challenge
#05.望む【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】
2026/05/22 20:45【お題】ダンデ×ソニア
ふたりのこれからを話し合うべく、場が設けられた。
場所は、なんだかんだとダレてしまいそうなので自宅は避ける。とはいえ、片方が超絶有名人なので、滅多なところではプライベートの話はできない。そもそも、世間的にオープンにしているわけではないから、ふたりでいるところを目立たせるのもよろしくない。
というわけで、両者の生活圏内のちょうど中間地、ナックルシティで落ち合うこととなった。
「ようこそ、ソニア」
「……」
スマホに送られた住所と階数を見た時からなんとなく察するものはあったが、諾々と訪れたそこは、ガラル地方でも一、二を争う長い歴史と風格を有する超高級ホテルの、最上階にあるロイヤル・ステートルーム。深いボルドーとダークグリーンを指し色に、磨き抜かれたウォルナット木材の調度は格調高く、所々に配された真鍮のインテリアが質の良い重みを加えている。
ソニアを招き入れた男は、普段着よりは多少気を遣ってはいるが、生成りのシャツにダークデニムを合わせたシンプルな装いをしている。対するソニアは、場所が高級ホテルということもあり、どういう状況でも対応できるようにシックなマスタード色のワンピースを着ていた。
「……あのさあ、ダンデくん」
部屋の中央、三人掛けの巨大なソファにぽいとバッグを投げやって、ソニアはウィングチェアに腰を下ろす。ダンデは用意されていたティーセットへと向かい、簡易な紅茶を淹れ始めた。
「ん? なんだ」
「なんでこんな、肩の凝る場所指定したの?」
「今日は、大切な話し合いだからな」
ふわりと漂ってきたスパイシーな香り。ヤバチャ柄ティーセットから漂うチャイティーのいい香りに、ソニアはふっと息を吐いた。
「大切な……まあ、そうだけどさあ、こんなところで落ち着いて話し合える?」
「ダメだったか? キバナに、ナックルで人目を気にせずじっくりと話し合いができるところ、と指定したら、ここをおススメされたんだが」
「……話し合いの内容及び、相手の名前を開示した?」
「ああ」
「なるほど」
巨大な応接スペースの続き間にちらりと見える、天蓋付きキングスサイズのベッド。さすがナックルの伊達男、如才ないことこの上ないわ、と、ソニアは半ば呆れたように天を見上げる。
それともこれは、『話し合い』に臨むソニアへの、無言の牽制なのだろうか。いまから彼女が立ち向かうのは、ウールーの毛にまみれていた牧童ではなく、ガラル指折りの富と名声を手にした男なのだと、それを忘れぬようにという、キバナなりの老婆心?
そんなことを思っていたソニアの前に、チャイティーの芳醇な香りが迫った。
「どうぞ、ソニア」
「……ありがとう、ダンデくん」
渡されたソーサーから、細い取っ手の繊細なカップを持ち上げる。香りを楽しむようにゆっくりと深呼吸をして、それからそっとくちびるを付けた。
身体の芯を温めるようなチャイティーを楽しむと、ソニアはさて、と気持ちを切り替える。ダンデはソニアの傍らの、三人掛けのおおきなソファに腰を下ろして寛いでいた。
「じゃあ、はじめようか」
「ああ」
ソニアがまっすぐにダンデを見やると、ダンデはニッと笑ってロトムに声をかける。
「ロトム、議事録を頼む」
〈了解ロト~〉
録音モードになり、邪魔にならない角度でふよんと静止したロトムを挟んで、ダンデとソニアは真剣に向き合った。
「じゃあ、事前に決めてた通り、お互いの望みを挙げていこう。まずは黙って、聞くだけは聞く。どうする、どっちかが一気に言う? それとも、交互?」
「交互」
「了解。じゃ、わたしからね」
テキパキと頷いて、ソニアはダンデの傍らに置かれていた自分のバッグへと声をかけた。
「ロトム、おいで」
〈ロト~〉
ぱちんとボタンを弾いて、ソニアのスマホロトムが元気よく飛び出す。彼女の傍までやってきたかれは、昨夜ソニアが長い時間をかけて登録したメモ機能を示した。ソニアはそれを見ながら口を開く。
「わたしの望み、その一。ブラッシータウンのポケモン研究所勤務を続けたい」
「オレの望み、その一。一緒に暮らしたい」
ダンデが続けた言葉に、ソニアはわずかに眉を上げる。それから素早くメモを読み上げた。
「その二、生活レベルをふたりの平均値ですり合わせる」
「その二、大々的に婚約式をする」
「その三、ふたりの仕事の利害相反を極力避けるために、直接のやり取りを無くし、間に第三者折衝を常設する」
「その三、一年以内に結婚式を挙げる」
「……その四、わたしのポケモン博士としての地盤と実績を確固たるものにするために、向こう五年間の婚約期間を設ける」
「その四、一日一回は必ず食卓を囲む」
「……その五、万が一お互いの立場に甚大な影響が及ぼされると予測された場合、婚約期間の延長も検討する――」
「その五、毎晩一緒に眠る」
「ちょおっといいかな!?」
耐えきれず、ソニアが高い声を上げる。いつもよりも丁寧に、落ち着いたメイクを施した彼女の白い顔が、困惑気に歪んでいた。
「ダンデくん。今日の話し合いの趣旨は、わかってるよね?」
「ああ、わかってるぜ。ふたりの結婚についてのすり合わせだろ?」
「そう! で、なんできみの提案は、そんなにお花畑なのかな?」
「望みを言えっていうから」
「ああそうね、言ったわ。お互いが望んでいる生活を一旦出し合おうねって……でもさ、もっとこう、ちゃんと考えなきゃいけないことがあるよね? 一緒に寝るだのご飯を食べるだのとは違うレベルの話し合いがしたいの、わたしは!」
語気を強めたソニアに、ダンデは邪気のない笑顔を浮かべた。
「見解の相違だな。オレにとって、いま挙げた項目がなにより優先されるんだ。ソニアにとっての優先事項とは違うかもしれないが、そこを話し合うのが今日の趣旨だろ?」
「う……」
あっさりと論破されて、ソニアは思わず口ごもる。それから、なんとなく旗色が悪くなりそうな気配を察知し、バッグへと視線を向けた。
「あ~……ワンパチ出してもいい?」
「だめ。真剣な話し合いだから、ポケモンは出さないって言ったの、ソニアだろ」
「いや、そうなんだけどさ、いてくれた方がなんとなく、場が和むというか……」
「話し合いが終わったらな」
「……わかった。じゃあ、まずはその一からすり合わせましょう」
覚悟を決めたようにソニアが眼差しを上げる。キリリと光るエメラルドの視線の先で、ダンデはゆったりとソファに凭れた。
「オーケー。ロトム、録音を継続しつつさっきの再生頼む」
〈ロト~……
「わたしの望み、その一。ブラッシータウンのポケモン研究所勤務を続けたい」
「オレの望み、その一。一緒に暮らしたい」〉
再生された自分たちの声に、ソニアはチャイティーで喉を潤してから静かにくちびるを開いた。
「これは、相反しないね。ただ、住む場所を考えなきゃいけない。わたしがシュートに引っ越して、ブラッシーに通うのはちょっと難しいかな。平日週二くらいならだいじょうぶだと思うけど」
「週三日も別居するのか? 却下だな。オレがブラッシーに住むぜ」
「いや、さすがにダンデくんも毎日往復五時間はきついでしょ」
「なんとかなるさ」
「ダメ。身体が資本のひとがなに言ってるの。折衷案としては、ふたりの中間地点に新居を構える。ナックルか、エンジンかな」
「いいぜ。ただし、毎日帰ってくること」
「……研究の押し詰まった時は……」
「適宜相談」
「了解。それでいい」
ふう、と息をついて、ソニアがダンデのロトムを見やる。かれは心得たように、次の議題を再生した。
〈「その二、生活レベルをふたりの平均値ですり合わせる」
「その二、大々的に婚約式をする」〉
わずかに眉間にしわを寄せ、ソニアはむぅんと唸る。ダンデは涼しい顔でほほ笑んだ。
「これも、相反しなさそうだな」
「いや……すでに論点がズレ始めてるっていうか……まあ、いいや。まず、わたしの方の『生活レベルをふたりの平均値ですり合わせる』だけど、例えば、ナックルやエンジンで新居を構えるにしても、いまダンデくんが住んでるみたいな高級マンションを求めるのは、ちょっと厳しいと思う」
「なにが厳しいんだ?」
「わたしの、収入の面で」
ソニアが苦々しげにつぶやくと、ダンデはパチリと黄金の瞳を瞬いた。
「ソニアの収入?」
「そう。家賃は折半……でなくても、せめて6:4か6.5:3.5くらいでお願いしたいの」
「いや、ソニア」
「ダンデくんが超絶お金持ちなのは知ってる。でも、全部おんぶに抱っこされるつもりはないよ」
きりっと眦を挙げてソニアが言う。ダンデはそんな彼女をまじまじと見つめ、それから心底申し訳なさそうに眉を下げた。
「残念だが……ソニア、それは難しい」
「え? なにが?」
「オレの手持ちは大型ポケモンばかりだ。さらに、常時トレーニングの場所を確保するとなると、一般の賃貸ではかなり選択が狭まる」
「……」
「さらに、バトルタワーでレンタルするポケモンの調整や飼育の一端を担う場合もあるから、オレの住居はポケモンリーグ及びバトルタワーの指定する環境レベルを維持する必要がある。つまり、オレたちに選択権はない」
「……ああ……」
がくりと項垂れたソニアが、思わず唸る。
考えてみれば当たり前のことで、ダンデが現在シュートシティでどれだけ高級な待遇を受けていようとも、それらはすべて共に生きるポケモンと、かれらの最高のパフォーマンスのための投資だ。ダンデの意志が通るならば、彼はもっとシンプルで地に足を付けた生活を好むだろう。そんなこと、わかっていたはずなのに。
ソニアは、無意識のうちに彼と己との格差におののき、片肘を張ろうとしていた自分に気づいて赤面した。項垂れた彼女の表情が見えず、ダンデが的外れなフォローを入れる。
「とはいえ、居住エリアくらいは希望できるぜ。ナックルなら、ソニアの馴染みの場所もあるだろう。生活しやすいエリアをすり合わせる余地はある」
「……うん、ありがと、ダンデくん……」
元気をなくしたソニアが、へろへろと手を振る。その白い手を、そっとダンデが掴んだ。
「えっ」
「ソニア。どうしても譲れないのなら、オレがなんとかするから、我慢はするなよ」
「……ダンデくん……」
「そのための、話し合いだぜ」
暖かく握られた手が、ゆっくりと口元に持ち上げられる。チュッと軽い音を立てて、指先に触れたダンデのくちびるの感触に、ソニアはぽっと顔を赤くした。
「う、うん、わかった、ありがと! でも、この件はだいじょうぶ、呑み込んだ。申し訳ないけども、住居についてはダンデくんに頼ります。その他の、生活水準の方も、ダンデくんやポケモンに合わせる」
「そんなに大仰に考えなくてもだいじょうぶだぜ。基本は、食って寝て起きるだけだ」
あっさりとソニアの手を離して、ダンデがニッと笑う。どうも、丸め込まれた気がしないでもないけれど、ソニアは落ち着いた風を装ってチャイティーを持ち上げた。
「さて、じゃあ、次だけど」
「大々的な婚約式だな」
「……大々的、とは?」
「オレたちの知り合いを招待して、婚約を公にしたい」
キッパリと言うダンデに、ソニアはチャイティーを飲み下してから片目をすがめた。
「……別に、婚約しました、って言うだけでよくない? わざわざ式とか挙げなくてもさ……」
「いや、マスコミ対応のためにも、式は挙げる方がいいと、リーグ広報からも厳命を受けている」
「……じゃあ、小ぢんまりと……」
「リーグとバトルタワー、両方の最低限の関係者だけでも百名は下らないぜ」
「それはもう結婚式だねえ!?」
「それぞれの手持ちも入れたら、倍以上だな」
「待って待って待って……」
ずるずるずる、と、ソニアがウィングチェアの背もたれを滑り落ちていく。いつもとは違う、ふんわりとうなじで結い上げられたシニヨンが崩れるのも構わずに、ソニアは額を押さえて呻いた。
「それって、絶対に必要なの?」
「これをしないと、ことあるごとに『ダンデオーナーとのご関係は!?』って、マスコミがソニアを突撃するかも」
「……文書で発表は……」
「一度しっかり場を作った方が、結局は面倒がないとオリーヴが断言してたぜ」
危機管理と状況把握の鬼が、断言。その一言に、ソニアは敢え無く陥落した。
疲れたように天井を見上げる彼女に、ダンデのロトムが元気よく再生を開始する。
〈「その三、ふたりの仕事の利害相反を極力避けるために、直接のやり取りを無くし、間に第三者折衝を常設する」
「その三、一年以内に結婚式を挙げる」〉
「……」
〈「……その四、わたしのポケモン博士としての地盤と実績を確固たるものにするために、向こう五年間の婚約期間を設ける」
「その四、一日一回は必ず食卓を囲む」〉
「……」
〈「……その五、万が一お互いの立場に甚大な影響が及ぼされると予測された場合、婚約期間の延長も検討する――」
「その五、毎晩一緒に眠る」〉
「……」
「ソニア」
黙ったままの彼女に、ダンデの声が降ってくる。瞳を瞑っていた彼女は、目を開けた先に迫っていた黄金の瞳と薄明の髪の帳に、ハッと瞬きをした。
ウィングチェアのひじ掛けに手を置いて、ダンデが覆い被さるようにソニアを見下ろしている。至近距離で輝きを増す金の色に、ソニアは魅入られたように絶句した。
「ソニアの心配は、もっともだ。これからポケモン博士としての道を歩むきみにとって、オレとの結婚は障害になるだろう。そのために、できる限り次善の策を講じたい気持ちはわかる」
「障害……障害って……」
冷たく響くダンデの言葉に、ソニアは思わず呟く。煌めくシャンデリアを背に、褐色の肌の彼の表情は読めず、ただ爛々と光る眼差しが、金の矢のようにソニアを縫い留める。
ダンデはギリギリまで顔を寄せ、吐息も触れる位置で深く囁いた。
「ひとつひとつ、丁寧に、オレがソニアの不安を潰す。いくらでも出してくれ。全部、オレが無くしてみせる。だから、思い悩まないで、ソニア。オレとの未来を考える時、不安や焦りで追い詰められないでくれ」
「ダ……」
「オレの望みはたったひとつだ」
その先を吹き込むように、ダンデのくちびるがソニアのそれに重なった。
ソニアは反射的に瞳を閉じて、慣れ親しんだダンデのぬくもりに手を伸ばす。彼の肩、彼の首、彼の薄明の髪の質感が、ソニアの手のひらに慕わしく触れて、一秒ごとに不安を潰す。
宣言通りに。
「……ごめんね、ダンデくん」
くちびるが離れるか離れないかの距離で、ソニアが囁く。ダンデはもう一度軽くキスを落としてから、こつんと額を合わせた。
「今日は、お互いの望みを言い合うんだろう?」
「うん……」
「オレの望みと、きみの望みが同じものなら、なにも問題ない。そうだろ、ソニア?」
その問いかけに、ソニアはダンデのうなじに伸ばしていた手のひらに力を込めた。降りてきた彼のくちびるにこころを込めてキスをする。
この瞬間があるだけで、他にはなにも望むものはなかった。
《恋する動詞111題》
#05.望む【ダンデ×ソニア@Pokémon Shield】
