challenge
#11.逃げる【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】
2026/06/03 17:22【お題】ダンデ×ソニア
ひっそりと灯る運河沿いの街灯に照らされて、きらきらと水面が輝いている。
ひと気のないガラス張りの植物ドーム、その正面にある木陰に備えられた、木製のベンチ。芝生の上にあるそこに、ソニアは膝を抱えて座っていた。
膝頭に顔を埋める彼女の足は、裸足だ。そのちいさな桜貝のような爪が、川風の冷たさに震えている。
そこに、傍らに寄り添っていたおおきな身体が身じろぎし、ぽっと明るい灯がともる。
かれの尾の炎が、暖かな感覚を戻してくれた。ソニアはそっと顔を上げて、涙でぐちゃぐちゃになった白いほほに不器用な笑みを浮かべた。
「……ありがと、リザードン」
「ぱぎゅあ……」
「……ごめんね。心配かけちゃったね。……でも、一緒に逃げてくれて、嬉しかったよ……」
そう言いながら、ソニアがわずかにくしゃくしゃになった黄昏の髪を傾けて、寄り添うリザードンのほほにくちづける。リザードンは、ほんの幼い頃から知っている、世界でいちばんやさしいキスに瞳を細めて、この世のなにからも守ろうとするように、おおきな翼で彼女を覆った。
ソニアはリザードンの翼の中で、再び瞳を閉じる。
目の奥に浮かぶ、最愛の男の面影が、いまは苦くこころを苛んだ。
それでも――彼の顔以外、思い浮かばない。あんなに無様に逃げ出してきたとしても、ソニアのこころが求めるのは、やっぱり彼だけなのだ。
お互いに忙しくて、気がつけばひと月も顔を見ていなかった。
それに先に音を上げたのはソニアで、なんとか仕事をやりくりして、金曜の夜のシュートシティ行きの列車に飛び乗った。最終間際のその車両には、単身赴任らしいサラリーマンの姿が多い。みな、家族に会える週末を待ちわびて、嬉しげな顔をしていた。
そんな中、暗い車窓に映る、疲れ切った顔。ソニアはみじめな自分の顔を見つめながら、ため息をつく。
婚約式を大々的に行うために、ダンデとソニアは急ピッチでスケジュールをこなしていた。結婚式ほどの規模ではないが、それでも煩雑な打ち合わせや準備は膨大で、折悪しくふたりとも予期しなかったトラブルが重なったり、予定がちいさく狂ったり、この時期の恋人同士にはありがちなすれ違いが続いていた。
それでも、互いの仕事や立場に理解の深いふたりなので、感情のコントロールは出来ていると思っていた。幼馴染として気心が知れているし、合理的な性格同士なので、無駄な軋轢はない。
それでも。
会えない時間は寂しかったし、思うようにいかない予定はストレスを生む。そんな日々に心底嫌気がさしたソニアが、ひと目でも、一瞬でもいいから会いたいと、生れて初めて甘ったるい衝動にかられた結果、いまここにいる。
ダンデのスマホロトムには、短いメッセージを送った。返信はない。彼も忙しいのだと自分を慰めつつ、どうしようもない切なさに胸がふさがる。
辛うじて用意した、ワンパチのボールと簡単な宿泊準備。それ以外は、きっと化粧もヨレているし、顔色も悪いし、お肌だってボロボロだ。久しぶりの恋人に会うのに、最高の状態とは言えない。
それでも、会いたかった。
そんなソニアを迎えたのは、案の定無人のマンション。エントランスでソニア専用の登録カードキーを認証パネルにかざすと、緑色のランプが点灯する。それと同時に施錠が解除され、厳かに扉が開かれた。
内部エントランスに常駐している顔見知りのコンシェルジュが、ソニアを認めて深く一礼する。
「お帰りなさいませ、ソニア様」
「こんばんは」
わずかに不器用な笑みを返して、ソニアはそのままエレベーターホールに向かい、再びカードキーをかざした。自動的に、ダンデの住まう階のボタンが解放され、滑らかにエレベーターが下りてくる。
重厚な箱の中に入り、ソニアはようやく息をついた。すっかり通い慣れたとはいえ、どこもかしこも高級感の漂うマンションのホスピタリティにはまだ気後れしてしまう。
ダンデがいればこそ、ソニアはここにいられる。彼の存在だけが、ソニアのよすがだ。
やがてダンデの住まいにやってくると、閑散としたそこはいつもよりも生活感がなく、それが却って彼の多忙さを表しているようで、ソニアは胸が痛んだ。
ワンパチをボールから出して、ソニアはキッチンへと向かう。前回ここに来た際に作り置きしていた料理はもちろん消えていて、冷蔵庫の中には水やチーズの類しかなかった。
冷凍庫を覗けば、ソニアが常備していた冷凍野菜とベーコンがある。パントリーを確認して缶詰シチューを見つけると、それらをすべて鍋にぶち込み、スパイスラックからハーブを摘まんでそこに加えた。
帰ってきたダンデが、食事を済ませていたとしても、明日の朝一緒に食べればいい。彼のためになにかしていれば、ずっと胸の内にくすぶっている空虚さが和らぐような気がして、ソニアは無心に鍋を見つめた。
《ポーン》
やがて、エレベーターの到着を告げる電子音が響いた。ハッと顔を上げたソニアがリビングのガラスドアを見つめる。足元から走り出たワンパチが、嬉しそうにカツカツと爪音を立てて扉に向かったが、ソニアはシチューから離れずに待っていた。
やがて、玄関扉が開く電子音が遠く聞こえた。ワンパチが嬉しそうにくるくる回る。煮立った音と、香ばしい香りに気づいて火を止めると、それと同時にリビングのドアが開き、ソニアの会いたかった男が姿を現した。
「ソニア、来てたのか」
「うん、お帰りダンデくん……」
わずかに驚いたようなダンデの顔に、メッセージを見ていなかったのか、と思う。忙しすぎたのか、単に忘れていただけか、ダンデの表情からは読み取れない。突然やってきたソニアを迷惑に思う様子はなかったが、どことなく疲れているような顔に、彼女は不安になった。
「ダンデくん……だいじょうぶ?」
いつでもバイタリティの溢れている男が、疲労を見せること自体珍しい。ソニアの言葉に、ダンデは苦笑した。
「ああ。今日はちょっと、イレギュラーがあったけど、問題ないぜ……」
言いながら、珍しくボールに入れていたリザードンをそっと呼び出す。ソニアとワンパチの姿を認めたリザードンが嬉しそうに尾の炎を揺らし、ワンパチはいつも通りぺろぺろと親友の顔を舐めていた。
「リザードン、今日はおまえも疲れたろう? ワンパチと一緒に、少し遊んでくるか?」
ダンデは言いながら、リビングを抜けた向こうにあるおおきな窓へと進んだ。その先の広い屋上は、そこここにポケモン用の遊具やトレーニング器材などがあり、手持ちのストレス解消の場にもなっている。
リザードンとワンパチが連れ立って外へ向かうのを見送ると、ダンデは滑らかに窓を閉めた。そうして、窮屈そうにジャケットを脱ごうとするその背中にソニアが近づく。
「サンキュー、ソニア……」
ソニアが背後からジャケットを持ち上げてくれたことに、ダンデは軽く礼を言った。ソニアは甲斐甲斐しく彼の手助けをしながら、懐かしいダンデの匂いにほっとして――
「……」
その瞬間、ソニアの鼻腔に届いた香り。かすかなそれは、咲き誇る寸前の薔薇を閉じ込めたような、ささやかで、けれど印象的な甘さを伝える。ダンデの好むフレグランスではなく、ソニアの知っている誰の香りでもない。
ダンデのシャツに染み込んだそれに、ソニアの頭が真っ白になる。なんだろう、と思う間もなく、強烈な違和感と拒否感が彼女の胸に湧き上がった。
「ソニア?」
ジャケットを持ち上げたまま黙っている彼女に、ダンデが振り返る。精悍な頬の線が幾分シャープになっていて、ちょうど寛げたジャボタイと首の隙間が記憶よりも深い。
その、首筋に。
「……ダンデくん、それ、なに」
ジャボと首、両方につく紅い跡。明らかに、女性がくちづけたような痕跡に、ソニアが平坦な声で問う。
ダンデは一瞬、なにを問われたのかわからないような顔になり、ソニアの様子に眉を寄せた。じっと彼女が見つめる己の首筋に指を這わせ、次の瞬間、あっと声を上げる。
「ああ……いや、これは……」
「女の人?」
「ああ、そうだ。でもこれは……」
じっとこちらを睨むソニアの険しい表情に、ダンデは困ったように弁解をし始め、けれどふと、金の瞳をまじまじと彼女に当てる。
ソニアがまっすぐにダンデを見つめていると、彼女の様子にダンデの表情がゆっくりと変わっていった。彼は、まるでソニアを試すような眼差しになり、それからくちびるの端を持ち上げる。
「……妬いてるのか? ソニア」
「……は?」
その、いかにも楽しそうな様子に。
ソニアは、瞬間的に湧き上がる感情に翻弄された。
一か月ぶりに会った恋人の、首元についた紅い口紅。そんなものを見せられて、平気でいられるわけがない。
それを、それなのに、弁解するでも説明するでもなく、面白がるなんて。
会えない時間、ソニアがどれほど寂しかったか、どれほどダンデに焦がれていたか、わかっていればそんなことはできない。幼馴染だったら、この軽口は気にならない。でも、自分たちはもはや、相手の感情を面白がって茶化すような、そんな無邪気な残酷さをやり過ごせるほどぬるい関係じゃない。
ソニアに火をつけ、後戻りできないところまで燃え上がらせたのは、ダンデなのに。
いつまでも『幼馴染』のつもりでいる恋人に、ソニアは激しく眦を上げた。
「なにそれ!? 妬かせるつもりでパフォーマンスでもしてるの!?」
「いや、そうじゃない。悪かった、ソニア」
思いがけないほどのソニアの怒りに、ダンデは驚いたように目をまるくした。普段の彼女ならば、ダンデの様子からすぐに彼の意図を汲み取って、呆れるなりからかうなり、むくれるポーズを取るなりして、軽やかにあしらうはずなのに。
一か月ぶりに会った彼女。長年の片想いを実らせて、幼馴染から晴れて『恋人』と名乗り合う関係になってから、これほど長く離れていたのは初めてで。
だから、ダンデも見誤っていたのかもしれない。この世のなによりも理解していると、己惚れていたソニアを。
彼女のこころを。
「ソニア、これは別に、きみが心配するようなことじゃなくて……」
遅ればせながら弁解しようとしたダンデを、ソニアははっきりと拒絶した。燃え上がるほど苛烈なエメラルドの瞳を向けて、一言一句力を込めて叫ぶ。
「もういい、ばかダンデ! 浮気者、地獄に落ちろっ!!」
「ソニア!」
ハッとしたダンデが彼女を捕まえようとした瞬間、ソニアのエメラルドが零れて散った。彼女が流した涙に、ダンデの脳天がガツンとおおきく衝撃を受ける。その一瞬の隙に、電光石火の動きでソニアは駆けだした。
「っソニア!」
ソニアの黄昏の髪が、開け放った窓から流れ込んできた風にさらわれる。彼女はそのまま、ワンパチと戯れていたリザードンへと叫んだ。
「リザードン、フライ!」
その高い声に、リザードンがピクリと反応する。勢いよく駆けてきた彼女のために首を倒し、ひらりと飛び乗った軽い身体が求めるまま、ばさりとおおきく羽根を動かした。
「リザードン!」
一瞬の跳躍で高く飛ぶ相棒に、ダンデが叫ぶ。お互いの手持ちとの距離がほとんどゼロだった幼い頃、ソニアはよく、リザードンと一緒に早乗りの練習をしていた。リザードン、フライ。その合言葉は、いまも相棒の身体を動かし、彼女を天空にさらっていく。
黄昏色の巨体が、黄昏色の彼女を乗せて、シュートシティの夜景へと消えていった。
to be continued... next#12.囁く
《恋する動詞111題》
#11.逃げる【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】
【恋する動詞111題☆★#1~20お気に入り投票】
お題も20作達成いたしました!
ダンソニお題でお気に入りのお話などありましたら
是非教えてください🫶💕
