challenge

#13.慰める【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】

2026/06/07 15:27
【お題】ダンデ×ソニア



「あれ? ホップは?」
 暖かな陽気の昼下がり、珍しく仕事できちんとアポイントメントを取って、堂々と『ポケモンリーグ委員長』の顔で研究所にやってきたダンデが、いつもならば真っ先に出迎えてくれる可愛い弟の姿がないことに、不思議そうに問いかけた。
「あー、なんかね、午後から用事があるって帰ったよ」
「えっ」
 目をまるくするダンデに構わず、彼の持ってきたデータを熱心にPCに打ち込みながら、ソニアが片手間に答える。それからひどくぞんざいに、その細い指を振り立てた。
「お茶、そっちね」
「あ、ああ……ホップ、いないのか」
「そー。……ん? ゲッ、ここ暫定値とめっちゃズレてるじゃん! えーなんでなんで?」
「オレが来ることは、知ってたんだよな」
「んー、そだね。あ、なるほど、ここの試算がズレて……ってことは、これをこう、こうだ、どうだ? おぉ、さすが天才ソニア博士」
「そうか……知ってたのに、用事が入ったから……」
「よっしゃ、出来た出来た! あとはこれを送信して……おっと、忘れるところだった。んー、ダンデくん、ちょっとそこの、青いファイル取って」
「……これか」
「サンキューだぜ」
 こちらを見もせずに、高速でタイピングを続けるソニアの横顔に、ダンデがわずかにくちびるを尖らせる。成人男性の拗ねた表情、という、とんでもなく微妙なそれを幸いにも(?)目にすることはなく、ソニアは爆速でミッションをこなしていた。
「……っはー、オッケ! 完璧! さすがわたし! お疲れー!」
「……お疲れ」
「ん?」
 無事にノルマを達成した解放感に、ソニアが明るく振り返った先で、ダンデは薄暗く俯きながら膝にワンパチを乗せていた。献身的なこいぬポケモンは、弱っている人間にその身を与えることをためらわず、おおきな褐色の手のひらが無心にその尻を揉み続けるのを、心地よさそうに受け入れている。
 ソニアは、PC作業中だけかけている眼鏡をかちゃりと外し、Vネックの胸元に差し込む。それからやれやれと立ち上がった。
「もー、弟にフラれたくらいでへこむなよなぁ」
「……へこんでない」
「どう見たってへこんでるでしょーが。仕方ないなあ、ソニアさんがとっておきを出してあげよう」
 上機嫌に言って、ソニアがキッチンブースへ向かう。それからごそごそとなにかを探す音を立て、やがて可愛らしい缶の密閉容器を手に戻ってきた。
「はい、これ」
「ん? なんだ、これ……クッキーか?」
「あったり~。お茶請けにどうぞ」
 雑談テーブルにそれを置き、ソニアはティーバッグにお湯を入れる。ついでにダンデの分も入れてやれば、彼は密閉容器を不思議そうに見やっていた。
「これがとっておき?」
「まあまあ、食べてごらんな」
「じゃあ……いただきます」
 ワンパチを揉みこんでいた手のひらを卓上の除菌シートで丁寧に拭いて、ダンデは缶の中に手を突っ込む。プレーンクッキーをひとつ摘まむと、一息に口に入れた。
「ん……美味いな。素朴な味」
「なかなかっしょ?」
「ソニアの手作りか?」
「んーん、ホップの手作り」
「はっ?」
 二枚目に手を伸ばしていたダンデが、ぎょっとして目をまるくする。ソニアはちいさな口でクッキーをひと口かじると、もくもくと咀嚼してほほ笑んだ。
「こないだ、ユウリの誕生日だったじゃん。買ってきたプレゼントの他に、なにか手作りのものをあげたいっていうから、作り方教えてあげたの」
「ユウリくんの……」
 ダンデは、手にしたクッキーをまじまじと見つめて呟く。それから、ためらいがちにソニアを見やった。
「……今日の約束も、ユウリくんとか?」
「うん。ふたりで一緒にワイルドエリアに行くんだってさ。久しぶりにオフ合わせたらしくて、もう浮かれちゃって浮かれちゃって……」
「……」
「あらら。ダンデくん、拗ねちゃった?」
 再びくちびるを尖らせる成人男性の顔に、ソニアは呆れたように笑う。ダンデは三枚目のクッキーを一息に口に入れると、無言で咀嚼した。
「……拗ねてない」
「説得力がないよ、その顔」
「オレはただ、オレだってホップと会うのは久しぶりだから、楽しみにしてたってだけで」
「久しぶりって言っても、三日前にテレビ電話してたじゃん」
「直に会うのは一週間ぶりだ」
「チャンピオン時代は、もっと会えなかったくせに」
「だからこそ、いま、出来るだけその時間を取り戻そうとしてるんだ」
「そんなこと言ったって、ホップはもう、にーちゃにーちゃって泣きながら追っかけてきた幼児じゃないんだよ? 立派な男子で、好きな子もいて、青春を謳歌してるのに、今更アニキとつるんでくれるはずないじゃん」
 ソニアの正論に、ダンデは傷ついたような顔で項垂れた。その萎れた薄明の髪に、彼の膝でクッキーのおこぼれに預かっていたワンパチがぴすぴすと鼻を鳴らす。
 ソニアは、自分の傍らに大人しくとぐろを巻いて寝ているリザードンにクッキーを与えてやってから、やれやれと肩を竦めた。
「まあ、寂しいのはわかるけどさ」
「……」
「でもさ、いまホップが楽しそうにしてられるのは、ずっとダンデくんの背中を追いかけて、憧れて、自分なりに成長してきたからでしょ? 立派にお兄ちゃんの責任、果たしたじゃん」
「……ああ」
「だいじょうぶだよぉ。ホップが結婚しても、子供ができても、たぶん、年末には帰ってくるから」
 茶化すようにソニアが笑う。ダンデはじっとりとした眼差しで彼女を睨んだ。
「気が早い」
「あははっ、まあまあ、いつか来る未来に備えてイメージトレーニングしていくのは大事だよ」
「ホップに結婚はまだ早いだろ」
「いや、だからいまじゃないって。いつか来るかもしれない話! ホップにも家庭ができて、大事なものができて、そうやってどんどん距離が離れちゃうだろうけど、兄弟なんだから縁は切れないよ、ってこと」
「ホップは家族を大事にするやつだぜ。実家も変わらず大切にできるさ」
「うん、だから年末には会えるね」
「……」
「あーこれ、全然納得してないやつ……」
 頑固にくちびるを引き結ぶダンデに、ソニアは優しく瞳を細めた。
「心配しなくても、ホップにとっての兄貴はダンデくんだけで、これから先もそれは変わらないよ。会う時間が少なくても、すれ違っちゃっても、その絆は強いでしょ」
「……そうだな」
 素直に頷きつつ、ダンデはそっとため息をつく。どことなく、拗ねている自分を楽しんでいるような雰囲気に、ソニアは呆れて眉を上げた。
「まだ納得できない?」
「……絆は強くても、今日会えないのが残念でたまらないんだぜ……」
「わがまま言うな。ソニアちゃんで我慢しなさい」
「……ホップ成分が欲しいぜ……」
「『へこんでるアニキなんて、鬱陶しいんだぞ!』」
「……似てない……」
「かっちーん!」
 面倒臭く拗ねるダンデに、ソニアがむっとしたように立ち上がる。それからおおきく目を見開いて、きらきらとエフェクトが出るほど爽やかに笑った。
「『そんな顔してるアニキ、見てらんないんだぞ! アニキはオレの目標なんだから、ドーンと構えてくれなくっちゃ!』」
「……」
「……ちょっとぉ!」
「……ぷっ」
 俯いたまま肩を震わせるダンデが、堪えきれず噴き出した。ソニアは思わず真っ赤になって眦を上げる。
「なんだよぉ! ヒトがせっかく慰めてやってるのに、笑うなんて失敬だな!」
「すまんすまん……ホップの真似をするソニアの解像度こそ、十歳くらいで止まってるから」
「えっ、マジ?」
「ああ。いまのあいつは、そんなにキラキラしてなくないか?」
「いやー、あの子は年中無休でキラついてるよ。子供の頃からミリも変わんない」
「そうか? ソニアは一緒にいる時間が長いから、あいつの変化に気づいてないんだな」
「む。なんだよそのアニキマウント……言っとくけどね、わたしだってあの子の『アネキ』なんだからね。超多忙のチャンピオン様よりも、ずっと一緒にいたんだから、わたしの方がホップに詳しくなっちゃってるわけよ」
 ふふん、と胸を張るソニアに、ダンデがピクリと眦を震わせる。真顔になってこちらを見つめるダンデに、ソニアはわずかに動揺した。
「え、ダンデくんどうした、怒った?」
「いや……」
「あー、わたしの方がってのは言い過ぎたかも。ごめん、ダンデくんの方がホップのこと知ってるよね、そりゃ」
「いや……」
「え、なに、どしたの?」
 胡乱な様子のダンデに、ソニアが眉を寄せる。すると彼はふっとやわらかくほほ笑んで、至極満足そうに呟いた。
「……確かにソニアは、名実ともに、ホップの『アネキ』だな」
「……え、なに、そこぉ……?」
 突然甘ったるくなった雰囲気に、ソニアは思わず顔を赤くする。気の置けない幼馴染の空気感から、恋人の温度に急速加熱するダンデの緩急には、未だ慣れない。
 気恥ずかしそうに視線をそらせるソニアに、ダンデはすっかり機嫌を直して言った。
「おかげさまでホップ成分は十分摂取できたぜ。次は、ソニア成分が欲しいんだが」
「……さっきはいらないって言ったくせに」
「いらないなんて言ってないぜ。いつだってソニア成分に飢えてる」
「な、なんだそれ……もう、調子いいなあ」
 恥ずかしそうに言って、けれどソニアも満更ではない。熱っぽく自分を見つめる恋人の要請に、仕方なさそうなポーズで頷いた。
「しょうがないなぁ……ホップにフラれた可哀そうなお兄ちゃんのために、ソニアさんが一肌脱いでやるか……」
 面倒臭い仕事の案件が一つ片付いたことで、かなり機嫌がいい自覚がある。珍しく消沈を見せるダンデを、慰めてあげたいのも本音。
 けれど実際は、どんな理由であれ、恋人に触れていたいのだ。ソニアは素直にそれを認めて、ゆっくりとダンデへと近付いた。
 ダンデの膝に憩っていたワンパチが、ソニアを見上げてヌワン、と声を上げる。そのままひょいと立ち降りて、とことことリザードンの尻尾の間に丸まっていく。
 ソニアは、相棒が空けてくれたスペースにありがたく滑り込み、ダンデの膝にちょこんと座った。両腕を彼の首にかけ、ほんのりと赤く染まったほほでにっこりと笑う。
「さて、委員長? あなたの求めるソニア成分は、どんなソニアです?」
「そうだな……」
 すっかり機嫌がよくなったダンデが、ソニアの細い腰に腕を巻き付けて瞳を細めた。
「オレのことが大好きで、オレのことしか頭にない、オレ専用の、ソニアがいいな」
「……そういうソニアちゃんは、出荷してませんねえ」
「おかしいな。標準装備だろ?」
「んなわけあるか! ちょっと、あんまり調子に乗らないで、ここ職場!」
「玄関なら、さっき鍵かけたぜ」
「はあ? あ、こら、ダメだってば!」
 説得力のないソニアの声色に、答える声はもうない。
 暖かな研究所の昼下がり、ずいぶん早く『closed』の看板が下がった玄関が、次に開かれるのは夜もだいぶ更けてからのことだった。



《恋する動詞111題》
#13.慰める【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】



【恋する動詞111題☆★#1~20お気に入り投票】
お題も20作達成いたしました!
ダンソニお題でお気に入りのお話などありましたら
是非教えてください🫶💕

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