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#33.放す【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】

2026/07/17 16:41
【お題】ダンデ×ソニア


「ダンデくん、お夕飯どうする?」
 いつものようにお邪魔していたダンデのペントハウス。ソニアは気軽な調子でそう尋ねた。
 午前中の早い列車でブラッシータウンを発ち、昼前にペントハウスへ着くと、たいていはダンデが手持ちのトレーニングをしている。彼女が来たことを潮にそれを終え、そのままデリバリーか、マンションのラウンジでのランチを共に摂り、午後はまったりと映画鑑賞やその週にあったことなどを語り合うひと時を持つ。手持ちがそこに混ざって楽しく遊んだり、気の置けない充実した時間を過ごしたら、ディナーはたいていソニアの手作りカレーか、稀にダンデの手作り。そして二十一時を過ぎるころ、ダンデが契約しているアーマーガアタクシーを派遣してもらい、ソニアが帰路につく。
 週末をそこで過ごすことが恒例になった頃からの、ソニアのルーティンだった。
 もちろんこの流れが、現状とても行儀のいい、幼馴染時代とほとんど変わらない状況だということはわかっている。そしてそれに、ダンデが満足しているわけはなく、はっきりと『恋人としてのステップアップ』を求めていることも、ソニアは重々承知していた。
 そのへんの流れは、もしかしたら一般的な恋人同士のそれよりも、多少は性急で歪かもしれない。普通はもっと、情緒のある甘やかな雰囲気を重ねて、滑らかに状況を変えていくものだと思う。恋人になったからと、いきなり性急にことを進めようというのは、もしかして相当野暮なのかもしれない。
 しかし、ダンデにしてみれば、なにをいまさら『性急』だと、鼻で笑う案件でもある。
 そのへんが、ダンデとソニアの認識の違い……主語を大きくすれば『男と女の違い』と言えるのかもなあ……と、ソニアは秘かに分析している。
 お互いが、もうはっきりと『幼馴染じゃないな』と自覚して、それ相応に『恋人』としての振る舞いを模索していこうと、そういう雰囲気になっているのはわかる。
 とはいえ実際は、昔からの馴染み深い空気感というものがあって、例えばふたりきりで過ごしていたとしても、そうそう甘い雰囲気になれるというものではなく。
 男のダンデは、『昨日までは幼馴染、今日からは恋人』とあっさり認識を改められるのかもしれないが、ソニアはそうはいかない。女は、肩書ではなく実感で恋人を受け入れるものだ。
 つまり、なにはなくても時間が必要。その与えられた時間の中で、幼馴染だった空気が恋人のそれへとゆるやかにシフトチェンジし、その穏やかな変化の中で、ソニアの気持ちも落ち着いて馴染んでいくのが理想だ。
 そんなわけで今日も、ゆっくりじっくり時を重ねるべくルーティン通りにダンデ宅へやってきて、いつも通りに過ごし、夕飯の時間となったわけである。
「今日は、ディナーに行こうぜ」
「へ?」 
 リザードンの爪の手入れをしていたダンデが、振り返らずに言った。ソニアが目をまるくすると、彼は最後の爪に息を吹きかけ、相棒の額に自分のそれをこつん、と預ける。リザードンは心得たように瞳を瞑り、我からモンスターボールの中へと戻っていった。
「ん?」
 ソニアは、その時になってようやく、ダンデの手持ちたちがみんなボールに戻っていることに気づいた。さっきから、ダンデが一体一体に丁寧な手入れのルーティンを行っているのは知っていたけれど、それは本当に『いつものこと』だったから、いまこうして広いリビングに人間ふたりだけになっているのに気付き、若干戸惑ってしまう。
「あ……あれ? ワンパチは?」
 自分の相棒すら、いつの間にか消えていた。すると立ち上がったダンデが、ソニアへ振り返ってにっこりと笑う。
「ワンパチなら、マッサージが終わった途端爆睡したから、ボールに戻しておいたぜ」
「あ……あーありがと! あの子ったらダンデくんのおっきな手でマッサージされるの好きだからねぇ」
 久しぶりの『完全なる二人きり』の状況に、ソニアは強張った笑いを浮かべる。
 その瞬間、ダンデの広いペントハウスのリビングが、急に落ち着かない場所になった。恒例と言っていいほど訪れて、そこそこ私物などを置かせてもらい、もうすっかり寛げる空間になっていたはずのそこが、ふたりきりなのだと強く意識した瞬間、どうにも不安を掻き立てる。
 そんなソニアの様子に、ダンデはものやわらかな表情でほほ笑んだ。
「さ、行こうぜ、ソニア」
「え、どこ行くの?」
「ディナーだ。その前に、ブティックに寄るぜ」
「は?」
 正真正銘目をまるくしているソニアを、ダンデは強引に追い立てた。混乱したままの彼女が、それでも大人しくついていくと、マンションのエントランスの先にあるロータリーには、黒塗りの高級車が待機していて、スルスルとそこに乗せられる。
 滑らかな道行は正味5分ほどで、シュートシティの一等地にあるブティック街の地下駐車場に乗り入れた車から、ダンデはソニアをエスコートして降り立つ。そのまま迷うことなく(彼にしては驚異的なことだ)エレベーターへ乗り込むと、ほとんど揺れもせず上昇したそれが次に扉を開いた時、そこには息を呑むほど高級感に満ちた、上質な空間が広がっていた。
「お待ちしておりました、ミスターダンデ」
 居並ぶマヌカンたちは、洗練された物腰でほほ笑んでいる。ソニアは、ダンデのペントハウスから10分もしないうちに訪れたその状況に未だ混乱から抜け切れず、ポカンとした様子で周りを見回した。
「だ、ダンデく、ここは……」
「ローズさん御用達の店だ。オレもよくお世話になってる。ここで、ソニアに服を誂えてもらおうと思ってな」
「は!?」
「頼みます」
 思わずおおきい声を出したソニアを無視して、ダンデは彼女の背をトン、と軽く押しやった。ソニアはたたらを踏むように歩き、その先にいたマヌカンたちの洗練された物腰に歓迎される。
「お任せください。さあ、ソニアさま、こちらへ」
「え、あ、はい……」
 滑らかに名前を呼ばれ、優雅に先導されてしまえば、ソニアに拒否権も質問権もない。混乱したまま別室へと通され、そこから40分、彼女の記憶はほとんど飛んでいた。
 次に扉が開いた時、ソニアはまさに見違える変貌を遂げていた。
 深いフォレストグリーンのサテンのインナーに、ちいさな花の刺繍が精緻に施されたオーガンジーを一枚重ね、ウエストで細く切り返された女性らしいラインのドレスは、歩くたびに波のように裾が揺れる。甘めのニュアンスでまとめられた黄昏の髪が、ふわりと幾筋か肩に流れ、その先ではエレガントだが愛らしいモチーフのダイヤが、耳と首を飾っていた。
 ドレスに合わせたメイクも施されたソニアは、自分の変身ぶりにまだ戸惑っているような様子だったが、彼女に合わせて立ち上がったダンデの姿に素直に目をまるくした。
「ダンデくん……」
「ソニア、きれいだ」
 そんなことを臆面もなく言う彼も、すっかり見違えていた。深いネイビーのスリーピースに、目の覚めるような白いシャツを合わせ、シルバーのネクタイを締めた彼は、普段はピンピンとまとまりのない薄明の髪をスッキリと三つ編みにまとめている。癖のある前髪をわずかに上げて、男らしい額からほほの線をあらわにしていると、すっかり大人の男性になった幼馴染を、否が応にも意識させられた。
「さあ、行こうぜ」
 差し出されたエスコートの手に、ソニアは操られるような心地で手を添える。ダンデは滑らかにエレベーターに乗ると、そのまま再び上昇していった。
 やがてしばらくの後、開かれた扉の先には、落ち着いた雰囲気のシックな空間が広がっていた。光源を抑えられたそこに向かうと、見事な銀髪の壮年の紳士が現れて、丁寧に礼をする。
「お待ちしておりました、ダンデさま、ソニアさま。こちらへどうぞ」
「ありがとう」
 促されるまま、ダンデがソニアを連れて歩く。ソニアはどこからともなく流れてくるピアノの生演奏を聴きながら、ガラス張りの夜景が広がる窓際のテーブルへと促され、エスコートのまま腰を下ろした。
 いつの間にか夜の帳が下りたシュートシティは、華やかな人工の光の先で、薄明の色が夜空一面に広がっていた。彼方の地平にはうっすらと、自分の黄昏の色が残っていて、やがてダンデの色に侵食されるその光に、ソニアはぼんやりと目を奪われる。
 ほどなくして訪れたソムリエが、銀のトレーを携えて声をかけた。
「お食事の前に、こちらをどうぞ」
 細身のフルートグラスへ満ちる、黄金色。きめ細やかな泡の立つそれが、ダウンライトの光を受けて、星のように煌めいた。
「乾杯」
 目の前に座るダンデが、軽くグラスを持ち上げる。ソニアはわずかに彼を見つめてから、肩を竦めるようにそれに合わせた。
「……乾杯」
 同時に口を付けたその味に、ふたりの視線が重なる。満足そうに細められた瞳に、ソニアはようやく呆れたような声を上げた。
「……なんなんだよ、これは」
「ディナーだぜ」
「そういう意味じゃなくて。もう、びっくりするからさ、こういうことするなら言ってよね」
「言ったらサプライズにならないじゃないか」
「サプライズ」
 思いがけない言葉に、ソニアが目をまるくしていると、最初の料理が運ばれてきた。ひと口で味わえるちいさなアミューズは、焼き立ての薄いパイに、香草で和えた魚介と柑橘の香りが添えられている。
 ソニアはそれに瞳を輝かせながら、ちょっと意地悪そうに眉を上げた。
「ダンデくんがサプライズねえ……明日は槍でも降りそうだね」
「ひどいな。たまにはこういうのもいいだろう?」
「いいけど……でも、やっぱり心臓に悪いし、肩こっちゃうし、サプライズは苦手だな……」
 そんなことを言いながらも、続く前菜にソニアは嬉しそうだった。色鮮やかな葉野菜やハーブ、ちいさな花弁が丁寧に盛り付けられた皿の中央には、低温で火を通した白身魚。口に運ぶたび、爽やかな酸味と野菜の甘みが広がって、その上品な味付けに思わず口角が上がる。
 添えられたパンを手に取って、ダンデが穏やかな笑みを浮かべた。
「そんなことないだろ? ソニアは昔から、サプライズが得意じゃないか」
「自分が仕掛けるのと、ひとから仕掛けられるのじゃ違うよ。あ、このお魚美味しい……焦がしバターがすっごいまろやか」
「旬の魚はやっぱり美味いな。今度、バウに行こうぜ」
「いいね。防波堤も美味しいけど、ルリナおすすめのお店があるんだ」
 和やかな会話が進み、メインが運ばれてくるころにはすっかりソニアの緊張は解けていた。じっくりと火入れされた牛フィレ肉は、ナイフを入れると抵抗なく切り分けられ、中心は美しいロゼ色を残している。濃厚な赤ワインソースに、香ばしく焼き上げられたマッシュルームと季節の根菜が添えられていて、ひとつひとつのあしらいが見事だった。
 グラスが空くと、ダンデの手で白ワインが注がれる。ソニアはその仕草になんとなくくすぐったいものを感じて瞳を細めた。
 ハロンタウンの牧童は、すっかりと大人になって、シュートシティ指折りの高級レストランにも引けを取らない存在感がある。普段見慣れている彼とも一味違う、まるで見ず知らずの男性にエスコートされているような、不思議な違和感にソニアは酔い痴れていた。
 最後に運ばれてきたデザートは、ちいさな芸術品だった。鮮やかなベリーソースを絡めたムースに、薄く飴細工が飾られて、添えられたバニラアイスからは甘い香りが立ち上る。
 ソニアのちいさな舌先が、上品な甘露を迎えて、蕩けるように瞳を瞑る。その様子を正面に見つめて、ダンデは食後のコーヒーカップにくちびるをつけ、滑らかに傾けた。
「――ソニア」
「なあに?」
 静かなピアノの旋律が流れる中、ふたりの傍らには、暗い夜空に輝く星と、洪水のようなシュートシティの夜景が煌めいている。シックなライトの光の下で、ダンデの黄金の瞳がゆっくりと細められた。
「……この上に、部屋を取ってあるんだ」
「……」
 低い囁きに、ソニアの視線がコーヒーカップに落ちる。驚いた様子はない。さすがに彼女も、ダンデの古典的といっていい段取りにどこかの段階で気づいていたらしい。
 そんなソニアに、ダンデは一切の焦りを見せずに続けた。
「今夜は帰らないでほしい」
「……」
 真正面から切りこまれて、ソニアの睫毛が震えた。その白いほほが、うなじのあたりまでほんのりと色づいているのは、ワインのせいだろうか。けれど彼女は、まるで息を殺すように固まって、ダンデの方へ視線を向けようともしない。
 ダンデは三回ほど瞬きをして、ゆっくりとカップをソーサーに戻してから、てらいなく笑った。
「……サプライズは嫌いだったな。今度は予告してから誘うぜ」
「……」
「まだまだ作戦は考えてあるんだ。持久戦も得意だぜ、覚悟してくれよ」
 あくまでもあっさりと、軽やかに彼が言うのに、ソニアは眼差しをコーヒーカップに縫い留めたまま深く息を吸う。緊張に震えながらも、みずみずしいエメラルドグリーンは宝石のようにきららかだった。
「……ダンデくん」
「……ん?」
 優しいダンデの相槌に、ソニアは恐る恐る眼差しを上げた。真っ赤に染まった彼女の対面に座るダンデは、真剣な表情でこちらを見返している。
 どこまでも穏やかで、大人の男の余裕を体現しているような彼の、その瞳の色だけが、ソニアの良く知る焦れたような、切ないような輝きを宿していた。
 ――残念、ダンデくん。目の色だけはごまかせないね。
 こころの中で呟いて、ソニアは睫毛を伏せる。自分たちの陥っている、この居心地の悪い状況が、どうにも耐えられない。
 だけど、ソニアはずっと、思っていたではないか。
 女は、肩書ではなく、実感で恋人を受け入れるのだと。
 馴染み深い空気感に安堵して、ずるずると微温湯のように過ごしていたソニアに、ダンデは根気良く付き合ってくれた。けれど、ふたりの間に訪れる変化は日常の至る所に潜んでいて、ソニアだって無意識に、そのピリピリとした緊張感に触発されて、少しずつ意識を変えていて。
 彼女に必要だったのは、あとほんのわずかな一押し。その機を逃さず、ダンデは鮮やかに王手をかけた。
 ここまでお膳立てされて、これ以上逃げるとしたら、それはダンデの優しさや勇気に甘えて、彼にだけリスクを負わせるということ。
 彼の生涯のライバルとして――恋人として、それだけはできない。
 最後はやっぱり、意地と見栄。そんな自分たちの関係に、今夜からは新しい名前がつくだろう。
 なにかを手放せば、なにかを得られる。
 そう確信して、ソニアはゆっくりとくちびるを開いた。



《恋する動詞111題》
#33.放す【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】


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