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#16.ときめく【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】

2026/06/13 16:19
【お題】ダンデ×ソニア
 



「ときめきの賞味期限って、あるんですかねぇ」
 突然のユウリの言葉に、ソニアは口に入れかけていたフィナンシェに噛みつく顔のまま横を向いた。
 のどかな牧草地が広がるハロンタウンの、ダンデとホップの実家の裏にある緩い丘陵のてっぺん。おおきな木が並んで木陰を作るそこに、テントは張らないけれどもキャンプ用のテーブルや椅子を並べてちょっとしたピクニック仕様にしている。
 ソニアとユウリが優雅にお茶をしている視界の先では、実家の広大な牧草地をぐるりと囲む木の柵を丁寧に確認したり修繕したりしている兄弟が、豆粒のようなおおきさで見える。彼らの周りには、春先にタマゴから孵った赤ちゃんウールーが興味深げに群れを作り、その監督をするようにワンパチとリザードンが控えていた。
「ほひへひ?」
 口に入れたフィナンシェをとりあえず咀嚼しながら、ちょっと行儀悪く口元を隠してソニアが呟く。その不明瞭な言葉に、ユウリはこくんと頷いた。
「はい。ときめき」
「……んと、そもそも感情の賞味期限とは?」
「先週、マリィと一緒に買った雑誌に載ってたんです。恋愛感情が続くのは、三年間だけだって……だから、ときめきの賞味期限、です」
「ははあ」
 聞いたことのある俗説に、ソニアはようやく合点がいって頷く。そんな彼女をちらりと見やって、ユウリは少し恥ずかしげに睫毛を伏せた。
「……わたしの気持ち、ソニアさんは知ってますよね」
「ホップのこと?」
「はい……。告白はまだだけど、たぶん、ホップもわたしの気持ち、わかってるんじゃないかなぁ」
「えっまだだったの!?」
 純粋に驚いて、ソニアが高い声を上げる。ユウリは真っ赤になって肩を竦めた。
「まだですぅ……」
「あらあ~。わたしはてっきりもう、とっくの昔にくっついちゃってるかと」
「違います~。てゆか、告白したってうまくいくかわかんない……」
「え~、そこ不安なのかよぉ」
 悪いと思いつつ、ソニアはニマニマと意地悪く笑う。7つも年下の少女の、初々しい恋の戸惑いにどうやったってにやけが止まらない。
 そんなソニアに、ユウリは泣きそうな顔で呻いた。
「不安ですよぉ~……不安しかない……ソニアさんは、そんなことなかったでしょうけどもぉ」
「え、いやわたしはもっとだよ。そもそも、ホップってめっちゃわかりやすいじゃん。あんなにあからさまに好かれてるのに、なにが不安?」
「だって……ホップ、誰にでも優しいもん」
「あぁ~!」
 盲点だった! といわんばかりに、ソニアが額を押さえて天を仰ぐ。
 確かに、気のいい弟分は誰に対しても親切で、オープンで、爽やかだ。それこそ、自分にいちいち嫌味を言ってくるような思春期真っ盛りの同期にだって、なんだかんだと言いながら面倒見よく接して、いつの間にか信頼を勝ち得ている。どんな気難しいポケモンも瞬く間に手懐けてしまう、兄によく似たヒトポケたらしの素質があった。
 ユウリの不安をようやくきちんと理解して、ソニアは椅子ごと身体を彼女に向けた。
「でも、ユウリのことは特別だと思うよ?」
「……そうかもって思う時と、そうじゃないなって思う時と、最近はもう、ぐちゃぐちゃでよくわからなくて……」
 恋する16歳の本音に、ソニアは再びにやつきそうになるのを必死に耐えていた。可愛らしいな、微笑ましいな、と思えるのはきっと、思春期の迷路からようやく脱した自覚があるから。自分だって、ユウリと同じ年の頃や、ダンデを好きだと自覚した時は、もっともっと悩んだし、もっともっと不安だった。それを思い出して、真剣な少女への敬意を表す。
「それで、ときめきの賞味期限っていうのは?」
 話を元に戻すと、ユウリはぱっと顔を上げて、それからこっくりとまろやかなミルクを垂らしたように輝く、不思議な琥珀の瞳を潤ませる。
「わたしとホップ、出会ってまる二年なんです」
「へえ、もっと長いと思ってた。結構最近だね?」
「わたしがこっちに引っ越してきたのが、ちょうどジムチャレの前の月でした」
「えっっ、そんなだったの!? え、じゃあ、マジで出会ったばっかりで、ホップとジムチャレ始めたんだ!」
 改めて考えると、ユウリの目まぐるしさに言葉も出ない。他地方からやってきて、生活に慣れる間もなく国を挙げてのイベントともいえるジムチャレンジに挑戦し、瞬く間に玉座に上り詰めた逸材。そういえば、最初は手持ちのポケモンすらいなかったっけ、と、ソニアは唸る。
 ホップとはそれなりに交流していたソニアが、ジムチャレンジの時までユウリを紹介されなかった理由がようやくわかった。
「こっちに引っ越してきて、セカンダリースクールに通うことになった時に、お隣に同い年の子がいるから面倒見てもらいなさいって、親同士が話をまとめたんです。そこで初めてホップに会って、すっごく仲良くなって……」
 最強のコミュニケーション能力を誇るホップが、言葉も少々おぼつかず、ガラルの風土にも馴染みのなかったユウリを、懇切丁寧にサポートしてくれたという。ユウリの出身地域特有のポケモンの話に食いついたり、ガラルポケモンの生態について語ったり、主にポケモン関係で仲良くなっていったが、ユウリにとってはガラルの印象のすべてが、ホップだったといっても過言ではない。
「わたし、その時からずっと、ホップのことが大好きです。でも、この気持ちが『恋』なのか、初めて来た土地で親切にしてもらったことへの『刷り込み』なのか、ポケモンバトルを一緒に始めた同志としての『好意』なのか、わからなかったんです。でも……」
 言葉を切って、ユウリがふわりとはにかむ。もも色に染まったまろいほほの線が愛らしく、成長過渡期のみずみずしい美しさの片鱗が見えるようで、ソニアは思わず見とれてしまった。
「住む場所が変わっても、なかなか会えなくなっても、わたしの中のホップへの気持ちが、全然消えなくて。むしろ、どんどんおおきくなっていって、顔を見れたら嬉しいし、声が聞けたらドキドキするし、笑ってくれたらなんだってできそうって思っちゃうし……」
「ああ……うん、そうね、それは恋だね」
 ほほ笑ましげに言うソニアに、ユウリも嬉しそうに笑った。
「はい。もう、間違いなく恋です。自信あります。でも……そうすると、気になっちゃうのが……」
「恋愛の賞味期限?」
「はい。三年しか持たないって、じゃあ、わたしのこの気持ちも、あと一年もしないで消えちゃうのかな? って。それなのに、わたし、告白もできないままぐずぐずしちゃってて、それが最近すごく不安で……」
 ユウリが再びくちびるをつぐみ、不安そうにソニアを見やった。その眼差しの先で、ソニアはいかにも理知的な表情で穏やかに言う。
「ときめきが消えちゃう前に、告白しなきゃって焦る?」
「……それもあるけど、わたしのホップへの気持ちが、消えちゃうかもしれないのが、怖いんです」
「怖い?」
「わたし、ガラルに来てすごく不安だったし、怖かった。でも、すぐにホップと仲良くなって、色々と考えてたことが全部杞憂だったって思えて、安心できたし、ジムチャレを通じて自分のやりたいことや、やれること、可能性とか、そういうものを見つけられて、嬉しかったし、でもそこにはずっとホップがいてくれて、傍にいなくても、ずっとホップがいてくれて……そういう気持ち、もしかして全部、無くなっちゃうのかもしれないって思うと、まるでガラルに初めて来た時みたいな、一人ぼっちみたいな気持ちになっちゃって、それで……」
 なにかに追い立てられるように、ひと息に言ったユウリがひゅっと息を飲んだ。けほけほ、とむせる彼女に、ぬるくなった紅茶のカップを差し出すと、ユウリは急いでそれで喉を湿らせて、それから眉を下げる。
「な、情けないですよねぇ。もう子供じゃないのに、不安がっちゃって……」
「大人でも不安になるよ。子供じゃなくなったって、怖いものは怖いんだから」
 やわらかくソニアが言う。ユウリは涙の滲んだおおきな瞳を向けて、ほっと息をついた。
「ほんとですか? ソニアさんも?」
「うん、もちろん。カッコ悪いからあんまり言わないけど、怖いものはたくさんあるし、それこそ、ときめきの賞味期限の先にもあるよ」
「えっ」
 はっと目をまるくしたユウリに、ソニアはぬるく吹き抜ける牧草地の風に黄昏の髪を揺らしながら瞳を細める。
「ユウリのホップに対する気持ちには、いろんな種類があるんだよ。もちろんメインは『恋』なんだろうけど、信頼や、友情や、人としての尊敬や、本当にいろいろな気持ちが混ざり合ってるの。それは、ガラルに来てすぐに、それまでの価値観や生き方が全部まるっと変わっちゃったショックと、その不安や焦りを、ホップの存在が救ってくれたってことがすごく関係してる。だから無意識に、ホップへの恋愛感情と、自分がガラルで生きていく覚悟みたいなものを、混同視しちゃってるんだね」
「覚悟……」
「うん。だからね、ひとつわかってほしいのは、たとえホップへの恋心が消えたり変わったりしても、ユウリはユウリ。ポケモンが好きで、バトルに夢中になって、ガラルチャンピオンまで駆け上がったあなたは、なにも変わらない。これからも、変わらないんだよ」
「……はい」
 どことなく心細そうに、けれど深くユウリが頷く。そんな彼女に、ソニアは優しくほほ笑んだ。
「でね、ここからがいわゆる『恋愛の賞味期限』の話なんだけど……それ、眉唾だから」
「えっ」
 素直に目をまるくするユウリに、ソニアは堪えきれずにくすくすとほほ笑む。
「確かに、人間の恋愛感情を科学的に解明しようと研究した例はある。その結果、恋愛初期では報酬系脳内物質、いわゆるドーパミンが分泌されることによって、多幸感や快感を認識しやすいことがわかった。このドーパミンは、強すぎる効果と引き換えに、長くは分泌できない。その最大値が、約三年といわれてる。これが、ときめきの賞味期限の正体ね」
 つらつらと続くソニアの言葉に、ユウリは一生懸命理解しようと真剣な表情で頷く。ソニアはそんなユウリを見やって、博士然と眉を上げた。
「だけど、恋愛感情ってときめきだけなのかな? わたしは、そうじゃないと思うな。ドーパミンの過剰な分泌による強い快感や多幸感が去ったあとには、なにも残らないわけじゃない。恋のときめきの後には、オキシトシンの分泌による穏やかな安らぎ、安心感、親愛の情が生まれる可能性が高いの」
「オキシト……?」
 ついていけなくなって、ユウリが眉を寄せる。ソニアは落ち着いた眼差しで少女を見つめて、ゆっくりとオレンジがかったくちびるを開いた。
「ときめきの賞味期限が過ぎても、その気持ちが本物なら、そこにもっと深いものが残るかもしれないって話。もちろん、必ずそうなるとは限らない。でもね、ユウリがホップに向ける気持ちなら、わたしはきっとだいじょうぶだと思うな」
「そ……う、かな……」
「うん。でもね……」
 そこで言葉を区切って、ソニアはうっとりするほど美しく笑った。普段は気さくで楽しいソニアの、滅多に見せない色香のようなものを感じて、ユウリはドキリと胸を鳴らす。
「ときめきが無くなってからが本番なんだよ、ユウリ」
「え?」
「いつか、声を聞いただけでドキドキしたり、笑いかけられただけで嬉しくなったりしなくなるかもしれない。いまユウリが感じている、胸がくすぐったくなるような、甘くてふわふわした恋心はなくなって、ただ一緒にいることが心地いい関係になれるかも。――でもね、その時にはもう、それが『無くなること』なんて、想像もできなくなる」
 じっとユウリの瞳を見つめ、ソニアは艶冶に笑う。
「声や笑顔にドキドキしていた頃がどれだけ幸せで、無知だったか思い知る日が来る。ただ傍にいて、一緒にいることが当たり前になって、だけどそれを失ってしまうことが、ときめきを無くすことよりもよっぽど怖いことだって気づいてからが、本当の始まり」
 その悪魔的な囁きに、多感な年ごろの少女は素直に青くなった。恋に恋するような幼い彼女には、ソニアの実感のこもった言葉がもう闇雲に怖い。
 ホップへのときめきが消えるとか、そんなことよりももっと怖いものがあった。彼が傍にいてくれなくなったら? それを思うといまでさえこんなに怖いのに、将来もっと、どんどん怖くなるなんて、絶望しかない。
 そんなユウリの葛藤を見透かして、ソニアはぱっと表情を改める。嫣然とした大人の女性だった彼女が、まるで悪戯っ子のように幼く笑った。
「でもだいじょうぶ。その怖さを和らげる、いい方法があるから」
「えっ、なんですか、それ!」
 すがるような声を上げて、ユウリがソニアの方へ身を乗り出す。ソニアはにんまりと瞳を弓なりにした。
「その方法を試す前に、大事な関門があります」
「関門?」
「告白しな」
「えーっ」
 単刀直入な言葉に、ユウリは真っ赤になって叫ぶ。ソニアはわざとあっさりと言った。
「両想いになっちゃえば、相手がいなくなることへの恐怖は、一方通行じゃなくなるでしょ? 向こうも同じ恐怖に耐えてるんだ、って思えば、不思議と我慢できるもんだよ」
「う、うぅ~……」
「片想いのままぐずぐずしてたら、どんどん恐怖は膨らんで……」
「きゃあ、もう、やだぁっ」
 脅かすようなソニアの声音に、ユウリが泣きそうになって身をよじる。
「どうした、ユウリ!?」
 その時、いつの間にかこちらへ向かっていたホップが、ダンデとウールーたちを残して一目散に駆けてきた。はっとしたユウリが赤い顔を向けると、小鹿のように軽やかにやってきたホップが、怪訝そうな顔をする。
「なにかあったのか? 蛇でもいた?」
「え、あ、違うの。えっと……」
「お茶請けにおばさまが用意してくれたタルトを忘れてきちゃったって思いだして、おおきな声出しちゃっただけよ。そうだ、ふたりで取りに行ってきたら? その間に、紅茶淹れておいてあげる」
 如才なくソニアが言うと、ホップは疑うことなく頷いた。
「わかった! 行こうぜ、ユウリ」
「あ、うん」
 慌てて立ち上がったユウリが、ホップの隣に立って歩く。その後ろを、赤ちゃんウールーの何体かがぐめぐめとついていった。
「なにかあったのか、ソニア?」
 遅れてやって来たダンデが、わずかに汗の浮いた額をのんびり風に当てながらソニアの傍らに座る。クーラーボックスから冷えた濡れタオルを出して、彼に渡したソニアが笑った。
「ううん。ちょっと、怖い話」
「ゴーストポケモン?」
「違うけど、まあ似たようなものかな」
 適当にあしらうソニアに、ダンデはふうん、と適当に相槌を返す。顔中の汗をぬぐう彼の横顔に、ソニアはそっと瞳を細めた。
「……ダンデくんが耐えるんだったら、わたしも耐えられるよ」
「ん? なんの話だ?」
「……一生ライバルでいてね、って話!」
 ニッと笑ったソニアの言葉に、ダンデは驚いて目をまるくして、それから心底幸せそうに笑み崩れた。



《恋する動詞111題》
#16.ときめく【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】



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お題も20作達成いたしました!
ダンソニお題でお気に入りのお話などありましたら
是非教えてください🫶💕

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