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#08.見つめる【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】

2026/05/28 17:12
【お題】ダンデ×ソニア



 あ、とソニアが呟いた。
 遠くちいさく、薄明色が見える。よくぞこんな距離で気づいたな、と我ながら感心するほどに、彼の存在は微かだった。
 けれども、一度気づいてしまったら目が離せない。ソニアはシュートスタジアムのガラル粒子測定ブースから、バトルコート中央へと向かう長身の背中を見つめていた。
 本日は、ポケモンリーグからの正式な依頼で、ガラル粒子変動の確認のために訪れている。チャンピオンシップの時期はもちろん、オフシーズンでも、ジムリーダーたちのエキシビジョンマッチなどで賑やかしく興行するこの施設は、常に安定した粒子放出を必要としていた。
 ブラッシータウンのポケモン研究所は、マグノリアが責任者だった時代からずっと、ガラル粒子測定及び管理の契約を結んでいた。最近はバトルタワーでも同じ業務を担っている。研究所にとっては、安定した収入源である。
 ソニアは肉眼で確認するには厳しくなった薄明色から渋々視線を外し、再び粒子測定の機材へと目を戻した。お仕事中、お仕事中……と呟きながらも、ちょっとした悪戯心が生まれる。
 測定ブースはスタジアムを見下ろす一番高い場所、プレミアム観覧席の真下に位置していた。高いところから全体を確認できるそこには、スタジアムの各所に浮かぶカメラロトムの映像と繋がる機材が常設されている。
 ソニアは、他のスタッフが休憩をとっているいま、ちょっとだけスリルを感じながらそれを操作する。モニターが息を吹き返し、スタジアム上空のロトムと同期した。
 広大なバトルコートの中央へと進むのは、ふたりの男。片方は、薄明色の髪を束ね、チャンピオン時代に着ていたユニフォームによく似た素材のウェアを着たダンデ。その傍らを歩くのは、いつものドラゴンジムリーダーらしい恰好よりも、わずかに砕けた装いのキバナ。
 なにかの打ち合わせらしい様子のふたりを、ソニアが操作するロトムがふよふよと追いかける。スタジアムには監視用、作業用、広報用のロトムが常時飛び回っているので、その動きは決して目立つものではなかった。
 音声までは届かないが、ダンデとキバナがなにかを話しながら歩いている様子が間近になってくる。ふたりともリラックスした表情で、時折大袈裟にジェスチャーを交わしながら、スタジアムを見回していた。
 ソニアは手元のスティックを倒し、遠隔でロトムの動きを指示する。ふよふよと浮かびながら、カメラロトムはダンデたちの方へと大胆に近づいていった。
 その時、ふとダンデが視線を上げる。ロトム越しに目が合い、ソニアはドキリと鼓動を速め、それから照れくさげに笑った。こちらに気づいているわけでもないのに、目が合っただけでドキドキするなんて、ティーンの初恋かよぉ。
 ダンデは眼差しを上げたまま、立ち止まった。傍らのキバナもロトムに気づき、ひょこりと眉を上げる。懐っこい彼がひらひらと手を振ると、ソニアもなんとなく手を振り返した。
「……ん?」
 キバナが愛想をふる傍らで、ダンデがじっとロトムを見つめている。その黄金の目力に、ソニアはなんとなく落ち着かないものを感じて瞬きを速めた。なにをそんなに、気にしているんだろう。ソニアは勝手にロトムを動かしていた後ろめたさに、さっさとかれの主導権を返すべく、機材へ指を滑らせた。
 ――と。
「……へ?」
 モニターの中、ダンデがふわりとほほ笑む。それから、悪戯っぽく片目をつぶった。
「えぇ?」
 いきなりのウィンクに、ソニアが困惑した声を上げる。突然のファンサ。ダンデは、ロトムの向こうに誰がいるかなんて当然知るわけもない。つまり、不特定の相手に向かって、こんなふうに軽薄なコミュニケーションをとるタイプだったのだ。
 自分の知らない幼馴染の一面に、ソニアはへえ、と声を上げる。
「ダンデくんてば、意外とこなれてるんだぁ……」
 チャンピオン時代、気さくなファンサービスで知られてはいたが、それは硬派なパフォーマンスが有名で、ウィンクを飛ばしたりするのはもっぱら隣のドラゴンジムリーダーの専売特許だったはず。けれどソニアが知らないだけで、実際はダンデも結構ノリよくサービスする方だったのかも。
 それとも、単にロトムが寄ってきたと思って、愛想をふったんだろうか? 無類のポケモン好きの彼のことだ、その可能性も否めない。
 でも――
「……もしかして、可愛い女の子相手だと思ってたりして」
 常に女性の秋波にさらされる立場のダンデだ。しかもいまは、その道のプロともいえるキバナが隣にいる。彼と一緒に、世のお嬢さんたちの黄色い声援をかっさらっていたのはそれほど昔の話ではなく、さらに言えばその勢いは収まっているわけでもない。
 チャンピオンではなくなったけれど、相変わらずその人気は衰えを知らず、ダンデの周りは常に華やかだった。そんなことをいまさらのように思い、ソニアは短い眉根を寄せる。
「……浮気者ぉ」
 思わず呟いて、ソニアは面白くなさそうにロトムの同期を切ろうと指を伸ばした。
 別に、本気で浮気を疑っているわけではない。だけど、ダンデがこれほど簡単に、自分以外の誰かに愛想をふる様子を目の当たりにすれば、やっぱりこころはざわざわしてしまう。
 見えないところでなら、いくらでも楽しめばいい。浮気……は、疑いたくもないし想像もできないけれど、そこまでいかない気晴らし程度、いちいち目くじらを立てることではない。
 誰とも知らない相手に、ウィンクひとつ飛ばしたとて。
 別に、気にすることはないじゃないか。
「……ん?」
 不機嫌なままモニターを睨めば、ダンデは相変わらずこちらを見上げてにこにことしていた。その能天気な様子にすらくさくさしたソニアが、いーっと顔をゆがめた瞬間、ダンデのくちびるがはっきりと動く。

 お・い・あ

「……はい?」

 くちびるを読む。お・い・あ。

 ――そ・に・あ?

「……へっ!?」
 びっくりしすぎて、ソニアは思わず高い声を上げた。そのまま立ち上がり、バトルフィールドの豆粒に目をやる。当然、彼の様子はよく見えない。
 慌ててモニターを見返すと、ダンデは相変わらず嬉しそうにほほ笑みながら、甘く蕩けるような眼差しでくちびるを動かす。

 お・う お・あ・う・あ・お

「は? は?」

 う・い・あ・え・お・い・あ

「え、待って待って、わかんない!」
 一方的にダンデのくちびるが動く。その視線はずっと、蕩けるように甘い。こんな顔、ソニア以外に見せているとしたら問題だ。大問題だ。
 でも、きっとダンデは、ロトムを通してソニアを見ている。
 そう確信させるほど、彼の視線は熱い。
「えっと、えっと……」
 ソニアは顔を真っ赤にして、ダンデのくちびるを凝視した。
 無意識のうちに機材のスティックを握り、ロトムをギリギリまで近づける。モニターいっぱいに迫ったダンデの顔は、相変わらずにこにことほほ笑んでいて――

「あ」

 きょ・う
 と・ま・る・だ・ろ?

「っ」

 す・き・だ・ぜ・そ・に・あ

「~~~~~っ!!」
 はっきりと繰り返された動きに、ソニアの脳内でダンデのテノールが重なる。
 あまりの動揺に、ソニアの指が無意識にロトムとの同期を切断し、モニターのダンデがぷつんと消え失せた。
 真っ赤になった彼女がだくだくと汗をかいていると、休憩していたスタジアムスタッフが測定ブースに戻ってくる。
「ソニア博士、お待たせしました。次、休憩どうぞ」
「……」
「ソニア博士?」
「っあ、はい、はいっ、失礼します」
 ソニアはいたたまれなくなって、足早に測定ブースを出ていった。無意識にバトルフィールドから逃げるように、スタジアムの裏回廊を進む。
 なんだ、いまの。
 ドキドキと胸を叩く鼓動に、ソニアは追い立てられるように首を振った。
 不意打ちだっただけで、どうということはない。ダンデは、こちらにソニアがいると確信していたのか、それともあてずっぽうの悪戯か、どちらにせよなんの気なしのつもりで、軽口を叩いただけだ。
 けれどそれが、思いがけずソニアにクリティカルヒットした。
 付き合いたてのティーンじゃあるまいし、いまさら好きだと言われたところで、軽くいなせる自信があったのに。
 まったく予想もしていなかった方向から、火の玉のようにストレートな愛情をぶつけられて、ソニアはほとんどパニックに陥っていた。
 そもそも、真剣な仕事中だというのに、あんなふうに熱っぽく見つめられて、脳がバグったのだ。モニターいっぱいに映し出されたダンデの顔が、その距離が、まるで夜の闇の中ですぐ傍にある彼を彷彿とさせるようで。
「~~~~~っ、もうっ、なんって顔するんだよ、あの男は~~~っ」
 もし万が一、ロトムの向こうにいたのがソニアじゃなかったらどうするつもりなんだ。あんな顔、なにも知らないお嬢さんが目にしたら、卒倒しちゃうかもしれない。
 いつもどこでも、太陽のように明るく健全な伝説のチャンピオン。そんな彼の、あんな蕩けた顔を見ていいのは、絶対にわたしだけなのに。
「あ~~~、違う違う、そうじゃなくて……」
 どうしても思考が乱れる。こんな状態で、万が一ダンデに会いでもしたら、大変にまずい。
 ちゃんと落ち着かなくては。ちゃんと、博士の顔を取り戻さなきゃ。
 ダンデの色気に当てられて、恋するモードになりました、なんて、絶対に悟られたくない!
「もう、もうもうっばかダンデ!」
「ぱぎゅあ」
「ね、リザードンもそう思うで……しょ……」
 聴き慣れた声に思わず反応して、ソニアはふと立ち止まる。スタジアムの関係者以外立ち入り禁止エリアにある暗い回廊で、目を上げるとオレンジ色の炎が見えた。
「……うそ」
 リザードンがいる。大型ポケモンも楽に通れる広い回廊だから、それは不思議ではない。
 でも、ここにリザードンがいるということは?
「ソニア」
 火竜の影から現れた、薄明色の男。うっすらと汗を滲ませた褐色の肌を光らせて、満足そうに満面の笑みを浮かべていた。
「だ、ダンデくん?」
 信じられない思いでソニアが呟くと、ダンデはリザードンの肩をポンと撫でる。道案内役を終えたかれは、ソニアをちらりと見やってから、大人しくボールに収まった。
 ダンデはすぐにソニアへと足を向けて、小走りで寄ってきた。
「休憩中か?」
「へ? あぁ、うん。え、ていうか、そっちは?」
「今日は、キバナとバトルコートの確認に来てたんだ。わずかに不具合が認められてな」
「あ、ああ、そなんだ。へえ……」
 どうにも落ち着かない様子で頷くソニアに、ダンデが小首を傾げる。
「どうした、ソニア?」
「え? あぁ、いや? べつになにも。あ、そろそろ休憩終わるな~、じゃあね、ダンデくん」
 踵を返そうとするソニアの手を掴んで、ダンデが身を屈める。固まったソニアの耳元に、先ほど彼女が想像した通りの、とろりと甘いテノールが流れ込んできた。
「それで?」
「え?」
「さっきの返事は?」
「……なにが?」
「今日、泊まるだろ?」
 満足そうに笑うダンデの瞳を見つめて、ソニアがなんとも情けなさそうな顔になる。恥ずかしい。照れくさい。でもいま一番したいことは。
「……かがんで、ダンデくん」
 素直に傾いたダンデのくちびるに、噛みつくようにキスをした。



《恋する動詞111題》
#08.見つめる【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】


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