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#27.奪う【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】
2026/07/05 14:54【お題】ダンデ×ソニア
――また?
つい、口からこぼれそうになった不満を飲み込んで、ソニアは明るい声色を装った。
「……そっかー、わかった。仕方ないね、来週に延期しよ」
《すまない、ソニア……今週で目途が立つとは思うから》
「いいよ、しょうがないもん。忙しいだろうけど、あんまり無理しないでね。あ、なんか差し入れとか必要だったら言って、おうちに置いとくよ」
《ああいや、家には随分帰れてないんだ……》
「え、そうなの? ホントに、身体だけは気を付けて。……もし、疲れてるようなら来週はわたしに気を使わないで、ゆっくり休んで……」
《いや。来てくれ、ソニア。――頼む》
「お、おう。わかったよ。じゃあまた来週……」
ピッとロトムが通話を終える。ソニアはうきうきと用意していたお泊りセットを見つめて、ふう、とため息をついた。
本当は、明日から少し長めの休暇を取る予定だった。ここしばらくソニアもダンデも忙しく、すれ違う日々が続いていたので、久しぶりにのんびり過ごせると思っていたのに、急なキャンセル。
お互いに多忙な立場だし、ポケモンという存在を軸にした生活を送っているため、どうしても予定通りには動けない。それはわかっているし、いまさらそこに不満を感じることもないと、思っていたのだが。
「……もう、三週間だよ~」
ぽすん、とベッドに突っ伏す。傍らのクッションでまるくなっていたワンパチが、ぬわん? と顔を上げた。
ソニアはブランケットに額を押し付けたまま瞳を閉じる。なんだかんだと忙しくなって、予定をキャンセルし合ってから、いつの間にか半月以上も経っていた。昔ならいざ知らず、婚約者として名乗り合うようになってからは、久々の事態だ。
ポケモン博士として生きるソニアと、ガラルのポケモンバトルを牽引する重要な立場をいくつも負うダンデとは、そもそも相手に使える時間が極端に少ない。
まだ幼馴染同士だったころ、ダンデはまさに涙ぐましい努力をしてソニアとの時間を作っていたのだと、恋人になって改めて知った。チャンピオン業の過酷さはなんとなく想像していたけれど、きっとその何倍も苦労して、ポケモン研究所へ足しげく通ってくれていたのだ。
そしていま、ダンデはあの頃よりもさらに多忙になり、多岐にわたる責任を負っている。彼を慕う周囲の人間の助けも随分と借りながら、けれど並の人間ならばとても耐えられない重責と期待を背負って、目覚ましい活躍を続けていた。
そのうえ、プライベートではソニアとの未来を望み、そのための努力も惜しまない。
本当に、人間離れしたバイタリティと意志の力だと、ソニアは呆れたように呟いた。
「……でも、足りないんだよ……」
ベッドに突っ伏しながら、誰にも言えない我儘を呟く。
ダンデがどれほど努力しても、ソニアがどれほど足掻いても、物理的な時間は限られている。ほんのわずかなひとときのために、日々を過ごし、寂しさを無視し、そして掴んだ逢瀬が、あっさりとキャンセルされて……
わかっていたことだ。ダンデを望むということは、そういうこと。
でも。
「……わたしにだって、我慢の限界ってもんがあるんだよ……」
低く呟いて、ソニアは据わった眼差しでカレンダーを睨んだ。
怒涛のような数週間が、ようやく終わった。
ダンデは日々の激務に凝り固まった身体をバキバキと回しながら、オーナー室を見渡す。おおきな執務机にも、作業用の円卓にも、悲惨なほど散見していた資料の山やモバイルの類は綺麗に引き上げられて、すっきりとしている。
数週間前に露見した、脱法ミント絡みの事件。バトルタワーのレンタルポケモンに使用されたそれが、思わぬ騒動を引き起こした。幸い、怪我人は出なかったが、一部レンタルポケモンの混乱と恐怖を煽り、現場は恐慌状態だった。
ダンデは陣頭に立って調査し、ポケモンたちの回復と鎮静に努めた。通常業務に加えたその活動は彼のプライベートを食らいつくし、昼夜を分かたぬ作業が幾日も続いた。
そして今日の午後、すべての問題が解決し、今後の対策も決定した。関係省庁への根回し、バトルタワー全体の徹底した調査、スポンサーへの説明と協力要請、ポケモンやスタッフのケア、アフターフォロー。細大漏らさずダンデの関知するところとなり、責任の所在がすべて明らかとなった、いま。
さすがにボロボロになった状態の自分が、宵闇の訪れた巨大な窓に映っている。何日もろくに寝ていない瞼は重く、人前に出るために辛うじて整えた身なりも随分よれよれになっている。ピンと張りつめていた緊張感が失われたせいか、一回りほどちいさくなったような筋肉までしおしおと萎れているようだった。
チャンピオン時代、どれほど過酷なトレーニングに明け暮れても、王者としての威厳やイメージを保ちながらのメディア出演がかさんでも、慣れないパーティーの連続に音を上げていても、いまほど悲惨な状態ではなかった。
つくづく、自分は裏方のデスクワークには向かないな、と自覚しながらも、その道を選んだのは己なのだと、改めて発破をかけるようにほほを叩いた。
そうして目を細めて卓上のカレンダーを見やる。明日一日をやりすごせば、夜にはソニアが来てくれる。彼女のことを思えば、枯れ果てたはずの気力が湧いてくる気がして、ダンデはもたれかかっていた椅子の背から身体を起こした。
「……リザードン」
呼びかけながら、ダンデは机上のモンスターボールをそっと投げる。現れた相棒は、主の様子にむっつりと顔をしかめた。心配をかけているな、と、ダンデは弱々しく笑う。
「すまない。今日はおまえの背中に乗って帰ったら、もしかして途中で落っこちるかもしれないから、ガアタクで帰るぜ。乗り場まで連れてってくれるか」
「バギュア!」
「ああ、わかってる。こんな無茶は今回限りだ。明日を過ぎれば、週末で、ソニアが来てくれて……彼女にも埋め合わせをしなきゃな」
「パギュ、ギュア!」
「だいじょうぶだぜ。このくらい、一晩寝ればどうってこと……」
そう言った時、オーナー室の扉がなんの前触れもなく開かれた。通常、この部屋に訪れる者がいれば前室に待機しているアシスタントが一報を入れるので、それがない状態での扉の開閉音にダンデはぎょっとして顔を上げる。
目をやると、ずんずんとこちらに歩いてくるソニアがいた。
「え? は? ソニア?」
あまりにも突拍子もない登場だったので、ダンデは一瞬白昼夢かと思って目をまるくした。そんな彼に構わず、ソニアはほとんど小走りでダンデの元へやってくると、厳しい視線で彼を見下ろす。
「……ダンデくん、さすがにその顔色はない。アウト。オーバーワーク」
「ソ、ニア?」
「なに、わたしだよ。他の誰かに見えてる? ことと次第によっちゃ戦争だよ」
「いや、ソニア、きみ……」
「リザードン、ガアタク待たせてるの。下までダンデくん持ってこれる?」
「バギュア!」
「ありがと、よろしくね。さあダンデくん立って、リザードンに乗って」
「あ、ああ……?」
著しく処理能力が落ちたダンデに、ソニアははあっとため息を吐く。椅子に座ったままぽかんとこちらを見上げる、どす黒いクマの浮いた顔色にいらいらと眦を上げながら、彼女は素早く執務机に乗り上げた。
「ん、むっ」
間の抜けたダンデの顔を両手で掴み、ソニアのくちびるがダンデのそれを強引にふさぐ。ごく稀に彼女の方から仕掛けてくる、可愛らしく恥じらったキスとは全く違う、どこまでもダンデを追い立てる執拗なくちびるの動きに、彼は思わず背筋を震わせた。
しびれる舌先を最後にひと噛みしたソニアが、満足そうに顔を上げる。濡れたダンデのくちびると、真っ赤に上気した彼の健康的な顔色ににっこりとほほ笑んで、それからさっと机上から降りた。
「はい、チャージ終了。これでとりあえずマンションまでは帰れるでしょ?」
「え、ああ……」
「まだぼんやりする? もーっと濃厚なのしたい?」
にやりとほほを上げるソニアに、ダンデはさすがに笑った。嵐のような彼女の登場が、ようやく現実のものだと実感できる。
「したい、が、さすがにいまはやめておいた方がよさそうだ。きみの上でぶっ倒れたら末代までの恥だぜ」
「どこまでする気だよ!」
思わずのように突っ込んで、ソニアの白いほほが赤く染まる。彼女らしからぬ大胆な行動と勢いが、ようやく理性を思い出したのか急速に大人しくなり、照れ隠しのように早口になった。
「とにかく、はい、早くリザードンに乗って。タワー前のロータリーにガアタク待ってるから、そこまで行くよ」
「ああ、いや、歩けるぜ。きみのチャージのおかげでな」
「あ……っ、そう、じゃあ、早く歩いて!」
ぷんっと赤い顔を隠すように振り返って、ソニアがてきぱきと部屋の隅にあるダンデの私物へ向かう。ジャケットを持ってきた彼女が、立ち上がったダンデにそれを着せかけた。
「ほんとに平気? ふらつかない?」
「平気だぜ。そんなにやばそうに見えるか?」
「見える。てか、自覚ないの? 顔色すごいよ。髭も伸びてるし、クマもすごいし、肌もカサカサ、髪もぼさぼさ」
「まいったな……午前中、この状態で人と会ったんだぜ」
「レアダンデとの遭遇で、むしろ喜んだんじゃない?」
「そう願うぜ」
くすくすと笑いながら、ダンデはゆっくりと歩きだす。左にソニア、右にリザードンを控えさせたその歩き方は思ったよりしっかりしていて、ソニアがほっと息を吐いた。
オーナー専用の広いエレベーターに乗り込むと、一気に降下が始まる。ダンデはいまさらのように、傍らのソニアへ問いかけた。
「ところでソニア、どうしてここに?」
それに、ソニアはふふん、と生意気そうに笑った。
「ダンデくんに任せてたら埒が明かないから、サクッと奪還に来たの」
「だっかん」
「そ。まあ、きみが頑張ってたのはわかってるし、その邪魔をするのは本意じゃないけどね。でも、ほっとくと限界超えても突っ走っちゃうから、誰かがセーブしなきゃ。で、その誰かってのはやっぱわたしでしょ」
幼い頃のように、根拠のない自信たっぷりな様子で胸を張るソニアを見下ろして、ダンデがとろりとほほ笑んだ。
「さすがだな、ソニア。でも、この神がかったタイミングは、きっとリークがあったんだろ?」
その問いに、ソニアはわずかに後ろめたそうに視線を下げる。それから開き直って答えた。
「オリーヴさんと、ツーカーなの。婚約式の段取りする時にアドレス交換してたから、そのままずっと、連絡とり合ってる。今回のダンデくんのことも、だから正確に把握できたんだよ」
「なんだそれズルいな。オレは遠慮して、あんまりソニアの状況を聞かないようにしてたのに……今後はホップともっと緊密に情報交換するぜ」
「ああもう、そうなると思った……」
はぁ、とため息をつきながらも、ソニアは嬉しそうに肩を竦めた。
「まあそういうことで、今日の午後にはきみの所有権を奪い返せると思ったから、馳せ参じたってわけ。反論は受け付けないよ」
「反論なんかあるわけない」
ダンデはそのまま、ソニアに寄りかかった。彼女の肩を抱き、そのふわふわとした黄昏の髪にほほを寄せて、心底幸せそうに呟く。
「奪還してくれてありがとう、ソニア。きみはオレのヒーローだ」
「ふふん。ついでに、明日から五日間、きみは自宅療養という名の休暇です」
「え、ホントか? 療養の必要はないが」
「あるの。まあ、三日くらいじっくり休んだら、外に出てもいいけども。とにかくきちんと休んでよね!」
「……暇になるぜ」
「ソニアちゃんがいても?」
「!」
ぱっと顔を上げたダンデが、まじまじとソニアを見下ろす。ソニアはわずかにほほを染めて、照れくささを我慢するようににやりと笑った。
「五日間、付き切りで看病してあげる。それなら大人しく休めるでしょ?」
「……大人しくはないかもしれないが、ずっと家にいることは出来るぜ」
熱っぽく囁くダンデの吐息に、ソニアはぶるりと震えながら半眼を閉じた。
「さあ、どうなるかな。ダンデくんの回復次第だよ」
「回復もなにも病気じゃないんだぜ。なんなら今夜だって……」
「ダメです。三日は療養!」
「嘘だろ、三日もお預け? それはないぜ!」
「自分の顔色見てから言ってよね!」
ぎゃあぎゃあと騒がしく降下するエレベーターの中、リザードンの呆れたような安堵したようなため息がちいさな炎を生み出していた。
《恋する動詞111題》
#27.奪う【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】
