距離で、ふたりは沈黙する。梢を渡る爽やかな風が、ふわりとソニアの髪を揺らした。
ソニアは自分の足の先を見つめながら、たくさんの言葉を頭の中で組み立てる。喧嘩らしい喧嘩をしてこなかった幼馴染……恋人に、どんなふうに謝ればいいか、自分の気持ちを伝えればいいか、フル回転で考えた。
居心地の悪い沈黙が長引けば長引くほど、臆病なソニアのくちびるは貝のように閉じられた。ルリナにさんざん発破をかけられ、朝方まで作戦会議という名の愚痴を聞いてもらったのに、その成果が全然出ない。
自分が悪かった、と思っているのに。
臆病な気持ちや、焦る気持ち、恋人らしくちゃんとしなければというプレッシャーに耐えきれなかったすべてを、ダンデにぶつけてしまったのだと、きちんと反省しているのに。
それなのに、どうしても声が出ない。
「……昨日は、どこに泊まったんだ?」
そっと問いかけたダンデの声に、ソニアははっと震えた。それから一生懸命答える。
「ル、ルリナのところ。ちょうど、シュートシティで仕事があって、ホテルに泊まってて」
「……そうか。よかった」
「え?」
「昨日と同じ服だから、ひとりでどこかに泊まったのかと思った」
「あ……」
言われて、ソニアは自分を見下ろす。それから勢いに任せて口を開いた。
「あの、心配かけてごめん」
「……ああ」
ダンデらしくない、重苦しい返し。ソニアはそれに気圧されそうになりながら、けれどぐっと胎に力をこめた。
「それから……ちゃんと話し合いもしないで、一方的に飛び出してごめんなさい」
「……」
「もし……まだ間に合うなら、きちんと話し合いがしたい」
語尾が震えそうになって、ソニアは慌てて口を閉ざす。じっと爪先を見つめる彼女の傍らで、その時空気が動いた。
「……ソニア」
ふ、と影が差し、ソニアがハッとして目を上げると、至近距離にダンデの顔があった。薄い色味のサングラス越しに、黄金の瞳が真っすぐにソニアを射抜いている。睫毛の影さえ見える距離で、ダンデは低く囁いた。
「話し合いというのは、別れ話じゃないよな?」
「……えっ!?」
青白く揺れるようなダンデの視線に、ソニアがぎょっとして高い声を上げる。それから思い切り首を振った。
「ち、ちがう、違うよっ、そんなわけないじゃん!」
「……そうか」
重々しい一言の後、ダンデは本当に安堵したように長い息を吐いた。木漏れ日に光る薄明の髪が、そのため息にさわりと揺れる。
ソニアは、憔悴したようなダンデの仕草に、ギュッと胸を衝かれる思いで言った。
「ご、ごめんねダンデくん……誤解させちゃったよね……」
「……いや、オレも性急すぎた。すまん」
「……」
ダンデらしくない、弱々しい声音。彼の落ち込みや消沈が、ソニアの胸をぐさぐさと抉る。
あれほど貝のようだった口が、彼の様子でするりとほどけた。
「……違うの。ダンデくんが、おばあさまたちにご挨拶を、って言ってくれたこと、わたし嬉しかったよ」
「え?」
はっとしたようにダンデが顔を上げた。ソニアはダンデに視線を合わせることは出来ずに、彼の喉元あたりをじっと見つめて続ける。
「ダンデくんが、わたしとの結婚を考えてることも、嬉しかった。そりゃ、かなりいきなりだったし、付き合ってまだ三週間くらいで、そこまでいっちゃう? って焦ったけど……すごく嬉しかったんだよ。それは、間違いないの」
「……本当か?」
「うん。嫌がってるみたいな態度でごめん。そうじゃないことだけは、伝えたくて」
「うん」
ダンデが素直に頷く。彼の口元がほっと緩んだのが見えて、ソニアはさらに続ける勇気が湧いた。
「ただ……怖かったんだ。ダンデくんが、急に先に先に行っちゃう気がして……わたし、まだ全然それについていけてなくて、それが怖かった」
「ああ……それは、本当に悪かったと思ってる。ソニアのペースに合わせるって、あれほど言ってたのに」
「いや……えっと、ペースを合わせてくれてるのは、わかってるんだ……」
核心に触れて、ソニアの語尾が震える。ダンデの顔がますます見られなくなって、彼の喉元から胸、腰、足の方まで視線が下がってしまった。
ソニアのつむじを見つめて、ダンデが問う。
「わかってるって?」
「……ダンデくんが……えっと、恋人としての進捗度? 仲良し度? っていうか、そっちの……そのペース、は、待っててくれるのは、わかって、マス」
「ああ……」
なんとなく笑いを含んだようなダンデの相槌に、ソニアはぎゅっと瞳をつぶる。死ぬほど気恥ずかしく耐えられないほど気まずいが、ここで逃げればまた元の木阿弥だ。
もう二度と、ルリナと酒に溺れる夜を作りたくない。
ダンデに、あんな寂しそうな声を出させたくない。
覚悟を決めたソニアは、勢いよく顔を上げた。至近距離で彼女を見つめていたダンデの、ちょっと驚いたような金色の瞳がまるくなったのに背を押され、一気に吐き出す。
「だから、あの、もうだいじょうぶだから!」
「え?」
「それなりに、覚悟はできてます!」
わずかに吊り上がったエメラルドの瞳をらんらんと見開いて、ソニアが言い切った。ダンデは呆気にとられたように口を開き、それからぱくんと閉ざす。
じわじわと、ソニアのほほが赤く熟れていく様を、彼は夢見るように見つめていた。
「……ソニア。覚悟って言うのはつまり、オレと……オレの……」
珍しく言いあぐねているようなダンデに、ソニアはもはややけくそのように頷く。
「そう。ダンデくんと、ダンデくんの、ダンデくんが……つまり、外堀を埋める前に、きちんと恋人になろう!」
「きちんと恋人……」
復唱し、ダンデは思わず口元に手をかざす。それから、堪えきれないようにブハッと笑った。
「ははっ! ソニア、一足飛び過ぎないか?」
「は……はあ!? えっ、ダンデくんだけには言われたくないよ!?」
思いがけないダンデのリアクションに、ソニアは呆気にとられたように叫ぶ。ダンデはくつくつと笑いの発作にとりつかれながらも、懸命に会話をしようと声を震わせた。
「いや……だって、昨日の段階では、オレは女心もわからずに、勝手に外堀を埋めようと画策した卑怯者だったはずだろ」
「そっ、そんなこと言ってないじゃん! わたしはただ、結婚を簡単に考えすぎるなって言っただけで……」
「無責任に結婚を口にするような男だと思ったんだよな」
「……」
ダンデの台詞に、ソニアは言うべき言葉を失ってしまった。
改めて、自分の発言の無神経さに血の気が引く。ダンデの結婚の意思は、確かにソニアにとっては性急すぎるものだった。まだ三週間という短い交際期間で、いきなりその結論は早い。
けれど、彼との付き合いはもう十七年以上のもので、その密度の濃い交流の中で、彼のひととなりは十分弁えている。
彼は、先のことを考えずに結婚を口にするような不誠実な人間ではない。
一生のひとだと、ソニアと共に生きたいと、本気で思ってくれたから、純粋な希望を述べたのだ。
関係が壊れたらどうするとか、後ろ向きな『もしも』を取り沙汰して、彼の覚悟や敬意を踏みにじったのは、ソニアの方。
自分自身にくすぶる劣等感や自信のなさを、ダンデにぶつけてしまったのだ。
「……ごめんなさい……」
震える喉で、ソニアが呟く。泣きそうになりながら、懸命にそれを堪える彼女に、ダンデは穏やかにほほ笑んだ。
「いいんだ、ソニア。わかってる、きみがそういう意味で言ったんじゃないって。意地悪言ったな、ごめん」
「……っ」
その暖かな言葉に、ソニアのエメラルドは思わずこぼれてしまった。慌てて手を伸ばし、グイっとそれを拭う。この話し合いで、涙を見せるのはあまりにも卑怯だ。
ソニアは深呼吸をしてから、再びダンデと真っすぐ向き合った。
「うん。ダンデくんのこと、無責任だなんて思ったことない。結婚したいって言ってくれたのも、本気だってわかってる。わたしもダンデくんと結婚したい。いますぐ、って言われると怖いけど……でも、結婚するならダンデくんがいい。ダンデくんじゃなきゃ、やだ」
「ソニア……」
困ったような顔で、ダンデがソニアの名前を呼んだ。それから、拳三つ分の距離を縮める。
彼女を抱き寄せて、ぎゅっとその胸に押し付けたダンデは、細かく震える黄昏の髪にそっとくちびるを寄せた。
「ありがとう。そう言ってくれて嬉しいぜ」
「うん。昨日、これが言えなくてごめんなさい」
「いや、オレが性急すぎたのは事実だ。驚かせてごめんな」
「……うん」
スン、と鼻を鳴らして、ソニアがほっとしたように頷いた。ダンデはゆっくりと彼女の肩を支え、そのほほに手のひらを添える。上向かせると、涙で潤んだ宝石のようなエメラルドが揺れていた。
「……いつか、ソニアがこころから望んでくれたら、マグノリア博士たちに挨拶に行かせてほしい。きみとの結婚を、許してもらいに」
「うん……わたしも、ダンデくんのおうちにご挨拶に行くね」
「はは……それはお祭り騒ぎになるな」
「そうかもね。でも……大切なことだから」
そっとほほ笑むソニアに、ダンデはゆっくりとキスをする。いたわるような優しいそれに、ソニアは再びポロリと泣いた。
「……帰ろうか、ソニア」
「……うん」
優しいダンデの言葉に、ソニアは素直に頷いた。たった一日だけなのに、離れていた時間がひどくもったいなく感じる。
その時、道の先からワンパチの声が聞こえてきた。元気な相棒のはしゃいだ声音に、ソニアは嬉しげに笑った。
「ワンパチも、気が済んだみたいだね」
「ああ。ソニアの顔を見たら、どうするかな? 置いていかれたことに抗議するか、それとも気づいてなかったみたいに喜ぶか……」
「どっちかなあ。でも、出来れば機嫌よくいてもらいたいね」
「どうしてだ?」
ベンチから立ち上がって、寄り添うように歩き出す。ダンデのあたたかい手にその手を重ね、ソニアは薄く色づいたほほを仰向かせた。
「おうちに帰ったら、ボールに戻ってほしいもん」
「……どうして?」
そっと囁くように問うダンデに、ソニアは赤い顔のまま悪戯げに笑う。
「ダンデくんだって、そう思ってるんでしょ?」
どうしようもなく可愛らしい笑顔に、ダンデは無条件降伏で笑った。
《恋する動詞111題》
#39.伝える【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】
