challenge
#22.躊躇う【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】
2026/06/25 20:18【お題】ダンデ×ソニア
「ソニア、これ」
そう言って、ごく軽い調子で渡された薄いカードに、ソニアはきょとんとなった。
「なあに?」
「カードキー。ここの」
「えっ」
あっさりと告げたダンデは、重厚感のある黒いカードの表面に長い指をこつんと示した。
「これがあれば、マンション正面エントランスが開く。コンシェルジュにきみの情報を渡してるから、そのまま顔パスで通って、エレベーターの端末にかざせば、この階まで一直線に上がれる。部屋の前でもう一度使えば、室内の設備は全部使える」
「……」
「コンシェルジュへの要望も、このカード端末で行える。夜中に軽食が欲しくなったとか、急なクリーニングの依頼とか、ラウンジでの食事やテイクアウトもこれでできる。低層階のスーパーやカフェやジム、ガアタクの予約、清算も登録されてるし……」
「まってまってまって」
流れるようなダンデの説明に、ソニアは真っすぐに白い手を掲げてストップをかけた。彼の目の前に、まるでシャットアウトするように差し出された手のひらに、ダンデはちょっと寄り目になる。近い。
「どうした?」
「いやどうしたっていうか……そっちこそどうした!?」
「なにがだ?」
「こんなの、借りられないよ!」
「ん?」
テーブルの上に載っていた黒いカードを、ソニアの細い指がついっと差し戻す。それを、ダンデの浅黒い指がついっと押し返した。
「借りるんじゃない、これはソニア専用キーだ」
「うわあ。専用ときた!」
「なにをそんなに驚くことがあるんだ? いつでもこの家に来てくれって意味の贈り物だぜ?」
そう言って、まるで天使のように純粋に小首を傾げるダンデに、ソニアは思わず半眼を閉じた。
「いや……確かに、普通の恋人同士で、相手の家の合鍵をもらうなんて、ごくごくありふれたイベントみたいに見えるけどさぁ……」
唸るように呟いて、ソニアがテーブルの上のカードを見やる。いかにも高級感のある、光沢の美しいカードは、まるでそれそのものが発光しているような存在感があった。このカードに秘められたさまざまな特権、利便を思うと、さすがにおいそれと預かれない。
「……いや、やっぱいらない」
「なんでだ」
「だって、あまりにも重い……これ持ってれば、なんでも出来ちゃいそうだし」
「なんでもは言い過ぎだぜ。さすがに戸建て購入とかは無理だ」
「さすがにの規模がおかしい」
「別に、鍵の役割の他は無理に使えってわけじゃないぜ。なにかあった時に便利ってだけの、お守りだと思えば」
「わかってる……そうじゃなくて……」
ふう、とちいさくため息をついて、ソニアはためらうように眼差しを下げた。
「この家に、ダンデくんが不在の時にお邪魔するっていうことも、ないと思うし……」
「そんなことないだろ。オレの仕事の都合上、どうしてもきみにシュートに来てもらうことが多くなる。週末は特にだ。その時、オレがたまたま不在だったら、不便だろう」
「その時は、どこかで時間つぶすよ。あ、ラウンジで待ってればいいし」
「これがないと、ラウンジも利用できない」
「……じゃあ、どこか適当なお店で……」
「ソニア」
ぐっと一段低くなったダンデの声音に、ソニアはぴくりと震える。おずおずと視線を上げると、彼女の正面に座る幼馴染……つい先日、晴れて『恋人』と名乗り合う関係になった男が、まっすぐに彼女を見つめていた。
「なにが嫌だ?」
簡潔な問いに、ソニアは慌てて首を振る。
「い、いや、嫌なことなんかないよ、そうじゃなくて」
「この家に来るのが嫌?」
「嫌じゃないってば!」
「関係が進みそうで怖い?」
「っっ」
手連も手管もない、鋭くえぐる急所攻撃に、ソニアはぱっとほほを染めた。
ささやかな距離の先、ダンデが真っすぐにソニアを見つめる。その視線はまるで、バトル中に相手の弱点、隙を探すような容赦のない光を湛えていて、反射的にソニアは眦を上げた。
「そうだよ、そうです! ダンデくんが急すぎて怖いですね!」
「……」
自棄のように叫んで、ソニアが肩を怒らせる。そっちがその気なら、こっちだっていつまでも大人しく様子を見てはいられない。一歩も引かずに睨み合う恋人同士は、ピリピリとした雰囲気で次の手を探った。
「……オレは、きみの嫌がることはしないぜ?」
ふいに、ダンデが小首を傾げる。まるで甘えるようなその仕草に、ソニアのこころはぐっと締めつけられた。初手からこんなあざとい戦法とは、本気だな、ダンデくん。
ときめきを無理やり無視して、ソニアは長い睫毛を伏せる。
「わかってる……ダンデくんが、わたしの気持ちを尊重してくれることは。でも、問題はそこじゃなくて」
「どこだ?」
「……わたし、が、嫌じゃないの」
「……」
ぐっとダンデの喉が鳴った。その赤裸々な反応に、さすがの彼も気まずげに赤くなる。それを見やり、ソニアは追い打ちをかけた。
「こんな、あからさまにダンデくんの気持ち……みたいなのを預けられちゃうと、わたしの方がいい気になって、勘違いしちゃいそう。あっという間にダンデくんに夢中になっちゃう」
「……問題、あるか?」
「あるでしょ」
ふん、と鼻を鳴らして、ソニアが雰囲気をがらりと変える。甘えるような誘うようなたおやかさは一瞬で消え去り、理屈っぽく小賢しい博士が畳みかけてきた。
「まだ付き合って二週間経つかどうかって時に、合鍵渡すなんてどう考えたって早い! 嫌がることはしないとか、それ以前にスピード感の圧が強すぎる! そもそも、このマンションに来たのだって今日で二回目だよ? それで、なんでわたしの情報がコンシェルジュに登録されちゃってるの!」
「……」
あっという間に消え去った儚いソニアを惜しむように、ダンデは静かに瞼を閉じ、それから再び闘志あふれる黄金の瞳をソニアへ向けた。
「これから先、どうせ入り浸るんだから、早めに登録した方が面倒がないだろ」
「い、入り浸りませんけど!? そもそも、週末に遊びに来るってだけで、夜中の軽食とかクリーニングとか、全く必要ないですよね!」
「いずれ便利だと実感することになるぜ」
「な、ならないよっ」
「じゃあソニアは、夜中に腹が減っても我慢して、汚れた服のまま過ごすのか?」
「その前提がね! おかしいんだよね!」
「おかしくないだろ?」
ぐっと眼差しが濃くなる。ダンデは射貫くようにソニアを見つめて、言外の圧を強めた。
夜中に空腹になる未来。服を汚してしまうかもしれない未来。それらが指し示す可能性から、ソニアは全力で目をそらす。
確かに、ダンデはソニアの嫌がることはしない。けれど、彼女がそこから逃げたり躊躇ったりする隙を、決して与えようとはしなかった。
「……おかしくないだろ?」
同じ言葉を呟いて、ダンデがわずかに目を細める。獲物を前にした大型ポケモンが、ゆっくりと舌なめずりをするような圧迫感に、ソニアはほとんどパニック状態になっていた。
それでも懸命に、頭を働かせる。百戦錬磨の伝説のチャンピオンとのバトルにおいて、頼れるのは類まれなこの頭脳。
ダンデの挑戦を真正面に受けて、ソニアはピンと背筋を伸ばした。
「……いや、やっぱりおかしいよ、ダンデくん。もしも仮に万が一、そんな状況になったとして、夜中のデリバリーもクリーニングの依頼も、わたしじゃなくてきみがするでしょう?」
「……」
論理の穴に切り込まれ、ダンデは鼻白む。あくまでも机上のバトルをご所望か、と居住まいを正した。
「ああ、オレがする。きみのために軽食を用意して、きみの服を綺麗にして、きみが望むことはすべて叶える。きみの世話は、なにからなにまで全部オレがするぜ」
甘い言葉を囁いているのに、ダンデの表情はバトル中のそれだった。高揚感に瞳を輝かせる男に、ソニアは冷静に返す。
「ええ、そう、その時はよろしく。だから、わたしがひとりでこのカードを使うことは現状皆無といっていい。というわけで、お返しします」
「オレが、きみに持っていてほしいんだ」
「必要になったらね。まだ早いって言ってるの」
「じゃあ、いつ? いつになったら、きみはオレの家の鍵を受け取る?」
「それは……」
畳みかけるようなダンデの問いに、ソニアが一瞬怯んだ隙を逃さず、ダンデは一気に攻勢に出た。
「答えは、いつになっても受け取れない。理由は、必要ないからじゃない」
「ちょ、ダンデくん……」
「この鍵を持っていることで、きみはオレに会えない大義名分を失う」
「ダンデくんっ」
「オレに会えない理由がなくなって、オレに会いに来られない抑止力を失う。いつでも、好きな時に、オレのところに来られるようになってしまう」
「やめてよぉっ!」
真っ赤になったソニアが、情けない声で叫んだ。ダンデは素早く立ち上がり、椅子を蹴倒してテーブルを回ると、狼狽えたソニアを閉じ込めるように覆いかぶさった。
「いままで自制できていた全部の理由が吹き飛んだ時、自分がどうなるか怖いんだろ、ソニア」
「……っ」
「この鍵は、持ってるだけできみの理性を溶かすか?」
「そう、だよっ! そんな危険なもの預かれない、いらないっ……!」
「ソニア……」
追いつめられたソニアが、子供のように首を振ってわめくのを、ダンデは心底嬉しそうにほほ笑んで見つめた。最後の一撃が急所に決まり、もうソニアの恋心は瀕死だ。
それを満足そうに眺める冷酷な勝者は、けれどまるで崇拝するように厳かに、ソニアの傍らに跪く。真っ赤になって俯く彼女を見上げて、蕩けるほど甘くほほ笑んだ。
「だから持っていてほしいんだ、ソニア。それも、わかってるだろ?」
「……」
「お願いだ」
優しく残酷なことを言う恋人に、ソニアは呻くように囁く。
「……ほんっとうに、きみはズルいよ……」
「きみを相手にするんだ、手段なんて選ぶ余裕ないぜ」
「なにが、嫌がることはしない、だよぉ……容赦ないし、遠慮ないし、逃がす気ないじゃん……」
「当然だろ? そこで容赦して遠慮して逃がすような男が、ソニアを手に入れられるのか?」
あっさりと言うダンデの殺し文句に、ソニアは完全に白旗を挙げた。俯いたまま上体を傾け、跪くダンデの肩に身を屈める。
堕ちてきた彼女を優しく抱き留めて、ダンデは満足そうに笑った。
《恋する動詞111題》
#22.躊躇う【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】
