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#35.求める【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】
2026/07/21 15:12【お題】ダンデ×ソニア
厭な仕事だった。
チャンピオン時代も、様々なしがらみで意に染まぬ場面に立ち会うことは皆無ではなかった。それは有力なスポンサーの主催するパーティーであったり、義理のある人のイベントであったり、個人的な誘いの場面であったり、ことごとく『チャンピオン』という偶像に手を伸ばす欲望の具現化で、ダンデはわずか10歳のころからこの手の社会の闇と肉薄したところで生きてきた。
未成年のころは、絶対的な庇護者であるローズ委員長がそれらを完全に退けていたが、ダンデが成人を迎えて以降は、ある程度の自衛と自立を求められた。チャンピオンとしてのパブリックイメージを傷つけるようなミスは許されなかったが、己の身を己で守り、どこまで社会の闇を迎合するかの裁量は、ダンデに一任されていた。
ダンデは注意深く、自分の価値と守るべき尊厳を見極めてきた。チャンピオンというネームバリューに群がる者、彼そのものに魅力を感じている者、いずれの場合にせよ必要以上の侵略を許すことなく、けれどギリギリの駆け引きにおいて、彼は自分の利になる勝利を小さく重ね、華やかな世界の裏に潜む濃い影を泳ぎ切ってきた。
それは、玉座を降りて一企業人として歩み始めた現在も、変わらずに続く。けれど、チャンピオン時代と決定的に違うのは、彼にはもう守るべきパブリックイメージはなく、企業を背負った公人としての責任と、それに付随するグレーのグラデーションを見極める才覚が必要だということだった。
もう、リーグの傘はない。幼かった彼を導いた辣腕の庇護もなく、チャンピオン時代とは全く違う価値観、距離感で値踏みされることも多い。それを跳ねのけ、時に迎合しながら、ダンデは生きている。
その夜の仕事は、ひどく消耗するものだった。
マクロコスモス傘下ではない、最近台頭している外資系のベンチャー企業が、バトルタワーへの長期的なスポンサーとして名乗りを上げてきた。経済では保守的なきらいのあるガラルにおいて、巨大グループに属さない野心的な存在は脅威でもあり新風でもある。そんな未知の存在に対して、バトルタワーオーナー、ポケモンリーグ委員長、そしてマクロコスモスグループの代表代行という重責を担うダンデの挙動は、非常に重いものだった。
できる限りの手を尽くし、相手の情報を集め、バトルタワーとしての去就を決定する。そのために、ダンデは何度もその企業のトップと会談を重ね、その懐を探るようなやり取りをこなし、神経の擦り切れる腹芸を重ねて、ようやく今夜、その労が実ったスポンサー契約にこぎつけた。
ビジネス的な意味で言えば、バトルタワー側の勝利といえる。ほぼ理想通りの内容で締結された取り決めは、当初提示されたものよりも確実にこちらの利になるものだった。
その劇的な勝利に貢献したのは、ダンデの存在が大きい。彼は、相手企業の望み通りに何度も場を設け、出来る限りの饗応をし、『ガラルの伝説のチャンピオン』の個人的な領域にまで踏み込もうとする俗物的な思惑を見透かし、利用し、一線を越えることなく鮮やかに煙に巻いて望むものを手に入れた。
その手腕たるや、オリーヴでさえ認めるもので、企業人ダンデの実力をマクロコスモス内にも強烈に知らしめることになった。偉大な先代委員長の後継として、初めてダンデが認められた瞬間である。
けれど、その代償は大きい。
数週間に及ぶその案件にかかりきりだったダンデは、心身共にひどく消耗していた。わずかな隙も見せることなく、けれど相手の望むものを与えたと思わせる交渉術を駆使し、本来の彼の性質とは真逆のプレッシャーにさらされ続けた日々の終わり、ダンデは明らかに疲弊し、擦り切れていた。
相棒に跨って空を飛ぶことさえ覚束ない心境で、大人しくアーマーガアタクシーに乗ってマンションに向かう。ぐったりと背もたれに身を預けながら、今日が平日だったことに、ダンデは落胆するような、安堵するような心地だった。
明日の夜になれば、回復した心身で恋人に会える。彼女の仕事の都合で、ちょうど二週間ほど逢瀬は途絶えていた。その間、ダンデの方も今回の件にかかりきりになっていたので、それはむしろ都合がよかった。
身体というよりは、心の方が疲弊しているこんな状態で、ソニアに会ってしまったら。
「オーナーダンデ。到着いたしました」
「……ああ、ありがとう」
運転手の声が、無線越しに座席へとつながる。ダンデはハッと我に返って、気合を入れるように扉を開いた。もうあと少しで、強大なプレッシャーを解放することができる。誰の目もない自分の城で、思う存分自堕落になれる。
運転手とアーマーガアに礼を言い、ダンデはスムーズにマンションエントランスへと入っていった。カードキーをかざすまでもなく、ダンデの姿を目にしたコンシェルジュが、先んじてエレベーターを呼び寄せる。ダンデは軽く手を上げて彼に応え、そのまま豪華な箱の中へと入っていった。
上昇するエレベーターの中で、ため息が漏れる。ひとつ、ふたつ。だいぶ酒臭い自分の息が嫌になる。
酩酊するほどではないが、判断力が鈍る程度には酔いは回っていた。幸いなのは、相手企業のトップと語らっている時は、完全に明晰な思考を保っていたことだ。ダンデを酔わせようとしてか、相手はずいぶんと速いペースでグラスを空け、ダンデにもそれを勧めた。如才なく杯を干しながら、ダンデは一切油断せずに朗らかな体面を保った。
そして、すべてが完了し、和やかに場が解かれた後。
十分に摂取されたアルコールが、遅ればせながら疲弊した身体に満ちてきた、というわけだ。
ある程度自分で酔いをコントロールできる便利な体質は、両親からのなによりの贈り物だろう。冷たい壁に肩を預けて、くらくら揺れる視界を閉ざしながらダンデはうすくほほ笑んだ。
やがて、エレベーターがペントハウスにたどり着き、音もなく扉が開かれる。ひとつしかない玄関へ向かい、短い回廊を進んだ。ボルドーの深い色合いが重厚感を醸し出すその扉に、ダンデはカードキーをかざす。
扉が開くと、懐かしい匂いがした。
「……ソニア?」
胡乱な様子で呟けば、光源を押さえた回廊の向こう、リビングの方から明るい光が漏れているのがわかる。どくんと高鳴った鼓動のまま、ダンデはふらふらとそちらへ向かった。
近づけば近づくほど、カレーのいい匂いがはっきりする。ダンデはほとんど夢中でリビングの扉に飛びつき、それを勢いよく開いた。
「あ、お帰り~ダンデくん」
「お帰り、アニキ!」
そこにいたのは、エプロンを付けて仲良くキッチンに立つ恋人と弟。桃源郷のような光景に、ダンデはぱちくりと目を見開いた。
「……どうして」
「え? あれ? 昼間にメッセージ送っといたんだけど、見てない?」
「メッセージ……」
相手企業との最後の大詰めに際し、バタバタとしていた。ダンデはぼんやりと瞬きをして、懐のロトムを取り出す。その様子に、ホップが心配そうに眉を寄せた。
「アニキ、だいじょうぶか? ずいぶんくたびれてるぞ……」
「ああ、いや……うん」
ロトムの中にあった《今日、シンポジウムの後にホップとお邪魔するね~。カレー作っとくよ!》の文言に、時間差で喜びが沸き上がる。会合の前に、このメッセージを見ていたら、もっと無敵な気分でいられただろうに。、もっと無敵な気分でいられただろうに。
ダンデの胡乱な様子に、ソニアが短い眉を寄せる。それから、カレーをかき混ぜていたお玉をことんと置いて、とことことダンデへと近付いてきた。
「ダンデくん、ほんとにだいじょうぶ? めっちゃお疲れじゃん……」
「ソニア……」
「うーん。なんか間が悪いときに来ちゃったかな……。わたしたち、お暇しようか? ひとりで休みたい?」
気遣わしそうにそう言って、ソニアが細い手をダンデの額に伸ばした瞬間。
「うわっ!?」
とんでもない速さで、ソニアの身体がダンデによって拘束された。それはもはや『抱きしめる』とか『抱き寄せる』とか、そんな他愛無い表現では収まらない、力の限り縋りつくような勢いで、ソニアはほとんど息も絶え絶えになって呻く。
「……っ、ちょ、ちょっ、だ、ダンデ、おい、こら……っ」
ぎゅうううっ。
「ぎ、ギブ……っ、ホプ、た、助け」
「アニキ、もうちょっと加減しないと、ソニア折れるぞ」
兄と師匠の衝撃映像に、みじんも動揺をしていないホップが、カレーの味見をしながら言うのに、ダンデはぐりぐりとソニアの首筋に額をこすりつけながらううう、と唸った。
「ダメだ……加減がきかないぜ……」
「ちょっとぉ! それゆるやかな殺人予告ぅ!」
「アニキ、カレーいま食うか? あとで? 明日?」
「ホップ! ちょっとホントに、このキテルグマ駆除してよ!」
「あとで……いやもしかしたら、明日」
「わかったぞ。あ、オレ、カレー食ったらすぐ帰るから。ほんとはさっさと退散してやりたいけど、このカレーの匂いには逆らえないんだぞ……」
「ああ、たくさん食って行け。帰りはカードでガアタク呼べよ。あと、リザードンたちにも食わせてやってくれ」
「って、ちょい、ちょいっ! 担ぐな、進むな、こぉんの……っ誘拐キテルグマ!!」
軽々とソニアを担ぎ上げたダンデが、リザードンの入ったボールをひょいと放り投げる。そこから出てきた相棒が、ホップとダンデとソニアとを交互に見やって、心得たように頷いた。
ダンデはさっさとリビングを抜け、自室へと向かう。肩の上でぎゃあぎゃあと叫ぶソニアが、細い手足をバタバタと揺らして抵抗するが、そんなものにはなんの意味もない。
部屋に入り、薄暗いそこでようやくソニアを地に下ろすと、完全に癇癪を起した彼女がマシンガンのように文句を並べたてる前に、強引にそのくちびるを塞いだ。
「んーっ、んんっ……ンーん!!」
「……」
じたばたと暴れるソニアをがっちりと拘束し、普段はあまり誇示することのない体格差と力の差を遠慮なく見せつけて、思う存分振舞う。叫ぶ声を吸い上げ、とろりとした唾液を流し込み、思うさま舌を使って快楽を呼び起こす。暴れる腕を掴んで下ろし、ぴったりと身体を押し付けると、あっという間に彼女の抵抗は弱まった。
同じ屋根の下に、弟がいる。それだけがいまのダンデの抑止力で、けれどそんなことも簡単に忘れてしまえそうなほど、ソニアを求めていた。
「んっ……ふ、う……っ、あ、ダン……っで」
「……っ、ソニア、ソニア、ソニア、……っ」
キスの合間に、狂ったように囁く。蕩けるような酩酊の中、彼女の匂い、温度、やわらかさ、味、すべてがダンデを満たしていく。グイっと彼女の身体を引き寄せると、ほとんど足が地面から離れ、ダンデの膝の上に跨るように体重がかかった。
そのやわらかさ、あたたかさ、身に馴染んだ感触に、ダンデは興奮に染まった視界を凝らすように目を細めた。黄金の瞳は捕食者のように光り、仰のくソニアの白い喉元に食らいつく。
ピリリとした痛みに、ソニアが喘いだ。
「あっ……だめ、だめ、ダンデくんっ」
「ソニア、頼む……頼む、ソニア」
「ダメ、ダン……っだ・め!」
「――痛てっ!!」
ギリィッ!! と、本気で根元から引きちぎられそうなほど強く、ソニアがダンデの髪を掴んで引っ張った。ダンデは思わず悲鳴を上げて、ソニアから手を離す。
とはいえ、自力で立てる状態ではなかったソニアは、ダンデの胸に縋りつくようにしてバランスを取ると、細い手で精いっぱい彼の長髪を掴み締め、手綱を取るように引っ張り続けた。
「そ、ソニア……っ、マジで、痛い!」
「痛くしてんの! 発情期のオスには痛みが一番効くんだよっ」
「いや、発情期って……待ってくれ、本気でやばい、抜ける、ハゲる!」
「ハゲればいいよっ」
語気荒く言い切って、ソニアはもう一度ダンデを睨み上げると、フンっと勢い良く手を離した。ダンデは思わず頭に手をやり、ピンピンと豊かに跳ねる薄明色の髪の生還にほっとする。
そんなダンデの胸先で、ソニアは眦を上げたまま彼に指を突き立てた。
「なんなの! ホップもいるんだよ、さすがにあり得ない!」
「――すまん……」
先ほどまでの激情が嘘のように、ダンデが眉を下げている。彼の瞳に理性の光が戻ったことを確かめると、ソニアははぁ、と息をついた。
「まったく……なんで、こんなになるまで我慢するんだよ、きみは」
「我慢……?」
「なにがあったか知らないけどさ、ここまで煮詰まる前に、わたしに連絡できたでしょ?」
「いや……」
ソニアの言葉に、ダンデは弱々しく項垂れた。
本当は、ソニアが正しいとわかっている。自分が一番しんどい時、彼女がいてくれればどれだけ救われただろう。これほどに心身が疲弊して、結果彼女に迷惑を掛けるくらいならば、適度にガス抜きをした方がいいに決まっている。
けれど、ソニアにだって生活があり、仕事があり、都合がある。
それらを飛び越えてまで、彼女に甘えることはできない。
そんなようなダンデの主張を、彼の瞳から読み取ったのか、ソニアはわずかに雰囲気を和らげた。頭皮の痛みに滲んだ涙で、いつも以上に潤んで輝くダンデの金の瞳を見つめ、やわらかくほほ笑む。
「――もっと、わたしを求めてよ、ダンデくん」
「……」
「是非を下すのはわたし。ダメなときはダメって言うよ。でも……言ってくれなきゃ気づけない。きみのSOSに気づけない方が、無茶を言われるより辛いよ」
「……ソニア……」
甘い彼女の香りに誘われて、ダンデがゆっくりとソニアの肩口に顔をうずめる。弱り切った彼の身体を、ソニアは改めておおきく包み込んだ。
「ったく……不器用。意地っ張り。見栄っ張りの強情っぱり」
「……ソニアも大概なくせに……」
「お? この状況で反論する? 全然怖くないね」
「……今度、きみのピンチにオレが駆けつけても文句言うなよ」
「あはは。うん、そうね、その時はまた話し合おう」
「……今日泊まっていってくれ」
「だーめです。ホップと帰ります」
「……SOSだぞ」
「ダメなときはダメっていうって言ったっしょ。今日はダメ。そのかわり、明日来るから」
ダンデの長髪を優しく撫でおろして、ソニアがホットミルクのような声音で囁く。
「……そしたら、がんばった委員長様を、思いっきり甘やかしてあげるよ」
「……ソニア、そのお預けはひどすぎないか……」
「はいはい、明日ね。さ、戻るよダンデくん。カレー食べよ」
ポンポン、と軽くダンデの頭を撫でて、ソニアが言う。ダンデはくらくらと眩暈がするほど愛おしい彼女に、もう一度腕を伸ばさないために総動員した理性で低く呻いた。
「……明日、だな、ソニア」
「うん、明日……」
にっこりとほほ笑み、軽くダンデにくちづけるソニアは、天使のような顔で悪魔と契約を交わす。
どうしようもない夜を超えるために、ダンデはありったけの自制心で部屋を出るソニアを追った。
《恋する動詞111題》
#35.求める【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】
