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#21.誓う【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】

2026/06/23 17:46
【お題】ダンデ×ソニア




「誓える? ダンデくん――」
 まるで試すように、けれどなにも期待していない目で、ソニアが問う。
 ダンデは静かに彼女を見つめて、言うべき言葉を探していた。



 長年の片想いを実らせて、しばらく経った。
 幼い頃から知っている間柄だったので、いまさらのように見せ合う男と女の顔はひどく気恥ずかしく、けれどとても新鮮で、麻薬のように中毒性がある。
 触れたい気持ちのままに手を伸ばし、見たこともないような顔を暴き合い、聞いたこともないような声を引き出す。幼い頃に見知ったなにもかもが変わっている互いを、もう一度学び直すように、ふたりは貪欲に恋に溺れた。
 ずっと長い間満たされなかったこころが、まるで溢れる泉のように次から次に潤い、長い長い片思いに乾ききった身体を慰める。照れくささも戸惑いも、一夜ごとに忘れていって、それがいつの間にか両手を超えて久しい、その日。
「結婚しよう」
 夜を閉じ込めた寝室の、満ち足りた空気に溶けるような、ダンデの一言。ソニアはようやく整ってきていた息を呑み、それからそっと眼差しを上げた。
「……本気?」
 わずかに低いその声音に、ダンデはハッと我に返る。
 さすがに……いまじゃない。
 満たされた心身に油断して、最近四六時中こころに浮かぶ願望がするりと漏れてしまった。
 本当はもっと、相応しい場所を調えるべきだった。夜景の美しいレストラン、彼方を見渡せる展望台、緑けぶる植物ドームのきららかな木陰。どこで言おうか、それだけを決めかねていた、そんな時限タイマーのような一言を、何故よりによっていま言ったのか。
 けれど、ダンデの中の理性の問いに、本能があっさりと告げた。
『いましかない』
 身体とこころがこれ以上なく満たされた、ソニアとのこの夜しか、相応しい瞬間はない。
 どれほどのお膳立てよりもはっきりと、ダンデの本能が選び取ったタイミングは、けれどソニアの表情をこわばらせ、眼差しを鋭く光らせた。
 彼女はたった一言問うて、そのままゆっくりと上半身を起こす。素肌で触れ合っていたぬくもりが離れ、間接照明のやわらかな光に照らされた彼女の、黄昏の髪がふわふわと煌めいた。
「ああ、本気だ。オレと結婚してくれ、ソニア」
 見下ろす彼女の視線から逃げず、ダンデが答える。浅黒い彼の肌は闇に沈み、その代わり炯々と光る黄金の瞳が、まるで野生動物のように真っ直ぐにソニアを射抜いていた。
 ソニアは渋い表情で眉を寄せ、それからはぁっとため息をつく。一糸まとわぬ艶めかしい白い肌が、さらりと揺れる黄昏の髪に見え隠れして、ダンデの気を散らす。けれど彼は恐るべき胆力で、眼差しをソニアの瞳からそらさずに言った。
「タイミングが悪いのは謝る。本当はもっと、相応しい場所でとは思っていたんだが……」
「うん。ここ最近そわそわ調べものしてるのは気づいてた」
「えっ」
「ホップにまで、デートコース聞くのはアリなの?」
「……あいつのセンスはオレより上だ」
「それはそう。でも、脇が甘いよ。わざとわたしに気づかせたいのかなって思うくらい露骨だった」
「……すまん」
 素直に謝って、ダンデは眉を下げる。情緒のすべてをポケモンバトルに捧げたと揶揄されるダンデだが、もちろんそんなことはない。人並みに恋をして、人並みに悩み恥じらい、人並みに浮かれた末に、ただやらかしてしまっただけだ。
 そんなダンデの様子に、ソニアはくしゃりとほほ笑む。いつもの苦笑よりも、ほんの少し泣きたいような雰囲気の顔だった。
「……もう。ダンデくんがそんなだからさぁ……」
「……ソニア?」
 夜の闇に浮かぶ、白い宝石のようなソニア。彼女はダンデを見下ろしたまま、悔しそうに笑った。
「わたしも、言いたくなっちゃうじゃん」
「なにがだ?」
「余計なこと。こんな……一番無防備で、一番こころをさらけ出す瞬間に言うんだもん……わたしだってごまかせない」
 ソニアの独白に、ダンデは思わず眉を寄せる。彼女の言いたいことが読めず、けれどどこか不穏な雰囲気に、心臓が嫌な音を立てた。
 ソニアに告白をして、彼女も想いを返し、晴れて恋人同士になって、その延長上の求婚。
 まさか断られるなど、つゆとも考えなかった――まさか!?
「ソニ――」
「ダンデくん、誓える?」
 ダンデの上ずる声を遮って、ソニアが鋭く吐き捨てる。まるで糾弾するような、刃のように冷たい声。
「誓ってほしい。『わたしを置いていかない』って」
「……もちろ――」
 反射で答えそうになって、ダンデはソニアのエメラルドに浮かぶ冷たい色に絶句した。
 置いていかないで。まるで甘い睦言のような、恋人同士のじゃれ合いの台詞に込められた、ソニアの本音。
 それは決して、表面的なものではない。置いていかない、という言葉に込められたのは、根源的な未来だ。
 ――わたしを置いて、いかないで
 ――わたしより先に、死なないで
 かつて、物心もつかないほど幼い頃に、ふた親を亡くしたソニアの、普段は決して見せない本能的な恐れ。
 出会った頃の彼女の、そのおおきなエメラルドの瞳を覆っていた、絶望と諦めの色。
 それをいま、ダンデにすべてさらけ出している。
「誓える? ダンデくん――」
 まるで試すように、けれどなにも期待していない目で、ソニアが問う。
 ダンデは静かに彼女を見つめて、言うべき言葉を探していた。
 ふたりの距離は溶け合うほど近いのに、いまこの瞬間のこころは、絶望的なほど遠い。
 ほんの少し、針の先ほどにも満たないささやかなすれ違いで、なにか取り返しのつかない過ちを犯してしまうような、そんな一瞬の後。
「――先のことは、わからない」
 ダンデは言うべき言葉を告げた。
 いっそ清々しいほどに無粋な言葉に、ソニアはくしゃりと笑う。先ほどよりも、泣き顔に近い笑みだった。
「……だよね。ごめん、やっぱ余計なこと聞いたわ。忘れて……」
「でも」
 諦め早くソニアが逃げ出そうとするのを遮って、ダンデが呟く。青白い彼女のほほが震え、揺れるエメラルドがダンデを見下ろした。ダンデはちいさな女の子に戻ったようなソニアのこころに手を伸ばす。
「生きてる限り、このこころと身体はソニアのものだ。どこにいても、なにをしてても、それは変わらないと誓う」
「……」
「死がふたりを分かつまで」
「……っ」
 ぶわりと溢れた涙を隠すように、ソニアが手を上げた。顔を覆う彼女を許さずに、ダンデが上半身を跳ね起こす。勢いよくソニアの腕を掴んで、彼女の泣き顔をさらけ出した。
「隠すな、ソニア!」
「やっ……離して!」
「断る。やっときみの本音が聞けたんだ、もっと見せろ」
「も……っ、ばかじゃ、ないの……っ」
 言いながら、ソニアは真っ赤になって大粒の涙をこぼす。そのみっともないほど歪んだ表情に、ダンデは心底幸せそうな顔でキスの雨を降らせる。
「やっとだ……本当にきみは、しぶといぜ」
「……お、女の子に、しぶといとか……っ」
「どれだけ暴いても、甘やかしても、最後の最後まで理性を捨てない。頭でっかち」
「わるぐちじゃん!」
「弱いところは見せたくない? 残念だが、オレには通じない。弱点を探るのは大得意だ」
「……最低」
 ひくっ、と喉を鳴らして、ソニアが眉をしかめる。ダンデはその可愛い皴に、音を立ててキスをした。
「死なないでって言えよ、ソニア。自分より先に死ぬなって」
「……誓えないくせに」
「ああ、誓えない。ひとは呆気なく死ぬって、オレもきみも知りすぎてる」
 わずかにダンデが苦い顔を見せる。幼い頃に肉親を失った痛みを抱える者同士、どこまでも追いかけてくる地獄のような現実を忘れられない。
「ましてオレもきみも、ポケモンと深く関わる人生だ。危険は常に傍にある。どれだけ誓っても、それになんの意味がある?」
「……そうよ、だから、忘れてって……」
「だから、死がふたりを分かつまで、だ」
 ソニアの滲む視界の中、なによりも優しく彼はほほ笑んだ。彼女の壊れた涙腺が、新しい涙をこぼすのを、ダンデは暖かなくちびるで拭う。
「死がふたりを分かつまで、オレはソニアに忠誠を誓う。死なない。置いていかない。離れない。諦めない。こころから誓うぜ、ソニア」
「……し、死んじゃったら……?」
「生きてる限り捧げたこころが、死んだらなくなると思うのか? 甘いな、ソニア。ゴーストポケモンになってでも、きみの傍に帰るぜ」
「……っ、ぷっ!」
 思わず噴き出したソニアは、きらめく涙の雫を散らしながら震えた。その鈴のような笑い声に、ダンデは泣きそうになって彼女を抱きしめる。腕の中で、やわらかく暖かな命がしがみついてきた。
「ほんと!? ほんとに、ダンデくん!? 誓える? ゴーストポケモンになってでも、わたしのところに帰ってきてくれる!?」
「ああ、誓うぜ。そのかわり、きみは気づいてくれよ。オレがどんなポケモンになっても、きっと気づくって誓ってくれ」
「誓うよ、きみがどんなカタチになったって、絶対に気づくよ……!」
 あははっ、と、明るく弾けるようにソニアが笑う。やわらかな身体中でダンデにしがみつき、もう二度と離れない、というように力を込めた。
「ありがとう、ダンデくん! 最高のプロポーズだ!」
「どういたしまして、ソニア。じゃあ、返事をくれるか?」
「あ」
 ぎゅうぎゅう抱き着いていたソニアが、いまさらのように気づいてパッと離れる。プロポーズの返事、という現実的な言葉に、一気に彼女の理性が戻った。
 涙に濡れた顔中が、きららかに紅く火照っている。くしゃくしゃになった黄昏の髪、闇夜に光る白い肌、まるい曲線、すべてがダンデを引き寄せた。
「えーっと……お返事、します」
「……うん」
「……待って、ちょっと待って、いま!?」
「え?」
 素っ頓狂なソニアの叫びに、ダンデが目をまるくした。それと同時に、この世のなによりも美しい彼女の裸身がいまさらのようにシーツに隠される。手当たり次第その辺の布をかき集め、繭のように包まったソニアが叫んだ。
「さすがにこの状況はなくない!? 真っ裸でなにやってんのわたしたち!」
「……いまさらか!?」
「そうだけどっ! もーダンデくん、なんで時と場所を考えてくれないの! 夜景の美しいレストランとか、彼方を見渡せる展望台とか、緑けぶる植物ドームのきららかな木陰とか、もっとあるじゃん!」
「いまさら!?」
「そうだけどっっ」
 布の中から顔を出したソニアが、真っ赤になって泣きそうに叫ぶ。
「こんな状況でイエスって答えたなんて、誰にも言えないじゃん!」
「……誰に聞かれる想定だ」
「ルリナとか!」
「やめてくれオレが流し去られる」
「ユウリとかっ」
「意外とウケないか? あの子なら」
「おばあさまとか、ダンデくんのおばさまとか……」
「早速死がふたりを分かつことになるぞ」
「……将来の、子供とか……」
 ちいさく呟かれた言葉に、途端にダンデの表情が緩む。息を吹き返したような彼の雰囲気に、ソニアはさらに真っ赤になった。
「こっ、困るじゃん、もしもそんなことになったらさっ! もしも、おしゃまで賢い女の子とかがさっ、夢いっぱい憧れいっぱいに聞いてきたらどうすんの!?」
「ふわふわのオレンジ色の髪の毛を撫でながら、パパとママが最高に仲良しになった瞬間に、誰にも邪魔されない場所で、とってもロマンチックにプロポーズしたって答える」
「後半ダウトだな!? しかも、なんでわたしの髪の色? ダンデくんの紫でもいいじゃん」
「どっちでもいいが、ふわふわな方が好きだな」
「いや、でもこの髪の毛って結構扱いづらいんだよなあ。ダンデくんのコシのある髪の方が絶対いいよ……男の子だったらどうすんの」
「必勝テクだと言って授ける」
「親子二代で情緒が死滅してるって言われるでしょう!」
「ソニア」
「なに?」
「もはや聞くのも野暮だが、返事は?」
 満面の笑みで問うダンデに、ソニアはシーツの繭の中で、悔しげに笑った。



《恋する動詞111題》
#21.誓う【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】


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