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#07.想う【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】

2026/05/26 17:43
【お題】ダンデ×ソニア


「普通に、ズルいと思います」
 目の前に立つ女性……やっと成人したくらいの若い彼女は、理知的な眼差しをソニアに向けて、けれどどこか狂気じみた輝きを宿していた。手にはモンスターボール。その中に、どんなポケモンが入っているのか、ソニアは知らない。



 ブラッシータウンにあるポケモン研究所は、ポケモントレーナーの訪問に厳密な予約申請を求め、その条件として『ジムチャレンジのバッジを獲得すること』を掲げていた。
 ポケモンバトルが国民性に浸透し、ひとつの文化として成熟しているガラルにおいて、国が正式に認定したポケモン研究所には、ポケモンに関する疑問や相談が数多く寄せられる。それらすべてに応えていては、本来の業務である『ポケモンの研究』、ひいてはガラルの国益を担う探求の妨げになるため、他国のポケモン研究所に比べれば、間口は狭く設定されていた。
 そして本日、研究所は一人のトレーナーの訪問を受け入れた。
 彼女は、数年前のジムチャレンジでふたつのバッジを手に入れている。アポイントメントを受けた際、その登録ナンバーをリーグと照合し、資格を有していると判断したソニアは、事前に訪問の趣旨を問い、時間を割いて対応を予定した。
 研究所に訪れた女性は、若く美しかった。よく手入れされた髪や肌が、一分の隙もなく輝いている。一目で高級とわかる衣装を身にまとい、けれど腰には若干不似合いな、使い込まれたボールホルダーが提げられていて、ボールは三つほど埋まっていた。
 訪問客に対応したホップが、応接セットに彼女を通すか通さないかのうちに、こちらへやってきたソニアに向けて、彼女は冒頭の言葉を投げた。ソニアの足元で来客を歓迎しようとしていたワンパチが、一瞬ピリリと静電気を弾けさせる。けれどそれ以外は、まったくなんの違和感もない雰囲気だった。
「……はい?」
 困惑したように、ソニアが眉を寄せる。自己紹介もまだなのに、来訪者は真っ直ぐにソニアを見つめて、ボールホルダーからひとつのモンスターボールを取り出して握った。
「幼馴染だからって、図々しく彼に取り入るなんて、恥知らずですね」
「……はあ」
「ちいさな頃から知っているから、優位に立ったつもりですか? 彼のなにを知っていて、隣に立とうっていうの?」
 静かな彼女の言葉が、次々に降ってくる。ソニアは応接セットを挟んだ距離でそれと対峙し、奥のキッチンブースへお茶を取りに行きかけていたホップが、緊張したようにその場に立ち尽くしている。
 ソニアは視線の外れない女性をじっと見つめたまま、ゆっくりとほほ笑んだ。
「……あなたが本日当所にお越しになった目的は、ポケモンについての質問ではなく、わたしの個人的なことへの糾弾ですか?」
「違います。あなたに、身の程をわきまえてほしいだけ。わたしの言っていること、わかります?」
 視線が合っているはずなのに、焦点が合わない。いつの間にか、彼女の細い指がプルプルと震え、モンスターボールがカタカタとちいさく鳴っていた。
 ソニアの足元で、ワンパチが毛を逆立てている。ソニアはしゅっと細く息を吐き、相棒に合図を送った。その場で待て。おおきな音や気配に敏感なポケモンと対峙する時の、無音の指示に、ワンパチは唸り声を止める。
 ホップは、じりじりと机へ向かう隙を窺っていた。バイウールーの入ったボールは今日に限ってカバンの中だ。自分の油断に臍を嚙みながら、せめてソニアより前に出て、来訪者と対峙したいと思ったけれど、師匠の薄い背中が絶対に前に出るなと叫んでいるのがわかる。
 ソニアと対峙している女性は、白い細面を真っ青に染めていた。繊細そうな美貌が歪み、カタカタとボールを掴む手が震えを増していく。
「ズルいわ。あなた、ズルいのよ。わたしの方が、彼のこと、想ってるのに。ずっと見てきたのに。毎試合、必ず会いに行ったわ。試合のたびに、わたしのことを見て、ほほ笑んでくれた。彼のことならなんだって知ってるのに。わたしの方が、あなたよりも、彼を愛してる!」
「……」
「それなのに、子供の頃から彼を知ってるってだけで、か、彼を縛り付けて、あなた、本当に卑劣だわ! いったいどんな手を使って、彼を脅しているの、彼を縛っているの、か、彼を、あのひとは、わたしのことを愛してるのに!」
「……」
「卑怯者! クズ、あなたはクズよ、そ、ソニア、ソニア博士、わたしの、ダンデ、返してっ!!」
 叫んだ瞬間、女性の手がボールのスイッチをかちりと押す。床に投げられたそれから現れたのは、完全に臨戦態勢のドリュウズ。トレーナーの精神状態に引っ張られているのか、それともなんらかの状態異常を強いられているのか、血走った眼には理性の光はなく、真っ直ぐにソニアへ向けて闘気を飛ばしていた。
「ソニアっ!」
 ポケモンの出現に、ホップが怒鳴る。彼が身を挺してソニアを庇おうと腕を伸ばしたと同時に、彼女の影の中からなにかが飛び出した。
 黒い影は一直線にドリュウズとソニアの間に立ちふさがり、パカリと大きく開いた口から靄をまとったわざが繰り出される。『ふいうち』は臨戦態勢のドリュウズが繰り出そうとしていたわざを封じ、同時にかれを正面からなぎ倒した。
「きゃあっ!」
 一発で地面に倒れ伏したドリュウズが、強制的にボールへ戻されたと同時に、女性が高い声を上げる。ソニアの影から飛び出したポケモンが、怪しく光る瞳を向けて異様な威圧感を醸し出すと、彼女は得体の知れない迫力に、その場から動けなくなった。
「ゲンガー!?」
 まるいボディのシャドーポケモンが、ホップの驚いた声にピクリと耳を揺らす。フン、と不敵に笑うかれの背中に、ソニアは落ち着いた声をかけた。
「ありがとう、ゲンガー。そのまま『くろいまなざし』を続けてね。……ホップ、巡査さんに電話」
「お……っ、おう」
 ソニアの言葉に、ホップは素早く机の上のスマホロトムを呼び出した。彼が外部への連絡をしている間、逃げ場を失った女性に向かったソニアは、真っ青になって立ち尽くす彼女へと静かに問いかける。
「あなた、自分の手持ちになにをしたの? 明らかに、異常をきたしてるわね」
「あ、あ……あ、だって……」
「ポケモンには、自ら人間を襲う発想はない。縄張りを荒らされたり、攻撃を受けたり、自分を護る場合以外は、極力人間への攻撃は避ける習性を持っているのよ。まして、トレーナを持つポケモンならば、なおさらその制約は強い……それなのに、あなたの手持ちはわたしを狙った。尋常じゃない様子で。あなた、その子になにをしたの?」
 ソニアは、女性の手の中にあるドリュウズのボールを見つめて問うた。女性はぶるぶると震えながら、ちいさく首を振る。
「ち……ちが、わた、なにも……」
「……あなたに、トレーナーの資格はないわ。自分の欲望のためにポケモンを利用する人間に、かれらと生きる資格はない」
「や、やめてっやめてやめて、さわらないでっ!」
 半狂乱になって叫ぶ女性から、ソニアは無慈悲にボールを奪う。ソニアの手の中で、ドリュウズのボールはひっそりと静かだった。
 ソニアはそっとそれを握り締め、悲痛に眉を寄せる。
「……あなたは、ダンデを知ってると言った。想っていると、愛していると。……でも、彼が一番愛しているものを知らない」
「……っ、それは、あなたなんかじゃない、違う、彼はわたしをっ……」
「彼が一番愛しているものを傷つけて、彼への愛を謳うの? ダンデは、ポケモンを傷つける人間を許さない。彼を愛しているのなら、なぜそれがわからないの?」
「――……っ!!」
 静かなソニアの問いかけに、女性の顔色が完全に白く変わった。絶望に目を瞠り、はくはくとくちびるを震わせる彼女の目の前で、ソニアが冷たく踵を返す。
「二度と、ポケモンに関わらないで」
 氷のような宣言に、女性はくずおれるように首を倒す。ゲンガーの怪しく光る瞳が不意にやわらぐと、張りつめていた空気がゆっくりとほどけ、彼女はその場に倒れ伏した。



「こいつ、アニキのゲンガーか」
 駆け付けた巡査に来訪者を託し、一通りの手続きを終えたソニアが疲れたようにソファに沈む傍らで、ホップがまじまじとゲンガーを観察している。ダンデのバトルパーティーとしてはたまに目にする個体だが、バトル外で触れ合うのは初めてだった。
「そう。ジムチャレの頃からの付き合いよね、ゲンガー」
 ぐったりと背もたれに凭れたソニアの言葉に、ゲンガーは聞いていないような雰囲気でそっぽを向いている。かれの言外の要請に気づき、ソニアはやれやれと立ち上がった。
「わかったわかった。ちょっと待って」
 言いながら、ごそごそと戸棚の中を探すソニアに、ゲンガーはぽてぽてと短い足で近付いた。その傍らに、ワンパチも嬉しそうにくっついていく。
「はい、これお礼。守ってくれてありがとね」
「ぎゃぁう」
「イヌヌワっ」
「はいはい、ワンパチもね」
 缶の中から取り出した、ソニア特製のポケモン用クッキーを両手に持ったゲンガーが、にこにこと上機嫌に歩いていく。温室の光が濃いところではなく、影になっているキッチンの隅に用意していた涼しげなクッションに寝転がり、ポリポリとクッキーを平らげる姿に、ホップはなんとなく気の抜けた声を上げた。
「ソニアの影に潜んでるなんて、全然気づかなかったぞ」
「あ、そう? 先々週くらいからずっといるよ」
「先々週……ああ、婚約発表した時からか」
 ホップの言葉に、ソニアは再びソファにもたれかかって疲れたため息をつく。
「そう。ダンデくんが、万が一のためにってゲンガーにお願いして、わたしのボディーガードになってもらったわけ。でもまさか、こんなに早く出番が来るなんてね……」
 そう呟いたソニアは、真剣な表情でこめかみを揉んだ。
 ダンデとの婚約を公にし、近く婚約式も挙げることをマスコミを通じて発表したのは、ふたりで決めたことだ。それぞれの仕事や私生活に及ぼす影響を重く受け止めて、ダンデはソニアに厳戒態勢を敷くことを願った。
 けれどソニアは、必要最低限の警戒以上のことは断固として受け入れず、すったもんだの末にダンデの手持ちの中でも隠密と特攻に長けたゲンガーを派遣することで折り合いをつけた。そうでなければ、いまごろソニアの周囲には、ダンデが手塩にかけた一流のポケモンたちが一個中隊は派遣されて、鉄壁の守りを敷いていただろう。
 結果として、ダンデの懸念は図に当たり、ゲンガーの活躍を招いてしまった。ソニアは自分の見通しの甘さを反省し、これからのことに思いを馳せる。
 ガラルの一等星、国民の憧れを背負う伝説の元チャンピオンと結婚するということを、もう一度理解する必要があった。
「で、ソニアはどう説明するんだ? さっきの女のこと」
 その時、ソニアの思考を断ち切るように、ホップの問いかけがあがった。ソニアは表情を改めて、冷静な眼差しで靴先を見つめ、きれいにネイルの施された指をおくれ毛に絡めた。
「そうだね……ダンデくんのファンが、ちょっと過激に挨拶に来た……かな」
「ポケモンまでけしかけるなんて、悪質だな」
「うん。その辺は、ポケモンリーグの方でしっかり調査してもらうように連絡してる。恐らく、最近噂になってる《脱法ミント》かな……」
 ポケモンの能力補正を目的とした『ミント』は、合法的に使用する分には問題ないが、最近は複数のミントを掛け合わせて、ポケモンの意志を奪ったり混乱を助長するような悪質なものの存在が確認されている。ポケモンリーグや警察機構において、その販売ルートや組織の解明を急いでいる状況だ。
 今回のことが、その捜査の一助となれることを期待しつつ、ソニアはため息をついた。
「まあ、婚約を発表した時から、こういうことがあるかもとは思ってたけど……ちょっと、予想よりも過激だったね」
「これからは、来所希望者にも一層の警戒が必要だな」
「う~ん……」
 本来、ポケモン博士という存在に期待されているのは、ポケモントレーナーに寄り添い、彼らのポケモンへの理解を深め、人間とポケモンとの共存共栄の道をサポートすることだ。ガラルにおいてもそれは変わらず、ソニアは自分の研究とは別に、様々な分野でポケモンと人間との懸け橋になろうと努力している。
 そしてそれは、ポケモンバトルという世界を発展させ、国民の意識を変えるほどの存在となったダンデの願いでもある。ガラル全体のトレーナーの強さを底上げするため、人生を捧げている彼の助けとなるべく、ソニアはポケモン博士として精一杯力を尽くしたかった。
「まあ……ゲンガーもいてくれるし、だいじょうぶだよ。気をつけるけど、警戒しすぎてトレーナーとの距離をとりすぎるのも違うと思うな」
 ソニアの言葉に、ホップは複雑な表情を見せた。それからちいさくため息をつく。
「……アニキとよく相談してくれよ。わざわざゲンガーをつけるくらい、アニキはソニアのことを心配してるんだからな」
「うん、わかってるよ」
「ていうか、もう少しボディーガード増やした方が良くないか? オレも明日から、ザシアンを連れてくるぞ」
「いや、そこまでしなくても……」
「ソニア」
 真剣な表情のホップに、ソニアは苦々しげに眉を寄せる。はぁ、とため息をついて、両手を上げた。
「わかった。もう少し、ダンデくんと相談してみます。……ちょっと甘く見てたのは反省してる」
「それは、アニキもだろ。今回のことを知ったら、ソニアがなんて言ったって、選りすぐりの精鋭を置いていくと思うぞ」
「研究所も賑やかになるわね~」
 やけくそのように言って、ソニアが笑う。それから、気持ちを切り替えるように勢いよく立ち上がった。
「ま、しょうがないか! 世間様が落ち着くまで、しばらくの間乗り切りましょう」
「さっさと結婚すれば、世間も落ち着くんじゃないか? 一緒に住めばもっと安全だろうし」
 ホップの邪気のない問いに、ソニアはわずかにほほを染めて目をすがめる。
「アニキと同じこと言うんじゃなーい。とにかく、ものには順序があって、わたしにも都合ってもんがあるの」
「ふうん。だったらさ、もうちょっとハッキリ宣言したらいいんじゃないか」
「え?」
 ホップが悪戯っぽく笑って言うのに、ソニアがきょとんと目を向ける。このところずいぶんと大人びてきた弟分が、涼しげに目元を細めながら言った。
「さっきの、『アニキが一番愛してるもの』の答え、間違ってたと思うぞ」
「へ?」
「ああいう、ちょっとオカシな手合いはあんまり刺激するのは良くないけど、今度変な言いがかりつけられたら、ちゃんと『ダンデの想い人は自分だ』って宣言した方がいいぞ」
「は……はあっ?」
 その言葉に、ソニアは思わず真っ赤になる。ホップは嬉しげに笑いながら踵を返し、キッチンブースの方へと逃げていった。
 ソニアは熱くなったほほを片手で仰ぎながら、ぶつぶつと呟く。
「そんなん……言えるか」
 その不機嫌そうな声色に、クッキーのおかわりをせがみにきたゲンガーとワンパチが、不思議そうに見上げてくる。それに気づいたソニアが、やわらかくほほ笑んだ。
「……きみたちには、一生勝てませんよ、ねえ?」
 どことなく満足そうに呟いて、ソニアは本日の功労者をさらに労うべく、意気揚々と歩き出した。



《恋する動詞111題》
#07.想う【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】


コメント

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  • シャウラ2026/05/26 18:45

    いやまた後でゆっくり来るけども、元ネタを知りたいです🌟✋️(≧▽≦)❤️

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    • 由紀ちぐわ2026/05/27 17:43

      元ネタ、というか、初期稿は『初めにお読みいただきたい』場所にこっそりしまってます!
      人を選ぶモノを収蔵しておりますので、ご注意くださいね!👍

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