challenge

#26.拗ねる【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】

2026/07/03 19:42
【お題】ダンデ×ソニア



 *#25.微笑むの、夜のお話です



 昼間の調査で揃えたデータの入力をしていると、丁寧にミルクを練って作られたホットココアのいい匂いが漂ってきた。
「ソニア、休憩しないか」
「あーうん……ちょい待って。あと一分」
「カウントするからな」
「あーい」
 集中してカタカタとキーボードを操作しているソニアを見守り、ダンデは傍らのデスクに軽く寄りかかって腕を組んだ。明るいモニターの光を反射する眼鏡の奥で、理知的なエメラルドが恐ろしいくらい集中している。
 ダンデがこころの中で57まで数えた時、ソニアは勢いよく最後のキーを押して叫んだ。
「……よしっ、終了~!」
「……2……1……アウト」
「いやセーフでしょっ」
「テーブルに座ってココアを飲むまでで一分だ」
「横暴だなあ」
「一時間も待った相手にそれか?」
「あはは、ごめんごめん。ありがとダンデくん、終わりました」
 ソニアが明るく笑って、PCをシャットダウンする。作業用の眼鏡をそっと外し、凝り固まった肩をぐるりと回した。
「あ~、やっぱ終わらせて正解。このデータが気になっちゃって、週末どころじゃなかったもん」
「それはよかった」
 素直に言うダンデに、ソニアはけれどちょっとだけ後ろめたそうに上目遣いになる。
「あ~……ダンデくん、昼間はありがとね。協力してもらって助かったよ。でも、せっかくの休みを潰しちゃったね、ごめん」
 殊勝なソニアの言葉に、ダンデはやわらかくほほ笑んだ。
「いや、潰れてないぜ。ソニアと一緒にワイルドエリアで調査なんて、オレにとっては楽しい予定だ」
「う、そんな優しいこと言われると、なんかますます罪悪感……」
 軽口を叩きながら、立ち上がったソニアがココアのカップの置かれた談話スペースへと向かう。その後ろを歩きながら、ダンデは続けた。
「罪悪感なんか持つ必要ないが、どうしてもというなら埋め合わせをしてくれ」
「え?」
「今日はこのまま、シュートに一緒に帰らないか?」
 さりげないお誘いに、ソニアは椅子に座った状態でダンデを見上げる。ダンデはゆっくりとソニアの対面に座り、ココアのカップを持ち上げた。
 あまりにも平然とした様子に、ソニアはわずかに考えるように小首を傾げる。
「……シュートシティで、ディナーでもおごってくれるの?」
「ああ、行きたい店があるならどこでも連れてくぜ」
「でも、けっこう遅い時間になっちゃうしなぁ。列車の最終便に間に合うかな」
「……泊まっていけば」
「ホテルに?」
「オレの家に」
 ずるずると続けた会話の最後に、ダンデの黄金の瞳がきらりと光ってソニアを射抜く。ソニアは極力顔色を変えまいとココアを口に含み、マグカップで表情を隠した。
「……そのために、待っててくれたの?」
 夕方になり、ホップやユウリが帰路についた後も、データ入力の目途が立つまでは、とデスクにかじりついていたソニアに付き合って、ダンデは大人しく時間を潰していた。彼の実家は隣町だし、週末はそこでのんびり過ごすつもりなのかな、と考えていたソニアだったが、ダンデの望みはあからさまに強かった。
「もちろんソニアが嫌なら構わないぜ。このままきみの家に送るさ」
「ダンデくんはどうするの?」
「オレはシュートへ帰るぜ」
「ハロンタウンには行かないの?」
「今日の調査で手持ちが疲労してるからな。ペントハウスの回復施設に帰してやりたいんだ」
「ああ、そうね……」
 とたんに、昼間の強行軍を思い出してソニアが瞼を伏せる。
 思い返しても、今日の自分はなかなかに横暴だった。ワイルドエリアの調査業務に、元チャンピオンを借り出すなんて贅沢、そうそうできるわけがない。たとえダンデの方が屈託なく、いつでも付き合うぜ、とリップサービス抜きで言ってくれているとしても、そこはやっぱり、越えてはならない遠慮がある。
 でも、今回は。
 自分の中にくすぶっていた不満や不機嫌さが、ひとのいいダンデを振り回してしまったと自覚しているソニアは、彼の手持ちたちにまでその迷惑が及んでしまったことを改めて感じて、自己反省に陥る。
 そうであればやはり、それ相応の埋め合わせは必要だろう。
「……ん、わかった。一緒にシュートシティに行くよ」
「いいのか?」
「うん。みんなにお礼をしたいし、明日にでもカレー作るよ」
「それは嬉しい。だが……」
 コトン、とココアのカップをテーブルにおいて、ダンデが真正面からソニアを見つめた。その目力に、ソニアは思わず固まってしまう。
 美しく輝く黄金の瞳は、もう何年もの付き合いだというのに、未だにソニアの呼吸を奪い、身体の自由を妨げる。ドキドキと早鐘のように高鳴り始めた鼓動を感じて、ソニアは情けなくくちびるを噛んだ。いつまでも、ティーンのように恋人に見惚れてどうする、ソニア。
 そんなソニアを見透かすように、ダンデは不意に表情を和らげる。甘やかすようなほほ笑みを浮かべて、満足そうに呟いた。
「もしも後ろめたさや贖罪のつもりでそう言ってるなら、そんな必要はないぜ、ソニア」
「え?」
「今日の無茶ぶりを反省してるなら、その必要はない、ってことだ」
「え、あの」
 その言葉と眼差しに、完全にソニアの挙動が不審になる。彼女の自慢の頭脳は、まさにフル回転で会話を追いかけているが、それより早く、ダンデが追い打ちをかけた。
「ソニアの気が済むなら、どんな無茶苦茶言ってくれてもかまわないぜ」
「き、気が済むならって?」
 思わず問い返したソニアは、けれどすっかり会話の主導権を握ったダンデにあっさりと急所を突かれた。
「ほかの女性を口説いてるような顔を見せたこと、反省してる。ごめんな、ソニア」
「……っ」
 真っすぐに切り込まれた言葉に、ソニアは瞬間的に真っ赤になった。隠しようもない素直な反応に、ダンデが嬉しげに笑う。彼の満足そうな顔を見て、ソニアは照れ臭さに声を荒げた。
「そんなこと、別に気にしてないよ! ていうか、相手ユウリでしょ? 口説いてるわけじゃないってわかりきってるし、ダンデくんがそこまで気を使う必要ないじゃん!」
「だけど、嫌だったんだろ?」
「なにが!?」
「あの写真」
 楽し気に追い詰めるダンデに、ソニアはわなわなと震える。ここで可愛らしく「そうだよ、ダンデくんひどいよ」とでも言えればいいのだろうが、あいにくソニアの辞書には『可愛らしく拗ねる』の項目がない。
 幼馴染としてライバルとして、いつだって対等だった相手には、どこか虚勢を張ってしまう、自分の可愛げのなさにますます苛立った。
「別に、嫌だったなんて言ってないじゃん。ただ、世間に誤解を与えかねないから、それは気を付けてほしいだけ」
「本当か? 世間に誤解を与えるかもしれないと思っただけ?」
「そうだよ」
「じゃあ、世間にバレないところでなら、あの顔で誰と話しても平気か?」
「そっ……」
 反射的に頷こうとして、ソニアは固まった。
 売り言葉に買い言葉のような会話だったが、ソニアの類稀な頭脳は、瞬時にその内容を理解して、精査する。曖昧さや欺瞞を排除して、事実を最上のものと位置づける癖がついた彼女の本質が、すべての答えを弾き出してしまった。
 真っ赤になって顔をゆがめるソニアに、ダンデは困ったように手を伸ばす。ココアのカップに添えていた彼女の指をそっとつかみ、あたたかな手のひらでくるんだ。
「……すまん。ちょっと意地悪し過ぎた」
「……っ、ダンデくん、いまのは、アウトでしょぉ……っ」
「うん。ソニアがあんまりかわいいから……」
「そゆのもアウトでしょぉっ!」
「待ってくれ、少しでいいから口説かせてくれ。今日はオレも浮かれてるんだ」
「は、はぁっ?」
 珍しく胡乱なダンデの言葉に、ソニアが上ずった声を上げる。真っ赤になった彼女の対面で、ダンデの浅黒い顔もわずかに上気していた。
「……普段、きみはあんまり嫉妬しないから、たまにこういうことされると、破壊力がすごいんだ……」
「し……嫉妬、なんか、してないし……」
「うん……どちらかというと、拗ねてるんだよな?」
「ぶ、分析しないでくれます?」
「ああ……やばいぜ、ソニア」
 は、と息を吐いて、ダンデがわずかにほほを歪ませる。思ったよりも余裕のないふうの彼に気づき、ソニアは少し息がしやすくなった。
 指先をくるんでいるダンデの手のひらが、あたたかい。じわじわとその熱が移る感覚に、ソニアは全身が熱くなってきた。
「……ほんとに、別に、嫉妬とかじゃないんだよ……」
「うん……」
「ただ、ちょっと……ちょっとだけ、悔しかっただけなんだよ」
「ああ」
「……あの顔は、わたしのものだもん」
 全身を赤く染めたソニアの囁きに、ダンデはたまらなくなって手のひらに力をこめる。痛みを感じさせないギリギリの強さで手を握り、ソニアの瞳を見つめた。
「そうだ、あの顔はきみのものだ」
「……全世界にさらしちゃったけど」
「反省してる。今後は、投稿画像のチェックを強化するぜ」
「でも、全世界が見てないところでは、わたし以外のひとにも見せるんでしょ?」
「それは……」
「いいよ、別に。わたしもそこまで狭量じゃない。ポケモンの話とか、ダンデくんが優しくなっちゃう話題だもんね」
 自分の子供っぽい独占欲がいまさら恥ずかしくなって、ソニアは早口で言った。自分以外の人間に甘くほほ笑みかけるのが嫌だなんて、さすがに束縛が過ぎて我ながらドン引きだ。
 このままでは、言わなくてもいい本音まで根こそぎ引きずり出されてしまう。ソニアは今更のように危機感を募らせて、微妙な雰囲気を吹き飛ばすべく明るく笑った。
「ていうか、あの顔を見たことある人なんてわたし以外もたくさんいるじゃんね! 世間のひとは、強気に笑うチャンピオンダンデの笑顔しか知らないから、今回話題になっちゃっただけでさ、プライベートの友達とか家族とか、みんな見慣れてる顔だよね」
「……ある意味は」
「ん? ある意味って、どういう意味?」
 微妙な返答に、ソニアが小首を傾げる。そんな彼女の手を握ったまま、ダンデはゆっくりとくちびるを開いた。
「……あの顔は、厳密にソニア専用なんだ」
「へ?」
「つまり、きみの前と、きみの話題の時にしか、あの顔は出ない。これは、キバナ調べだから信憑性は高いぜ」
「……は?」
 ぱちくりと目をまるくしたソニアに、ダンデは不敵にほほ笑む。照れくさいような、誇らしいような、見たこともない顔で笑う恋人に、ソニアはうかつにも目を奪われた。
「あの写真の時は、ユウリくんがソニアの話題を振ったんだ。だから、あの顔になった」
「えっ……」
「自分ではどんな顔で笑ってるかなんてわからないから、キバナやルリナに指摘されて初めて知ったんだぜ。この投稿も、それで散々からかわれた」
「……」
「そのうえ、きみは可愛く拗ねてくれるし……ああ、さすがに今回は、オレも参ったぜ。いま、この瞬間まできみを口説かなかったことを誉めてほしいくらいだ」
「だ、ダンデくん……」
 熱に浮かされたダンデも、いまさらながらいつもと様子が違う。ソニアは改めて、浮足立っているような自分たちに気づいた。
 掴まれたままの手のひらが、いつの間にか燃えるように熱い。ドキドキと胸を叩く鼓動が、そこから相手に伝わっているような、それとも相手の鼓動がこちらに響いているような、混然一体となった緊張感にめまいがする。
 ダンデはもう一度ソニアを真っすぐに見つめ、宝石のように光る黄金の瞳を細めた。
「……ソニア。きみをオレの家に連れて帰ってもいいか?」
「……いいよ」
 真っ赤に熟れたような顔色のまま、ソニアは素直に頷いた。



《恋する動詞111題》
#26.拗ねる【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】


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