challenge
#28.溶け合う【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】
2026/07/07 17:27【お題】ダンデ×ソニア
*#27.奪うの夜のお話です
薄闇にふと目が覚めた。
フットライトだけが灯る見慣れた自室の、ぼんやりとした白い天井。緩やかにファンが回るそれを眺めて、ダンデはゆっくりと瞬きをする。
体感的に、数時間は眠ったようだ。鉛のようだった疲労感は薄れ、だいぶ頭がすっきりとしている。
ただ、眠れと言われればまだまだ眠れそうな、よどんだ疲労の残滓はくすぶっていた。成人してから初めてといっていいほどの倦怠感と不調に、思わず額を押さえて呻く。
「……まだまだだな」
チャンピオンを退き、尊敬すべき存在の後継として重責を担って、自分では上手くやれていると思っていた。実際、ダンデでなくては立ち行かないことも多かったし、10年をかけて培ってきた実績と信頼は、まるで畑違いのチャレンジの大きな助けとなり、彼の進むべき道をはっきりと照らしてくれた。
それでも、弱冠23歳の彼はまだまだひよっこで、ポケモンバトルならば天下に類を見ない天才も、怒涛のようなイレギュラーや前例のないトラブルには手もなく翻弄されてしまう。そのことを改めて痛感させられて、ダンデは柄にもなく重い溜息を吐いた。
その時、今日の記憶が不意に蘇り、あっと声を出す。そうだ、いまはソニアがいてくれる。
おおきな山場を越えた業務の終わり、満身創痍のダンデの前に、颯爽と現れたヒーロー。彼女とリザードンの手を借りてマンションへ帰りついたダンデは、自分で思っていた以上に身体が限界だったらしく、ほとんどベッドに倒れこむようにして眠りについた。
去り際、ダンデの髪を優しく梳いて、いたわるように額にキスをくれた天使の手を掴み、行かないで、一緒に眠ろう……と、ぐずったことを覚えている。そんな甘ったれた記憶に背を押されるように、ダンデはむくりと起き上がった。
「……カッコ悪いぜ……」
赤くなり、むう、とくちびるを尖らせる。今更格好をつけられるような間柄ではないとはいえ、さすがにぐずぐずし過ぎである。疲労困憊とは実に恐ろしく、ダンデは少しでも早く挽回するべく時計を見やった。
まだ、夜中には届かない時刻。おそらくソニアは起きているだろう。
そう思った瞬間、ぐぐう、とおおきく腹が鳴った。夕飯も食べずに眠っていたうえ、今日はバタバタしていて他に食事をとった記憶がない。栄養補助のプロテインバーを食事に入れてもいいならセーフだが、そんなことを言えばきっと、ソニアは呆れたように怒るだろう。
普段、寝食を忘れて仕事に没頭するのはソニアの方なのに。これじゃ、彼女を叱れなくなっちまうな、と反省して、ダンデは素早く立ち上がった。なにか腹に入れる前に、少し身なりを整えよう。わずかに残る眠気と倦怠感を吹き飛ばすべく、自室のシャワールームへと飛び込んだ。
10分後、湿り気を帯びた髪をタオルで乾かしながら、ダンデはリビングへと向かった。案の定、そこからは誰かが起きているような気配がする。明るい光が差し込むおおきなすりガラスの扉を開いて、リビングへと一歩足を踏み入れたダンデに、その時ビュンっとなにかが飛んできた。
「おっ、ドラメシヤか」
「きゅしゃ~」
ちいさなドラゴンが、何体かで競うようにダンデにまとわりつく。同時に足元に気配を感じると、ぱちぱちとちいさく弾ける静電気をまとったワンパチが、興奮したように飛び跳ねていた。
「ああ、ワンパチ、久しぶりだぜ。元気だったか……おっと」
ワンパチに手を伸ばそうと屈みかけたダンデの背中に、のしりと冷たいボディの感触。ドラパルトの気配にほほ笑んで、ダンデは嬉しげに言った。
「なんだ、ずいぶん熱烈だな。嬉しいぜ」
「みんな、そのくらい心配してたんだよ」
呆れたようなやわい声に、ダンデが顔を上げる。するとそこには、リザードンとオノノクスを両隣に従えたソニアが、腰に手を当てて立っていた。化粧を落とし、リラックスした部屋着に着替えた就寝前の格好に、ダンデは相好を崩す。
「ああ、悪かった。もうこんな無茶はしないぜ」
「ほんとかな~? まあ、いいでしょう。がんばったダンデくんにはご褒美があるよ」
「ご褒美?」
ダンデの鼻腔に漂ってきた香ばしい香り。彼がぱっと顔を輝かせると、ギルガルドとドサイドンがエスコートするように近寄ってきた。見ると、ダイニングテーブルに用意された夜食の席を引いて待つゴリランダー。ダンデは促されるまま、その席へと向かった。
「そろそろお腹空いて起きてくるかもな、って思って用意してたんだ。さあ、みんなも準備して」
「ぎゅああ」
「ぎゃうっ」
ソニアの一声に、ダンデの手持ちたちは当たり前のように動き出した。彼女はてきぱきと指示を飛ばし、みんなの皿にカレーを盛って、ソファを取っ払ったローテーブルにぐるりと用意する。いつもはポケモン用の部屋で食べさせるのだが、今日だけは特別に、ダンデと同じ部屋で食卓を囲むのだ。
「こんな時間だけど、この子たちお夕飯を控えてダンデくんを待ってたの。だから、いいよね?」
「もちろん」
嬉しそうに破顔して、ダンデは手持ちたちを見やる。ここ数日、ほとんど家にも帰れずに、彼らの世話はレジデンススタッフに任せきりだった。ダンデの置かれている状況は理解しているだろうし、それぞれが高い順応力を備えているので問題はないとはいえ、ずいぶん寂しい思いをさせてしまったと、さすがに反省する。
そんな彼の正面に、ことりと置かれたカレー皿。ふわりと漂ういい香りに、ダンデの瞳がきらきらと輝いた。
「はい、召し上がれ」
「いただきます」
斜め隣に座ったソニアが、にっこりとほほ笑む。ダンデはさっそくスプーンを動かして、夢中で食べ進めた。その勢いに、ソニアがくすくすと笑う。
「もー、そんなにがっつくと喉に詰まるよ?」
「美味い。最高だぜ、ソニア」
「ありがと。それにしても、どんだけお腹空いてたんだよ……まさか、ご飯もろくに食べてなかったとか?」
「いや? 食べてたぜ?」
「……プロテインバーは除外だよ」
「……美味いな、ソニア」
カレーに集中するダンデを見やり、ソニアが呆れたように眉を上げる。それでも、健康そうに食事をする彼を見ているとどうしても幸せで、ふわふわとした笑いを押さえることができなかった。
やがてダンデと手持ちたちの食事がひと段落した。ソニアは手早く食器を片付けてから、ダンデを振り返る。
「ダンデくん、食後のお茶飲む?」
「飲むぜ。その間、みんなの世話をしてくる」
食事を終えた手持ちたちの夜のルーティンをしようと立ち上がったダンデに、ソニアはダメダメ、と首を振った。
「いいから座ってなさい。歯磨き以外のルーティンは終わってるから」
「え、ソニアがしてくれたのか?」
「まあね。甘いところあったらごめん。でも、みんな満足してくれたから多分だいじょうぶだよ。リザードン、歯磨きの監督してくれる?」
「ぎゅあ」
リザードンがいななくと、手持ちたちは素直に従うようにポケモン部屋へと向かう。その際、全員甘えるようにダンデにすり寄って、彼に挨拶をしていった。
ポケモンたちがいなくなったリビングで、電子ケトルが沸騰した音が鳴った。ソニアはてきぱきと紅茶を淹れて、ゆっくりと蒸らす。その見慣れた光景に、ダンデは頬杖をつきながらとろりと見入っていた。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
やがてことりとティーカップが供されて、ダンデが礼を言う。斜め隣の席に座ったソニアが、ふう、と湯気の立つカップに息を吹き込んだ。
「ソニア。来てくれてありがとう」
改めてダンデが言う。ソニアは照れ臭そうにニッと笑った。
「どういたしまして。ていうか、別にお礼を言われる話でもないでしょ。……わたしも、来たかったんだから」
「……オレも会いたかった」
そっと囁いて、ダンデの手がソニアの手に伸びる。カップを持ち上げていない方のちいさな手を包み込んだダンデに、ソニアはちょっと困ったように笑った。
「こらこら。危ないなあ、こぼしちゃうでしょ」
「ソニア、カップ置いてくれ」
「え、なに、やだ。紅茶飲みたいもん」
ダンデの真っすぐな視線に照れるように、ソニアがわざとカップを傾けて紅茶を飲む。そのゆっくりした動作に焦れて、ダンデの指の腹が、ソニアの白い手首を撫ぜた。
「っ、ちょっとぉ、こぼすじゃん、ダンデくんのバカ!」
「だから、カップ置いてくれって」
「あのねぇっ、きみはまだまだ療養中、悪戯しない!」
「ちょっとだけだ、ソニア……」
どこまでも甘ったるいダンデの視線に、ソニアは真っ赤になって顔をしかめる。それからため息をつき、ゆっくりと紅茶のカップをテーブルに置いた。
「もう……仕方ないなあ」
やれやれ、というような仕草で肩を竦めて、ソニアが立ち上がる。そのまま、キラキラと黄金の瞳を輝かせるダンデの傍らに寄り添い、彼の頭を抱き寄せた。
椅子に座るダンデを、立ち上がったソニアが抱きしめると、ちょうどよくやわらかな胸に顔がうずまる。ダンデは芳しいソニアの匂いに包み込まれる、天国のような心地よさにうっとりとなった。
「……ダンデくん、よく頑張りました。お疲れさまでした……」
「……うん……」
押し付けられたソニアの胸に、ダンデが鼻先をうずめる。ソニアはわずかに湿ったダンデの頭を掻き抱き、優しく撫で下ろした。
「オリーヴさんに聞いたよ。大変だったね。無茶しないでって言ったけど、これはダンデくんにしかできないお仕事だ。きみのがんばりで、みんな助かったんだよ」
「……オレの力だけじゃないぜ、みんなの協力があってのことだ」
「そうだね。でも、一番がんばったのはダンデくん。きみはやっぱりヒーローだ」
とろとろに甘やかすようなソニアの声音に、ダンデは穏やかに溶けるようだった意識が不意に覚醒してクリアになった。自分を包み込むソニアの、慈愛に満ちた挙動が愛おしい。照れ屋で意地っ張りな彼女が、こんなに素直に甘やかしてくれることなんて、滅多にない。
それでもやっぱり、ダンデはソニアを腕に抱きたかった。抱きしめられるのも最高だが、彼が彼女を抱きしめたいのだ。
そう思い、本懐を遂げるべくダンデはソニアを抱き寄せた。彼女の腰を持ち上げ、ふわりと軽く体勢を崩し、慣れた仕草で膝の上に乗せると、ソニアは呆れたように目をまるくしていた。
「……可愛げダンデくんは、秒で消え去ったのだ……」
「可愛げダンデくんはまだここにいるぜ」
「ヒトを軽々膝に乗せる人には、可愛げなんかないよ」
「そんなことないだろ。甘やかして、ソニア……」
蜜のようにとろんと熟れた瞳で、ダンデが囁く。ソニアはがっちりと拘束された身体をわずかに震わせて、困ったようにほほ笑んだ。
「ダーンデくん……きみは、まだ、療養中だよ」
「もう回復した。確かめるか?」
「ダメ。少なくとも、三日は寝なさい」
「一日」
「二日」
「半日」
「短くするなっ」
笑いながら突っ込むソニアに、ダンデがくちびるを寄せる。穏やかなキスから始まる深いつながりに、ソニアはやがて息も絶え絶えに震えた。
ダンデの膝の上でくったりとするソニアに、彼はその肌の至る所にくちびるを遊ばせて囁く。
「なあ、ソニア……いいだろ?」
「……だめ」
「オレは元気だぜ」
「そっ……それは、まあ、わかってる……でもだめ」
「どうして」
「いまは、アドレナリンが出てるからだいじょうぶに思えても、蓄積疲労はそう簡単に回復しないの。……ベッドで気絶して、末代までの恥になりたい?」
「……試してみなきゃ……」
「わたしの導き出した確率で、9割超えてるけど?」
「……」
ソニアの白い首筋に顔をうずめて、ダンデが不満そうに唸る。その可愛らしい様子に、ソニアはめろめろと震えた。
ああ、なんか今日、わたしもダンデくんもばかになってるな。久々に会えて、お預けを食らうと、ひとってどこまでもIQ下がるんだぁ……新発見。
ソニアが新しい知見を得ていると、ダンデは彼女の腰を抱いたまますっくと立ちあがった。急に視点が上がり、ぐらりと揺れた視界に、ソニアが我に返って叫ぶ。
「きゃあっ、ちょっとダンデくん!?」
「もう、寝る」
「うん、寝て、でもとりあえずわたしを離して寝て!」
「いやだぜ」
「はあっ?」
「なにもしないから、一緒に寝ようソニア。きみがもういいと思うまで」
「はっ!?」
ソニアを担いでのしのしと歩くダンデに、ソニアは高い声で喚く。
「もういいって、なに!? ちょっとダンデくん、マジで離し……っ」
「オレの体力が回復して、もう寝てなくていいと思うまで、一緒にいてくれ」
「えっやだやだ、そんなの……っ」
なにもせずにひとつベッドで眠れるほど、ソニアだって無垢ではない。まして、久しぶりにダンデに会えて、彼女なりに随分我慢しているのだ。
だから、彼の身体が回復するまで、適切な距離を保とうと思っていたのに……
「ちょ、ダンデくんっマジで、マジで離してぇっ」
「心配するな、ソニア。なにもしないから」
「そっ……」
それが一番困るのだ。
反論できずに口を開閉するソニアを見上げて、ダンデはとろりと笑う。満足したようにも、暴走寸前のようにも見える、非常に複雑な笑みだった。
「こどものころみたいに、とけあってねむるだけだ、ソニア」
「……っ」
ぞくりと背筋を走った稲妻に貫かれ、ソニアはそのまま為す術なくダンデの巣へと運ばれていった。
《恋する動詞111題》
#28.溶け合う【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】
