challenge
#31.隠す【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】
2026/07/13 22:31【お題】ダンデ×ソニア
シュートスタジアムは、全ガラルで最も激しく、最もエキサイティングなバトル興業の本拠地である。毎年行われるセミファイナル、ファイナルトーナメントだけに留まらず、シーズンごとに各ジムリーダー、上位ランカーによる公式、非公式を問わないバトルが催される。もちろん、毎回の目玉は大迫力のダイマックス、キョダイマックス戦で、それに必要不可欠なガラル粒子の変動は、常に細心の管理を求められるものだった。
そのための恒例作業である、シュートスタジアムでのガラル粒子負荷検証試験は、安定的なガラル粒子の放出と定着を検証するため、様々な状況下を想定して実験的バトルを行うものだが、今月予定されていた上位ランカーに不測の事態が生じ、急遽トレーナーを用立てる必要に迫られた。
「というわけで、お願いホップ」
パチン、と手を合わせるソニアに、ホップはニカッと屈託なく笑う。
「もちろん、オレでいいなら是非やらせてくれ!」
「あれ? 意外とやる気?」
「そりゃそうだよ、非公式とはいえ、上位ランカーと全力で試合できるチャンスなんてあんまりないからな。いつお呼びがかかるかって楽しみに待ってたんだぞ」
「あらあ~……そう、そんなに期待してたかぁ」
にい、とソニアの瞳が弓なりになる。悪戯を仕掛けるチョロネコのようなその表情に、ホップはぎくりと眉を上げた。伊達に付き合いが長いわけじゃない、この表情のソニアはなにかよからぬことを企んでいる、と即座に察する。
「なんだよ、ソニア。その顔は……」
「いやあ~? そういえば、この検証バトルには、あんたを同伴させたことまだなかったなあ、って思って」
ポケモン研究所の優秀な助手と、王立アカデミアの飛び級学生を掛け持ちしているホップには、主にフィールドワークやデータの整理といった、実地で経験を積む業務を任せている。ガラル各地のバトル施設における粒子測定などの定期作業は、彼が学業に専念するタイミングにスケジュールが組まれていた。
「じゃあ、初めての経験だ。楽しみだね、ホップ」
「いや……ますますなんか、不穏だぞ……」
にっこりと満面の笑みを浮かべるソニアに、いまさらながら、ホップは軽々しく引き受けすぎたかと背筋を伸ばしたが、案の定大変に後悔をすることになる。
ポケモンバトルにおいて、予定調和というものはほとんどない。その時々のポケモンの状態、トレーナーの戦術、気迫、さらには天候や気温、湿度などの自然現象にも細かく左右される。野外での試合に比べれば、スタジアムでの条件を安定化させるのは可能とはいえ、そこにはもちろん、綿密な準備と対策が求められていた。
つまり、反復に次ぐ反復、地獄の反復作業である。
『ホップ、もう一度バイウールーダイマックス!』
「うげっ! マジか、ちょっと厳し……」
『いける! 粒子注入完了! ユウリはインテレオンをもう一度!』
「は、は~い!」
ホップの対面には、さすがに疲労を見せるユウリがいる。多彩な手持ちと技を持つ現チャンピオンは、持てる技術を惜しみなく披露し、ソニアの無茶ぶりともいえる検証に付き合っていた。
ホップも懸命にそれに食らいつき、ソニアが指示する試合運びに終始する。思っていた以上に過酷だが、自分の手持ちの知らなかった一面が垣間見えたりと、トレーナーとしても実りのある時間だった。
のだが。
「さすがに疲れたぞ!!」
正味三時間にも及ぶ検証作業は、ノンストップのバトルだった。手持ちたちも軒並み疲労困憊し、そのために用意された回復施設にすべて収容されている。もちろん、彼らへの負荷は綿密に計算されているので、これによる深刻な故障などの心配はない。
選手控室でさすがに伸びているホップとユウリに、ソニアはニコニコと上機嫌でペットボトルのおいしいみずを差しだした。
「いや~、さっすが伝説コンビ! いつも以上に実りある検証ができたよ、ありがとね~!」
「そ、ソニアさん……やっぱり、いつもよりも無茶ぶりしてたんだぁ……」
「あは、バレた? あんたたちだからだいじょぶかなって!」
あっけらかんと言うソニアに、ホップとユウリは恨みがましい視線になる。そんな年少組の様子に、ソニアはさすがに機嫌を取るように猫なで声になった。
「まあまあ、お礼にお姉さんが美味しいもの御馳走しちゃうよ! なにが食べたい?」
「肉!!」
「甘いの!」
「はいはい、そう言うと思って、スイーツも絶品なおいし~いグリルハウス予約してるよ。あ、ダンデくんも合流するって」
「えっ、アニキも? あ~、じゃあオレたちお邪魔じゃないか?」
「ねえ?」
逆襲する年少組に、ソニアはツンと顎をそらせる。
「なぁにをいまさら! あんたたちに遠慮されるほど落ちぶれてないわよ」
「そうだよな、ほとんど毎週末アニキのマンションに通ってるもんな?」
「は、はあ!? なんで知って……っ」
途端に、年上の余裕が秒で消え去る。ソニアが真っ赤になって眉を吊り上げると、ホップはにやにやと笑いながら立ち上がった。
「なぁんだ、やっぱそうか! 最近金曜日にシフト入らないから変だなって思ってたんだぞ」
「ホップ、カマかけ上手~。でも、ポケモンリーグやバトルタワーのスタッフも、遠慮して金曜の夕方はダンデさんにあんまり仕事回さないようにしてるって噂、わたしも聞いたよ」
「ぐっぐぬぅぅ……っ」
もはや反論する余地もなく、ソニアが唸る。それからコホン、と咳をして、年少組を追い立てた。
「ほらほら、余計なことはいいから早く行くよ!」
「ああ、オレ腹ペコだぜ」
「わたしも~」
三人が控室を出ていこうとした瞬間、ソニアのロトムがぶるぶると震えながら飛び出した。作業中はマナーモードにしているため、無音のロトムにソニアが声をかける。
「ロトム、音声オン」
《ダンデからメッセージロト~。『悪いソニア、今日は行けなくなった。オレのカードでホップたちにたらふく食べさせてやってくれ』ロト~》
そのメッセージに、ソニアがきょとんと目をまるくし、ホップとユウリも立ち止まる。それから、少し心配そうにソニアを見やった。
「ソニア、アニキどうかしたのか?」
「……さあ、なんだろね? でもだいじょうぶ、ダンデくんのカードはここにありま~す」
ふっと表情を変えて、悪戯っぽく笑ったソニアは懐から燦然と輝くブラックカードを取り出す。
「こんなこともあろうかと、預かっておいたのさ! 予算無制限のお墨付きもあるよ、今日はじゃんじゃん食べて飲んで、疲れを癒してね」
「おお。じゃ、遠慮なく! な、ユウリ!」
「うん」
そのいつも通りの様子に、ユウリはほっとしたように笑った。ソニアはふたりの背中を押しながら、元気よく控室を出て行く。
ダンデの不在は残念だけれど、ソニアが始終明るく二人を労い、評判通りに美味しい店でのひと時を過ごした。十分に空腹を満たして、こころの底から満足したホップとユウリは、店を出て帰路につくころ、さりげないソニアの声に振り返った。
「じゃあ、わたしはここで。ふたりとも、気をつけて帰るんだよ」
「え、ソニアは帰らないのか?」
反射的に声に出したホップの脇腹を、ユウリの肘がツンと突く。あっと間の抜けた声を上げたホップが、訳知り顔で笑った。
「そっか、ソニアはアニキんとこか。よろしく伝えてくれよな」
「はいはい。ふたりとも、まっすぐ家に帰るんだよ。夜遊びしちゃだめだかんね~」
軽く手を振って、ソニアが踵を返す。その細い後ろ姿を見送りながら、ホップとユウリは顔を見合わせてくすくすと笑い合った。
「やっぱり、顔見ないと帰れないよねぇ。ソニアさん、乙女だなぁ」
「ああいうとこ見せられると、ふたりは付き合ってんだよな~って改めて思うぞ」
「そだね。普段そんなでもない分、たまに見えちゃうとドキッとするよね~」
「いままでのイメージがあるからさ、そのギャップにたまに調子が狂うんだぞ……」
「それはもう、慣れるっきゃないね!」
けらけらと明るく笑うユウリに、ホップはちぇ、と苦笑げにほほ笑んだ。
二人と別れたソニアは、そのまま足早にシュートシティの雑踏を過ぎ、途中で拾った車両タクシーにダンデのマンションの名前を告げる。滑らかに進む車内で、細い手首につけた時計を確認すると、二十時を回ろうという頃だった。
マンション前のロータリーで降りると、そのままカードをかざしてエントランスを開く。コンシェルジュに目顔であいさつをし、足早に専用エレベーターへと向かい、そのまま慣れた動作でペントハウスへと昇っていった。
カードキーをかざして玄関を開くと、淡い間接照明に照らされる廊下の奥から、どことなく焦ったような雰囲気が伝わる。ソニアの来訪は、エレベーターの発着で気づいているらしい様子に、彼女ははぁ、とため息をついた。
前触れナシの夜の訪問。恋人の訪れに焦りを見せる……なんて、浮気かなにかを疑ってください、と言っているようなシチュエーションだが、ソニアは全く躊躇いを見せずにずんずんと進み、巨大なすりガラスのリビングドアを開いた。
「こんばんは、ダンデくん」
「ソニア、いらっしゃい」
白いカッターシャツにダークカラーのテーパードデニムを合わせたダンデは、いつも通りの様子でソニアを出迎えた。広いリビングには、珍しく一体の手持ちの姿もなく、ソニアがぐるりと視線を回すと、それに気づいてダンデが言った。
「リザードンたちは、回復センターだ。今日のバトルで少し張り切ってしまってな」
「ランクアップ戦だよね?」
「ああ。今回のチャレンジャーは面白かったぜ。ガラル外から来たらしく、手持ちもみんな変わった特性の……」
「そっか。んで、どうしたの?」
「ん?」
ダンデが小首を傾げる。その様子に、ソニアも薄くほほ笑んだ。
「今日のディナーをキャンセルする、なにがあったの?」
「ああ、すまん。特になにがあったというか、そのチャレンジャーとのバトルが思いのほか長引いてしまってな……待たせるのも悪いと思って、連絡したんだ。オレもいまさっき帰ったところだぜ」
「そうなんだ。それだけ?」
「ああ」
表面上は特になんの違和感もないような会話の途中、ソニアはじっとダンデの黄金の瞳を覗き込むように見つめた。ダンデは鉄壁のポーカーフェイスでそれに応えて、面白そうに苦笑する。
「どうしたんだ、ソニア? なんだか、名探偵みたいな顔をしてるぜ」
「そう見える? なにか隠してるのかな、ダンデくんは?」
「いや、なにも?」
無邪気に否定するダンデに、ソニアはそっと近づく。お互いの香りに触れるほどの距離で、ソニアはにっこりと猫のように瞳を細めた。
「……ねえ、今日泊まっていってもいい?」
「え?」
その思いがけないセリフに、ダンデは思わず声を上げた。週半ばの平日に、ソニアがダンデのマンションに泊まることなどいままでなかった。まして、お互いに多忙だと知っている。ソニアらしからぬ言葉に、ダンデは困ったように眉を寄せた。
「いや……だが、きみは明日も仕事だろう? オレも、予定が詰まっているし……」
「始発で帰ればだいじょうぶよ。……ね、いいでしょ?」
そう言いながら、ソニアの細い手がゆっくりとダンデの首筋に伸ばされる。身体をこすりつけるようにして抱き着くソニアの香りに、ダンデの長い睫毛が揺れた。
「……どうしたんだ、ソニア。今日はなんだか……」
「大胆? 積極的? はしたない?」
「三つめはないな。でも……ちょっと、らしくない」
ソニアの腕がダンデの首筋から後頭部に伸びる。引き寄せられたくちびるが重なると、ダンデは続けるべき言葉を見失った。
しっとりと潤む彼女のくちびるが、肉厚のダンデのそれを塞いでは蠢く。舌先は滑らせない。くちびると歯だけで翻弄するその動きに、ダンデは我知らず左腕を回して、ソニアのやわらかい身体を抱き寄せた。
全身でダンデに絡みつくソニアのぬくもりが、硬い彼の筋肉に添うように揺れる。ダンデは瞼を閉じながら、激しい警告音が鳴る脳内に集中しようと必死だった。
けれど、ソニアのくちびるは決してダンデを逃さない。いったいこれほどの技をどこで……と考え、すべてふたりで積み重ねた修練の結果だ、とダンデが思い知った次の瞬間、ソニアの細く滑らかな腕が不意打ちの速度で右の上腕筋を強く滑った。
「……ッッ!!」
途端に走った痛みに、ダンデが思わずくちびるを外してのけぞる。一瞬で顔を青くさせた彼を睨み上げて、ソニアは冷酷な笑みを浮かべた。
「……あ~らダンデくん……あんまり興奮しないでよ。どうしたの? なにも隠してないんでしょ……?」
「ぐ……」
苦しげに歯を食いしばるダンデに、ソニアは改めて呆れたように眉を上げた。
「……ほら、もう諦めて。診せて」
「……ソニア……」
「隠し遂せると思ったの? 相変わらず甘いね、ダンデくんは」
ポンポンと飛び出る小気味いい罵倒に、ダンデは完全に降参した。ソニアにもたれかかるようにして左腕を回しながら、そっとソファへと座り込む。
前開きのカッターシャツ、そのボタンをひとつひとつ開いていくソニアは、丁寧に巻かれた包帯の白さに瞳を細めた。それから、ゆっくりとシャツを脱がせると、右の上腕筋、そして肩甲骨の方へと見える広範囲のガーゼを確かめる。
「……火傷?」
「ああ。たいしたことはないんだが……」
「リザードン?」
「相手のリザードンの技だ」
ポケモンバトルには、常にトレーナーへの危険が伴う。最大限の安全を考慮して設計されたバトルフィールドとはいえ、不測の事故は常に起きるものだ。
それでも、これほどおおきな怪我に繋がるバトルは珍しい。ダンデほどの手練れともなればなおさらで、よほどのイレギュラーがあったのか、とソニアが眉を寄せると、ダンデはやわらかくほほ笑んだ。
「本当に、不測の事故だったんだ。相手が故意に撃ったわけでもないし、技の軌道がほんのわずかにそれた理屈は、その時の対応技の影響だとわかってる」
「その辺のデータ、あとで詳しく頂戴。それはともかく……なんで、これをわたしに隠したの?」
「あー……ソニアにっていうか……」
「ホップとユウリね。ったく、変なところで見栄張って。あのふたりだってプロのトレーナーなんだから、バトルの怪我なんて日常茶飯事だってわかってるでしょうに」
「まあな。だが、張れる見栄はいつだって張りたいぜ。アニキだからな」
ニッと悪戯っぽく笑うダンデに、ソニアは呆れたように眉を上げる。それからくちびるを寄せて、やせ我慢の上手な恋人を労った。
「……ごめんね、痛かった?」
優しく囁いて、その右肩にちいさくくちづける。ダンデはゆっくりとほほ笑み、ソニアのこめかみにキスをした。
「だいじょうぶだ。本当に、見た目よりもたいしたことないんだぜ」
「そうは言っても火傷でしょ。もしかして、今夜熱が出るかもよ」
「医者は、出ても微熱程度だと言ってたぜ。ただ、布に擦れるとヒリヒリするから、あまり右腕を動かせないのがな……」
「着替えも大変だし、微熱でも熱が出たら対処しなきゃだし。……それで? わたしになにか言うことは?」
「……きみは仕事があるだろ?」
「おんなじ条件で、おんなじことを、わたしがきみに言ったとしたら?」
「……仕事よりもきみが大事だ」
「よくできました」
にっこりと満足そうに笑って、ソニアはチュッと音を立ててダンデのくちびるにキスをすると、テキパキと立ち上がった。バッグの中のロトムを呼び出し、向こう数日の仕事のスケジュールの確認、調整を始める彼女の後ろ姿をとろんと見つめて、ダンデは幸せそうに瞳を閉じる。
怪我の功名、なんて言ったら、今度こそ本気で怒られるだろうか。そんなことを考えながら、早くもわずかにポカポカしてきた身体をゆっくりとソファに沈めた。
《恋する動詞111題》
#31.隠す【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】
