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#37.壊れる【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】

2026/07/25 16:57
【お題】ダンデ×ソニア



「……なに、どうしたの?」
 シュートシティでの仕事の時はいつもここ、と決めているホテルの一室。ロンド・ロゼほど高級ではないし、どちらかといえば裏通りに近い立地の趣のあるそこは、けれど知る人ぞ知るホスピタリティを誇る老舗で、子供のころから何度も家族で泊まったことのあるホテルだった。
 可愛らしいガラルガーデンが広がる敷地に建つ、小ぢんまりとしたタウンハウス風のそこにたどり着き、いつもの運河が見える南向きの部屋に落ち着いたタイミングで、親友からのメッセージ。
《いまどこ?》
《シュート。明日打ち合わせ入ってるの》
《いつものホテル? 行っていい?》
《いいけど、どうかしたの?》
 その問いに答えはなく、十五分もしないうちにフロントから連絡があった。お客様ですが……との言葉に、部屋を教えて構いません、と答える。
 そうして開いた扉の向こうに立っていたソニアを迎え、ルリナは綺麗な眉を上げた。
「まあ……とりあえず、入って」
 きょろきょろと回廊を見渡しても、彼女の他にひとはいない。ルリナに促されて部屋に入ってきたソニアは、冴えない顔色でへろりと笑った。
「ごめんねぇ……いきなり」
「それはいいんだけど、どうしたの?」
「んー……喧嘩した」
 簡潔な答えに、ルリナはぱちくりと切れ長の瞳をまるくする。
「喧嘩? 誰と? マグノリア博士?」
「いやなんでよ……ダンデくんだよ」
「ダンデと??」
 思わず復唱するルリナに、ソニアはわずかに泣きそうな顔で笑う。
「めちゃ驚くじゃん。そんなに意外?」
「ええ、まあ……ていうか、あなたたちに喧嘩って概念があったのね」
「どういう意味だよ……」
「喧嘩って、いつものじゃれ合いじゃないの? ほんとに喧嘩?」
「喧嘩です。正真正銘のやつです」
 やけくそのように言って、ソニアはぽすんとひとり掛けのウイングチェアに座る。ルリナは簡易キッチンへと向かい、冷蔵庫からおいしいみずのボトルを取り出して彼女に渡した。
「へえ……あなたたちも喧嘩するんだ。知らなかった」
「いままでのわたしたちのいざこざを、なんだと思って見てたの、ルリナは」
「子猫同士がじゃれて引っかき合って、力加減間違ってたまにしゅんとしちゃう、みたいな?」
「わたしはともかく、そんなに可愛いかあ、ダンデくんって」
「自分はともかくっていうのもなかなかよ、ソニア」
 くすりと笑って、ソニアの傍らのリゾートチェアに座ったルリナは、長い足を折りたたむ。ソニアは手渡されたボトルを手持無沙汰に揺らしながら、紅茶色の睫毛をふと伏せた。
「今回のは……そんなに可愛らしいもんじゃないよ。真剣に、お互いに、傷つけあってぶつかった。そういうやつ」
「……原因はなに?」
「聞いちゃう?」
「聞いてほしいから、ここに来たんでしょ」
 ルリナの指摘に、ソニアはふーっと長い息を吐いた。光源を絞ったルームランプの淡い橙色の光が、彼女の青白いほほを照らす。
「……ダンデくんがね、おばあさまたちに挨拶に行きたいって」
「え?」
 思わず問い返して、ルリナはおおきく目を見開く。そんな彼女の反応に、ソニアは歪んだ笑みを浮かべた。
「ほんと、え!? だよね」
「だって、挨拶って……挨拶? え?」
「うん、そう。お嬢さんをぼくに下さい!! ……ってやつ」
「……わーお」
 艶めいたくちびるをまるく開いて、ルリナは柄にもなくおちゃらけた相槌を打った。それから思わず指を折る。
「……待って、あなたたちがくっついて、まだ……」
「三週間」
「ひと月も経ってないのよね」
「きっかり、三週間です」
「……もう、結婚の話が出てるの?」
「……出てないよ」
 苦々しくソニアが答えて、抱えていたクッションにポスン、と額を預ける。ルリナは反応に困るようにわずかに眉根を寄せた。
「出てないの? 結婚を申し込んだわけじゃないのに、ご挨拶を?」
「そう。わたしに結婚を申し込むのは、後回しでいいんだって」
「え?」
「正確には、わたしのこころの準備ができたころにするつもりだったんだって。で、その前にさっさと外堀を埋めれば、色々スムーズになるだろうって思ったらしいわ」
「……外堀……」
 思わず呟いて、ルリナははぁっとため息をついた。脳裏に浮かぶ伝説のチャンピオンは、外面は完璧、バトル王者としての実力も威厳も文句なし、ただ決定的に、情緒発達と情操教育に欠陥を抱えている。
 そんなルリナを横目で見やって、ソニアは薄暗く呟いた。
「なにより腹が立つのはね……わたしはもう、ダンデくんと結婚するつもりだろうって、信じて疑いもしてないとこ」
「……」
「交際したら、絶対に結婚するものなの? それって、お互いの意見をすり合わせる前に決めつけていいことなの?」
「そんなわけないわよ」
 やわらかくルリナが答えると、ソニアは潤んできた眼差しをごまかすように瞳を閉じた。
「わたし……っ、そんなに簡単に決められないよ……っ」
「当たり前よ、ソニア」
 再びクッションに額を預け、ちいさくまるまるソニアを見つめて、ルリナは眉を寄せる。
 それから、ゆっくりと立ち上がり、カウンターの方へ向かった。ルームサービスのメルローをふたつのグラスに注いで、ソニアのもとへ戻る。
 彼女の正面のテーブルへそれを置き、静かに問いかけた。
「……それで? どうして、傷つけあって、ぶつかったのかしら」
「……え?」
 その言葉に、ソニアはハッと顔を上げる。赤くなった目の際が痛ましいその表情は、まるで怯えた子供のようだった。
 ルリナは美しいターコイズブルーの爪が光る指先で、ワイングラスをそっと揺らす。
「だって、いまの話なら、別に傷つけ合う必要はないじゃない? 勇み足のダンデに、外堀を埋める前にきちんと口説いて話し合え! って怒鳴ればいい話だし、ダンデだってそう言われたら、反省するでしょう。あなたを手に入れたことで舞い上がって、見苦しいほどに浮かれてしまっただけなんだから」
「……」
「それなのに、傷つけて、ぶつかった。なににそんなに憤ったのかしら、ソニアは」
「……っ」
 冷静なルリナの問いに、ソニアはぐっと言葉に詰まる。泣きそうな顔で親友から目をそらし、テーブルの上のメルローに手を伸ばした。
 グイっとグラスを空けると、ソニアは一気に吐き出す。
「……そんなに簡単に結婚決めて、あとで後悔したらどうするんだよっ! まだわたしたち、幼馴染から一歩も動いてないんだよ!? 恋人としてすらちゃんとできてないのに、結婚するなんて、あっさり決めちゃって……失敗したら、なにもかもぶち壊しなんだよ!?」
 震える声で叫び、ソニアは手の中のグラスを命綱のように抱える。
「ダンデくんは、怖くないのかなあ!? もしも上手くいかなかったら、幼馴染ですらなくなっちゃうんだよ? いままでのいい関係が、簡単に壊れちゃうんだよ? それなのに、なにも考えないで、勢いだけで、結婚なんて……」
「それは違うんじゃない?」
「え?」
 ハッと息を呑んで、ソニアがルリナを見やる。ルリナは真剣な瞳を細めて、静かな表情でソニアを見ていた。
「ダンデがなにも考えず、ただ勢いだけであなたと結婚したいと望んだと、本気で思ってる?」
「……だって……」
「逆に聞くけど、あなたはなんの覚悟もなく、ダンデと恋人になったの?」
 その問いに、ソニアの顔がさっと強張る。ルリナは容赦なく続けた。
「あなたの言いようだと、恋人になって上手くいかなくなったら、幼馴染としての関係も壊れてしまうんでしょう? だったら、いまの状態がすでに、失敗したらなにもかもぶち壊しになる危険性を孕んでるじゃない」
「そ、それは……だって、恋人になるのと、結婚するのとじゃ、ダメージが違う」
「本質は変わらないわよ。違うのは、面倒くさい手続きや労力がかかることだけ。恋人として別れようが、夫婦として別れようが、もう二度とあなたたちはいままで通りの関係ではいられない。その覚悟はしなかったの?」
 淡々としたルリナの言葉に、ソニアは傷ついたように顔を歪める。少女のころから知っている、こころのすべてを預けた親友を前に、それ以上虚勢を張れずにわなないた。
「……っ、わかっ……てるよぉ! 覚悟が足りないのはわたし! ダンデくんはなにも悪くない、きちんとわたしとの未来を考えてくれてる、ただそれだけ! わたしだけ……っズルくて卑怯だよぉ!」
 わっと声を上げて泣き出したソニアに、ルリナは穏やかなまなざしを向ける。それから再び立ち上がり、チェストからティッシュボックスを手にすると、突っ伏すソニアの頭の近くにことりと置いた。
 メルローのボトルを取りに行き、ついでにカウンターをチェックする。ルリナのために用意されたサービスで、彼女好みの果物やナッツ、チーズなどのツマミも充実していた。それらを両手に抱え、ソニアの元へと戻る。彼女はいまだに突っ伏して震えていた。
「さあほらソニア、飲みましょ」
「……うぅ~」
「とりあえず飲んで。ため込んでるもの全部吐き出しちゃいなさい」
 軽く言って、ルリナはソニアのグラスにメルローのお代わりをなみなみ注いだ。ソニアはようやく顔を上げて、まだらに染まったほほに滲む涙をティッシュで拭き取る。それからふう~っとおおきく息を吐いた。
「……飲むぞお」
「いいわよ、付き合う」
「ルリナ明日仕事でしょ?」
「ええ。でもあなたが潰れたらすぐに寝るから平気」
「う~……ごめん、ありがと……」
 再び滲んだ涙をぬぐい、ソニアはワイングラスを傾けた。今度はゆっくりと、味わうように喉を鳴らす。どこかぼんやりとした眼差しで、瀟洒なシャンデリアの光を見つめた。
「……わたし、どうしてダンデくんと付き合おうって思ったんだっけ……」
「好きだからでしょ?」
「そうだけど……もっとよく考えてから返事すればよかった……」
 こんなふうに、いまさらのようにぐずぐずと取り乱すくらいなら、もっときちんと考えて、幼馴染であり、永遠の初恋相手の手を取ることを、理解してから答えれば。
「あら、それこそ『馬鹿の考え休むに似たり』でしょ」
「え?」
「何年考えたって答えは一緒よ。ダンデが好き。彼の傍にいたい。だったら、遅かれ早かれじゃない?」
「……うぅ」
 項垂れるソニアに、ルリナは艶めいた瞳を細める。
「それにね、さっきあなた、ダンデはなにも悪くない、って言ってたけど、それは絶対に違うわよ」
 きっぱりとした言葉に、ソニアが赤い目を向けると、ルリナは涼し気なまなざしを冷たく光らせていた。
「十年以上拗らせておいて、ここぞと思ったら一気に勝負を決めたでしょう。それこそ、ソニアのこころの準備なんてお構いなしに。まあ、あなたがそれでいいっていうならと思ってなにも言わなかったけど、アレはないわよ。情緒がない。ロマンティックの欠片もない、ただひたすら押しの一手。ソニアのこころの隙に、まんまと付け込んだじゃない」
「い、いやそれは……」
「それで、いざ恋人になったとたんにこれ? 長年の幼馴染だからって、ちょっと手抜きが過ぎるんじゃないかしら。結婚を見据えて交際をすることに異議はないわ。でもそれは、足並みをそろえて初めて許されるスピード感でしょう。完全にソニアが乗り遅れてるのを知っていて、外堀から埋めようだなんて……――ちょっと待って、もしかして、ダンデも自信がなかったのかしら?」
「え?」
 とうとうとまくし立てていたルリナがぴたりとくちびるを閉ざす。ソニアが目をまるくしていると、美しいアクアマリンの瞳を針のように細めたみずの女神は、うっとりするほど艶冶にほほ笑んだ。
「あの、伝説の無敗の王者でも、攻めあぐねていたんじゃないの? ソニアを口説き落とす自信がなくて……いいえ、違う、きっと耐えられなかった。時間をかけて、あなたを攻略する精神的余裕がなくて、気持ちが急いて、あなたよりも先に、あなたの家族を攻略しようと思ったのね……つまり、初手で相性の悪い相手と対峙した時、目先の勝利よりも、次に控えるポケモンの特性を推理して、効果的なバフを狙って……」
「ちょ、ちょっとルリナさ~ん。ジムリモードになってるよ~」
「あら」
 ソニアのツッコミにはたと気づき、ルリナはぱっと表情を改めた。親友の様子に、ソニアは複雑に笑う。
「も~……ルリナも大概、バトルバカだねえ」
「否定はしないけど、なんかイヤね……。ダンデほど狂ってないと思うけど」
「ふふ。あーあ……わたしの愛するひとは、いっつもバトルバトルだな~」
 天井を見上げて、ソニアがくふくふと笑う。だいぶ肩の力が抜けた彼女に、ルリナは優し気にほほ笑んだ。
「あら、あなただって、バトルをポケモン研究に置き換えれば大概よ? それこそ、ダンデレベルじゃない?」
「あ~……なんか悔しい、否定できない……でっでもあれほどじゃないでしょう?」
「あれほどよ。ほんとにお似合いね」
 にっこりとほほ笑むルリナに、ソニアはうぐ、と詰まる。それから、そっと睫毛を伏せて、やわらかなエメラルドの瞳を揺らした。
「……ダンデくんの気持ちは嬉しかったの。わたしだって、いつかはダンデくんと……そういう覚悟があったから、恋人になったんだし。でも、ダンデくんの隣に立つって、想像していたよりも色々と大変で、いまは慣れるだけで精一杯なんだよ……」
「色々大変って、なにが?」
「……幼馴染としてずっと付き合ってた相手と恋人になって、一番変わっちゃうのって、なんだと思う?」
「ん~、距離感?」
「当たり。昔は適正な距離があったのに、いまは……」
「あなたたち、昔から適正な距離なんかなかったわよ」
「い、いまはそれ以上ってこと!」
「あー、なるほど……それは、大変ですわねえ」
 完全にからかう口調でルリナが言う。ソニアは真っ赤になって親友を睨んだ。
「ひとごとだと思って! ルリナだって、同じ目にあえばわかるよっ!」
「残念だけど、わたしには幼馴染はいないのよね。だから、一生わからないわ。ちなみに聞くけど、もう寝たの?」
 サラッと問われて、ソニアは爆発しそうな声を上げる。
「まだですっ!! え、なに、三週間でもうそういうことしなきゃダメ!?」
「ダメってことないけど、あなたの言いようだとなんかもう、すっかりぐずぐずにされてる感じだから……」
「ぐずぐずってなに!! あー、もう、やだー! ダンデくんだよ、相手ダンデくんだよ!? 子供の頃から知ってる相手なのに、そんなことできない!!」
「できないの? したくないの?」
「したくないんじゃなくてっ、恥ずかしいし怖いし慣れてないからどうしていいかわかんない!」
 はぁはぁと息を弾ませるソニアに、ルリナはナッツをつまみながら軽く言う。
「あなたがそんなんじゃあ、ダンデだって外堀を埋めたくもなるわねえ」
「うぐっっ」
「別に、恋人になったからって絶対に寝なきゃいけないわけじゃないし、それこそ話し合えば? 恥ずかしいし怖いし慣れてないからもうちょっと待ってほしいって」
「……」
 押し黙ったソニアのほほが、どんどんと赤みを増していく。ルリナはその様子を眺めて、ああ、と頷いた。
「……それなりに覚悟はできてるのね?」
「……それなりに覚悟はできてます……」
「じゃあ、それをダンデに」
「い、言えないよお、えっ、なんて言うの? もう平気だよ、準備オッケー? そんなん言えるか!」
「いや、言いなさいよ。それを言わずにいるから、ダンデが暴走してるんでしょ」
「だってー! こ、怖いのはほんとなんだもん、ダンデくん、いざってなるとものすごい顔するんだよ……」
「男なんだからしょうがないでしょ」
「ちいさい頃はあんなに可愛かったのに!」
「髭面の筋肉男に可愛いはないわねえ」
「どうしよう、ルリナっ!! なんて言えばいいの!?」
「抱いて?」
「ぎゃあああ、やめてルリナっ想像できないしたくないっ!!」
「あーもう、面倒くさい乙女ちゃんね!」
 つられるようにルリナが声を荒げる。洗練された大人の女性モードから、荒波を越える力強い海の女に切り替わったルリナが、どん、とメルローのボトルをテーブルに打ち落とした。
「とっととダンデに抱かれてきなさいっ! そしたらもう、外堀だのなんだのと気にならなくなるからっ」
「う、うわーんルリナ、見捨てないでよぉっ」
「飲みなさいソニア、飲んで度胸をつけるのよっ」
「ふっふぇっ、鬼~~~」
 ぎゃあぎゃあと騒がしくまくしたてながら、親友たちの夜は更ける。
 翌日、ルリナは相当な二日酔いを抱えて仕事に向かい、その責任を取って、ソニアはこじれた恋人の待つペントハウスに赴いた。
 ソニアの度胸がどれほどついていたのかは、また別の話。


 
《恋する動詞111題》
#37.壊れる【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】


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