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#29.抱きしめる【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】
2026/07/09 17:10【お題】ダンデ×ソニア
ひょんなことから、16年来の幼馴染と、お付き合いすることになった。
言葉にすると実に単純な話だけど、ことはそうなめらかではない。わたしとダンデくんの歴史は、多分一般的な『男女の幼馴染』としては、ちょっと紆余曲折に富み過ぎている、と、思う。
普通、幼馴染といえば、ちいさなころからおうちが近かったり、親同士が仲が良かったりで、同じ学校に通い、進学も同じ、もしくはプライベートの時間をなんだかんだと親しく過ごしていた、という前提があっての関係性だと思う。単に通っていた学校やクラスが同じだったとかだけでは、幼馴染とは呼ばないんじゃないだろうか。
それでいえば、わたしとダンデくんは確かに6歳から10歳まではかなり親密に過ごしていた。365日のうち、誇張なしで364日は一緒にいたと思う。1日くらいは、風邪をひいたりして離れていた可能性はあるし……いや待てよ、どっちかが休んだら、必ずお見舞いに行ってたかも。家族ぐるみで濃密なお付き合いをしていたし、下手したら本当に、365日顔を見ない日はなかった。
男の子と女の子、なんて性別の差がないくらい幼い頃から、わたしとダンデくんは唯一無二の気の合う友達としてお互いを認め合っていた。好き合っていた。うん、間違いない、自信ある。
でもそれは、何度も言うけど男女の性差のない、いわば天使のように清らかな感情で、お互いを好きだという気持ちにも、なにも難しい理屈はなく、ポケモンを通じて育んだ信頼、好意、強烈な相性の良さ……のようなものへの執着にも似た感情だった。子供がお気に入りのおもちゃを手放さない、あれだ。
確かに、ふたりともいろいろと極めちゃう性格だし、間にポケモンという絶対的な存在があったから、普通の友達関係よりは、濃かったし濃かったし、濃かった。でもそれだって、その後の人生で関わった人間にも同じことが言えるだろうし、現にダンデくんの周りには、ポケモンを通じて尋常じゃないくらい濃く関わっている人たちがたくさんいる。
その中で、わたしはというと。
10歳のころに強制的に離れ離れになって、それまで毎日のように会っていた幼馴染は、年に数回会えればいい方、という、その年頃の子供にとっては、もはや完全に縁が切れたといっても過言ではないくらいの疎遠になった。
住む場所も、立場も、目指す未来もなにもかも違ってしまった『幼馴染』を、普通はいつまでもそんなふうに呼ばない。ずっと大人になってもなんだかんだで交流があるからこその『幼馴染』だ。
……まあ、交流が全然なかったわけではないから、ギリギリ『幼馴染』でも、やっぱりいいのかな。
ダンデくんがチャンピオンになって、子供ながらに毎日目まぐるしく過ごすようになってからも、彼は折に触れおばあさまのところに来ていた。ポケモン研究所は、ガラル地方のポケモン研究の最先端だから、探求や研鑽に余念のないポケモンオタクのチャンピオンとしては、当たり前のルーティンワークだったんだろうけど、わたしに会いに来るわけじゃないから、当然毎回顔を合わせることもない。
まして、途中からわたしは他地方に留学したし、そうなってくるとやっぱり遭遇頻度は激減して、19歳で戻ってくるまでの数年間は、本当に全然会わずにいた。
だから、知り合って16年、トータルで言えば約4年間くらいは濃密に過ごして、その後はほぼ他人といってもいいくらいの交流度。あ、電話やメッセージを含めれば、さすがに他人は言い過ぎだけど、それでも、世間一般でいうところの『幼馴染』というには、やっぱり距離がある、と思うのだ。
……こんなことを、いまさら何故つらつらと考えているのかというと。
現実逃避である。
「……」
先ほどから、じりじりとした視線でわたしを射抜く幼馴染……いや、他人……違う、友達、じゃない、こ、恋人……そう、つい先日、ひょんなことからお付き合いを始めることになった『恋人・ダンデ』が、勝負をしかけてきた!
って、違う、そうじゃない。やばい、思考能力が著しく低下してる……これは、脳に十分な酸素がいきわたってないからだ。どうして酸素がいきわたってないかというと、十分な呼吸ができてないからだ。で、どうして呼吸ができないかというと……
「……」
ダンデくんに、手を、握られているからだ。
たったそれだけのことで、わたしは上手く息が吸えない。口呼吸をすればいいのか、鼻呼吸をすればいいのかもわからない。え、待って、鼻から息を吸ったり吐いたり? ダンデくんが見てるのに? マジで無理。
見てるというよりも、もはや凝視だ。じりじりと焦げるような眼差しで、さっきから微動だにしない。ソファに腰を下ろして、他愛無い話をしていたはずなのに。一瞬前までは、世界は平和だったのに。
いまは、呼吸さえできない。
わたしとダンデくんの間には、ワンパチ一体分の距離がある。これは正確。だってさっきまであの子が呑気に丸まっていたから。
でも、退屈したリザードンが温室の方へ行った途端、ワンパチはパチリと目を覚まして、わふわふとその後に続いた。あの子たちは、本当に仲がいいねえ、なんて幸せに眺めながらわたしが言うと、ダンデくんもそうだなあ、なんてのんびり答えていた。
そんな、日向ぼっこする老夫婦のような、無害で他愛もない会話を、していた、だけなのに。
ワンパチがいなくなった空間に滑り込んだ、ダンデくんの左手。その骨ばってごつごつした感触が、素早くわたしの右手を握りこんだのが、多分一分くらい前の出来事。
そしてそのまま、至近距離で見つめられている。
わたしはというと、昨日も握ったはずのよく知った手で……だってダンデくんは迷子の天才で、捕まえていないとあっという間に消えてしまうから……ただ握られただけなのに、何故かうまく呼吸ができずに固まっている。何故だ。本当に、何故だ。
今更、手を繋いだくらいでなんだというのだ。濃密な幼少期は、それこそ団子のように絡まって過ごしていた。高いところに上るための肩車、飛び降りる時のダイビングキャッチ、濡れた全身を拭いたり、額を合わせる、腕を組む、肩を組む、ほっぺにキス、くちびるにちゅう……いやほんとやりたい放題ね。
子供だからと許される、無垢なコミュニケーションのすべてを網羅したわたしたちに、いまさらなにを恐れることがあるのだ。
……え、わたし、恐れてるの?
ぴょんぴょん飛び跳ねている無軌道な思考の先に、思いもよらない単語が飛び出てきて、わたしは遅ればせながら自覚した。
わたし、怖がってる。
ダンデくんを。
正確に言えば、恋人になったダンデくんとの間に起こるであろう、未知のすべてを。
複雑な紆余曲折に富む幼馴染という間柄から、一気に恋人へと進化して、もしかして第二進化をすっ飛ばして最終進化しちゃった? ってくらい急激な変化に、まだついていけてない。
それなのに、いま、ダンデくんからこれ以上ないくらいはっきりとした意思表示を感じて……手を握って見つめる、なんて、プライマリースクールの子だって知ってる求愛行動……わたしは、はっきりと怖気づいている。
幼馴染としてなら、どんなことだってできちゃったのに。恋人という名前に変わっただけで、なんでこんなに怖いのだ。自分の恋愛経験の少なさが、本当に情けなく心許ない。
みんな、こんなことをもっと早く経験して、処し方を学んでいるんだろう。わたしが必死になって勉強と研究に明け暮れていたハイティーン時代、周囲の友達はキラキラと輝いていた。きちんと段階を踏んで、経験を積んで、成熟した大人として美しく成長を遂げていた、アゲハント。バタフリー? ええいどっちでもいい。
つまるところわたしは、おろそかにしてきたのだ。男女交際という経験を、恋人同士の処し方を、その学びを。
無知という名の重罪は、いままさに恋人に対する無粋という罪を重ねている。
「……」
そんなこんなで、わたしがまんじりともせずに固まっているのを、飽きもせず見つめていた男が、ようやく口を開いた。
「……ソニア」
「ひ、あ、はい」
なんで敬語。最悪。これじゃ、嫌がってるようにしか見えない。怖いけど嫌じゃないって、どういう態度で示せばいいの?
そんなこんなでさらに混乱しているわたしに、ダンデくんはゆっくりと動いた。まるで、野生のポケモンを警戒させないように、怯えさせないように、気配を殺して息を詰める、そんな呼吸のまま、じわりと身を寄せる。
ワンパチ一体分の距離が、ゼロになった。
「……」
手を繋いだまま、ダンデくんがわたしを抱きしめている。鼻先に彼の香りが触れて、子供の頃とは違うけど、でもすごく馴染み深いその匂いにふっと力が抜けた。
背中に回された腕が、負荷のかからないくらいの微妙さで引き寄せてきて、わたしはちょっと腰をひねった状態でダンデくんの肩に顎を乗せている。彼の薄明色の長い髪が、ほほに触れてくすぐったい。
じんわりと伝わってくる熱い体温と、呼吸のリズム。ああそうか、このリズムに合わせて息を吐けばいいんだ。ほっとして、わたしはゆっくりと深く呼吸をした。
不思議なことに、ワンパチ分の距離があった時よりも、肌と肌が触れるこの距離の方が落ち着ける。ダンデくんの鋭い黄金の瞳が見えなくなったから、っていうのもおおきいけど、なんだかんだいって馴染み深いこの体温に、緊張が一気に解けてしまった。
やっぱり、わたしたちって幼馴染だったんだ。ただの友達じゃ、こうはいかないよね。
そんなことを思って、わたしはふう、と息をつく。その動きに、ダンデくんの肩がぴくりと揺れた。くすぐったかったかな、と申し訳なく感じて、少しだけ離れようと身じろぎする。
強い力が、それを許さなかった。
「……ソニア」
「なあに」
やわらかく返せたことに満足したわたしに、ダンデくんはうなじのあたりでぼそぼそと続けた。
「……怖くないか」
「えっ、あ、だいじょうぶ……」
「嫌じゃない?」
「嫌じゃない、全然嫌じゃない!」
思わず力をこめて言うと、ダンデくんの喉がくつくつと震えた。うなじのあたりに笑う息がかかって、かなりくすぐったい。
「嫌じゃなくて、ちょっと怖くて、どうしていいかわからないから困ってるんだな、ソニア」
「……」
完璧に言語化した男に、わたしはなんの反論もできずに押し黙った。抱きしめられていた身体がちょっとずつ息苦しい。体勢のせいか、距離のせいか、わからないけど長くはもたない。
「恋人として、ソニアに触りたい」
突然投げ込まれたボールに、わたしは再び緊張した。これ以上ないくらいはっきりとした意思表示。フェアプレイ過ぎるダンデくんに、わたしも懸命に声を上げる。
「……そっ、それはやぶさかではない。けど、ちょっと待ってもらえるかな?」
「待つぜ。でもどのくらい?」
「えーと……わたしが、十分な知識を得て、処し方を覚えるまで……?」
「処し方?」
「つまり、こういう雰囲気になった時、どうすべきか学ぶまでの間。あんまり待たせないつもりだよ、だいじょうぶ、安心して」
「……どこでどう学ぶんだ?」
「ええっと、そうね、ルリナとか、友達に聞いたり、ネットで調べたり……」
「やめてくれソニア」
一段低く、唸るようにダンデくんが言う。ぎゅうっと抱きしめる力が強くなって、さすがにそろそろ腰が限界だ。
「ダンデくんごめん、ちょっとこの姿勢辛いかも……」
素直に言うと、ダンデくんは素早く離れていった。ワンパチ一体分よりは近いけれど、抱き寄せられていた体勢からは解放されて、捻っていた腰を伸ばす。
けれど、再びじりじりとわたしを見つめる……いやこれは睨む? ダンデくんの据わった眼差しを正面にして、またも呼吸が難しくなった。
「ソニア……オレたちは、恋人になったよな」
「……そうだよ? なんで?」
なにをそう確認することがあるんだろう。恋人になったから、わたしがどうすべきか勉強するって言ってるんじゃん。
するとダンデくんは、ほとんど鼻先が触れるくらいに近づいて、囁いた。
「だったら、オレたちの間に起こることは、オレたちで学ぶべきじゃないか?」
「へ? あ、ちょっと近い……っ離れてダンデくん!」
「例えばこういうふうに、顔が近づいた時、オレたちの処し方として、キスをすればいいと思う」
「へっ!?」
その言葉にぎょっとしたわたしに構わず、ダンデくんは素早く触れるキスをした。ほとんど感触なんかないその一瞬に、わたしはパチリと目を瞬かせる。
初めてのキスじゃない。子供の頃をノーカンとしても、恋人になりましょう、の時に済ませてる。
でもこんな、戯れるみたいな、羽根のように軽い、無邪気なキスを、恋人なのにしてもいいの? こんなんでいい?
「いま考えてることを言って、ソニア」
「えっ? あー、こんなんでいい?」
思わず反射的に答えたら、ダンデくんはブハッと笑った。顔を背けて、肩を震わせるその態度に思わずむっとしてしまう。
「な、なんだよ、なにがおかしいの!」
「いや、くくっ……怖がってるくせに、度胸があるな、って思って。さすがソニア」
「は、はあ?」
さすがと言われてるけど、絶対に褒めてはいないその言葉に、わたしはかぁっとほほが熱くなった。ダンデくんとやっぱり幼馴染だな、と痛感するのはこんな時。幼い頃、彼とはずっと対等で、ライバルで、意地を張れば意地が返るような長い時間を過ごしていたので、少しでもからかわれたり、侮られたりすると、反射で負けん気が出てしまう。
それは、恋人同士としては致命的なまでの色気のなさじゃないか、と我ながら思うけども、どうにも改まらない。パチッと静電気が弾けるように、わたしのスイッチが切り替わった。
「怖がってなんかないよ! 馬鹿にしないでよね、わたしだって少しは経験あるんだから!」
「……ほう?」
とたんに、ダンデくんの瞳の明度が下がる。おっとこれは、本気モードだ。
売り言葉に買い言葉で、拡大解釈の見栄を張ってしまったけども、さすがにまずいと気が付く。恋愛経験が皆無だと告白するのも、近所の男の子(5歳)に、お菓子をあげた時にお礼のキスをされたのを『経験』と呼ぶのも、どっちも恥ずかしい。ちなみにほっぺだ。
けど、恋人になりたての相手に『経験がある』なんて豪語されるのは、真偽はともかく気持ちいいことじゃないだろう。いやそもそも、本当に経験豊富なら、むしろそんな野暮なことを口にするわけがない。この発言自体が、経験不足の馬脚を現している。
そんなことを高速で考えていたわたしに、ダンデくんが再びずいっと身を寄せてきた。今度は思い切り身を屈めて、ソファの背もたれに両手をついて、わたしに覆いかぶさるようにしてくる。囲いのような薄明の髪が、わたしとダンデくんの顔の横を流れた。
「その『経験』ってやつを、詳しく教えてくれ、ソニア」
「ごめんっ見栄張った! ないです、そんな大層なアレはないですっ」
幼馴染に対する負けん気も、秒で消え去るくらいのダンデくんの本気モードに、わたしはあっさりと白旗を上げる。引き際を見極めるのも、優秀な研究者の重要な資質だ。
けれどダンデくんは、ゆっ……くりと顔を近づけながら、わたしの撤退行動を決して許さなかった。
「そんな大層なアレ? じゃあ、大層じゃないアレとやらを教えてくれ」
「いや、それは言葉のアヤというか、ホントになにもないんだってば、だからこんなに混乱してんでしょうが!」
「そうか、じゃあついうっかり、怖がってることを隠すために見栄を張ったんだな?」
「そ、そうだけど……なんでさっきから、いちいち言語化するんだよぉ……」
恥ずかしさに追い詰められて、わたしは身をすくませるようにちいさくなる。けれどダンデくんはそれを許さずに、じりじりとさらに顔を近づけてきた。
この、距離は。
「なあ、ソニア。最初は、『こんなんでいい』んだぜ」
「……っ」
俯いていた顎をそっとすくわれる。目が合った瞬間、ダンデくんは再び羽根のようなキスをした。
「こんなんでいいんだ。簡単だろ?」
「う……ん」
「ソニアは頭がいいんだから、誰かになにかを聞かなくたって、オレとのことは自分で学べばいい。簡単なことから始めて、ちょっとずつステップアップだ。ポケモンバトルと一緒だぜ」
「うう……さすがにそのたとえは情緒がナイ……」
「いいんだ、これがオレとソニアなんだから。オレたちらしく、恋人になろうぜ、ソニア」
そう言って、ダンデくんがニッと笑う。その顔がまさに、子供の頃365日目にしていたお馴染みの笑顔だったもんだから。
「……了解だぜ、ダンデくん」
彼の期待を正確に受け取って、わたしは目の前にあるくちびるめがけて、覚えたてのキスをした。
《恋する動詞111題》
#29.抱きしめる【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】
