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#14.別れる【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】

2026/06/09 14:30
【お題】ダンデ×ソニア



 いかにも難しい話をしますよ、と整えられた場に、ソニアは若干気後れを感じて喉を鳴らした。
 彼女の傍らで、その背中にエスコートの手を添えるダンデは、いつも通りの自然体でニコニコとしている。それもそのはず、ここはバトルタワーのオーナー室に併設された来客用の応接室で、言ってみれば彼の城だ。部屋の中に居並ぶ面々も、ポケモンリーグに連なる法務部、会計士、弁護士、税理士と錚々たるメンバーだが、結局はダンデのチームである。
 この場でアウェイなのは、ソニアただひとり。だとしても、ガラルの認めた最年少ポケモン博士の威信にかけて、決して気圧されたりしてはならない。
 大枚をはたいて揃えた勝負スーツの背筋を伸ばし、ソニアは理知的な表情で毅然と歩きだした。
「ご足労感謝します、ソニア博士」
 いつもの気だるげな雰囲気で、オリーヴが軽く会釈をする。見知った顔にほっとして、ソニアもわずかにほほ笑んだ。
「お久しぶりです、オリーヴさん」
「お忙しいところをお呼び立てして申し訳ございません。ですが、ことは急を要する次第になりましたので……」
 そう言いながら、オリーヴの氷河のような冷たい眼差しがダンデに突き刺さる。ダンデはまるで意に介さずに、ソニアをエスコートして席に座らせると、その傍らにゆっくりと着座して笑った。
「婚約式から逆算して、ここしか予定が組めなかったんだ。みんなには無理を言ったけど、オレたちの意向を汲んでくれたことに感謝してるぜ」
 ダンデがにっこりと太陽のような笑みを向けると、お硬い雰囲気の歴戦の士業たちが腰砕けになったように笑い返す。賭けてもいい、彼らはプライベートでは、チャンピオンダンデの試合に欠かさず足を運んだクチだ。
 わずかに呆れてソニアが見ていると、そんな彼女と恐らく完全に思考を一致させたオリーヴが、もはや機械のように淡々と口を開く。
「オーナーの強い要望に、我々も精いっぱいお応えすべく粉骨いたしました。願わくば、その労を慮り、この契約に速やかなご理解を下さることを願います」
「契約?」
 その時初めて、ソニアが口を開いた。ここに来てようやく、彼女は自分がなぜ、バトルタワーのオーナー室に公的に招じられたのかを悟り、ダンデを軽く睨む。
 彼がソニアに説明したのは『結婚に際しての手続きが必要だから、ちょっと時間をくれないか』という、いかにも気軽なものだった。手続き? と首を傾げつつ、まあ、ダンデくんだし面倒くさいこともあるか、とソニアも胡乱なまま承諾して、告げられた日時と場所、応じるメンバーの顔触れを聞いた時、初めてこれは思った以上に大ごとだ、と青くなった。
 十年無敗のポケモンバトルチャンピオン、さらには現ポケモンリーグ委員長、バトルタワーオーナー、スタートーナメント主宰……改めて指を折らなくとも、そのうちのひとつの立場でさえ、結婚するとなればとんでもない面倒が生じる。そんなこと、わかっていたはずだった。
 けれどソニアにとってのダンデは、一緒に泥だらけになってウールーに埋もれていた幼馴染、共に切磋琢磨したライバル、気心の知れた友人で、こころを寄せる恋人。ただそれだけでしかないという気安さが、彼の社会的地位を忘れるともなく忘れさせていた。
 その事実を、ここで改めて突き付けられて。ソニアは、白いほほをさらに白くして息を飲む。
 そんなソニアの正面で、オリーヴはキビキビと書類を持ち出した。今時分厚い紙の束。その傍らには二台のタブレット。
「紙面でもご用意しておりますが、データでもお読みいただけます。総ページ数八十七枚です。どちらでご確認されますか?」
「はちじゅ……」
 くらり、と眩暈がする。ソニアが呻くと、ダンデもわずかに眉を寄せた。
「そんなにあるのか? いちいち目を通していたら日が暮れるぜ」
「……重要な書類ですので、いちいち目を通していただかないと困ります」
「わかった」
 オリーヴの底冷えする視線に、さすがのダンデも素直に頷く。ソニアは紙面に手を伸ばし、ダンデはタブレットに目を通し始めた。
 ダンデの指が、機械的にすいすいとスクロールしていくのに対し、ソニアはちいさなバッグから取り出した読書用の眼鏡をかけ、真面目な顔でじっくりとページを読んでいる。さすがの速さだが、ダンデがスクロールを終えた時、まだ半分も進んでいなかった。
 静かな室内に、ソニアの指が紙をめくる音だけが続く。論文を読み下す時のような、怖いほど真剣なまなざしの彼女を見つめ、ダンデは手持無沙汰に頬杖をついていた。
「……あの、いいですか」
 やがて、ページの途中でソニアが顔を上げた。担当者たちが注目する先で、彼女が硬い声音で続ける。
「こちらに、オーナーダンデの資産一覧等保有利権をまとめていらっしゃるのはわかるのですが、わたしの情報まで記載されているのは……」
「大変失礼とは存じましたが、とにかく時間もないことでしたので、可能な範囲で調査させていただきました。もちろん、個人情報については触れておりません。あくまでも、博士の知的財産に対する評価、権利関係、将来性を鑑みての試算となっております。また、現在のポケモン研究所及びガラル粒子に関する価値においては、マグノリア博士のご協力を得てのものになります」
「おばあさまの?」
 オリーヴの滑らかな説明に、ぎょっとしてソニアが目をまるくする。自分の知らない間に、祖母まで巻き込んでこんな大掛かりな資料を作っていたとは、と、呆れを通り越していっそ清々しい。
 ガラル随一の巨大企業の法務部に、常識は通用しない。ソニアは今更驚くことはやめて、淡々と事実を口にした。
「つまり、わたしとオーナーダンデが結婚前に持ち得た資産は個人所有、結婚後に取得した資産については、その性質に応じて共有財産と個人財産を区分する。けれど、結婚前から継続して有する権利関係については様々な法的拘束力が生じるので、改めて詳細な資産契約を結びたい……要するに、婚前契約書の締結を行え、ということですね」
 簡潔な言葉に、オリーヴは目顔で頷く。するとダンデが場違いなほど素直な声を上げた。
「なんだ、そういう話か?」
「はあ? って、ダンデくんがなんで驚くのよっ。きみはわかっていてしかるべきでしょーが!」
 思わずソニアが突っ込むと、ダンデは苦笑して肩を竦める。
「いや……まあ、ふわっとは理解していたつもりだが、婚前契約書、って言われると、急に印象が変わるから」
「あのねえ。これは主に、きみの資産についての契約なの! 株式や事業権、利益配分に加えて、きみの場合は『ダンデブランド』が本丸。CM、グッズ、著作、サイン商品、イベント企画なんかの肖像権、著作権、使用権とかが、めっちゃくちゃ色んな利権に絡んでて、ものすっごい複雑怪奇なの! だから、そんな人間が結婚して、その資産や権利関係を配偶者にも共有させるってなると、ほんとに大変な手続きやら事務作業やら確認やら根回しやらが必要なのっ! それを、きみは、わずか一か月足らずでごり押ししたんだよっ!? その自覚と責任をもってちゃんと理解しろぉ!」
 興奮したソニアが、思わずばぁん! と机上をひっぱたく。はぁはぁと肩で息をする彼女に、ダンデはぱちくりと目をまるくした。
 すると、対面に座っていたお堅い士業の面々が、誰からともなく拍手する。はっと我に返ったソニアがそちらを向くと、自分たちの苦労を理解し、労ってくれたソニアに対して泣きださんばかりに感激している顔があった。
 オリーヴすら、いつもの鉄面皮ではなく、ほんのりとほほ笑んでソニアを見つめている。
「ソニア博士……そのお言葉だけで、我々の苦労が報われます。本当に、ありがとうございます」
「え、いえ、そのぉ……すみません、ダンデがいつも、ご迷惑をおかけして……」
 勢い、保護者のようにソニアが深々と頭を下げる。まだ結婚もしていないのに、わたしはどの立場でものを言ってんだ、と我ながら呆れるが、まるで反省した様子のないダンデを見ていると、今後の自分の立ち位置を嫌でも理解させられる。
 そんなふうにぎくしゃくと押し黙ったソニアに、けれどオリーヴは再び淡々と口を開いた。
「しかし、ソニア博士。お言葉ですが、結婚に際する煩雑な手続きや莫大な権利関係の掌握については、オーナーダンデだけに限った話ではありません」
「へ?」
 わずかに間抜けな声を上げたソニアが目を瞬かせると、オリーヴは手元のタブレットをすいすいと操作して、資料の後半にあるデータを見せる。
「ソニア博士が現在保有されている資産、権利関係についてはオーナーダンデに及びませんが、将来においてはその限りではございません。暫定のものだけでも、ガラル粒子研究、ダイマックス関連技術、それに付随するエネルギー開発、応用、さらにガラルの歴史を詳らかにした研究データベース、学術出版、それらの特許に関わる価値を試算しますと、今後莫大なものになると思われます」
「は、はあ……」
「そして、ここからが最も重要で、おふたりに深くご自覚いただきたいお話ですが」
 オリーヴが一旦その赤いくちびるをつぐみ、ソニアとダンデを睥睨した。ふたりはまるで、プライマリースクールの教師に対峙するように、急いで居住まいを正し、素直に傾聴する。
「この婚前契約において、守るべきものはオーナーダンデでも、ソニア博士でもありません。すべては、ガラルの今後を守るための措置です」
「……」
「あなた方の抱える権利関係は、ほとんどが個人に帰属するものではなく、ガラルの発展における共有財産に見なされるものです。ですので、我々ポケモンリーグ及びバトルタワー運営部は、この結婚を単なる恋愛イベントではなく、国家級案件と見做し、全力で対処いたします」
「こ、国家級……」
 そのあまりの規模間に、ソニアが乾いた笑みを浮かべる。彼女の傍らで、ダンデもわずかに苦笑した。
「それはさすがに、風呂敷が大きくないか?」
「いいえ。ガラルの重要文化財同士の結婚、と言い換えても通ります」
「な、なにそれ……もはやヒトじゃない感まである……」
「そういう認識でいてください」
 ぴしゃりと言い切ったオリーヴに、ダンデとソニアはもはやなにも言えず、押し黙ってちいさくなる。
 満足げに頷いたオリーヴが、残りの書類の説明をサクサクと進めた。ふたたび真剣に集中したソニアと、少しは本腰を入れて傾聴するダンデが書類に目を通し終えたのは、それから約二時間後のことだった。
「お疲れさまでした」
 必要なサインをすべて整えた士業たちが、ほくほくと離席するのを見送り、改めて供された紅茶の芳しさにため息をついていたソニアの耳に、オリーヴのやわらかい声が届く。顔を上げると、鉄壁のクールビューティーは珍しく穏やかにほほ笑んでいた。
「いや……こちらこそ、本当に、ご面倒をおかけしまして」
「これが我々の仕事です。お気遣いには及びません」
「感謝するぜ、オリーヴ」
「あなたはもう少し、常識を学びなさい」
 ぴしゃりと言いおいて、オリーヴがダンデを睨む。肩を竦めて紅茶を飲むダンデの傍らで、ソニアが呆れたように眉を寄せていると、そんな彼女にオリーヴが口を開いた。
「改めて申し上げますが、この度はご婚約おめでとうございます」
 しっとりとしたその声音に、ソニアもふわりとほほ笑んだ。
「ありがとうございます。今後とも、よろしくお願いいたします」
「ええ。それから……」
 わずかに目を細め、オリーヴが続ける。
「今回の婚前契約について、あなた方の別離や死別を前提とした印象を受けたことと思いますが、我々スタッフ一同、こころからオーナーダンデとソニア博士の結婚を喜び、祝福しております。そこは、誤解のなきよう」
「……フフッ、はい、それはもちろん、わかってます」
 思わず噴き出したソニアが、ころころと笑う。オリーヴは満足そうに頷くと、静かに立ち上がった。
「では、私はこれで。喫緊に迫った婚約式、その後の結婚式への段取り等で、今後は頻繁にお会いするかと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします」
「こちらこそ。頼りにしています」
 立ち上がって一礼するソニアと、それに倣うダンデ。ふたりに見送られたオリーヴの背中が、颯爽と応接室を出ていく。
 ふたりきりになると、ソニアはふーっと深くため息をついた。そのまま椅子に座り直す彼女に、ダンデが気遣わしげに声をかける。
「だいじょうぶか、ソニア?」
「ん……へーき。ちょっと緊張しちゃったし、改めてダンデくんの資産とか利権とか……認識すると、眩暈がするけどさぁ」
「オレも驚いたぜ。結構持ってたな」
「って、なんでダンデくんが驚くのさ。自分のことでしょーが」
「毎月の必要経費以外は、ほとんど丸投げだからなあ」
「ちょっと……もう。オリーヴさんに足を向けて寝られないね、きみは」
「ははは。本当に、感謝してるぜ。右も左もわからない、ハロン出の牧童を、いっぱしのチャンピオンに育て上げてくれたのは、彼女とローズさんだ」
 滲むような声音で呟くダンデに、ソニアは椅子ごと向き直る。こちらを向いていた彼と真正面に対峙すると、少し吊り上がったチョロネコのようなエメラルドを悪戯っぽく細めた。
「……ところでダンデくん。きみ、とぼけてたけども、最初から婚前契約を結ぶって、知ってたでしょ」
「ん?」
 きょとんと目をまるくするダンデに、ソニアはにやりと笑う。
「わたしに『婚前契約を結ぼう』なんて言うと、怖気づいたり嫌がられたりすると思って、わざと隠してたな?」
「……はは、バレバレか」
「バレるでしょ。さすがのダンデくんだって、こんな大事なことに無関心でいるはずがない。それに、わたしたちの結婚に関しては、きみは細大漏らさず把握したいはずだもん」
「さすがソニア、オレのことはなんでもお見通しだな」
 嬉しげに笑うダンデに、ソニアは穏やかにほほ笑む。仕方ないなあ、というような、その聖母のような表情に、ダンデはすっと真顔になった。
「……離婚とか、死別とか、考えるだけで嫌?」
「嫌だ」
「でも、わたしたちが結婚する以上、それに付随する責任を無視はできない。……ただのハロンの牧童と、ブラッシーの研究者だったら、こんなふうに悩まなかったかな?」
 ソニアが言うと、ダンデは苦笑した。それから長い腕を伸ばし、椅子に座っていたソニアを求める。ソニアは素直に立ち上がり、恋人の膝の上で彼に包まれた。
「肩書なんてどうだっていい。資産も、利権も、好きにすればいい。オレが欲しいのはソニアだけだ」
「……うん、ふふ、そうだね。周りはお祭り騒ぎだけど、わたしはわたし、ダンデくんは、ダンデくん。それだけのことだよ」
「そうだな。それだけでいい」
 そう言って、ダンデがソニアのこめかみにくちづける。ソニアはくすぐったそうに身をよじり、笑いの形になったくちびるでそっとダンデにキスをした。
「……でも、わたしたちが別れる時、もんのすごく面倒くさそうだねぇ」
 やわらかなくちびるに満足そうだったダンデが、ピクリと眉を上げる。ソニアは好奇心の赴くまま、テーブルの上のタブレットに手を伸ばした。
「死別はともかく、離婚時の利権だの資産分割だのの莫大さがさぁ……シャレにならないっていうか、こりゃあ確かに、婚前契約必須……おっと!」
 ぐりん、と椅子を回してダンデがテーブルに背を向ける。タブレットから手を離したソニアが、危なっかしそうにダンデにしがみついた。
「ちょ、ダンデくんびっくりするよ! 急に動くな」
「……離婚はしない」
「へ? あ、いや、そうだよね、ごめんなんか理屈で気になっちゃって……」
「絶対に、しない」
「あ、わかった、わかったよ……うん、ごめんて……」
「気軽にそんなことが言えるのは、もしかしてこころのどこかでその可能性を認めてるのか、ソニア?」
「え、いやちが」
「傷つくぜ……」
 そう言って、ダンデが捨てられたワンパチのような顔でソニアを見つめる。その小芝居に、わかっていてもソニアは抗えない。悔し気に、けれど隠しようもなく嬉し気に、彼女は恋人のくちびるにキスをした。
「ごめんってば……離婚なんかしないよ、当たり前でしょ?」
「誓うか?」
「もちろん誓うけども……待って、わたしたちまだ結婚の誓いもしてないのに、もう離婚の話してる」
「離婚の話じゃない、離婚をしない話だ」
「もー……ダンデくん……」
 くすくすと笑いながら、ダンデにキスをする。その羽根のような軽やかなくちびるに、ダンデが本気で噛みつくまで、あと二秒。
 終業までの数時間、オーナーへのアポイントメントはすべて却下され、人っ子ひとり近づくことはなかった。



《恋する動詞111題》
#14.別れる【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】



【恋する動詞111題☆★#1~20お気に入り投票】
お題も20作達成いたしました!
ダンソニお題でお気に入りのお話などありましたら
是非教えてください🫶💕

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