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#38.気づく【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】
2026/07/27 17:30【お題】ダンデ×ソニア
「こんにちはー!」
田舎の家の常で、おおきな玄関扉はいつも施錠されていない。近所の人間はお構いなしにそれを開いて声を張り上げ、中にひとがいなければ持ち込んだおすそ分けを玄関に置いておく、そんな気さくな付き合いが当たり前だ。
けれどソニアの挨拶に、今日は中から声が返った。
「はーい。ちょっと待ってねぇ」
ぱたぱたと弾む足音が近づいて、すぐに顔を見せたこの家の主婦に、ソニアはにっこりと笑った。
「こんにちは、おばさま。美味しい焼き菓子をたくさんいただいたので、お裾分けに来ました!」
「あらーソニアちゃん! ありがとね、ちょうどお茶請けが欲しかったとこなのよぉ。上がって上がって。時間あるでしょ? お茶飲んでいってね」
「はあい」
子供の頃からの付き合いなので、互いに遠慮はない。ソニアは足元にワンパチを絡みつかせながら、勝手知ったる幼馴染の家の中へ入っていった。
いつものダイニングではなく、お裾分けを持ってキッチンの方へ向かう。すると、ダンデの母は思いがけない方向から声をかけてきた。
「ねえソニアちゃん、ついでに手伝ってほしいんだけど」
「あ、はーい。なぁに?」
「この子、洗うところだったのよ……」
一階のバスルームで、母の腕に抱かれたこの家のチョロネコが、びろんと伸びている。逃げ出す様子はないが、液体のように力を抜いている格好は、身体を洗われることへの精いっぱいの抵抗なのだろう。
ソニアは虚無の顔をしているチョロネコを見やって、ぷはっと笑った。
「もちろん! 手伝います」
「気を付けてね、この子、昔よりは気性がおとなしくなったけど、また引っかかれないように」
「あはっ、あったねぇ~」
ソニアは、バスルーム脇の用具入れからエプロンを取り出すと、慣れた仕草でそれを被った。彼女の様子に気づき、ワンパチがこそこそと退散する。そういえば、あの子もそろそろ洗わなきゃな、と考えたソニアは、ダンデの母へ問いかけた。
「ねえおばさま、この子の後で、ワンパチも洗っちゃっていい?」
「いいわよお。はい、じゃあちゃっちゃと始めま~す。ソニアちゃん、桶にお湯張って」
「了解~」
広いバスルームの傍らで、用意してあったポケモン用の洗い桶にシャワーを突っ込む。どんどんと溜まっていく適温の湯に、チョロネコはもはや眠っているようにおとなしかった。
「あ、このシャンプー使ってるんだ。ワンパチもこれなの」
「そうなの? それ、この間ダンデが一抱えも持ってきたのよ。試供品もらったからって」
「ああ、バトルタワーで使用するアメニティを刷新する時期だって言ってたから、いろいろと試してるみたい。これいいよっておススメしたのはわたし」
「確かにいいわよねえこれ。泡立ちいいし、水切れいいし……こら、チョロネコ、もう観念しなさい」
溜まったお湯に入れようとした瞬間、チョロネコが思い出したように少し暴れた。にゃにゃん、と哀れっぽく鳴いたかれを押さえて、ダンデの母が一気にお湯に放り込む。
「わっ、おばさま豪快~」
「あはは、ごめんね、跳ねた? さ~、サクサク洗っちゃお!」
泡立てた両手でチョロネコの全身をこする。ソニアはプルプル震えるチョロネコの顔に水がかからないようにしてやりながら、同じように手を動かした。
「あ、ホントだ~。すっかりおとなしくなったね、この子」
「ふふふ、でしょ? あなたたちが世話してくれてた頃は、まだ子供だったのよね」
「お風呂嫌いだったよねえ。ダンデくんがよく引っかかれてた」
「お風呂は嫌いなくせに、ダンデのことは好きで、あの子のお風呂に乱入しては、水がかかったって理不尽に怒ってねえ」
「あはは、裸で引っかかれたら、生傷は絶えないわ」
ソニアは笑いながら、チョロネコの喉首をさする。プルプルと震えながらも、大人しくされるがままのかれを優しく見つめて、懐かしく目を細めた。
「ダンデくんのこと、好きだったよねえ。いまもか。あんまり会えなくて、寂しいね、チョロネコ」
その言葉に、チョロネコは薄く目を開いて、ぐるなん、と唸った。まるで抗議するような声色に、ソニアはくつくつと笑う。
「あはは、そうだね、寂しくはないよね。弟分……子分? だもんねえ、たまに会ったらかまってやるくらいでいいか」
「なあん」
「ふふ、相変わらずこの子、ダンデのお兄ちゃん気取りねえ……」
ざばー、とお湯をかけながら、ダンデの母も笑う。すっかりと細くなったチョロネコが、憮然とした表情でつんと澄ましていた。
全身の泡を落としてやると、ソニアは濡れるのもかまわずに桶の中からチョロネコを抱き上げる。大判のバスタオルでくるんで、忙しなく毛をこすった。
「おばさま、ドライヤーする?」
「いいわ、この暑さだもん、自然乾燥で。さあ、次はワンパチね? どこ行った?」
「あ、わたし捕まえてくる」
ソニアはバスタオルにくるまったチョロネコをダンデの母に預けると、すっくと立ちあがった。バスルームから出て、おおきな声で呼ばわる。
「ワンパチぃ。こら、逃げたって無駄だぞー」
「ぬわ……」
しおしおと尻尾をまるめたワンパチが、リビングの方で力なく応える。隠れていなかったことは褒めてやるが、一向にこちらにやってこようとしない往生際の悪さに、ソニアはやれやれと肩を竦めた。
「ほら、ワンパチ。チョロネコは偉かったよ~? きみもがんばれ!」
「イヌヌワ……」
観葉植物の陰にまるまっていたワンパチに、ソニアが無慈悲な手を伸ばす。ひょいっと抱き上げると、先ほどのチョロネコのように力なく垂れ下がった。
「う、お、おも……力を抜くなワンパチぃ、ダイエットさせるぞ!」
「ぬわふ」
ソニアがようやくワンパチをバスルームに連れてくると、新しく泡立てた桶の前でダンデの母がにこにこと笑っていた。
「さあ、ワンパチ! 張り切っていこうか」
「ヌワン~」
「ワンパチ、いくよ~」
しっかりと宣言し、ソニアはもこもこの泡の中にそろそろとワンパチを沈める。ワンパチは手足が短いので、溺れないように必死に桶のふちに前足を預け、直立した。毛足の短いこいぬポケモンは、チョロネコの時よりも手早く洗えるから助かる。
「あらワンパチ、ちょっと瘦せたんじゃない?」
「え、わかります? 最近トレーニングがんばってるんだよね、ワンパチ」
「イヌヌワン」
「まあ、えらいわ。この調子で頑張れば、リザードンたちにもついていけるんじゃない?」
「あはは、まだまだだよ。少しずつ鍛えてもらうんだもんね、ワンパチ?」
「ぬふ~」
「あ、ごめん、顔にかかっちゃった!」
ワンパチのきらきら光る宝石のような瞳が、いやいやとつぶられた。ソニアは手元のタオルで泡を拭ってやると、少し乾いた毛先にちいさな静電気が走る。
やがてざっと泡を洗い流し、二枚目のタオルでワンパチをくるんだ。水に濡れた毛はしんなりと大人しいが、タオルドライで乾いてくると、ぱちぱちと静電気を含んでくる。ぶるるっと身体を揺らした瞬間、青白い火花が散った。
「わっ、もう、ワンパチ~、あっちでブルブルして!」
「ぬわんっ」
カツカツと爪の音を響かせて、生乾きのワンパチが一目散に駆け去る。ソニアはタオルをまとめて立ち上がり、桶の始末をつけたダンデの母を振り返った。
「はぁ~、お疲れさま、おばさま!」
「ありがとね、ソニアちゃん。助かっちゃったわ~」
「いえいえこっちこそ、急遽ワンパチまで洗わせてもらっちゃったし」
「いつもはホップに頼むんだけど、最近あの子忙しいじゃない。だから久しぶりに私が洗おうと思ったんだけど、ひとりじゃちょっと不安だったから、ソニアちゃんが来てくれてよかったわ」
「あ、そうか、ホップ試験近いもんね。最近テレビ電話してくれないって、ダンデくんも嘆いてた」
「まったくあの兄弟は……いつまでもこいぬみたいに仲がいいわねえ」
「ねえ」
くすくすと笑いながら、ソニアは濡れたエプロンを外してドアに引っ掛ける。ダンデの母はキッチンへ向かうと、さっそくお湯を沸かした。
「ソニアちゃん、頂き物のケーキあるわよ。食べるでしょ?」
「え、おばさまさっき、お茶請けが欲しかったって言ってたじゃない」
「これはわたしの秘蔵のお菓子。だから、みんなに出せるお茶請けがなかったってわけ」
「えー、わたし御相伴に預かっていいの?」
「もちろん。ソニアちゃんの好きなチョコよ」
「わあい!」
子供のようにはしゃいで、ソニアはいそいそとキッチンテーブルにつく。用意されていた茶器を並べて、ティーポットに二人分の茶葉を入れた。
「おばさま、今日はダージリンの気分でしょ?」
「当たり。どうしてわかるの?」
「んふふ、おばさま昔から、水仕事とか力仕事の後、ダージリン飲むもんねえ」
「あらら、バレバレか。ソニアちゃんはアッサムの方が好きよね?」
「最近、フレーバーティーにもハマってるんだよね」
「あら、邪道じゃない?」
「フフフ、保守的なマダムにもおすすめのやつがあるの。今度持ってくるね、絶対おばさま好きだよ」
「楽しみだわ」
香り豊かな紅茶の湯気が立ち、切り分けたケーキとお持たせの焼き菓子が皿に並ぶ。気の置けない家族のスペースであるキッチンテーブルに並んで座ると、ソニアとダンデの母はゆっくりと紅茶を喫した。
「……はぁ~、染みるぅ」
「あら、お疲れなの?」
「うん……昨日までバタバタしてて」
「そんなときに、わざわざお裾分けに来てくれてありがとうね」
「ううん、わたしも気分転換に歩きたかったし、なによりこれ、おばさま好きだったと思って」
「うんうん、大好きよ。このお店、昔からの老舗よねえ」
「子供の頃、たまにおやつに出たっけなあ」
「ソニアちゃんもダンデも、このお菓子には目がなかったわよね」
懐かしい話題に目を細めるダンデの母は、嬉しそうにケーキを食べるソニアへとやわらかくほほ笑んだ。
「……ダンデとお付き合いし始めたのね?」
「っ!」
ぱくん、と芳醇なチョコレートを口にした瞬間の一言に、ソニアは思わず目を白黒とさせた。吐き出しそうになるのを堪えて、慌ててごくんと飲み込む。
それから、真っ赤になってうろたえた。
「えっ、え、えっ? なんで? なんで?」
「わかるわよぉ。すぐに気づいたもの」
「あ、だ、ダンデくんから聞いた?」
「聞くわけないじゃない。必要最低限の連絡しかしてこないものよ、息子って」
「え、じゃあマジでなんで……」
「だって、ソニアちゃんが……」
「わ、わたし!? わたし、なにかした!?」
可哀そうなくらい狼狽している若い娘に、ダンデの母は蕩けるような慈愛の眼差しでほほ笑む。
「……ものすごく、きれいになってるから」
「……へ?」
その言葉に、ソニアはパクリと口を閉ざした。白い肌が鎖骨までもピンクに染まり、猫のように輝くエメラルドの瞳がうるうると揺れている。
ダンデの母は、眩しそうに瞳を細めた。
「それにね、あなたの話に、ダンデのことがたくさん出てきたから」
「……前から変わらないでしょ、それは……」
「変わったわよ。自分ではわからないものよ、こういうの。恋する乙女は、傍目八目なの」
「恋する乙女……」
その言葉に、ソニアは耐えられないように顔を伏せた。その様子に、ダンデの母はにこにこと相好を崩す。
「本当に、可愛らしいわねえ、ソニアちゃんは! ダンデ、よくやった!」
「お、おばさまぁ……」
「それにしても、いつから? まさか、おばさんに報告するの、一番最後とかじゃないわよね? それは悲しいわぁ……」
「ち、違います、おばさまの他に知ってる人は、ルリナと、ユウリと、ホップくらい!」
「あら、マグノリア博士は?」
「う……そ、そのうちダンデくんが……」
「ま! あの子ったらちゃんとした格好で行くでしょうね? 手土産はなにを持たせる? 訪問の時間はきちんとマナーに則るのよ? ああ~、心配だわ、ちゃんと確認してやらなきゃ……」
「お、おばさま落ち着いて……」
母親らしい気配りに、ソニアはピンクのほほで困ったように笑った。
ダンデの母は、ふと真顔になってソニアを見つめる。穏やかな金の瞳は、彼女の息子たちによく似ていた。ソニアは真正面からそれを受け止めて、幼い頃から大好きな、大切な『母』の言葉を待った。
「……ソニアちゃん。ダンデと仲良くね。なにか困ったことがあったら、いつでも相談しなさい」
「……はい、ママ」
潤んだ瞳でそう言って、ソニアが悪戯っぽく笑う。彼女の変わらない軽口に、ダンデの母も涙声で笑った。
「ああ、本当に、……いえ、願望はプレッシャーになるから口にしないわ」
「あは……」
もはや『言っている』のと同じ願望をポロリとこぼし、ふたりの笑い声は穏やかなティータイムにほろほろと溶けていった。
《恋する動詞111題》
#38.気づく【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】
