challenge
#25.微笑む【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】
2026/07/01 17:14【お題】ダンデ×ソニア
「うわあ~」
昼下がりのポケモン研究所。すっかりお馴染みになった談話スペースのソファに座った少女が、スマホロトムを掴んで声を上げた。
「どうした、ユウリ」
部屋の奥の資料室から、すっ飛んできた少年が何事かと尋ねる。資料整理に精を出していた彼は、やや埃っぽくすすけたエプロンのままユウリの眼前に立つと、ライバルがしおしおと肩を落としている様子に眉を寄せる。
「また炎上か? 今度はなんだ? 新チャンピオン、新作のドーナツ三百個買い占め? ワイルドエリア内でキャンプ中に手持ちと踊りまくる姿の激写? ムゲンダイナの空中散歩、夜空に浮かぶ花火と共演?」
「ああん! 傷口に塩ぉ~」
ごく最近お茶の間を沸かせたチャンピオンユウリの間の抜けたゴシップを数えるホップに、ユウリは真っ赤になったほほを膨らませた。ホップは悪戯げに笑いながらエプロンを外し、埃に汚れた手を洗うため洗面ブースへと向かった。
「で、真面目な話今度はなんだ~?」
水道の流れる音に負けないように声を上げるホップに、ユウリはぷすんとむくれながら立ち上がる。先ほど用意した、よく冷えたモモンティーをグラスに注ぎ、それから手土産に持参したモモンババロアの容器を冷蔵庫から取り出した。
「リーグポケッターがプチ炎上してるぅ」
「またか」
すっきりと顔も洗ったらしいホップが、ハンドタオルを片手にやってくる。ユウリが座っていた席の正面に座ると、彼女が給仕してくれたものに目を輝かせた。
「おっ、これか、新作のババロアって」
「新作のっていうか、初めて作ったババロアだよ」
「あれ? こないだ作ってくれたやつは?」
「あれは、プリンです……」
「美味かったぞ!」
「ん~……もう、そう言えばなんでも許されると思ってぇ……許すけど!」
ぷすん、とほほを膨らませながらも、ユウリは素直に正面に腰掛ける。彼女のお手製の甘味に舌鼓を打ったホップは、手元に置いていた自分のスマホロトムに声をかけた。
「ヘイロトム、リーグポケッターを見せてくれ!」
《おっけ~ロト~》
ちょっぴりおっとりさんなホップのロトムが、ふよんと浮かんで画面を開く。ホップはスプーンを咥えてすいすいと指を動かし、最近の投稿にざっと目を通した。
「ああ、これのことか? 今朝見たぞ」
「そぉ」
「別に炎上ってほどじゃ……確かに拡散数えぐいけど……いやこれ、キバナさんとネズさんが火付け役じゃないか? あのふたりがコメントつけてるから、ますます拡散されてるぞ」
「ぐめぇぇ」
ウールーの鳴き真似のように呻いて、ユウリがこてんと額を机につける。彼女のちいさなつむじと、スマホの中の写真とを見比べて、ホップはつらつらと反応を読み下した。
《チャンピオンユウリを見つめるダンデの視線が優しい!》
《#ダンデのほほ笑み #プライスレス》
《こんな顔するダンデ初めて見た~! チャンピオンと仲いいんだ!》
《ビッグカップル誕生?》
《年の差えぐくないか。俺ならちょっと引く》
《ユウリちゃん可愛い! ダンデさんとお似合いだね!》
《あり得ないでしょ。AI生成じゃないの?》
賛否両論のコメントが飛び交う元の投稿は、最近リーグの広報部が力を入れる『新チャンピオンの日常』と銘打たれたもので、チャンピオンユウリのバトルシーズンの密着ショットや、オフシーズンの舞台裏などをバランスよく演出し、拡散しているコンテンツだ。
ダンデがチャンピオンとして君臨していた時代、彼のオフショットはほとんど世に出ることはなかった。バトル以外のダンデの様子を知る者は少なく、それが彼のカリスマ性、圧倒的なバトル強者のミステリアスな人気に火をつけ、チャンピオンダンデのブランドは揺るぎないものになった。
もちろん、ことさら孤高を気取っていたわけでも、イメージ戦略を徹底していたわけでもない。ダンデの場合は、骨の髄までポケモンバトルに人生を捧げており、暇さえあればバトルのためのトレーニングをし、研鑽を積み、私生活のほとんどをそれらに費やしていたため、ファンが望むようなオフショットを抜かれる隙がなかったともいえる。
ただし、彼の迷子癖は隠しようもない事実で、圧倒的なカリスマチャンピオンのひどく可愛らしい弱点として愛されていた。街中でうろつくダンデを見かけても、ああまた迷子か、と生ぬるく見守る体制が整っていたのも、彼が愛される王者たる賜物だった。
そんなダンデを降し、新たに女王として立ったユウリの場合は、同じようなイメージ戦略を続けるわけにはいかなかった。
彼女はポケモンバトルのチャンピオンとして玉座に座る以前に、ガラル全土を巻き込んだ大災害級のポケモン事件を解決した英雄である。さらに、伝説といわれたポケモンを複数手持ちに加え、そのポケモンの持つ圧倒的な力は、一歩間違えれば人間社会を破壊してしまうほどの脅威であると、国民が痛感したところからのスタートだった。
ポケモンバトルが徹底的な『国民の娯楽』として普及していたガラルにおいて、その頂点に立つ存在が人々の不安や恐怖を煽るものであってはならない。ポケモンリーグの新たな長として立ったダンデは、自らの後継となったユウリを最大限にサポートすべく、それまでのポケモンリーグ、ポケモンバトルの不文律を一新した。
その取り組みのひとつが、チャンピオンのオフショットを中心に、いままであまり表に出さなかったリーグランカーたちの細やかな情報発信である。
自己演出に長けた者や、副業で華やかなエンタメ界に属していた者たちはすでに始めていたが、リーグが主体となって大々的に管理、統制をするその試みは情報の信憑性、透明性、確実性の点でファンのこころを鷲摑み、爆発的な人気を博して普及された。
ダンデは自らが陣頭に立って新チャンピオンのイメージ戦略の助けとなるべく、ユウリのサポートを精力的に行っている。リーグ委員長としてのフォローもさることながら、バトルタワーやスタートーナメントなどの華やかな興行にもユウリを担いで大成功を収め、国民の意識をポジティブに変えていった。
そうしてしばしば人々をざわつかせるのが、ダンデとユウリの近しいオフショット、というわけである。
「キバナさんもネズさんも、完璧に面白がってるよねぇ~……」
ババロアのスプーンを咥えながら、ユウリがジト目になる。今回大拡散を果たした投稿写真は、ダンデとユウリが気やすい雰囲気で談笑しているオフショットで、服装から思い出すとシュートスタジアムのエキシビジョンバトルの舞台裏、感想戦の一幕だった。
ダンデを見上げるユウリは、斜め後ろからの撮影なので表情までは読み取れない。だが、彼女を見下ろすダンデの顔はバッチリ画角の中心で、その様子が今回の火種になっている。
「キバナさん、『#オレさまたちには見慣れた光景』で、アニキの珍しいショット紹介するのハマってるもんな」
「ネズさんの『#世界はそれを○と呼ぶんだぜ』って煽り文句も大概だよぉ」
「完璧に面白がってるな」
「うぅぅ~」
ユウリが再びテーブルに突っ伏す。そのやわらかな薄茶色の髪の毛がさらりと揺れて、窓からこぼれる日光を弾く様子に、ホップは我知らず目を奪われた。
「あのふたりにとっては、完全に安全圏だと思えるお遊びだから余計に面白いんだろ」
「巻き込まれるわたしの人権は~?」
「まあ……それは気の毒だけど、でも、あのひとたちもユウリを盛り上げるために自分たちのSNSでも随分フォローしてくれてるし、ありがたいじゃないか」
「それはそう~……なんだけどぉ」
ダンデだけではなく、キバナやネズをはじめとする影響力のある上位ランカーは、こぞってユウリを盛り立てている。バトル上ではライバルとしてしのぎを削りながら、ガラルのポケモンバトルを盛り上げる同志として、未熟なチャンピオンを守り育ててくれていた。
「でも……こんな投稿が拡散されるの、やっぱ申し訳ないもん……」
ぽちょりと呟いたユウリに、ホップはモモンティーを飲み切って目を向ける。しゅんと俯くライバルの様子を眺めて、それから悪戯っぽくほほ笑んだ。
「……申し訳ないって、誰に?」
「えっ、そりゃあ……」
パッと目を上げて、ユウリがほほを染める。自分を見つめてにこにことしているホップから目をそらすと、むいっとくちびるを曲げた。
「……ダンデさんと、ソニアさんに、だよ」
「あのふたりなら心配ないぞ。今日もこの投稿でおなじみの軽口を言い合って出かけてたからな」
「おなじみの軽口?」
きょとんとしたユウリに、ホップは一人二役の早業で今朝の一幕を再現する。
「『もーダンデくん! あの顔なんだよぉ、ユウリの迷惑になるじゃん!』
『迷惑? なにがだ?』
『きみはね、油断するととんでもなく可愛くなっちゃう呪いにかかってんだよ。その髭も、鍛え抜かれたムキムキも、ちいさいころから変わらないそのクリクリのおめめと下睫毛バシバシの存在感であっという間に幼女っぽくなんの!』
『よ、幼女??』
『ほら見てこれ……この顔、多分これ、バトルの感想戦で、自分の手持ちの頑張りと、ユウリの手持ちのナイスファイトを讃えてるんでしょ』
『あ~……』
『こんなめろめろに蕩けたカオしてさ、傍から見たらかんっぺきにユウリ口説いてるみたいじゃん!』
『口説く?? 幼女が??』
『幼女のカオして女の子タラシこむの、完璧に犯罪者じゃん!』
『誤解だ!!』
『わかってるよぉ、わたしはわかってる、でも、世間様は誤解すんの! も~気を付けてよね、ダンデくん』
『す、すまない?』
『はい、反省終了。じゃあ、約束通り今日はワイルドエリアの調査に付き合ってよね。あ、ホップは資料整理よろしく~夕方までには帰るよ~』」
完璧な再現度で締めくくるホップ劇場に、ユウリは呆気にとられたような顔でぽかんとした。まるで目の前でダンデとソニアが話しているような、臨場感たっぷりの情景描写に思わず拍手する。
「すっご~いホップ、ふたりともそっくりだったぁ!」
「ふふん、伊達に十年以上この掛け合いを見てないんだぞ」
「いや~それにしても、ソニアさん全然気にしてないねえ……よかったあ」
ほっとしたように言うユウリに、ホップもからりと笑う。
「アニキとユウリの組み合わせで、いまさら誤解することなんかないだろ」
「それはそうなんだけどさ、やっぱりオンナノコとしては、こういうの嘘でもイヤかなぁって……」
「オンナノコ?? ソニアが?」
「ホップぅ~、その軽口はノンデリすぎる!」
「はは、悪い悪い。いまのオレにとってソニアは、女の子の前にアネキとか、師匠……目標、みたいなもんだからなぁ」
「――あらぁ~いいこと聞いた!」
その時突然、ふたりが雑談していたテーブルに近づく声がして、ホップとユウリはぎょっと肩を跳ねさせた。
見ると、くたびれたような格好のソニアと、同じく埃まみれのダンデが立っている。ホップは驚いて目をまるくした。
「えっ、ふたりともいつの間に帰ってきたんだ!?」
「いまだよ。あんまりにも泥だらけになったもんだから、裏口で手足を洗ってそのままあっちから入ってきたの。お邪魔だったかしらぁ?」
ふふふん、と意地悪気に笑って言うソニアに、ホップはわずかにほほを染めて答える。
「そんなことないけど、驚いたぞ! それで、成果は?」
「バッチリバッチリ! さすがダンデくん、狙った巣穴でほぼ全部調査対象出現させたよ!」
「おお、アニキすごいぞ!」
「いや、それはたまたまだろう。ソニア、とりあえず着替えてきたらどうだ」
ダンデが言って、ソニアを促す。ソニアは強行軍で調査したワイルドエリアの砂塵にまみれた自分とダンデを見やり、やれやれと頷いた。
「だね。ダンデくんも着替える?」
「ああ、ソニアのあとでオレも着替えるぜ」
「おっけ。じゃあちゃっちゃと済ませるね」
言いながら、ソニアはパタパタと階上の仮眠室へと向かう。それを見送ったダンデが、不意に視線をユウリに向けた。
「ユウリくん、SNSの状況がストレスになっていないか? 意図しないところで話題になっている場合もあるからな、なにかあればすぐに言ってくれ」
「あ、はい。ありがとうございます、いまのところわたしは……ていうか、ダンデさんにもご迷惑かかってませんか?」
「ん? オレは迷惑なんかかけられてないぜ。どちらかといえば、ありがたいかな」
「え?」
意外なダンデの言葉に、ユウリが目をまるくする。そんな彼女に、ダンデは悪戯っぽく片目をつぶった。
「ユウリくんとのオフショットで世間が騒ぐと、ソニアがこっちに無茶ぶりを言ってくるんだ。本人は、不満をぶつけてる自覚はなくて、いたっていつも通りだと思ってるところが……」
そのまま、ダンデがにっこりとほほ笑む。その顔は、写真に撮られた蕩けるように甘い表情そのもので、ユウリはあてられたように顔を赤く染めた。
「はい、ダンデくん交代」
「ああ」
中二階の手すりからソニアが声を上げる。ダンデがぱっと顔を上げてそちらに向かうと、残されたユウリとホップがなんとなく気まずそうに顔を見合わせた。
「……いまの、ノロケだよね?」
「ああ……ったく、だんだん臆面無くなってるな」
弟としては、あんまり聞きたくないんだぞ……と、ホップがややげんなりとして言うのに、ユウリはフフッと笑う。
「今日のワイルドエリアの調査も、ソニアさんの無茶ぶり?」
「そう。ほんとはオレが同行する予定だったんだけど、アニキが急に休み取るって言ったから、急遽巣穴調査弾丸ツアーを計画したんだ。オレとソニアだったら、三日はかかる懸案事項だったぞ」
「ソニアさんの無茶ぶり、可愛い~」
くふくふと笑うユウリに、ホップは複雑そうに眉を上げる。そんな彼に、ユウリはにまにまと愛らしく笑った。
「ほんとは今日ね、ソニアさんが気にしてたら申し訳ないなって思って、とっておきの種明かしに来たの……」
「種明かし?」
「うん。あの時、ダンデさんとわたしがなにを話してたか。ダンデさんがあんなふうに笑った、本当の答え。ソニアさんは、手持ちの話だと思ってるみたいだけどね……」
「……あぁ~、なんとなくわかったぞ」
「ふふふっ。でも、あのふたりを見たら、それも野暮かなあって思っちゃった」
ユウリの言葉に、ホップも呆れたように笑った。
階上では、なにやら楽し気に話すダンデとソニアの声が響いている。ユウリとホップは立ち上がって、残っているババロアと、モモンティーを用意するべくキッチンへと向かった。
《恋する動詞111題》
#25.微笑む【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】
