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#32.染める【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】

2026/07/15 19:04
【お題】ダンデ×ソニア




 *#31.隠すのあとのお話です



 寝返りを打てない。
 無意識に身体の不自由さを覚えてダンデの瞳がゆっくりと開いた。右の上腕筋から肩甲骨にかけて、軽い火傷を負っていて体重をかけられないため、左腕を下にして眠っていたのだが、いつもとは違う感覚に眠りは浅かった。
 彼のおおきなベッドの中に、恋人の姿がないことに気づいたのは、その浅い眠りに倦み疲れたころ。いつものように、ソニアを抱き込んで眠ろうとしたダンデに、怪我人がなに言ってんの、と一蹴しようとした彼女を口説き落とし、傍らに眠ることだけは譲歩してもらえたのだが、いつの間にか抜け出ていたらしい。
 夜中に熱が出たダンデに、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれたのは覚えている。その時に、別の部屋に戻ったのだろうか。不意に肌寂しくなり、寝返りも打てない窮屈さも相まって、唸り声のようなため息が出た。
「……どしたの、ダンデくん」
 ふいに、足元の方から声をかけられて、思わずびくりと震える。首の筋肉だけを伸ばし、怪我に障らないようにそちらを向くと、広い寝室の隅の方で、うっすらと明けの光を漏らすシェードの下、ちいさなテーブルにモバイルを広げたソニアが、そっとこちらを窺っていた。
「……そこにいたのか」
「うん。あ、もしかして、ソニアさんがどっか行っちゃったと思って寂しくなっちゃった?」
「ああ」
「おう、素直……」
 照れ臭げに笑って、ソニアが細いスツールから立ち上がった。確かそのイスとテーブルは、物置にしているWICの奥の方に追いやっていたものだ。いつの間にそれを持ち出したのか、と思っていると、ソニアはゆっくりとこちらにやってきて、ベッドに腰を下ろした。
「どれ……」
 囁いて、そっとその白い手をダンデのほほに伸ばす。無精髭の生えたざりざりした感触に優しく添わせて、額の方へ流した。
「ん……まだちょっと熱い、かな?」
 慈しみのこもった触り方に、ダンデの全身が蕩けるように安堵する。彼は不自由な右腕をそろそろと動かして、わずかな痛みと引き換えに、彼女のやわらかな手をそっと握りしめた。
「だいじょうぶだぜ。発熱してる感覚はない……」
「ダンデくん、平熱高いもんね。喉は? 乾いてない?」
「ん……水欲しい」
「はい」
 甘ったれて言えば、ソニアはすぐにサイドテーブルへと手を伸ばした。握りしめていた手が離れ、キャップをひねる音がする。
「起きられる?」
「ん」
 ゆっくりと左腕を支点に身を起こすダンデを支えて、ソニアが彼の背中にたくさんの枕を添える。そこにもたれたダンデは、手渡されたおいしいみずをごくごくと飲んだ。その勢いに、ソニアはわずかにほほ笑む。
「たくさん飲んで。微熱出てたから、水分が足りなくなってるんだよ」
「……サンキュ、ソニア」
 半分以上飲み切ったペットボトルを返すと、ソニアはそれにきゅっとふたをして、テーブルへ戻す。ダンデはぼんやりとする視界を凝らすように、部屋の隅を見やった。
「仕事してたのか?」
「うん。昨日の負荷検証試験のレポート。早めにまとめれば、二、三日は時間作れるから」
「……オレのため?」
 わずかに申し訳なさそうに問えば、ソニアは化粧気のない白い顔に悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「ダンデくんと、わたしのため。きみがピンチな時くらい、傍にいさせてよ」
「……いつも、傍にいていいんだぜ」
「それは無理。ソニアさんにもやるべきことがあるからね」
「知ってる」
 だから、これは一晩微熱に浮かされた男の戯言。ふわふわとした意識のまま、ダンデはふう、とため息を吐く。
「……ホントのことを言えば、このくらいの怪我なら、オレは一人でもだいじょうぶなんだぜ」
 低い呟きに、ソニアが眼差しを上げる。ダンデはぼうっとする瞳を昏いシーツに向けて、懺悔するように続けた。
「チャンピオン時代も、このくらいの怪我はザラだった。オレの手持ちは攻撃性が高い。どれほど注意しても、バトルの影響でトレーナーが怪我を負うのは日常茶飯事だ」
 ガラルのトップクラスのポケモンバトルにおいては、キョダイマックスやダイマックスにおける大迫力のバトルが当たり前で、それを誰よりも近くで見守り、制御するトレーナーは、常に危険と隣り合わせでもある。もちろん、バトルをする以前の、ポケモンたちを鍛える場面でも様々なアクシデントは多く、華々しい世界の舞台裏は常に過酷だった。
 幼い頃からそんな生活の中に身を置き続けたダンデにとって、命に関わらない、日常に不自由を感じる程度の怪我はもはや怪我ともいえない些末事で、今回にしても、本当にソニアやホップに伝える要のないものだと思っていた。
 けれど。
「……知らなかったぜ。怪我をしてる時、傍に誰かがいてくれるのが、こんなに安心できることだったなんて」
「……ダンデくん……」
 滲むようなダンデの言葉に、ソニアはそっと彼の名を呼び、それからゆっくりと手を伸ばす。
 その指が、ダンデの高い鼻梁を容赦なく摘まみ上げた。
「っいて!」
「あのねぇ~。知らなかったぜ、じゃないよ。きみが怪我をした時に看病してあげるの、初めてじゃないからね。忘れたとは言わせないよ」
「ひょ、ひょひは」
「大体、子供の頃だって毎日みたいに怪我してたじゃん。擦り傷や打ち身くらいだったけど、たまに捻挫とか切り傷とか作ったりさ。そのたびに、応急処置してあげた恩を忘れたか~」
「は、わふれてはいへ」
 鼻をつままれたままわたわたと動くダンデは、ピリリと引き攣れるように痛む腕に顔をしかめる。ソニアは急いで手を離した。
「あら失礼。痛む?」
「……痛い」
「ごめんごめん。でも、ちょっと感傷に浸り過ぎのオーナーさまに、お灸を据えようと思ってさ」
 拗ねたようにこちらを見つめるダンデに、ソニアはニシシ、と悪戯っ子のように笑った。
「わかってるよ。ダンデくんが10歳のころからずっと、ひとりで頑張ってたことは」
「……」
「でも、だからって、それが当たり前だなんて思わないでよね。このくらいの怪我は平気だとか、自分でなんとかできるとか、勝手に線引きしないで」
「……ソニア」
 真っすぐにエメラルドの瞳を向けるソニアに、ダンデは熱に浮かされたような眼差しになる。ソニアは再び手を伸ばし、わずかに汗ばむダンデのほほを撫でた。
「……やっと、公明正大にきみを助けられる立場を手に入れたんだから。これからは、安心してソニアさんを頼りなさい」
「……ああ」
「そうやってひとつひとつ、いままでとは違う日常に慣れていってさ」
「うん……」
「いつか、気がついたらどっぷりソニア色に染めあげてあげる」
 そう言うと、ソニアは本当に嬉しそうに笑った。満足げに胸を張る彼女に、ダンデはどうしようもない愛おしさを我慢できず、痛みの走る右腕を彼女の方へ必死に伸ばした。
「ソニア、来てくれ」
「え、ダメだよ。きみは怪我してるんだってば」
「いい。痛くてもいいから、ソニアを抱きたい」
「は、はあ? や、ちょっとそれはマジで無理でしょ……」
「文字通り、抱きしめたいだけだ。期待させてすまん」
「き、期待してないっつの! ……もう。仕方ないなあ……ちょっとだけだよ?」
 真っ赤になったソニアが、ぶつぶつと文句を言いながらも従順にダンデの期待に添える。彼が伸ばした腕の中に、そろそろと身体を寄せて、出来るだけ患部に影響がないようにその体重をかけていく。
 ソニアのそんな気遣いを無にするように、ダンデは思い切り両腕で彼女を抱きしめた。
「いてっ……!」
「ちょ、ダンデくん、だから無理しないでってば!」
「っ……いい、このまま……」
「ちょっとぉ……もう……ばかなんだから……」
 ぎゅうっと力をこめられて、その息苦しさに辟易しながらも、ソニアはこれ以上なく満たされる。あたたかく熱を帯びたダンデの胸にほほをつけ、その少し早い鼓動のリズムに涙がにじんだ。
「……きみの色にどっぷり染まる頃、オレはきみなしじゃ生きられなくなるな……完全に」
 うっそりと呟くダンデの言葉に、ソニアはくふくふと笑う。
「そうだよ。それこそが……ソニアさんの野望なのだ」
「ひどいな……オレの十年以上の強がりを、全部ひっくり返すつもりか?」
「それが『強がり』だとわかってるものはね。ダンデくんが培ってきたものは、わたしにも変えられない、本物の強さだよ。それは、きっとそのまま……誰にも染められない」
「ソニアには染められるぜ」
「ふふ、そこはわたしが染めたくないんだよ」
 もぞもぞとソニアが動く。ダンデはゆっくりと腕の力を弱めて、胸の中でこちらを仰向く白いちいさな顔を見つめた。
「それにね、きっとわたしもダンデくんの色に染まってく。でも、譲れないものはきみにも変えられないし、変えさせないでしょ?」
「ああ」
「そうやってね、少しずつ譲歩して、染め合って……いつの間にか、同じ色になってるよ、わたしたち」
「子供の頃みたいにか?」
 ダンデの囁きに、ソニアはにっこりと幸せに笑み崩れた。
「そう、子供の頃みたいに。あの頃の、純粋で、一生懸命で、世界の中心にきみがいた頃みたいに」
「……ソニア」
 万感をこめたダンデの囁きに、ソニアはくふんと笑いながら首を伸ばす。不自由な彼を補うように、彼女はそっとそのくちびるを彼のそれに重ねて、労わるように合わせた。
 明け方の静かな寝室に、ダンデの切ない呻きが響く。
「……ソニア……抱きたい」
「抱きしめてるじゃん」
「そっちじゃなくて」
「……いや、無理でしょ……」
「痛くてもいい」
「わたしがイヤ。気になって集中できない」
「ソニア……」
「……だぁ~~もう、ダメって言ったらダメ! そんな顔してもダメ、はい、もう寝なさい」
「……きみなしじゃ生きられなくしといて、そうやって突き放すのか? 悪魔かソニア」
「そうだよ、あくタイプソニアだよ。そう簡単に丸め込めると思ったら大間違いさ」
 往生際の悪いダンデの腕の中から抜け出そうと身じろぐソニアに、ダンデは起死回生の一言を放った。
「安心してソニアに頼っていいって言ったよな?」
「え……う、うん。言ったけどさ……」
 キラキラと輝くダンデの金の瞳に、ソニアは盛大に嫌な予感を感じて警戒した。それは図に当たり、ダンデはずばりと彼女の急所を狙い撃つ。
「いままさに、きみを頼りにするぜ、ソニア。オレが不自由な分、きみに頑張ってもらいたい」
「……まさかとは思うけど、頑張るって……」
「オレの右腕に負担がかからなきゃいいんだろ? なら、やりようはいくらでもあるぜ。まずソニアに上に乗ってもらって……」
「寝ろ!!!」
 真っ赤になったソニアが、勢い良くダンデの身体を突き放す。途端に右腕に激痛が走り、ダンデは声にならない声を上げた。
「そっ……ソニア、いまのはひどいぜ……」
「やかましいわ! ったくもう、わたしは仕事があるんだよ、これを片付けないときみのお守りもしてあげられないの。邪魔しないでよね!」
 ぷりぷりと怒りながらベッドを降りていくソニアに、ダンデは涙の滲んだ瞳を向ける。
「……何日くらい、ここにいられる?」
「そうね、二日……ギリギリ三日かな。そのくらいあれば、きみも普通に動けるようになるでしょ」
「一日あれば回復するぜ」
「はあ? まあ……確かに、驚異の回復力だもんねえ。ブラックナイトの時も、そういえば即退院してたっけ。がんばれ~ダンデくん」
 モバイルを立ち上げながら適当に流すソニアに、ダンデはうっすりと笑った。
「一日経ったら、きみは自分の言葉の責任を取れよ」
「は?」
「オレはきみに頼りきりになるからな」
「はあ? なに言ってるの、怪我が治ったら自分のことは自分で……」
 そう言って目を上げたソニアは、薄闇の向こうから金色の瞳が、まるで捕食者のように自分を捕えていることに気づいてざわりと背筋を伸ばす。
 ダンデのあからさまな挑発に、ソニアは恐る恐る口を開いた。
「……あの~、ダンデくん。頼りきりになる、というのは……右手がちょっと使いづらいから、助けてね~って感じだよね……?」
「ああ、そうだな……右腕が使いづらい分、ソニアに任せる部分が多くなると思う」
「……任せるというのは、例えば、ご飯の支度とか、手持ちのケアとか……」
「全部だぜ、ソニア」
 にっこり。
 ダンデにしては珍しく、論破するように言い切った。ソニアはその鉄壁のスマイルと、たったいま彼が支払った莫大な欲求不満のコストとを素早く計算し、それから黙ってモバイルに目を戻す。
 この仕事をわざと遅らせれば、彼に意趣返しができるだろうか? 一瞬浮かんだ底意地の悪い作戦は、けれど結局それがソニア自身をも苦しませる悪手だと思い知っているために、彼女は真っ赤に染まったほほを明け方の曙光に照らしながら黙々とキーを打ち続けた。



《恋する動詞111題》
#32.染める【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】


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