challenge

#30.重ねる【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】

2026/07/11 14:35
【お題】ダンデ×ソニア



 *#29.抱きしめるのダンデサイドのお話です



 やっとの思いで、16年来の幼馴染と恋人同士になった。
 『やっとの思い』というのは誇張でもなんでもなく、誰に聞いても涙なしには語れないくらいの努力と苦労の末、掴み取った栄光だ。もちろん誰彼構わず苦労話をしているわけではないが、長年オレの様子を見てきた弟や悪友などに言わせれば、もはや執念といってもいい状態だったらしい。
 納得いかない。
 オレはただ、生まれて初めて恋をした女の子を、手に入れたいと願っただけだ。たとえばものすごく心惹かれたポケモンがいて、いまの自分の実力では、決して手に入れられない相手だとしても、何度も挑戦し、策を練り、挫けずにひたむきにゲットを目指すだろう。
 それと同じだ、と説明すると、誰もが呆れたような、憐れむような顔になる。
 納得いかない。
 ともあれ、晴れて付き合い始めたオレとソニアは、それなりに順風満帆だった。
 互いに新たな立場を得て、社会的責任に追い立てられる日々と同時進行になったけど、そんなことは障害にはならない。オレに関して言えば、十年この方忙しいのが当たり前の人生だったし、ソニアだってオレに輪をかけたワーカホリックだ。決して褒められたことではないが、いまさら立場や職務が原因ですれ違う余地はない。
 お互いの性格は熟知した幼馴染同士だったし、不安になる要因はなにもなかった。ソニアのことなら、すべて知り尽くしている……とは、残念ながら言えないけれど、恋を打ち明けて、それに応えてくれた彼女の気持ちに、一片の疑問もない。
 ただオレたちは真っすぐに、お互いがこの世のなにより大切なのだと、決して離れたくはないのだと、当たり前の感情を認め合って、恋人になった。
 ただそれだけの、話なのだが。
「……」
 オレの視線の先で、ソニアが挙動不審になっている。
 常に聡明で、朗らかに明るいエメラルドの瞳が、先ほどから一切こちらを見ない。オレの視線に敏感で、すぐに気づいては「なあに、ダンデくん?」と問いかけてくれる彼女の眼差しが恋しすぎて、オレはますます視線を外せなくなった。
 原因はたぶん、この手。
 ふたりでまったりとソファに沈まり、間にワンパチを挟んで他愛もない会話を交わしていた。珍しくソニアの仕事も片付き、オレも後の予定がない、夕方近いこのひとときを、心底幸せだと感じていたのが、たった一分前の話。
 ワンパチが起き上がって温室の方へ行ってしまい、ふたりの間になんとなく寂しい空間ができた。だからオレはなにも考えずに、馴染み深い彼女の手をそっと握って、肌を合わせた。
 常日頃、道を間違えて迷いやすいオレの手を引いて、勇ましく先陣を切る頼りがいのある手は、改めて思うが滅茶苦茶にちいさくて、信じられないほどやわらかい。子供の頃は、互いにぽちゃぽちゃとした感触だったが、いまとなっては力加減を間違えるとあっさり壊してしまいそうなほど、ソニアの手は華奢だった。
 幼馴染同士の時には、気付かなかった。いや、正確には気づいていたけれど、それを突き詰めて考えると、胸苦しいほどの焦燥感に苛まれるので、オレはいつも、こころのどこかを切り離してソニアと接していた。
 一番近くて、一番遠い女の子。
 狙い定めたポケモンをゲットするように、いつかこの手で掴み取りたいと願って願って、祈っていた。
 そしていま、公明正大に彼女の恋人として、そのちいさく華奢な手を握っているというのに。
 視線が、合わない。
「……」
「……ソニア」
「ひ、あ、はい」
 たまりかねて呼びかけると、びくりとしたソニアの声。……はい? はいって言ったか、いま?
 なぜオレは、手を握った恋人に、敬語を使われているのだろう。
 恋人になる以前の歴史だって、16年もある。いまさらオレが、ソニアに対して怖がるようなことをするわけがない。嫌がることだってしない。彼女の意に染まないことは、なにもしたくない。
 だが……この手を握ること、そのものを怖がられているとしたら?
 オレの望みが、結局彼女の恐怖や怯え、嫌悪を招くとしたら?
「……」
 心臓が凍るような想像に、オレは息を飲んだ。
 まさか、そんなわけない。想いを打ち明けて、それを受け入れて、ソニアもオレを、好きだと言った。
 ――だから、そんなはずはない。
 オレに対するソニアの気持ち、その想いのすべてを信じて、オレはゆっくりと動いた。
 警戒心の強い野生のポケモンを相手にするように、気配を殺してじわりと動く。一瞬ソニアの睫毛が震えて、逃げてしまうかもしれない、と肝が冷えたが、彼女はただじっと、オレに手を握られたままの体勢で息を止めていた。
 ゆっくりと、ゆっくりと。忍耐強く、彼女を窺う。少しでも怯えるような、嫌がるような場合はすぐに身を引けるように、筋肉を緊張させながらそっと腕を回した。
 引き寄せた細い身体は、思ったほど抵抗もなくあっさりと腕の中に収まる。彼女の身体のサイズに合わせているため、屈んだ腰が若干引き連れるけれど、根性で無視した。
 顔の傍に、ソニアのふわふわの髪が触れる。信じられないくらいいい匂いがして、オレの頭がくらくらと揺れた。引き寄せた身体はあたたかく、そしてやわらかい。いままで何度もハグをして、なんの気なしに触れていたすべてのパーツが、初めて知るように新鮮な驚きをもたらした。
 そうだ、これはハグじゃない。友愛の挨拶でも、親愛のパフォーマンスでもない。
 恋人として、きみに触れたい。そんな単純で切実な思いを込めて、オレは両腕に力を入れた。
「……ソニア」
「なあに」
 今度の呼びかけには、いつも通りのやわらかい声が返った。オレの体温に馴染むように、ソニアの身体のぬくもりや、呼吸の音が重なる。その深い安心感に、そっと息を吐いた。
「……怖くないか」
「えっ、あ、だいじょうぶ……」
「嫌じゃない?」
「嫌じゃない、全然嫌じゃない!」
 その必死な様子に、オレはほっと緩んだ。本気で嫌がられているとは思わなかったが、幼馴染としての知識だけでは、どうしたって追いつかない。
 彼女はオレの恋人で、ふたりはようやく歩き出したばかりだ。
 ここから一つ一つ、恋人としての互いを学んでいけばいい。いつも通り、足並みをそろえて。呼吸を合わせて、時を重ねて、ゆっくりと、じっくりと。
 そんなふうに思いながら、オレは湧き上がる笑いをこらえきれずに言った。
「嫌じゃなくて、ちょっと怖くて、どうしていいかわからないから困ってるんだな、ソニア」
 言語化すると、彼女の体温が上がる。意地っ張りで恥ずかしがり屋なその反応が愛おしくて、つい気が急いてしまった。
「恋人として、ソニアに触りたい」
「……そっ、それはやぶさかではない。けど、ちょっと待ってもらえるかな?」
「待つぜ。でもどのくらい?」
「えーと……わたしが、十分な知識を得て、処し方を覚えるまで……?」
「処し方?」
 一瞬でうなじの毛が逆立つ。合理的なソニアは、オレたちの間に起きる恋人としての未知を、先んじて理解したいのだろう。ポケモンを学ぶように、バトルの戦術を組み立てるように、先々を理解して進む研究者としてのやり方を、こんな場面でも推し進めようとしている。
 そんなソニアの無邪気さに、自覚のない無謀さに、さすがにオレも黙ってはいられなかった。
 体勢を苦しがる彼女から離れて、仕切り直すために視線を強める。
「ソニア……オレたちは、恋人になったよな」
 今更のように念を押して、オレはゆっくりと彼女に近づいた。焦点がブレるほど傍にあるエメラルドが、宝石のようにまるく光った。
「だったら、オレたちの間に起こることは、オレたちで学ぶべきじゃないか?」
 他の誰かの経験談、一般的な対処法。
 そんなものはいらない。オレとソニアの間には、ふたりで作るものだけでいい。
「例えばこういうふうに、顔が近づいた時、オレたちの処し方として、キスをすればいいと思う」
 そう言って、少し強引に彼女にキスをした。幼い頃のように、邪気のない触れ合い。まるで挨拶のような、戯れのようなそれに、ソニアは素直に目をまるくして、こんなんでいいの、と言った。
 ああ、こんなんでいい。
 いまのところは。
 ソニアがなにを案じて、尻込みしていたかはわからない。けれど、彼女の性質から考えると、それはきっと『未知』への恐怖、困惑だろう。知らないものを知ることへの探求心が強いソニアだが、だからこそ、未知の分野への畏怖や警戒心は人一倍だ。なにかを探求する時、彼女は最善の備えをし、周到に構える。
 未知への畏怖が、彼女の怯えを招くのならば。
 一つ一つ丁寧に、経験を重ねていけばいい。
 先のことを恐れるよりも、いま手にしているものに集中させれば、彼女は勝手に学んでくれる。これは決して怖いものではないと。オレは決してひどいことはしないと。
 ただ、ゆっくり、じっくり。
 オレの熱に、慣れていけばいい。
 もの慣れない彼女の可愛らしい見栄や狼狽を、オレはひとつひとつ拾っては分析する。相手の得意分野、不得意分野。なにに恐怖を覚え、なにに興奮を覚えるのか。
 ポケモンバトルと同じだ。
 相変わらずオレの思考はそこに戻る。これを言ったら、ソニアは怒るだろうか。それとも案外笑うだろうか。
 オレにとっての最高のバトル。ソニアを相手にすると、どこまでもワクワクが止まらない。
「ソニアは頭がいいんだから、誰かになにかを聞かなくたって、オレとのことは自分で学べばいい。簡単なことから始めて、ちょっとずつステップアップだ。ポケモンバトルと一緒だぜ」
 つい、我慢できずに思ったことが口をついて出た。ソニアは怒りはしなかったが、笑うこともなく、どこか諦めたように呟いた。
「うう……さすがにそのたとえは情緒がナイ……」
「いいんだ、これがオレとソニアなんだから。オレたちらしく、恋人になろうぜ、ソニア」
 そう、ふたりで同じ目標に向かって夢中になる。幼いあの頃、まるで呼吸をするように当たり前だったあの感覚で、恋人になろう。
 オレの言葉に、ソニアは一瞬目をぱちくりとさせてから、ひどく嬉しそうに瞳を細めた。
「……了解だぜ、ダンデくん」
 そう言って、至近距離にあったオレのくちびるにそっとキスをする。6歳のころの可愛らしいファーストキスを思い出させるその感覚に、オレの背筋はゾクゾクと震えた。
 やっぱりソニアは覚えがいい。一つ一つのステップを示せば、恐れげもなくオレに向かってきてくれる。
 その圧倒的な安心感と信頼に、オレの中でなにかがひとつ、弾けた。
「……ソニア。もう一歩、進めたい」
「ふぁ?」
 くちびるが離れるか離れないかの瞬間に囁くと、ソニアはふわふわと蕩けるような眼差しでこちらを見やった。彼女を閉じ込めるように両腕で囲っていたオレは、その隙を突くようにぐっと身体を倒す。
 可愛らしいバードキス。覚えたてのそれに反応して、ソニアのくちびるがふっと力を抜く。
 そのやわらかさを堪能するべく、オレの口が動きを変えた。
「っ……んむっ」
 油断していたくちびるをこじ開けるように、舌を伸ばす。なんの備えもしていなかったそれが、あっという間に緩んだ。慌てたようにソニアが手を上げて、オレの肩を軽く叩く。怖がらせたかな、と心配になり、彼女の後頭部に手を添えて、宥めるように撫でた。
 その間も、舌先を動かしてそのちいさな口腔内を暴く。驚いて引っ込んだソニアの薄い舌を見つけて、とろりと絡めた。唾液の甘さに脳みそが痺れて、暖かな口の中の感触に夢中になった。
 オレの肩を縋るように掴んだソニアが、ちいさく震えながら唾液を呑む。案外上手に呼吸をしていて、やっぱりソニアは覚えがいい、と思った。
 オレの方はどうだろう。知識と本能だけで突っ走っているが、いまのところイメージ通りに進んでいる。想像と違うのは、その圧倒的な質感と、快感。暴走しないように抑えるだけで精いっぱいで、ソニアの様子を確認するのがだんだん疎かになってしまう。
 ソファを掴んでいた腕を、ソニアの背中に回した。意識せずに彼女を搔き抱き、そのまま撫で下ろす。うなじの滑らかさ、おくれ毛のやわらかさ、ぴんと張った背中の線、細い腰のくぼみ……
「んっんーっ、」
「!」
 絡めた舌先を噛まれた瞬間、脳天を突き上げるような快感が走った。その一瞬の隙に、ソニアがオレの肩をぐいと押しやって、全力疾走の時のように息も絶え絶えに喘いだ。
 ……あ。やばいな、これ。
 遅ればせながらそう自覚して、濡れた口元をぺろりと舐める。同じ唾液にまみれたソニアの赤いくちびるは、ぽってりと熱を秘めるように膨らんでいた。
 ゼイゼイと息を整えるソニアが、涙の滲んだエメラルドでギリッと睨んでくる。純粋な怒りと、多分恥ずかしさ、混乱……そこに嫌悪がないことに、心底安堵した。
「……ダンデくん……!」
「ごめん」
「なにが……っ簡単なことから、ちょっとずつステップアップだよぉっ!!」
「ごめん」
「いきなり飛ばしすぎだし、がっつきすぎだし、ま、マジで怖かったんだからぁ!」
「ごめんなさい」
 怖かった、と言われて、さすがに反省した。恐る恐る手を伸ばすと、ソニアは一瞬びくっと震えて、でもオレの情けない顔を見てなにを思ったのか、悔しげに眉を寄せた。
「もぉ~……ズルい! きみは卑怯だ! その顔すれば許されると思ってるでしょ!」
「そんなこと思ってない。本当に悪かった。ちょっと自分でもどうかと思う。やりすぎた」
「絶対思ってない!!」
「本当に、反省してる。ソニア……怖がらせてごめん」
 傍らに膝をつき、誠心誠意謝るオレに、ソニアは真っ赤な顔でくちびるを震わせる。それから悔しそうに呟いた。
「……怖がってなんかないよ、ウソついた。怖いんじゃなくて……」
「うん」
「……追いつけないのが悔しいの」
 正直なソニアの言葉に、オレは再び彼女を抱きしめた。毛を逆立てたチョロネコのようにカチコチになったソニアに、忍耐が降り切れそうになりながらも真摯に囁く。
「……約束する。ソニアを置いてったりしない」
「……ほんとかよ」
「絶対に。ソニアが足並みをそろえるまで待つぜ」
「ほんとに?」
「ああ。ソニアならきっと、すぐに追いつく。だからだいじょうぶだ」
「……なにもだいじょうぶじゃない!!」
 オレの期待のこもった言葉に、ソニアは再び真っ赤になって爆発した。



《恋する動詞111題》
#30.重ねる【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】



コメント

[ ログインして送信 ]

名前
コメント内容
削除用パスワード ※空欄可