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#12.囁く【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】
2026/06/05 20:38【お題】ダンデ×ソニア
*#11.逃げるの続きのお話です。
リザードンの翼に包まれて、どれほどたったころだろう。
ソニアは腫れぼったくなった瞳をそっと開いて、あたたかい尾の炎に護られた自分の裸足の爪先を見つめた。
いつもなら鮮やかな色を乗せているそこは、最近の目まぐるしさにすっかり手入れをサボっていたため、なんの変哲もない少し伸びた爪が光っている。
ソニアは膝頭に顎を乗せて、そっと手指でそれを包んだ。
こんな夜中に、裸足でベンチに座り込む女。傍らには大型有翼ポケモン。
……通報されるかな。
そんな戯言が浮かんで、ソニアがふっとほほ笑む。先ほどまで彼女を苛んでいた感情の嵐が、すっかりと落ち着いて、いまはもういつもの聡明さが戻っていた。
そうすると、この状況がいたたまれなくなる。衝動のままダンデの住まいから飛び出し、あまつさえ彼の手持ちであるリザードンに命令して、勝手に空を舞った女。よくよく考えれば、とんでもないことをやらかしている。
理性的なソニアが、喧々と彼女を叱った。
《なに考えてるの、ばかソニア! ダンデくんだって呆れてるよ!》
彼と歩んだ17年以上のなかで、これほどバカバカしい諍いの記憶はない。感情をぶつけて、子供のように当たり散らし、後先考えずにポケモンを利用して、逃げ出すなんて。
常に理性と論理を愛し、自分自身に責任をもって生きてきたソニアには、とても信じがたい暴挙だ。
それでも。
《だって、ダンデくんひどいんだもん……》
胸の中でひっそりと、恋するソニアが情けない声を上げる。
いまのいままで、こんな自分がいるなんて気づかなかった。幼馴染だったダンデを好きだと自覚し、彼と恋人になっても、こんなふうに弱くてもろくて、どうしようもなく不条理な気持ちがあったなんて、知らずにいた。そしてそれに、振り回される日が来るなんて。
ソニアは、いま初めて実感していた。
ソニアにとってのダンデは、もはや『気心の知れた幼馴染』でも『憧れの中に手を伸ばす対象』でもなく、ただひたすらに『恋する相手』なのだと。
恋人になって、婚約までして、結婚さえ見据えていながら。
いま、ようやく、自覚した。
離れていた一か月が、最後のタガが外れるきっかけだったのだ。いつの間にかゆっくりと育った愛情が、たったひとりの『愛する男』のもとへ、矢も楯もたまらずに導いたのに、その自覚が薄かったから、ダンデのいつものあしらいに、過剰反応してしまった。
きっとダンデは、驚いて、不審に思ってるだろう。
いままでとは全く違うソニアの言動は、傍目にはただの癇癪、相手の迷惑を鑑みない子供っぽい幼稚さにも映る。
17年間対等だった、ライバルでもある幼馴染には絶対に見せたくなかった、そんなソニアの面倒くさい恋心を、突然突き付けられたダンデはどう思っただろう。
「……はぁ……」
身体の芯にじわじわとにじむ、後悔と自責。爆発的だった感情の波の後に訪れた、賢者タイム。
情けなさと侘しさに、ソニアは再び膝頭に顔を埋めた。
――と。
「……ぐるぅ」
ソニアをそのおおきな翼で包み込んでいたリザードンが、低い唸り声を上げた。その音階に、ソニアがピクリと震える。外敵や異常に対する警戒ではない、ソニアにそっと告げる声。
――ダンデが、来たぞ
「……」
リザードンの合図にも、ソニアは顔を上げられなかった。涙でぐちゃぐちゃになった情けない顔を、まだ取り繕えないむき出しの『ソニアの恋心』を、ダンデにどう説明しよう。
けれどもう、タイムリミットはすぐそこで。
ソニアの覚悟が決まる前に、リザードンがばさりと動いた。かれはなんの指示も受けないまま、自分の意思でソニアを翼の庇護から差し出す。川風が吹き付けて、彼女の黄昏の髪がふわりと浮いた。
その風が、再びさえぎられる。ソニアは、膝を抱える自分の正面に、おおきな身体が立ちふさがったことに気づいた。わずかに上がった息。足元に、ワンパチの気配もする。それらすべてが、ソニアに注目していた。
《謝りなさい、ソニア》
《寂しかったって言えばいいのよ、ソニア》
《ダンデくんだって、疲れてるのに、わがまま言うなんて恥ずかしいじゃないの、ソニア》
《悲しかったって言えばいいのよ、ソニア》
《ソニア》
《ソニア》
「――ソニア」
ソニアの中の理性と恋心が喧しく騒ぎ立てる中、静かな囁きが降ってきた。
ソニアはその、いつもの優しいテノールに導かれるように、無意識に顔を上げる。火照ったほほを、わずかに吹き込んだ川風が涼しく撫でていった。
眼差しを上げると、暗い木陰の闇を背負い、浅黒い顔の中でひときわ美しく輝く黄金が、真っ直ぐにソニアを見つめている。
そこに、どんな感情を読み取ったのかわからないけれど。
ソニアは、収まったはずの激情が再び湧き上がっている自分に気づいて、愕然とした。
「……っ、いいわけ、するなら、ちゃんとして」
泣くまいと噛みしめたくちびるから、再び可愛くない言葉が零れる。理性的なソニアはいつの間にかどこかへ消え去り、ダンデの顔を見た瞬間、沸き上がったのは荒れ狂う恋心。
優しくして。抱きしめて。きみだけだって囁いて。
まるでティーン向けの恋愛小説のような、甘ったるく情けない言葉ばかりこころに浮かんで、ソニアは泣きたくなった。統制の取れない自分自身に、混乱して、絶望して。
それでも、ダンデを求めたかった。
「ちゃんとっ……わかるように、説明して……っ笑わないで、呆れないで、なんでもないことなのにってからかわないで……っ」
音階の外れ始めた情けない声音に、ソニアはぎゅっと瞳を瞑る。これ以上、みっともない自分を見せたくないのに。
ダンデの前では、なにも隠せない。
「――っ!」
その時、ソニアのちいさな足の先が、とんでもなく暖かなものに包み込まれた。
驚いて目を開けた彼女の眼前で、ダンデが跪いている。彼はそっと芝生に膝を折り、まるで宝物を愛でるように優しく、ソニアの冷えた爪先を手のひらで覆った。彼のおおきな手の中で、ソニアの少しだけ伸びた爪がピクリと震える。天国のように心地よい。
ぼうっとそれを見つめていると、ダンデはさらに身を屈めて、はあっと息を吐く。溶鉱炉のような熱が足を火照らせ、ソニアは反射的に叫んだ。
「ダンデくんっ……!」
恥ずかしさと戸惑いに、彼女の声が上ずる。それにも構わずに、ダンデの手のひらはソニアの足を離さず、ただひたすらに熱を分け与えた。
「……あたためて、いいか?」
やがてしばらくして、ダンデがぽつりと呟いた。ソニアの爪先はすっかりぬくまり、じんじんとしびれている。それでも、彼女の意向を問うように見上げる彼の金の瞳は、痛々しいほど真摯だった。
「……うん」
子供のように頷いて、ソニアが鼻をすする。ダンデは跪いていた姿勢のままそっと腕を伸ばし、おおきく手を広げた。その白いシャツめがけて、ソニアが全身を傾ける。
ぐっと彼女の背中を抱きしめて、そのままダンデが立ちあがると、まるで小揺るぎもしないその体幹に、ソニアは呆れた。彼の筋肉質な上半身にぴったりと寄り添い、その首にしがみつく。すると、わずかに汗ばんだ彼の匂いの中に、先ほど感じた咲き初めの薔薇の香りがした。
あんなに感情を乱されたその香りは、もうソニアをおびやかさない。しっかりとダンデがソニアを抱きしめ、その全身で愛情を伝えてくれているいま、それは些末なことだ。
ソニアはダンデにしがみつきながら、くぐもった声で囁いた。
「……先に謝っておく。ごめんなさい」
「……オレがやめてほしいのは、急にリザードンに飛び乗ること。子供の頃とは違うんだ、どれほど危険な行為かわかってほしい」
「うん……本当に、それは悪かったと思ってる。きみの手持ちを好きに使ったのも、マナー違反だった」
「それは違う。リザードンが、かれの意志できみに与したんだ。使われたなんて言ったら、あいつは怒るぜ」
「うん……リザードン、わたしのこと愛してるもんね……」
「反論しづらいことを言わないでくれ」
わずかに、ダンデの口調が和らいだ。ぴったりと重なる胸の奥で、震えるような笑いが聞こえる。ソニアはダンデの薄明の髪に顔を埋めながら、さらに囁いた。
「……今日のわたし、変だった。いきなり巻き込んでごめん」
「……」
「別に、本気で浮気を疑ったわけじゃないの。でも、嫌だった……ものすごく、嫌だった。それを笑われた気がして、悔しくて、恥ずかしかった。いつもだったらなんてことない態度なのに、今日は、いまは、もう……っ」
「ソニア」
ソニアのうなじを撫でるように、ダンデの手のひらが這う。そのおおきくて暖かい熱に、ソニアはほっと安堵するような、身のうちから湧き上がる熱を持て余すような、複雑なため息をついた。
自分の首にしがみつくソニアのほほに、ダンデが擦り寄る。彼の薄明の髪と、ソニアの黄昏の髪が複雑に絡んだ。もう二度と離れられないように、ふたつの色が溶け合う。
混ざり合った熱に酔いながら、ダンデがかすれた声を上げた。
「……オレのソニア」
「――っ」
「オレの、ソニアだ」
「え、なに……っ、ダン……っ」
すり、とダンデのほほがソニアの側頭部をこする。熱っぽく囁く彼の甘さに、ソニアは舌の先までしびれるような衝撃を受けた。
ずっと、ダンデの愛情は真っ直ぐだった。幼馴染時代も、てらいなく好意を表し、そこには一点の曇りもない。思いが通じ合い、恋人と呼び合うようになってから、少しずつ彼の独占欲や子供っぽい執着、男としての狡さや甘さを見せてくれるようになったけれど、それでも彼は、いつも太陽のように明るく正しく清らかで。
だけど、いまソニアを抱きしめる男の、醜いほどの満足感は、決してソニアには見せなかった彼の一部。
ソニアを泣かせ、悲しませ、いじらしく逃げ出した先で捕まえた、彼女の恋心をそのまま、貪欲に貪る。
これほどの甘い毒を、ソニアは知らなかった。
絶句するソニアに、ダンデのどろりとした囁きは続く。
「ソニアが嫉妬するとしても、もっと理性的に詰めてくると思ってた」
「だ、ダンデく……」
「そして結局は、その賢すぎる頭で素早く処理する。オレを信じてる。その盲目的な信頼感で、全部理性が片をつける」
「……」
「オレたちの17年は、それくらい強固なものだ。それでもオレは……」
不意に、ソニアを抱きしめるダンデの腕が力を弱めた。彼の首にしがみつき、顔を伏せていたソニアがそれと気づき、恐る恐る身を起こす。ダンデはそっとソニアの腿の裏に手を添えて、彼女の爪先をベンチに誘導した。
ソニアは自分の足でベンチの上に立つと、ゆっくりとダンデの首から離れる。いつもと逆転した目の高さで、彼は真っ直ぐにソニアを見上げていた。
「……それでも、オレは、ソニアの全部が欲しかった。オレの全部を、ソニアに欲しがってもらいたかった。今夜、それが叶って……あまりの嬉しさに、タガが外れた。もっと慎重に、もっと丁寧に、きみの嫉妬を喜べばよかったのに……」
「よ、喜ぶ? 嬉しかったの?」
「ああ、死ぬほど」
「めんどくさくないの?」
「好きな子に嫉妬されてめんどくさいと思う男はいないぜ。まして、ソニアみたいな子から嫉妬されて、喜ばないわけない」
「わ、わたしみたいな?」
「頭でっかちの理屈屋」
「あのね!」
思わず軽口を返そうとしたソニアが、至近距離で蕩けるようにこちらを見つめる『恋する男』の眼差しに、あてられてくちびるを開く。
「……わたしも知らなかったわたしがいるんだよ、ダンデくん……。こんな自分、知らなかった。見たくなかった。でも、見なかったことにはできないよ」
「ソニア……」
「これはみんな、ダンデくんのせいだ。だから……責任持って、きみが知らないわたしのことも、愛してほしい」
「……ああ」
ダンデの金の瞳が、蜜のように蕩けて揺れた。かすれる囁きと一緒に、ソニアのくちびるがふさがれる。
いつもよりも少しだけ乱暴に、性急になにかを伝えようとするキスが続く。ソニアは夢中になってダンデの薄明の髪をかきむしり、彼の広い背中に爪を立てた。
やがてひときわ冷たい川風が、火照った恋人たちをなだめるように吹き込む。息継ぎに離れたくちびるが、その冷えた感覚に震えた。
わずかにソニアを見上げるダンデの瞳が、恐ろしいほど真っ直ぐに彼女を射抜く。
「……家に帰ろう、ソニア。このままじゃ風邪をひくぜ」
「……うん、そうだね。帰ろう、ダンデくん」
素直に頷いて、ソニアが幸せそうに笑う。ダンデは名残惜しげにくちびるを寄せ、彼女の甘いキスをねだったけれど、その前にソニアは彼のジャボタイをぐっと掴み締めた。
「帰ったら、これ、ちゃんと洗ってね。痕跡も残さないようにね。レジデンススタッフさんに任せないでね。きみの責任です」
「……これの経緯を説明させてほしい」
「聞くよ? 聞くけど……それとこれとは、別。わたしを不安にさせて、あまつさえそれを笑った罰だよ」
「……わかったぜ」
ふう、とため息をつき、素直に肩を落とすダンデに、ソニアはにんまりとチョロネコのようにほほ笑んだ。
「それから、ぷんぷん匂うその香水も、きれいさっぱり落としてね。ちょっとでも残ってたら、今日は一緒に寝ません」
「えっ、本気かソニア!?」
「本気だよ。てか、はいもう離れて。ヨソの臭いつけたオスにこれ以上寛大なこころは持てないね」
「ソニア、悪かった! いますぐ説明するから聞いてくれ!」
「やだよ! 頭でっかちの理屈屋を怒らせるとしつこいんだからね!」
「そこ根に持つなよ! ああ、わかった、じゃあ、頭の先から足の先まで、納得いくまでソニアが洗ってくれ」
「はあ!? なんでわたしがダンデくんを洗うんだよ!」
「ちょっとでも残ってたら、いっしょに寝ないんだろ? それ、ソニアにも罰ゲームだぜ?」
「……っヤダ、ちょっと離して、ばかぁ! リザードン、ワンパチ、助けて!!」
再びソニアを抱き上げて、大股で歩き出すダンデの背中をバシバシと叩きながら、ソニアが暴れる。けれどそんな抵抗など、可愛いポケモンの甘噛み程度にも意に介さない男は、自信たっぷりに笑った。
「かれらは手を貸さないぜ。なぜなら、オレのことも愛してるからな!」
「もう、ばかばかばかばかばかダンデぇっ!!」
「でも愛してる、だろ?」
「でも愛してるよっばか!!」
ぎゃんぎゃんと夜の闇を裂く痴話喧嘩に、ふたりの手持ちはやれやれと嬉しそうに顔を見合わせて、その後を追いかけた。
《恋する動詞111題》
#12.囁く【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】
【恋する動詞111題☆★#1~20お気に入り投票】
お題も20作達成いたしました!
ダンソニお題でお気に入りのお話などありましたら
是非教えてください🫶💕
