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#06.願う【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】

2026/05/24 15:54
【お題】ダンデ×ソニア



 *#05.望むの夜のお話です。



 馴染みのない匂い、馴染みのない肌触り。傍らに眠るひとだけが、馴染み深い。
 ソニアはうっすらと灯るフットライトの光をぼんやりと眺めながら、とんでもなく寝心地のいいベッドの中でなかなか寝付けずにいた。
 続き間の広い応接室からは、時折ぱぎゃうぬわんと相棒たちの寝言が聞こえる。寝る前に……『本当に』寝る前に、ボールから出した手持ちたちは、珍しい豪華な部屋に興奮したのか、ひとしきりはしゃいだあと、そのまま仲良く団子になってソファにとぐろを巻いていた。かれらを世話し終えたダンデがベッドに戻ってきて、うつらうつらしていたソニアを抱き込んだのが、三十分くらい前。
 過不足のないスプリング、最高級のリネンの肌触り。焚き染められた高級な香りはラグジュアリーな雰囲気を高め、安眠を誘うはず。
 なのに。
「……」
 身体は心地よく疲れていて、苦もなく眠りに落ちると思っていたのに、ダンデがベッドを抜け出して、相棒たちの世話をし終えて戻ってくる短い時間の間だけ、ソニアは意識を手放していた。
 再び彼女に寄り添い、抱き寄せて満足そうに定位置についたダンデの存在に目が覚め、それからずっとぼんやりしている。
 頭の中では、先ほどまでの問答が繰り返されていた。
 生涯を共に歩むと決めたふたりは、様々なことを話し合った。お互いの立場や責任を踏まえて、細かいところまで調整していく。それは、ただ『好きだ』という感情だけでは乗り越えられない、様々な制約やしがらみのあぶり出しだった。
 ソニアの不安を、ひとつひとつ丁寧にすくい上げるダンデは、宣言通りそれらをことごとく潰していった。現状どうしようもないと思えることでも、決してソニアにだけ負荷をかけることのないよう、様々なアイディアや妥協案を講じた。その熱量はすさまじく、やると言ったら必ず成し遂げる信念の男は、望む未来のための努力を惜しまない。
 彼の望む『未来』が自分なのだと、ソニアは改めて実感していた。
 幼い頃に知り合って、信じられないくらい溶け合って、仲睦まじく過ごした時間があったとはいえ、お互いに長じて後は、様々な事情で離れていた時間も長い。
 それなのに、どうしていまもって、彼の一番が自分なのだろう。探究に人生を捧げたソニアでも、一生解けない謎だった。
 それでも、現実は現実で。自分を包むこの腕のぬくもり、吐息のささやかさ、長い髪の絡まりまで、すべてが本物で。
 ソニアは、泣きたくなるほどの胸の高鳴りを堪えきれず、ぐっと喉を鳴らす。夜のしじまに思いがけず響いたそれは、彼女のほほを伝う涙の雫になって静かにシーツにしみ込んだ。
「……ソニア?」
「っ」
 彼女を背後から抱きしめていたダンデが、静かに囁く。ハッとしてソニアが震えると、それを直に感じた彼の腕が、そっと彼女を撫でた。
「眠れないのか?」
「あ、いや……ごめん、ちょっと寝ぼけたかも。起こしちゃった?」
 なんでもないように答えたつもりでも、妙に勘の鋭いダンデを欺けるはずもない。ダンデはむくりと起き上がり、ソニアの顔を覗き込むように身体を倒した。
「ちょ、ちょいちょいちょい……近いな」
「……泣いてたのか?」
「いや、あくびです」
「ダウト」
「……そこは騙されてやるのがスマートな男だぜ、ダンデくん」
「オレにはない属性だ、諦めてくれ」
 ダンデは無慈悲に言い置いて、ソニアの身体を簡単に仰向かせる。そのまま、ベッドサイドにあったテーブルランプの光を、一番細く引き絞って点けた。
 わずかとはいえ、闇を裂く光にソニアは眉を寄せ、それからむずがるように顔を隠す。ダンデとの間にある枕に俯せたソニアの髪を、彼の指がゆっくりと撫でた。
「さあ、話し合おうぜ、ソニア」
「……寝てたんじゃないのかよぉ」
「寝てたはずなんだが……なんとなく、ソニアが起きてるような気がして、目が覚めたんだ。いつもならそろそろ寝言が始まるころだから、違和感があったのかもな」
「えっうそ! わたし寝言いうの!?」
 ガバリと勢いよく顔を上げて、ソニアがダンデに詰め寄る。ダンデは肘をついて頭を支え、身体をソニアに向けた状態でにっこりと笑った。
「嘘だぜ」
「……っ、ばかっびっくりさせないでよ」
「だいじょうぶだ、毎度じゃないから」
「は!? じゃあ、たまにはあるの? えっ、なに言ってるの、わたしなに言ってるの?」
「ダンデくん、大好き……」
「ダウト!!」
「ソニア、しーっ」
 ヒートアップした彼女に、ダンデは吐息で囁く。ハッと我に返ったソニアが、応接間の方を窺うと、特に起きてくる様子もなく、相棒たちの寝息は続いていた。
 ほっとしたソニアが枕に頭をつけると、それを覗き込むようにダンデが問いかける。
「それで? なんで泣いてたんだ、ソニア」
「……泣いてない、って言ってるんだけど?」
「涙の跡があるぜ?」
「嘘だね、こんなに暗くて見えるはずない」
「もっと明るくするか?」
「……はいはい、降参。泣いてたっていうか、ちょっと涙が出たんだよ」
「それを、泣いてたって言うんだぜ」
「生理的な涙かもしれないじゃん」
「ソニア」
 ダンデの声が、わずかに真剣みを帯びる。どうやら彼は、真夜中の言葉遊びで済ませる気はないようだ。気になることにはとことん執着する質の幼馴染に、ソニアはちいさくため息をついた。
「……ホントに、たいしたことないんだってば。ただちょっと、実感してただけ」
「実感?」
「ダンデくんって、本当にわたしのことが大好きなんだなあって」
 意趣返しのつもりで露骨に言えば、ダンデはちっとも照れる様子もなく、さも当たり前のように頷いた。
「そうだぜ? いまさらか?」
「……いまさらだけど、それがすごく嬉しいの。きみの望む未来が、わたしの形をしていることが、信じられないくらい嬉しいんだよ」
 言いながら、再びソニアの涙腺が潤んでくる。夜中の情緒は不安定すぎる。ソニアは恥ずかしくなって再び顔を伏せようとして、その前にダンデのおおきな手のひらにほほを包まれた。
 赤く熱を持ったほほに、ダンデの長い指が這う。こめかみを伝い、髪の生え際をくすぐるように撫でると、あらわになった額に、ダンデはそっとくちづけた。
「……オレも同じだ、ソニア。きみの望む未来の形が、オレであることが嬉しくて、誇らしい」
「……うん……」
「それでも、もしも少しでも、不安やためらいを感じるなら、言ってくれよ。夜中にこっそり泣くのだけは絶対にやめてくれ。一生涯、やめてくれ」
「……望みが多いなあ」
「これは、お願いだ、ソニア」
 額にくちづけたまま囁くダンデの、籠った吐息が肌を炙る。ソニアは目の前にある男らしい喉仏を見つめながら問うた。
「望みとお願いは違うの?」
「望みはオレが自分で叶えることで、願いはきみに祈ることだ。どれほど強く望んだって、きみがいなければ願いは叶わないだろう?」
 鼻先に香るダンデの匂い。世界で一番安心する香りを胸いっぱいに吸いこんで、ソニアはダンデの鎖骨にすり寄った。全身で甘え、彼の身体にしがみつく。
「……しょうがないなあ。ダンデくんのお願いは、ソニアさんが叶えて進ぜよう」
「なんでもか?」
「そこ、調子に乗らない。……でも、まあ、いまならサービスしちゃおうかな?」
 くふん、と悪戯っぽく笑う。胸に懐くソニアの黄昏の髪に鼻先をうずめ、ダンデは心底幸せそうに笑った。
「そんな大盤振る舞いしてもいいのか? 遠慮しないぜ、オレは」
「知ってるよぉ。ダンデくんの辞書に『遠慮』の文字がないことくらい」
「よし。じゃあまず、さっきの続きを……」
「こらぁ!」
 もぞもぞと動き出す男の手をぺしりとはたいて、ソニアはわりと本気で眦を上げた。
「さすがに情緒がないよ、ばかダンデ!」
「え……いま、間違いなくそういう流れじゃなかったか?」
「ばっ……もうばか、もう、もうばかぁ」
 むずがるようにソニアが呻き、ダンデの胸にぐりぐりと額を押し付ける。全身を甘く蕩かせて絡みついているというのに、ソニアのタイミングはやっぱり難しいな、と、ダンデは仕方なく思考を切り替えた。
「じゃあ、そうだな……週に一度は、カレーを作ってほしい」
「ん、いいよ。あーでも、忙しいときはレトルトになっちゃうかも」
「繁忙期は除外だぜ。体調が悪い時とか、無理する必要はないからな」
「了解。あ、じゃあわたしもダンデくんにお願いしたいことがある」
「なんだ?」
「たまにでいいんだけど、手持ちのみんなのルーティンケア、任せてほしいな」
「いいけど……結構大変だぜ。あいつら好みとかうるさいから」
「うん、それも含めて、ダンデくんの次に信頼してもらえるように、コミュニケーション取りたいの」
「もうすでに、オレより信頼されてる気もするがな」
「まさかあ、さすがにそれはないでしょ」
「そう信じたいぜ」
「あと、ダンデくんが長いお休み取れたら、いっしょにどこか旅行したい」
「お、いいな。どこに行きたい?」
「ん~、シンオウ、カロス、アローラ……行きたいところはたくさんあるなあ」
「パルデアにも行こうぜ。ソニアがお世話になった教授や先輩にも会いたい」
「え、う~ん……びっくりさせちゃうかもなあ、みんな。ダンデくん有名人すぎるもん」
「最初は驚くだろうけど、慣れればただの『ソニアの旦那』だろ」
「あは、そうかも。うん、じゃあ、まずはパルデアに行こうか」
 ソニアの弾んだ声に、ダンデがうっとりとほほ笑む。顎の下をくすぐる黄昏の髪に、すりすりと肌を合わせた。
 やわく暖かく、しっとりと潤むソニアの身体は、幼い頃の触れ合いとは全く違う生き物なのに、どこまでもダンデにぴったりと馴染む。まるで互いが互いのために作られたもののような、そんな夢みたいなことさえ本気で信じたくなる。
 願わくばこのぬくもりが、生涯傍にありますように。
 ダンデは強く強く希い、ソニアの身体を改めて抱きしめた。
「ん……ちょっとダンデくん、さすがに苦しいよ……」
 硬い胸板に押し付けられて、ソニアが抗議の声を上げる。ダンデは、ソニアにつられるように夜の感傷に浸っていた自分に気づいて、不意に照れくさくなって笑った。
「ソニアのお願いが続いたな。オレの番だ」
「お? まだなにかあるの、ダンデくん」
「あるぜ、まだまだ。まずは、日に一度くらいソニアからキスしてほしい」
「はあ? やだ、そっち系のお願い?」
「どっち系かは知らないが、そろそろ照れなくてもできるだろ?」
「照れてないですぅ。ただちょっと、浮かれる自分が馴染まないっていうか……」
「いまさらだぜ、ソニア。六歳のバレンタインは、きみの方からしてくれたくせに」
「む~、その話、一生擦るつもりかよぉ」
「つもりだぜ。あと、もうちょっとスキンシップが欲しい」
「これ以上? ダンデくん、きみ、めっちゃ触り魔って自覚ある?」
「確かに……ソニアもポケモンも、触ればいろいろわかるから、つい」
「ヒトとポケモンを同列にすなっ。あ、じゃあわたしも、たまにはダンデくんに、弱音を吐いてほしいかも」
「疲れたとか、もう嫌だとか?」
「そうそう。ソニア、助けてくれ、もう限界なんだ~って言ってほしい。なにか力になれるかもしれないじゃん」
「そういうことなら、いますぐ叶えるぜ」
「えっ? あ、ちょっ……」
「ソニア……助けてくれ、もう限界なんだ……」
「あっ、ちょっと、ばか、どこさわっ……ん~っ」
 もぞもぞとスプリングが揺れて、ごそごそとシーツがうごめく。しばらくの攻防の後、ぬっと伸びた浅黒い手が、ベッドサイドのテーブルランプを、パチリと消した。
 


《恋する動詞111題》
#06.願う【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】


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